6-4
薄暗い通路。その中を一直線に走る赤い光線。通信機を首から下げて、錆びついたミシェルの胴体を乗せた台車を押し前へ進む。
『養人室R4は、制御室に向かう途中にあります。そのため、まずは養人室R4へ向かいます』
養人室R4。それが、これまでハクが毎日を過ごして来た場所の名前らしい。先ほどから、何度か「養人室」という言葉を聞く。どうにもその部屋の名前が気になって、ミシェルに養人室とは何なのかと尋ねてみると、ミシェルは短く『人を育てるための部屋です』と答えるのだった。
「誰が?」
『私達ロボットが、です。補足しますと、この建物、東棟にある大半の部屋は養人室になっています』
「もしかして、君がいたあの部屋も養人室だったの?」
『はい』
ロボットが人を育てるための部屋。確かに、今ミシェルの体を乗せて押しているこの台車があった部屋は、どことなく人間が暮らしていたような面影のある一室だった。あの部屋にはベッドと机、それと本がたくさん収められていた本棚があった。
本当にこのロボットが言う通り、この建物の大半が「人を育てるため」の養人室で占められているのだとすれば、つまりこの建物は「人を育てるための施設」ということになるのだろうか。それも、「人が人を育てるための施設」ではなく、「ロボットが人を育てるための施設」ということになる。
人が人を、というのなら、まだ理解はできるような気がする。そのような、人間を育てるために建てられたのであろう建造物をこれまでにいくつか目にしてきた。でも、ロボットが人を、となると話が変わってくる。一体何のために、わざわざ人間をロボットが育てるだなんてことをしていたのだろう。ロボットは人間を産めないはずだ。だったら、必然的にロボットは人間の親ではない。じゃあ、ここで育てられていた人たちの親は誰なのだろう? ハクの親は?
分からないことだらけだ。それも当然で、昔の人が何を考えていたのかなんて私には到底分かるはずもない。だからこそ、私はこうして禁地を巡って歩き回っている。
「どうしてロボットが人を育てているの?」
『私たちは、与えられた命令を遂行するだけです。私たちは養人室で人間を育てあげるために作られました。ロボットが人を育てる理由を、私たちが知る必要はありません』
「そっか」
ロボットはロボット。やっぱり人間とは違う。人のいない廃れた禁地の一角で、意味もなく周囲の瓦礫を運んでいるロボットを見たことがある。それと同じだ。どうしてこんなことをしているかなんて、ロボットは気にしない。嫌だとか、これはしてはいけないことなのだ、だとか、そんなことをロボットは考えないのだ。もしもそんなことを考えることが出来るのなら、私の生まれ育った町は燃えてない。私のお母さんも妹もいなくはなってない。きっと、私は今もまだ、あの町でお母さんと妹と一緒に毎日を過ごしていたはずなのだ。
「あなたたちは人間が好き?」
『はい。なぜなら、私は人を育てるためのロボットですから』
「そっか」
ロボットに好きも嫌いもない。感情なんてない。ただそこにあるだけ。この言葉も、張りぼてのようなもの。知っていたのに、なんでこんなことを聞いているんだろうと、我ながら可笑しいと思う。
『その角を曲がった先に養人室R4があります』
ハクはロボットに育てられた人間。自分以外の人間と出会うことなく、ずっとロボットと一緒に毎日を過ごして来た子。
「…………」
角を曲がる。少し早足になる。
『扉を開けます』
扉が開いたその先に、私は足を踏み入れた。
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