4-2


 まずは食料を探す。その点はあのミシェルというロボットと同意見だった。私の場合、禁地に辿り着いてまず初めにやることが食料を探すことだった。


 禁地に何日も留まって辺り一帯を調べ回るにしても、食べ物がなければそのうち飢えて死ぬ。そもそも、禁地に辿り着くころにはリュックの中身が空っぽになっていることがほとんどだった。空腹は惨めさを連れ立って胸を締め付ける。それが何よりも辛くて苦しい。その苦しみを取り除くためにも、私はまず初めに食料を探すために禁地を歩き回っていた。


 私とハクは、エレベーター、というものに乗って最上階から下に降りて行った。先ほどミシェルがやっていたことを見よう見真似でやってみたところ、エレベーターの扉は閉まり、次に扉が開くと、そこは先ほどいた場所とは違う場所が広がっていた。


 エレベーターの内部には数字が書かれたボタンが規則正しく並んでいた。きっと、このボタンは管理塔の階数を表しているのだろう。行きたい階のボタンを押せば、自然とこのエレベーターはその階まで私たちを運んでくれるようだった。


 ボタンの数はそう多くない。最上階と言っていた二十五階と、すでに調べ終えた二十階、十五階。それから今向かっている十階。十階から下は、五階まで一階ずつ存在している。


 二十階と十五階は共に似たような部屋の作りだった。ずらりと机と椅子が並んでいて、机の上には古代の人が残したのであろう文字が印字された紙や、これまでいくつかの禁地でも見かけた箱型の小さな機械が乱雑に置かれているばかりだった。無論、食料らしき物なんて見辺りはしない。


 十階はどうだろうか。これだけ大きい建物なのだから、食糧庫のような場所があってもいいと思う。少なくとも、これまで渡り歩いてきた禁地では、これくらいの建物には必ずと言っていいほど食料を保管している部屋があった。


 エレベーターの扉が開く。扉のその先、これまで見てきた階とは大きく違った光景がそこには広がっていた。


「ここは……」


 一本の長い廊下。廊下は緩やかなカーブを描いてどこまでも続いている。左右の壁には白い扉が均等にあって、終わりは見えなかった。


 エレベーターから降りて、試しに一番近くにあった扉に目を向ける。


「これ、どうやって開けるんだろう?」


 ドアノブといった、いわゆる取っ手というものがどこにも見当たらない。エレベーターのように、扉を開けるためのボタンのようなものも見当たらなかった。こうして見ると、単なる白い壁に長方形の線が走っているだけにも見える。


 これが本当に扉なのか、怪しく思えて来たところに、「多分、こうするんだと思う」と、ハクが一歩前に出て扉の中央に掌をピタリとくっつける。すると、扉にピタリとついたハクの掌を中心に、ボウっと淡い光の線が走り、「プシュ」という空気の抜ける音とともに、その扉が開いた。


「ハク凄い。よくわかったね」

「僕がいた場所にも、こんな風にして開ける扉があったから」


 扉を閉める時はどうするんだろうと、そんなことを思いながら部屋の中に入る。私の後を追うように、ハクも部屋の中に足を踏み入れる。


 小さな音を立てて扉が閉まるとともに、部屋の中の明かりがつく。


 その部屋は、お世辞にも広いとは言い難かった。


「ハク、あれは何かわかる?」


 部屋の中央。縦に長いカプセル、とでも言えばいいのだろうか。大きさはちょうど人が一人横たわることが出来るほどで、この狭い部屋にはそれしかない。


「あれは……」


 ハクは入ってきた扉の前から一歩も動くことなく、ただジッと中央にあるアレを凝視し、それから「僕が、還るべき場所だ……」と、声は小さかったけれど、確かにそう口にしたのを私は聞いた。


「ハク?」

「あそこで眠りにつけば、こんな僕も誰かを助けることが出来るって」


 ハクは一歩一歩、時間をかけて部屋の中央に向かって歩き出す。


「それが、僕が生まれた意味だってミシェルが言ってた」


 アレのすぐ傍にまで近づいたハクは、それこそカプセルの中を覗き込むように上半身を倒す。それから、ピタリとハクの動きが止まったものだから、私は何かあったのだろうかと思い、彼のもとに近づいた。「どうかしたの?」と彼に尋ねるよりも先に、私はどうして彼がスンとも動かなくなってしまったのかその理由が分かった。


「これは、人……?」


 ちょうど私やハクと同じくらいの歳の人間が、そのカプセルの中で目を閉じている。


 生きているのか死んでいるのかさえも分からない。静かに、音もなく人間がそこにいる。このカプセルのようなものを開けることはできないかと手をかけ力を入れてみるも、まったく動きそうな気配すらなかった。


 この階には、廊下に沿って沢山の扉が並んでいた。仮に、もしもその扉のすべてが、ここと同じような部屋と繋がっていたとして。その部屋一つ一つに、今私が目にしているコレがあるのだろうか。


 静かに眠る人間の顔を見下ろす。人間の寝顔はこんなにも恐ろしいものだっただろうか。


 隣にいるハクの様子が気になる。けれど、私は何故かこの音もない人間の寝顔から目を離すことが出来なかった。


「僕も、こうなるはずだったのかな」と、ハクが呟く。その呟きで、私はようやく音もない人間の寝顔から目を外すことが出来た。


 ここは、一体どういう場所なの? きっと、ハクにそう尋ねたとしても、彼は「わからない」と寂し気に答えるだけだ。本当に、彼は何も知らないのだ。この禁地がどういった場所で、自分は何者なのか。空も、雪も、花や木々、遺物だとか、自分以外の人間、綺麗なものと汚いもの。そういう、あらゆるものを彼は知らない。


「…………」


 私はずっと、大昔の人が残していった遺物を求めて放浪してきた。今もポケットの中にある、この通信機と出会ったあの時のことが忘れられない。私はずっと、あの時の光景に囚われ続けている。


 だから私は変わらずに、いつもと同じようにこの禁地を調べて回るだろう。


 でも、果たして本当にこのままこの先へ進んでもいいのだろうかと、今のハクの顔を見て思ってしまう。この先に、私が囚われ続けているものが待っているのか、不安になる。


「ごめんね。食べるもの、早く探さないとだよね。ミシェルも待っているし」


 彼は優しい。まだそれほど長い時間を彼と過ごしたわけではないけれど、彼は優しい人だと私は思う。

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