3-3

「あれが空なの?」と、僕はあの雪が降る黒い空を指さしリノに尋ねる。リノは「そうだよ」と答えてくれる。「なんでそんな当たり前のことを聞くの?」と、今度はリノが僕に尋ねる。僕は「僕が本で知った空は青色だったから、本当にあれが空なのか気になったんだ」と答えた。するとリノは、「青い空なんて、もう何年も見てない」と、そんな事をポツリと溢すのだった。それも、リノが見た青い空というのは、数十分間雲と雲の切れ間から覗いたものだったのだと言う。


「雪は?」と聞くと、リノは「雪が降って来たのはここ最近ね」と、答えた。


 なんだか不思議だった。絶対に見ることなんて出来ないものを見ていて、絶対に会うことは出来ないと思っていた誰かと会って、こうして話をしている。フワフワと、まるで現実感が無い。なんだか、自分のことを半歩後ろから眺めながら、黒い空と白い雪を視界に収めてリノの声を聞いている。


 それからも、僕は考えも無しに頭の中に浮かんだ言葉をポツポツとリノに投げかけた。同様に、リノもまた呆然とした顔つきで僕にポツポツと言葉を投げかける。


 途中、「寒いね」と僕が呟くと、リノは「はい」と大きなリュックサックから羽織るものを取り出して僕に手渡してくれる。僕は「ありがとう」といって受け取ったそれを羽織る。羽織ると、なんだか安心した。


 そんな風に、取り留めもないやり取りをしているうちに、ガタガタという物音が聞こえ初め、それは次第に大きくなっていった。リノがいる後方。何かと思い物音が聞こえる方に目を向ける。程なくして『ナンバー8904』という声が聞こえたものだから、僕は無意識に「ミシェル!」と声を上げた。ミシェルの姿を見た途端、緊張の糸というか、そういうピンと張ったものが緩むのが良く分かった。


『ナンバー8904。目が覚めたのですね』


 ミシェルはそう言って僕の所に近寄って、僕の右腕に目を落とし、それから僕の頭を撫でる。


 ああ、ミシェルがいる。僕の良く知るミシェルは、まだ僕の近くに居てくれた。


「ミシェル。どこに行っていたの?」

『はい。周囲の様子に異常が見られたため調査を行なっていました。結果、分かったことが四点あります』


 それから、ミシェルは淡々とした口調で話をする。


『一つ目。施設一帯の稼働状況について。四棟のうち、三棟の電力供給は途絶えています。各棟に備わっている発電機能もダウンしている様です。そのため、四棟のうち、我々がいた一棟のみが稼働している状態です。また、管理塔については一部機能がダウンしていますが、管理システムは正常に動作している様です』


『二つ目。外部との通信状況について。外部ネットワークの通信を試みましたが、失敗しました。原因を特定することは出来ませんでした』


『三つ目。降雪について。私の知る限り、この地域で雪は降りません。ですが、現在降雪を確認しています。地球の気候が変動していると考えられます。原因は不明です』


『四つ目。管理者について。施設を管理している管理者の存在を確認できませんでした。また、ここ一帯に人間はいないようです。原因を特定することは出来ませんでした』


 ミシェルは、『以上』と話を終える。その後、『ナンバー8904、ひとまず、管理塔へ向かうことを進言します』と言うが、僕はミシェルが何を言っているのか全く以て理解することが出来なかった。ミシェルが淡々と話す様は、まるで僕が知らないミシェルの様で、少しばかり怖いと思ってしまった。


 僕が何も言えないでいると、いつの間にかミシェルの隣にまで近寄ってきていたリノが「ロボットは何機も見て来たけど、喋っているところを見るのは初めて。というか、ロボットって喋るんだ」と、そんな事を言う。そんなリノに対し『あなたは、この異常事態について何か知っていますか?』とミシェルは尋ねる。リノは「知っている訳ないでしょ。むしろ、私の方が知りたいくらい」と立ち上がる。


「どこに行くの?」

「このロボットが言った場所よ。管理塔だっけ? ひとまずそこに行ってみましょう。ここ、食べる物もないみたいだし、どこか拠点になる場所を探さないと」


 そう言って、リノは大きなリュックサックを背負う。一方ミシェルは『ナンバー8904、どうしますか?』と僕のことを見つめるばかりだった。


 無論、僕に言えることなど何もない。ミシェルがそう言うなら、僕はそうする。僕は今までそうしてきた。


 ミシェルの方を向いて小さく頷く。


『分かりました。では、管理塔まで案内を開始します』

「今回、禁地の探索は苦労しなくて済みそうね」


 ミシェルとリノの後に続いて立ち上がる。


 視界の先、そこには白と黒しかなかった。

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