3-4

 雪は止んでいた。積もった雪に足跡を残しながら、僕は先を行くミシェルとリノの後を追うように前へ進む。雪を踏みつけて歩くのはこれが初めてのことで、ふと後ろを振り返ると、汚れ一つなかった純白に、薄汚れた足跡が確かに刻み込まれていた。


 淡々と歩くミシェルとリノに置いて行かれないよう、時折早歩きになって雪を踏む。前を行くミシェルとリノは、時折何か言葉を交わしていて、「ここは何なの?」『教えられません』「あなたはなに?」『私はミシェルです』「あなたは、この世界に何が起こったのか知っている?」『知りません』というような言葉のやり取りが、冷たく澄んだ空気の中で繰り返されていた。


「…………」


 周囲には、半分ほど雪に埋もれた建造物が点々としていて、時折見かける標札は、中途半端な所でへし折れ、その一部が雪に埋もれている。


 視線を少し上に向ければ、所々崩れた連絡橋が目に留まる。そんな連絡橋に沿って視線を先へ走らせれば、遠くに薄っすらと大きな建物が見て取れる。どうやらミシェルは、この連絡橋に沿って進んでいるようだった。おそらく、あの薄っすらと見える大きな建物が先ほど話をしていた管理塔なのだろう。


 ミシェルは管理塔に行けばいいと言っていたけれど、果たしてあの薄っすらと見える大きな建物には何があるのだろうか。どうしてひとまず、あの管理塔という場所を目指すべきだとミシェルは言ったのだろう。


「…………」


 考えても僕に分かるはずもなかった。ミシェルに聞きたいけれど、慣れない雪道を、前を行くミシェルやリノに置いて行かれないように歩くので精一杯だ。それに、聞きたいことが沢山ありすぎて、正直なところ、自分でも何から聞けばいいのか分からなかった。


 ミシェルは言った。生まれた場所で眠りに着くことで、僕は誰かを助けることが出来ると。そして、それが僕の生まれた意味だと。それはとても良いことだと思った。だから僕は憧れを諦めることが出来た。憧れを深い底に沈めることが出来た。ミシェルと離れ離れになることも仕方のないことなのだと受け入れることが出来た。それなりの時間をかけて、僕はゆっくりと僕が生まれた意味を受け入れ、覚悟と言うほど張り詰めてはいなかったけれど、それでも、僕は僕が生まれた意味を、自分の幹にすり替えて来た。


 でも、そんな決心も無意味だったのだろうか。僕はまだこうしてミシェルと一緒にいる。誰かを助けることは出来ていない。加え、僕は僕以外の誰かと出会って、こうして一緒に歩いてさえいる。そこに沈めたはずの憧れが、僕の目の前に不意に現れた。それは、僕にとってはとても嬉しいことであるはずだ。でも、僕の胸の内は不安定な恐怖心に覆われている。その不安定な恐怖の源なんて、考えなくともすぐわかる。僕は、長い時間をかけて、ゆっくりと自分の幹に据えたそれを失ったのだから。


 ミシェルから「あなたが生まれたのは、誰かを助けるためです」と聞いた時、僕は拠り所を見つけることが出来たような気がして安堵した。僕は今まで、心が安らいだのは、こんな僕でも誰かの役に立つことが出来るのだと分かったからだと思っていた。でも、実際のところは違っていて、僕は誰かの役に立てるという点に安堵したのではなく、こんな僕にも生まれた意味があったこと自体に安堵したのかもしれない。


 何も分からない。この先に何があるのかも僕は分からない。それがきっと怖い。でも、一番怖いのはそれではない。


 僕は僕が生まれた理由を見失った。分からないことだらけでも、それだけは確かだ。


「ハク? 大丈夫?」


 ふと声を聞く。深いところへある種の心地よさを持って落ちていた何かを、その声は拾い上げてくれるようで、僕は足元ばかりを見ていた視線を上げた。視線を上げると、目の前にはリノの姿があった。


「何? もうバテたの? 君、体力ないね」


 リノは「ほら」と言って僕の左手を取る。それからリノは僕の手を引っ張って歩く。僕はリノに手を引かれ歩きながら、「暖かいな」と、ミシェルとは違うその感覚と共に、絵本でも眺めるような心地でリノに握られた手をジッと見つめて歩くことしか出来なかった。

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