5-3

 翌日。


 目を覚まし、パサパサとした固形の保存食を水で流し込み服を着替える。着替え終わった頃、どこからか僕の名前を呼ぶリノの声が聞こえたものだから、僕は返事をしつつ立ち上がって声のした方に向かった。


「おはよう」

「お、おはよう」


 ここ数日は、こんな風に僕の一日は始まるのだった。「おはよう」と、挨拶から一日が始まるのは、今までと同じだ。ミシェルはいつも僕の名前を呼んで、「おはよう」と頭を撫でてくれた。ただ、どうしてもリノと朝こうして挨拶をして、顔を合わせるのが気恥ずかしくて、まだほんの少し、声がぎこちなくなってしまう。


 リノは決まってクスリと笑った後、「今日も頑張ろう」と口にするのだった。


 でも、今日彼女は「じゃあ、今日は一緒に頑張ろうか」と僕の目を見て言う。今日、僕は数日ぶりにこの管理塔から外に出る。リノと一緒に。


「う、うん。よろしく」

「うん。よろしく。じゃあ、準備をしてさっそく行こうか」


 それからリノは「じゃあ、まずはこれを着て」と、一着の上着を取り出す。その上着は、リノが外に探索に出た最初の日、彼女が持って帰ってきた物の一つだった。帰ってきた彼女は「これ、凄く暖かいんだよ」と言って三、四着これを持って帰ってきたのをよく覚えている。それ以降、彼女は必ずそれを羽織って外へ探索をしに行っていた。


「う、うん」


 言われるがまま、渡された茶色い上着に手を通す。内側がモコモコとしていて、確かにリノの言う通り、体がとても暖まる。


「それと、これを履いてね」


 次に渡されたのは長くて丈夫そうな靴だった。この靴は初めて見る。


「これも、見つけて来たの?」

「そうよ。これを履いていると、雪の中を歩くのが随分と楽になるの」

「へぇ」


 長い靴。底は厚く、おまけに靴の内側は今羽織った上着のようにモコモコとしていて暖かかった。


 僕がその場で足踏みをして靴の履き心地を試している間も、リノは「これとこれ、あとこれと……」と呟きながらリュックの中身を確認していて、「よし」と、自分の背丈と同じか、それ以上の大きさになるリュックを背負って彼女は立ち上がった。


「それじゃあ、行こう」

「う、うん」


 外へ出ていく前に、ミシェルの方へ行って、「じゃあ、リノと外に行ってくるよ」と声をかける。ミシェルは顔だけを僕の方に向けて、『ナンバー8904、いってらっしゃい。気を付けて』と手を振ってくれる。最近のミシェルは少しばかり素っ気ない。ここへ来てからというもの、ずっと床からはえた直方体の機械の前から離れずに、管理システムへのアクセスを試みている。ここ数日、あまりミシェルとは話すことが出来ていなくて、多分僕は、それが不満なんだと思う。


「ミシェル」


 特に意味もなく、ミシェルの名前を口に出す。ミシェルはただ『ナンバー8904、どうしました?』と僕の目を覗くばかりだった。


「ううん。何でもないよ。気を付けて行ってきます。ミシェルも無理しないで」

『はい』


 ミシェルに手を振って、僕はリノと共に最上階を後にした。


 エレベーターで最上階からものの数秒で一階にまで降りる。もう何度も上り下りを繰り返しているからか、リノの手つきは慣れたものだった。


「さあ、行きましょう」


 リノの声色に糸が張る。今目の前にあるこの大きな扉の先は外だ。正直なところ、僕は未だに外の世界がどんな場所なのか分からない。これまで毎日ミシェルと時間を過ごしてきたあの場所を出て、リノと出会ったあの日から、僕は一度も外の世界に足を出してはいない。


 期待が半分と、不安が半分。いや、どちらかというと、不安の方が大きい。


「今日の私の目的は、昨日見かけたある建物の調査。その建物の中に沢山の機械もあったから、多分ハクが探しているものもあると思う。この管理塔から結構離れているから、もしも疲れただとか、どこか体に異変を感じたらすぐに言ってね」

「わ、わかった」

「よし、じゃあ開けるよ」


 ガチャリ、と音がした後、目の前の扉は静かに開く。


 光が扉の隙間から光が射しこんで、僕の目を眩ます。その眩んだ目を正気に戻すように、冷たい風が僕の頬を刺した。

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