5-2

 それからの毎日は、何もかもが僕にとって眩いものであった。飛行機で空を飛ぶ。そう決めたあの日、僕はミシェルに話をした。リノは、「別に、わざわざ話す必要はないんじゃあないの?」と、あまり良くない顔をしたけれど、それでも僕は、ミシェルには話さなければいけないと思った。だから僕は、「飛行機で空を飛びたい。上空からの景色をこの目で見たい」と、僕が思っていること、やりたいことを、そのままミシェルに話した。思い返すと、こんな風に自分からやりたいことをミシェルに話したのは初めてのことだった。そんな僕の言葉に対し、ミシェルはこう帰してくれた。

『ナンバー8904、頑張って成し遂げてください。私も応援します』と。僕は、そんなミシェルの言葉が嬉しくて、「ミシェルも一緒に飛んで、空からの景色を見よう」と続けた。小説や絵本で語られる空は美しいものだった。だから、飛行機から見える景色は、きっと美しいはずだ。そんな美しい景色を、僕はミシェルと一緒に見たいと思った。『はい。楽しみにしています』「うん!」僕はミシェルの手を握って、より一層「あの飛行機で空を飛ぶのだ」と決意を強くした。


 あの日から、もう五日が経とうとしている。腕の怪我も随分と良くなった。


 僕は毎日発着場へ行って、飛行機の故障している個所を直していた。ミシェルはずっと最上階のあの場所で管理システムへのアクセスを試みている。リノはリノで、この管理塔の外へ行き、ここ一帯の探索をしていた。


 飛行機で空を飛ぶ。それ自体は難しくはなさそうだった。飛行機があった整備室の一角に、この飛行機の操作方法が書かれた一冊の薄い本があったのだが、その本を読んだところ、どうやらこの飛行機は自律飛行するようで、行き先を示せば、あとは勝手に空を飛んでくれるらしい。


『ハローワールド。正確な日時、地点の取得に失敗しました。警告、左翼、尾翼、ラダー他、重大な故障が確認できます。燃料が残りあとわずかです。低電力モードで起動中。残り、あと三時間で停止予定』


 これが、初めて飛行機の電源をオンにした時の出来事だった。そこから僕はまず初めに電力の供給をした。続いて、飛行機に言われるがまま、故障個所を順番に直していった。直しながら、僕は昔のこと、ミシェルから機械に関する知識を教えてもらっていた時のことを思い出していた。 


 あの時、初めのうちは、機械を直しているのかそれとも壊しているのか分からないようなものだったけれど、ミシェルから褒められたい一心で僕は頑張った。ミシェルからいろいろなことを教えてもらったけれど、多分、機械に関する勉強は一番頑張って取り組んでいたと思う。そのおかげもあって、いつしか自分で簡単な機械くらいは一から作ることが出来るようにはなった。一番うれしかったのは、時折不具合を起こしたミシェルの体を直すことが出来るようになったことだろう。これまでの間、何度かミシェルの体がうまく動かなくなったことがあった。そのたびに僕はミシェルの体を直した。ミシェルから『ナンバー8904、ありがとう』と、頭を撫でられるのが、僕はたまらなく嬉しかった。


 もしも、この飛行機を直すことが出来たとして、空を飛ぶことが出来るようになったのなら、絶対にミシェルと、それとリノと一緒に空を飛びたい。その時、ミシェルはなんと言ってくれるだろう。僕のことをほめてくれるだろうか。それと、リノは一体どんな顔をするのだろう。いつもみたいに笑ってくれるだろうか。そして、僕はそこから見える景色を見て何を思うのだろうか。


 そんなことを思い浮かべながら、僕は黙々と飛行機を直していった。作業の手は止まることなく、確実に空へと近づいているような心地だった。


 でも、この五日目にしてついにその作業の手も止まってしまった。作業の手が止まった理由は単純で、直すために必要な機械がこの整備室に見当たらなかったからだった。これまでは、何とかこの整備室にあった代替品で作業を進めることが出来たけれど、それもついにここで限界を迎えたらしい。


 必要なものは左翼回りのアクチェーター。アクチェーターが壊れているせいで、左翼を動かすことが出来なくなっているらしい。左翼にあったアクチェーターを見てみると、何かしら強い衝撃でも加えられたのか、一部が大きく破損していた。気になって左翼の方も見てみると、これまで気が付かなかったが、左翼の裏側、根本の方に大きな亀裂も走っていた。


 左翼の亀裂は次に直すとして、問題はアクチェーターの方だ。何でもいいわけではなくて、ちゃんと飛行機に合うものを見繕わなければいけない。一番手っ取り早いのは、似たような飛行機をどこかで見つけて、そこから部品を調達することだろう。


「…………」


 最初に思い浮かんだのは、リノの顔で、彼女に相談しようと僕は思った。アクチェーターの代替品が整備室にない以上、この場所を出て、どこか別の場所を探す必要がある。だったら、ここ数日この辺り一帯を調べて回っているリノに、何かこの飛行機に似たようなものがある場所を見つけていないか聞けばいい。


 その日の夜、いつものように探索から帰ってきたリノにさっそく相談をしてみると、「大丈夫、それなら少し心当たりがあるから。ちょうど明日、そのあたりを調べて回ろうかなって思ってたんだ。じゃあ、明日は一緒に行こうか」と、彼女は笑うのだった。

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