6-3

 人間はいない。いるのは、うつむいたロボットだけ。そのことに安堵している自分がいて、我ながら可笑しいなと思う。


 真っ白で、何もない。ここはどういう場所なのだろう。

壁に沿ってぐるりと部屋を一周する。扉は二つ。私がこの部屋に入ってきた扉と、ちょうど反対側に真っ白な扉が一つ。丸いドアノブが金色でなかったら、多分扉があることにさえ気づかなかったと思う。それくらい、天井も、床も、壁も、何もかもが真っ白だ。


 何もない白い世界。それだからなのか、中央に頭を垂らしたまま動く気配のないミシェルそっくりのロボットがどこか異質に見えてしまう。


 錆びた胴体。ミシェルと同じ、きっと元の胴体は白色だったのだろう。ただ、今この場所にいるロボットの胴体は、所々錆び付き、濃い茶色が斑に散りばめられている。


 まだ動くことが出来るのだろうかと、ジッとその錆びたロボットに目をやる。


「壊れてる、のかな……」

『多くのパーツが故障しています。自発的な音声の発信、歩行動作は出来ません』

「しゃ、しゃべった……!」


 でも、あのロボットから声は聞こえなかった。声が聞こえたのは私が今手に持っている通信機からだ。


『音を発する機器が壊れています。そのため、あなたが今手に持っている端末と通信し、音を発しています』


 ロボットは未だに俯いたまま。でも、通信機から聞こえるこの声は、確かにあのロボットが発しているものらしい。見た目はミシェルそのものだけど、聞こえてくる声はミシェルの声よりも低かった。


『あなたは、東棟の新しい管理者ですか?』

「いいえ」

『では、あなたは特区の関係者ですか?』

「多分、違うと思う」

『では、あなたはどうしてここにいるのですか?』

「私はこの場所がどんな場所なのか調べてに来たの。いろいろな禁地を見て回って、昔の人がどんな風に暮らしていたのか知りたくて、綺麗なものを見るためにここまで来たの」

『申し訳ありません。理解できません』


 ロボットは動かない。真っ白な部屋の中で、私とロボットの声だけが響く。


「単刀直入に、ここはどういう場所なの?」

『あなたの身分が判別できないため、回答できません。』

「君にも名前があるの?」

『はい。私の名前はミシェルです』


 あのロボットと同じ名前だ。でも、今管理塔の頂上にいるあのミシェルとこのボロボロになったミシェルという名前のロボットは全く別の物なのは明らかだ。


「私、ミシェルっていう、君と全く同じ見た目と名前を持ったロボットを知っているんだけど、何か関係があるの?」

『私達ミシェルシリーズを知っているのですね。私達ミシェルシリーズは、特区において重要な役割を担っています。他のミシェルシリーズと通信が取れません。管理塔の一部の機能が停止していると考えられます。早急に問題の究明、解消する必要があります。あなたの知っているミシェルシリーズは、現在どこにいますか?』

「君がさっき言った管理塔にいるわよ」

『ありがとうございます。あなたの持っている端末を経由し、管理塔にアクセスを試みます』


 しばらくして、通信機から『アクセスに成功。管理塔のメインシステムの復旧を試みているミシェルシリーズが一機。IDを確認。通信に成功。あなたの名前は何ですか?』


「私? 私はリノ」

『リノ。あなたが特区の関係者であることが確認できました。管理塔にいるミシェルから、リノのサポートの要請並びに、数点の調査事項を受理。リノ、私は体を動かすことが出来ません。私の背後にある扉のロックを解除しました。扉の先の部屋に台車があります。その台車を利用し、私の体を制御室という場所に運んでいただけないでしょうか』


 その言葉の後、実際にミシェルの背後で「ブン――」という、何かが振動するような音が聞こえる。


「いいよ。でも、その代わりに私のお願いも一つ聞いてほしいな」

『はい。リノのお願いは何でしょうか?』


 私のお願い。それは、正確に言えば二つある。一つは、この場所がどんな場所なのかを知ること。そしてもう一つは、ハクが暮らしていたという場所に行き、彼がどんな風にこれまで生きて来たのかを知る手掛かりを得ること。


 多分、後者を知ることは同時に前者を知ることに繋がるはず。だから、私のお願いを一言でまとめるならこうだ。


「ナンバー8904。そういう名前の男の子が暮らしていた場所まで案内してほしい」

『ナンバー8904。個体が存在するかデータ照合中――確認。養人室の番号を検索――完了。養人室R4、第二十三期オペレーション、モデルR・NO‐8904と判別』


 見た目がミシェルと同じ、錆びれたロボットは『案内は可能です』と、そう答えた。

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