番外編その2 今年の魔法学園には問題児が来るそうですわ!
「やっと見えた」
ど田舎の故郷から馬車に乗って半月以上経っている。
こんなに長い間馬車に揺られていると体のあちこちが痛くなって堪らない。
ぐっと背伸びをして目的地の周囲を見る。
山、湖、以上。
広大な自然と言えば都会暮らしの子達は喜ぶのだろうが、田舎者からすれば普段と変わりない光景だ。
「お客様さん達!もうすぐ着きますぜ」
乗合馬車の御者さんが声をかけてくれたので、馬車の中が慌ただしくなる。
私も自分の手荷物をまとめていつでも降りれるように準備する。
大半の荷物は先に運搬してもらっているので、大きめの鞄一つだけだ。
馬車が止まったのは目的地の少し手前にある場所だった。
ちょっと前までは目的地の中まで馬車が進めたのに、今は警備の都合上で手前までしか進めない。
とはいえ、止まった場所には多くの馬車が集まっていてさながら王都にある乗合馬車の停留所だ。
私と同じくらいの学生達で溢れかえっているこの場所には馬車を管理する建物がいくつかと荷車を簡易店舗にしたり、地面に布を敷いただけの露店がいくつもあった。
話には聞いていたけど、この時期の名物になっている市場だ。
売ってある商品はどれも中にある商品の劣化品や在庫処分で値引きされた品なので私は興味ない。
料理を提供している屋台に食欲をそそられるが、我慢我慢。
「魔法学園行きの定期便が間も無く発車しまーす」
「はい!乗ります!」
中継地点であるこの場所から都市をぐるっと囲んだ門の中へは専用の馬車が出る。
私は入学届を見せて乗り込んだ。
「発車ー!」
一番後方の席からさっきまで居た場所を眺める。
あれだけ賑わっている市場がかつて二人の魔法使いが起こした大爆発の爆心地だと知っている私は改めてその規模に驚かされる。
「やっぱりお姉ちゃんはとんでもないね」
人生で何度も聞いてきた言葉が私の口からすんなり溢れるのだった。
「よし、行くか」
真新しい制服に身を包んで私は仮住まいの寮を出る。
たった一週間くらいしか居なかった場所だけど、明日からは新しい寮に移ると思うと哀愁が……無いな。
寮から入学式のある講義堂までは徒歩での移動になっている。
まだ街に慣れていない子には道案内用の魔法で作られた半透明の青い鳥が付いている。
そのくらいこの魔法学園は広くて複雑だ。
魔法学園。
優れた魔法使いの育成を目指すこの学園には国内から魔力を持つ全ての子供達が集められる。
貴族も平民も関係なく、魔力を持つだけでこの学園に自動的に入学することになっており、優秀な魔法使いの確保は国の優先事業とされている。
学園の中には生徒に必要な物を販売する店や、子供に会いに来た親のための宿、魔法による実験で野菜を育てるための農場や牧場まである。
都市中央に校舎があり、それを取り囲むように関連施設や店、学生寮がある。
毎日の登校だけでもそれなりな運動になってしまうから足が鈍っている子は大変だね。
まぁ、それも学園側の狙い通りだけど。
「ちょっとズルしちゃお」
私は体内にある魔力を足元へ集中させる。
身体強化という基礎中の魔法だ。
とはいえ、
「よっと」
体が軽くったように感じた私は地面を蹴って走り出す。
ただ走っていても余裕で入学式には間に合うけど、折角ならちょっと遊び心を加えてみよう。
手近にあった木を駆け上がり、建物の屋根へと飛び移る。
そこから次の建物へと跳躍し、バランスを崩さないように走る。
お姉ちゃんから教わったパルクールという訓練の一つだ。
田舎では森の中を木から木へと移動するだけだったのが、都市だと建物が多くて楽しい。
そのまま調子に乗って走り続けた私はより高難易度な道を選んでしまって、結果的に集合時間ギリギリに講義堂に辿り着いた。
一人だけ汗をかいているせいで他の子達から笑われてしまったのはちょっと恥ずかしかったよ。
「こほん。新入生の諸君、ようこそ魔法学園へ」
スカートの裾をパタパタしながら熱を逃していると入学式が始まった。
最初は学園の代表である理事長のお話からだ。
アルバス・マグノリア理事長。現役の魔法使いの中では一番高齢だけど、その実力はトップクラス。
まだまだ元気な優しそうなお爺ちゃんのありがたいお話が広い会場内に響く。
その後も現生徒会長の話や来賓の人の話が続いていくけど、正直退屈だ。
どうして偉い人の話ってこんなに長いんだろう?
あくびをしながら早く入学式が終わらないかな〜と祈る。
最後に新入生代表で公爵家の男子生徒が挨拶をして入学式が無事終了した。
入学式が終わると、いよいよこの魔法学園に来て初めての魔法のテストが始まる。
クラス振り分け試験。
魔法学園は成績によって教室や授業のグレードが変化する完全実力制だ。
その最初の振り分け試験は入学時の生徒の実力を知るためのものであり、私はスタートダッシュを決めるために一番上のAクラスを目指したい。
「試験内容は至ってシンプルです。少し離れたあちらにある三つの的に魔法を当ててください。評価ポイントは三つの的に当てるまでの時間と使う魔法の種類となります」
試験官の教師が説明をしてくれた。
今いるのは周囲をぐるっとレンガの壁に囲まれている屋外演習場で番号順に試験を行う。
離れた場所にある木製の的との距離は十五メートル程度で、簡単な初級魔法でも当てられる。
より上位の成績を出すには的に当てるための魔法も工夫しないとならない。だけど、大掛かりで難しい魔法ほど時間がかかるから注意しないといけない。
次々と番号と名前が呼ばれて新入生達が魔法を使う。
だけど多くの子達は的に当たりすらしない。途中で魔力切れを起こす子もいる始末だ。
多分、ああいうのは魔法の教育を受けられなかった平民の子だろう。
学園を卒業する頃にはこの試験も楽々クリア出来るようになっているから頑張ってね!というのは上から目線か。
「次、レッド・フルハウスくん!」
「ふっ。俺の出番か」
名前を呼ばれて前に出たのは真っ赤な髪をした自信満々の少年だった。
有名人なのか、周りの女の子達が黄色い歓声を送っている。
確かに美形ではあるけど、どうも私のお兄ちゃんに比べると一歩劣るね。
「これがフルハウス侯爵家の長男である俺の力だ!」
「すげぇ!」
「流石レッド様ですわ!」
レッドという少年は一発も外す事なく火の魔法で作った火球を的に命中させた。
魔法のコントロールも撃ちだすまでの速さも中々だ。
これまでの生徒の中で一番じゃないだろうか?
「俺としたことがやり過ぎてしまったな。まぁ、他の者達も気後れせずに思いっきりやってくれ。俺の後ではどんな成績も霞んでしまうだろうがな」
「「「きゃ〜レッド様!」」」
キザったらしく前髪を上げる少年とその仕草に目をハートにして更に黄色い声を出す取り巻き達。
うっざ。まじうざい。
たったあれだけの魔法で盛り上がるなんて今年の新入生は質が低いのかな?
こんなのが同級生だと思うとちょっと気が滅入る。
他の試験場に分かれた友達が良い成績を出して私と同じクラスになってくれれば良いけど。
「次、リーフ……くん」
「はーい」
レッドとかいう彼の後に名前を呼ばれたのは私だった。
試験官の人がひどく苦々しい顔をしていたのが気になるけど、私は自分のベストを尽くすだけだ。
「えっと、この試験は魔法を的に当てる試験だ。それ以上でもそれ以下でも無い」
「はい。つまりは的をぶっ壊せばいいんですよね?」
なんて簡単な試験だろうと思う。
試験官の人が補助をしていた別の教師に慌てて何かを伝えていたけど、まぁ関係無いか。
「あの子かわいそうだわ」
「レッド様の次だなんて。自信を失くして落ち込まなければいいけど」
「そう言うな。俺が凄いのは当たり前だが、もしかすれば良い成績を出すかもしれんぞ?Cクラスくらいには届くかもしれん」
外野がうるさい。
これはちょっと教えてあげるしか無いようだ。
上には上がいるという事を。
「見て、あの子杖を持っていないわ」
「よほど貧乏なのね」
そんな事は無い。
私の制服の内側には大切な家族が特注で作ってくれた素晴らしい魔法の杖がある。
でも、別に杖が無くとも魔法は発動出来る。それがとても難しい事でひと握りの者しか使えない方法だから知名度は低いけど。
どうせ今日はこの後に実技の授業があるわけでも無いし、ありったけを込めてやろう。
体内を流れる魔力を練り上げて放出する。
イメージするのは私が目標とするお姉ちゃん。
憧れの姉に近づくために私は努力してきたし、色々と真似してみた。
いつかお姉ちゃんやお兄ちゃんに並ぶ凄い魔法使いになるために私はこの学園に来たんだ。
「ぶっ壊れろ!!」
中指を突き立てて私は魔法を発動させる。
使う魔法は一族が代々得意としてきた風の魔法。
ゴォオオオオオオオオオオオオオーーーッ!!
限界まで魔力を注ぎ込み、圧縮された風の魔法が爆発する。
もはやそれは風とは呼べない。竜巻を発生させる嵐の誕生だ。
「全員退避ー!逃げろー!!」
「あはははは!どーよ私の魔法は!!」
私が全力で放った嵐は的を全て巻き込んで破壊し、試験場の地面を抉り取った。
ちょっとムキになったせいで大きくなった竜巻からみんなが悲鳴を上げて逃げ出した。
その中にはさっきまで威勢の良かったレッド・フルハウスくんも居たので私はすっかり上機嫌になったのだった。
試験の結果、私は一番最下位のクラスになった。
魔法学園内にあるとある屋敷。
「お姉ちゃあああああああああああん!!」
「リーフ。ここでは良いけど外ではちゃんとシルヴィア先生って呼びなさいよ?」
私は年甲斐もなくお姉ちゃんに泣きついた。
「私、振り分け試験で頑張ったのにコレはあんまりだよ!」
「あのね。試験官からの忠告を無視してあんな魔法を使うからよ。あの演習場を直したの私とマーリンなんだからね?」
ため息を吐くお姉ちゃんの横には黒い髪をした中年の男性が立っていた。
私の義理の兄で、お姉ちゃんの旦那さんでもあるマーリンさんだ。魔法学園で理事をしているとても偉い人だ。
「魔法自体は素晴らしいが出した被害が大きく、生徒の中にはトラウマになっている者もいる。頭を冷やせという意味も兼ねてのFクラスだ」
「そんな〜!だってみんなと同じように全力を出しただけなのに」
「その全力が問題なのよ。リーフ、貴方に魔法を教えたのは誰?」
「お姉ちゃん達」
私のお姉ちゃん、シルヴィア・クローバーとその仲間達を知らない人はこの国にはいない。
かつてこの世を支配しようとした悪の魔法使いから二度も世界を救った英雄だからだ。
五つの属性と闇の神から加護を受け、闇の巫女として圧倒的な力を持つシルヴィアお姉ちゃん。
四つの属性を持ち、伝説の妖精族と人間とのハーフで天才と呼ばれるマーリン義兄さん。
実家であるクローバー家で歴代一位の風魔法を使うクラブお兄ちゃん。
水と闇魔法を使う王家の懐刀であるエリスお姉ちゃん。
その旦那さんで現騎士団のジャックお兄ちゃん。
初代国王の再来と呼ばれ、現国王でもあるエース陛下と光の巫女と呼ばれるお姉ちゃんの親友でもあるアリア王妃。
その他にも何人かいるけど全員解説すると長いからカット。
「……改めて羅列すると、とんでもないわね」
「全部シルヴィアの人脈なのだがな」
私は小さい頃から色んな人達に面倒を見て貰った。
英雄の妹なんて凄く誇らしくて、私も頑張ろうって思った。
だから教えてくれたみんなのためにも学園でトップになろうとしたのに。
「ごめんなさいお姉ちゃん」
「まぁ、リーフの成績なら次の試験で挽回してAクラスになれるわよ」
「本当!?」
「お姉ちゃんが保証するわ。それに、Fクラスも悪く無いわよ」
私はそこで、ある事を思い出した。
マーリン義兄さんの妻であるお姉ちゃんもこの魔法学園で働く教師だ。
今は生まれた息子のアーサーのために育児休暇を取っていたけど、その期間は確か……。
「今年から私がFクラスの担任なのよ」
「わーい!お姉ちゃんのクラスだ!」
そうなれば最下位のFクラスも悪くない。
お姉ちゃんは学生時代にFクラスの生徒達を鍛えて優秀な成績を出させた名コーチだ。
教師になってからは生徒からも人気の先生で、一年生からお姉ちゃんが担任なら私も嬉しい。
「育休で鈍っていた分、ビシバシいくわよ」
「はい。よろしくお願いしますシルヴィア先生!」
よーし、幸先が悪いと思っていた学園生活もなんだか楽しくなりそうだ。
こうなったら三年連続でトップの成績を出して卒業してやる!
その後は素敵な旦那様を見つけてお姉ちゃんみたいな幸せな家庭を築けたらいいなぁ。
「シルヴィアとリーフのクラスか……。今年は例年以上に胃薬の調合をしなくてはな」
「あー、あー」
ぼそりと小声で何か呟いた義兄さんと、お姉ちゃんの腕の中で拳を突き上げる甥っ子のアーサー。
リーフ・クローバー、全力で頑張ります!
拝啓。
お父様、お母様。リーフは故郷から離れた魔法学園でも元気にやっています。
だから帰省中のお説教だけはお手柔らかにね?
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続かないよ!(今のところは書くつもり無い……多分)
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