3-5
『ここが管理塔です』
顔を上げないとてっぺんを見ることが出来ない。それくらいにミシェルが管理塔と呼ぶ建物は大きかった。その直方体の建物は、大きく、上に真っすぐ伸びている。
「管理塔、ってことは、その昔、ここ一帯の禁地の中心となっていた施設、ってこと?」
リノが管理塔を見上げながらミシェルに尋ねる。ミシェルは『その昔、という言葉の意味は分かりかねますが、その通りです。東西南北にある四つの施設の機能は、この管理塔で一括管理されています』と答え、『電力供給はされているようです。外部からの電力供給は確認できないため、推測ですが、備え付けられた発電機が稼働し電力を供給しているのでしょう』と、管理塔の出入り口らしい扉の前で、ミシェルは話す。
それから数秒経たないうちに、「ウィン」という小さな音と共に管理塔の扉が開く。その様を見たリノは「まだ機能が生きている建物の遺物を見るのはこれが初めて」と、熱の籠った声を上げ、扉の中へと足を進めるのだった。
『ナンバー8904、行きましょう』
「う、うん」
僕はミシェルの手を握って、管理塔の中へ足を入れる。
「建物の内部はこんな風になっているのね、あれは何?」
『上階へ行く為の高速エレベーターです』
「エレベーター?」
『はい』
管理塔の中は真っ白だった。天井は高くて、ちょうど普段運動なんかをしていた部屋と同じ位だ。ただ一つ違うのは、天井が半球型だという点と、その天井の中心に向かって、先ほどミシェルが言った高速エレベーターというものが床から真っすぐ伸びているという点だ。
『壁面はすべて高彩度ディスプレイとなっています。本来であれば、衛星からのリアルタイム映像や上空の様子、各施設の稼働状況などを表示していますが、現在は限られた電力で管理システム維持を優先し、何も映してはいないようです。また、同様の理由で建物内の温度調節機能も停止しています』
ミシェルは話をしながら、まっすぐ部屋の中央へ進む。中央には円柱型の箱のよう
なものが一つある。リノが、それを指さして「あれは?」と尋ねると、『あちらからエレベーターに乗ります』とミシェルは答える。
『エレベーターは稼働しているようです。管理システムが稼働しているマシンは最上階にあります。まずは最上階へ行くことを進言しますが、どうしますか?』
「エレベーター、というのに乗ると、その最上階って所にいけるんだよね?」
『ナンバー8904。その通りです』
「ミシェル。どうしてミシェルは最上階に行くべきだと思うの?」
『現在の状況は異常だと思われます。正しく現状を把握するためにも、直接管理システムにアクセスし、情報を収集する必要があるからです』
「いいじゃない。他に行く場所もないんだし、行ってみましょう」
リノは「で、どうやってこのエレベーターっていうのに乗るの?」とミシェルに聞くが、ミシェルは僕の方を向いたまま、『ナンバー8904、どうしますか?』と尋ねて来る。
僕はジッとミシェルのことを見て、結局「分かった」とだけ答えると、ミシェルは『では、最上階へ向かいましょう』と言い、円柱の側面にあるいくつもの扉の内の一つに触れる。すると、その扉が開く。扉の先には、人が十人程度入れそうなほどの何もない部屋が広がっていて、僕とリノはミシェルの後に続いてその空間へ足を踏み入れた。
『最上階は二十五階です』
扉が閉まる。音は何もしない。僕もリノもミシェルも、次に扉が開くまで終始黙り込んだままだった。
『着きました』
扉が開く。扉が開くと、目の前に広がる光景は先ほどとは全く違うものであった。
一番に飛び出したのはリノだ。リノは小走りに前へ進み、それから小さく「凄い……」とだけ言葉を吐く。
僕も、その光景を見て言葉を失った。あんな短い時間で本当にこの建物のてっぺんにまで辿りついてしまったことも驚いたけれど、何よりこの部屋から見える景色がとても綺麗だったのだ。
『この部屋の壁は全面ガラス張りになっています。ですので、ここから周囲一帯を眺めることが出来ます。ちょうど、今見えている方角は東です。ナンバー8904、私達はあの場所にいました』
そういって、ミシェルはガラス越しに外の世界に向かって指を指す。その指の先には、一つの建物が真っ白な世界の中で静かに佇んでいた。
あれが、僕が居た場所。ここから眺めると、それはとても小さく見える。
「ミシェル。僕はこれからどうなるの?」
僕はまたいつかあの場所に戻り、そして誰かを助けるために眠りにつき、自分に役割を果たすのだろうか。それとも、もう二度とあの場所に戻ることは出来ず、ミシェルと一緒にあの日々を送ることも出来ず、僕は僕の役割を果たすことも叶わないのだろうか。
分からないことばかりだ。でも、せめてこの先僕はどうなるのかだけでも知りたい。どうか教えてくれと、すぐ傍にいるミシェルを見つめる。ミシェルも僕のことをジッと見つめ返している。でも、ミシェルはが僕の問いかけに答えてくれることはなかった。
ミシェルは『管理システムへのアクセスを試みましたが失敗しました。緊急時用のセキュリティが稼働しているようです。異常事態と判断し、これからセキュリティの突破、および管理システムへの再アクセスを試みます。これには数日かかる可能性が高いです』と、また僕には良く分からない言葉を口にする。
何も言えない僕に対し、リノは少しだけ熱の籠ったような声で、「その管理システムというのにアクセス出来たら、昔のことがより詳しく分かったりするの?」とミシェルに尋ねる。するとミシェルは『昔のこと、が指す時期が分かりません。管理システムにアクセスすることで、どうしてこのような異常事態に陥ったのか、人が誰もいないのか知ることは出来るかもしれません』と、そう答えるのだった。
「それで充分。じゃあ、ひとまずこれからどうするかは決まりね。ロボットは数日かけて管理システム? というのにアクセスできるか試す。その間、私は私で勝手にこの禁地一帯を調べて回る」
リノは「ハクはどうする?」と僕を見て言う。
そんなハクからの問いかけの後、僕は自然と視線をミシェルに向けていた。
僕はいつだってミシェルの言う通りにしてきた。だって、それが一番正しいと思っているから。
僕は、出来る事ならミシェルと一緒にいたい。ミシェルの手を握っていた。僕は怖いのだ。僕は寂しいのだ。だから、僕はミシェルから離れたくなかった。
僕はここで、ミシェルと一緒にいる。そんな言葉が喉元を過ぎ去り、口から出かかる。でも、その言葉がついぞ僕の口から出ることは無かった。
ミシェルは僕にこう言う。
『ナンバー8904。食料が必要です。食料を探してきてくれますか?』
僕は口から出かかった言葉を飲みこんで、代わりの言葉を口にするしかなかった。
「うん」
息苦しい。とても息苦しい。
それはきっと、僕があまりにも不器用過ぎるから。不器用過ぎるのは、僕が幼過ぎるのと、結局自分自身のことを良く知らないから。
『怪我もあります。あまり無茶な行動はしないでください』
「うん」
多分、今の僕は不器用な笑みを浮かべているのだろうなと、そんな事を思った。
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