エピローグ 未来の魔法使い達。
「母ちゃん!手紙来てるぞ」
「何度言ったらわかるのよ。母ちゃんじゃなくてママでしょ?」
家の玄関横にあるポストから手紙の束と新聞を手渡すと母ちゃんは小言を言ってくる。
毎日毎日同じ事を言われているけど、この年にもなってママなんて呼ぶのは恥ずかしい。
だってオレはもう7才なんだ。
「これは請求書、こっちは招待状、……シンドリアンから来るなんて珍しいわね。シンドバットに5人目の子供でも出来たのかしら?」
この家には毎日あっちこっちから手紙が沢山届く。
それだけ母ちゃんや父ちゃんの友達が多いんだよな。
オレも近所に友達が沢山いるし、街中で声をかけてくれる兄ちゃんや姉ちゃんも多い。
ただし、それはオレが母ちゃんと父ちゃんの息子だからだ。
遊んでくれるのは嬉しいけど、ちょっとつまんない。
「アーサー。そろそろ時間だからパパを起こしてきてくれない?」
「嫌だよ。母ちゃんが起こしに行けばいいじゃん」
「私は朝ご飯の用意があるの。ほら、早くして」
「ちぇ…」
うちの家は近所でも一番大きな屋敷だ。
他の屋敷だとメイドとか執事とか使用人達を雇っているのに、うちは週に一回お手伝いさんが掃除をしてくれるだけだ。
それ以外は家族全員で分担している。
まぁ、他所と比べてもうちは珍しかったり特殊な魔道具があるからその辺は楽なんだよな。
オレだって一人で洗濯出来るんだよ。
階段を登って父ちゃんの書斎に入る。
「父ちゃーん。朝だぞ!」
「…………」
沈黙。起きる雰囲気じゃない。
父ちゃんはいつも忙しそうにしてて、昨日の夜に書斎で仕事してた格好のまま机で寝てる。
毛布がかけてあるのは母ちゃんがやったんだろうけど、それやるくらいなら起こせよな。
「起きろ〜」
穏やかな顔して寝ている父ちゃん。
友達の親と比べたら年は少し上なんだけど、母ちゃんと同い年って言ってもバレなさそうなくらい若々しい。
ただ、起きている時は眉間に常に皺が寄っているので怖そうに見えるんだよな。
オレもいずれそうなるかもしれないと言われた事がある。ただでさえ母ちゃんの目がつり目なのにこれ以上人相が悪くなりたくない。
父ちゃんを揺さぶっても叩いても起きない。
よーし、こうなったら実力行使だ。
「出番だぞブラックスター!」
「わんわん!」
オレが名前を呼ぶと足元の影から全身が真っ黒で、額にだけ白い星形の模様がある獰猛な……獰猛になる予定の子犬が出てきた。
オレの相棒の召喚獣だ。
「よし、ブラックスター。やっちまえ!」
「わん!……あおーーーん!!」
ブラックスターが大きな声で鳴くと、口から突風が吹く。
父ちゃんは椅子ごと壁際に吹っ飛ばされて転がった。
「な、何事だ!?」
ダメージを受けたら流石に起きたな。
父ちゃんは素早く杖を構えると周囲を警戒した。
その身のこなしはさっきまで涎を垂らしそうだった人間とは思えない。
「……アーサー。お前がやったのか?」
「うん。オレとブラックスターだよ」
「わんわん!」
普通、オレくらいの子供は召喚獣を持っていない。
みんなは学園に入学してから初めて召喚獣を呼び出すんだ。
だけどオレは生まれつき魔力が多いらしくて、色んな属性が使える。
父ちゃんや母ちゃんよりも種類が多いらしい。
それに目をつけた母ちゃんが早いうちから魔法の修行をさせようと言って、オレもそれを受け入れた。
その結果がブラックスターだ。子犬だったのは残念だけど、母ちゃんのオロチみたいな蛇じゃなくて良かった。
「周囲をよく見なさい」
「あー……」
父ちゃんに言われて部屋の中を見渡すと、飛び散った書類に床にこぼれたインク。
戸棚に並べてあった魔法の実験に使う材料も落ちている。
「私が起きなかったのが悪いとはいえ、もっと穏便な方法があったはずだ。ママが朝食の準備を終えるまで水の入ったバケツを持って玄関先に立っていなさい」
「はーい……」
怒られてしまった。
先生モードのスイッチが入った父ちゃんはメチャメチャ厳しいので逆らえない。
こんなんだけど、休みの日は一緒に遊んでくれる大好きな父ちゃんだ。
オレは肩をがっくり落としてバケツの準備をするのだった。
……気がついたらブラックスターが勝手に影の中に逃げ隠れていた。あの野郎!
「じゃあ、ママ達はお仕事に行くからね。遊びに行くとは戸締りをして夕方の日が沈む前までに帰ってくるのよ?」
「ほーい」
朝ご飯を食べ終わると母ちゃんと父ちゃんは職場の制服と魔法使い用のローブを羽織って家を出る。
ちょっと前まではオレも一緒に連れて行かれて授業中の教室にいたけど、静かにじっとしているのが苦痛だった。
ブラックスターを呼び出したり近所の友達が出来て、一人でも留守番出来るようになったら連れて行かれなくなった。
ただし、オレが出かける時は必ず黒い小鳥がついて来る。
父ちゃんと母ちゃんが作ったオレを監視するための魔法で作られた半透明な鳥だ。
誘拐なんてまだ一回しかされてないのに大袈裟だよな。
……その一回でかなり有名だった犯罪組織が徹底的に潰されたけどな。
オレは母ちゃん達を見送るとお気に入りのおもちゃをバッグに詰めて家を出る。
母ちゃん達には内緒で人に会いに行くんだ。
ブラックスターと一緒に魔法学園の中を通り抜けて、都市部から離れた牧場にやって来た。
小さな子供が移動するには距離があるけど、母ちゃんが考えて父ちゃんが作ったキックボードがあれば楽チンだ。
「おーい!髭のじいちゃん!」
「ほほほっ。今日も元気じゃなアーサーは」
オレが会いに来たのはこの牧場によくいる白くて長い髭が特徴的な魔法使いのじいちゃんだ。
実はこの学園で一番偉い魔法使いなんだけど、よくサボってはここでのんびりしている。
父ちゃんは忙しそうなのな。
「じいちゃん。今日も魔法を教えてくれよ!」
「いいじゃろう。ただし、その前に」
じいちゃんは杖を取り出すと、オレの後を追って飛んでいた黒い鳥に魔法をかけた。
こうすると鳥の機能が麻痺して、オレがずっと家にいたように報告してくれるんだ。
まだ本格的な魔法の修行は早いって言って、地味な修行をさせてくる両親とは違ってこのじいちゃんは色々と見せてくれるし教えてくれるんだ。
でも、その事を母ちゃん達に言うと怒るからこうして誤魔化しているんだ。
「これで準備万端じゃな」
「はやくはやく!」
「ほほほっ。やっぱりアーサーは元気な子じゃ。そのまま大きな成長するんじゃぞ。……親は大切にの」
そう言ってオレの頭を撫でるじいちゃん。
多分、この人は父ちゃんの父ちゃんなんだろうけど、あんまりうちには遊びに来ない。
昔に何かあったんだろうけど、仕事では普通に父ちゃんや母ちゃんと話していたから不仲って訳じゃないと思う……まぁ、難しい事はどうでもいいや。
今はじいちゃんも楽しそうだし!
「やべっ。遅くなった」
じいちゃんとの魔法の修行が楽しかったせいで時間忘れてた。
じいちゃんは魔法で屋敷まで送ろうか?とか言ってくれたけど、オレの家は誘拐事件があってから防犯設備がデタラメに増えたんだ。
犯罪者を収監する牢獄の担当者が参考になるって言って見にくるくらいだ。
じいちゃんが凄い魔法使いなのは知ってるけど迷惑はかけられない。
オレは身体強化の魔法を使って力の限り地面を蹴る。キックボードの速度も早いからブラックスターは影に戻した。
母ちゃんや父ちゃんが仕事の残業で帰ってくるのが遅れますように!
そんな風に願いながらオレはキックボードを折り畳んで屋敷の玄関の鍵を開けようとした。
ギギーッ。
鍵を鍵穴に挿す前に扉が先に開いた。
「おやおやアーサーくん。門限オーバーしてるんじゃないの?」
「げぇ。リーフおばちゃん」
屋敷の中にいて意地悪そうな顔でオレを見下ろしていたのは母ちゃんの妹のおばさんだった。
「何遍も言ってるでしょ?私はおばちゃんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん!」
「いてぇ!いてててて」
両手でグーを作ってオレの頭をぐりぐりするリーフ姉ちゃん。
そうだった。おばちゃん呼びすると機嫌悪くなるんだった!
「まだ私は20才になったばっかりだっての」
「でも、その時にはもうオレが産まれたって母ちゃんが」
「……何よ。あんたまで私を行き遅れだって言いたいの?」
目から光が消えるリーフ姉ちゃん。
前に会った時は笑って冗談で済ましていたのに、何があったんだよ!怖いよ!
「……まぁ、いいわ。お姉ちゃんと義兄さんはまだ帰ってないのね」
「よかった……間に合ったぜ」
「いや、あんたが遅れたのはしっかり報告するから」
「そんなぁ!?」
そりゃあないぜリーフ姉ちゃん。
オレはなんとか黙っていてくれるようにお願いをするけど聞く耳を持ってくれない。
「忘れたわけじゃないでしょ?前の誘拐事件」
「……忘れてないけどさ。オレも怪我無かったし」
「結果的にね。あの時のお姉ちゃんと義兄さんを止めるの苦労したんだから。拐った連中の命が消えるとこだったのよ」
縛られて他にもいた誘拐された子供達と話をしてたら両親が助けに来てくれた。
あの時は二人共、オレを見て大泣きしてたんだ。
それが一番印象に残っている。
「あの夫婦、家族を失う事が何よりも怖いのよ。愛が深い人達だから」
「うん。エカテリーナ姉ちゃんの事は知ってるよ」
今でも父ちゃんと母ちゃんと三人で写っている写真が飾ってある。
本当は神様だったらしいけど、母ちゃん達の子供として一緒に暮らしていたんだって。
懐かしそうにその話を寝る前にしてくれた。
だからオレには何不自由なくのびのびと過ごしてほしいって。
「あの二人に睨まれるの嫌だからあんたを売るわね」
「そんなに自分がかわいいかよ!?人でなし!!」
「はん。何とでも言いなさい」
腕をグルグル回しながらリーフ姉ちゃんにパンチしようとするけど、頭を押さえつけられて手が届かない。
魔法学園の研究職員兼王国騎士団の実力は伊達じゃねぇな。
調査だとか捜査だとか理由つけて国内外をプラプラしているから彼氏が出来ないんだぞ!と言いたかったけど、それ言うとシャレにならない仕返しが来そうだから止めとく。
とりあえず屋敷の中に入ってリビングに腰かける。
リーフ姉ちゃんも我が物顔で座った。
「そうだ。あんたにお土産あるのよ」
「また魔獣のウンコだとかだったら怒るからな」
「あれは貴重な資料だったの!……じゃなくて、コレよ」
そう言ってリーフ姉ちゃんがパンパンに膨れている鞄から投げ渡したのは本だった。
タイトルは『カッコいい召喚獣図鑑』。
「これ最近発売されたやつ!まだ魔法学園で販売されてないんだよ。ありがとう!」
「お礼はクラブお兄ちゃんに言いなさい。ソフィアさんと一緒に買って私に預けてきたのよ」
ここから離れた遠い場所に母ちゃんの実家がある。
クラブおじちゃんはそこで領主様をしている凄い人だ。
クローバー伯爵邸にある書斎は父ちゃんの書斎に負けないくらい沢山の本がある。
うちの本がまだオレが読めない難しいのや母ちゃんの恋愛小説?ばっかりなのに対して、クラブおじちゃんのは幅広いジャンルの本が置いてある。
おじい様やおばあ様とソフィアお姉ちゃんはオレが帰省するといつもニコニコ笑顔で出迎えてくれる。
そんな人達から貰った本って嬉しいな!
「それからこっちは騎士団長から」
次に渡されたのはおもちゃの剣だった。
本物の騎士が持っている紋章や名前が刻まれているカッコいい剣のレプリカ。
キチンとオレの名前が彫ってある。
「最初は本物の剣だったのよ。……流石に奥さんに止められていたけど」
騎士団長はオレを含めた男の子の憧れだ。
誰よりも勇敢で剣の達人。白銀の白虎に跨って悪者をばったばったと斬り倒すんだ。
誘拐された時も騎士団長が協力してくれたんだよな。
「私も騎士団なんですけど?」
「知ってるけど、下っ端なんでしょ?」
「今はね!いつか団長になってやるわよ」
そんな事してたらまた婚期が遠のくと思うけど、口は
災いの元だって母ちゃんも言ってた。
『なんだと!?』と『やったか!?』はフラグがどうとかで禁句だって。
「それからそれから……」
「まだなんかあんの?」
やっぱり父ちゃんと母ちゃんの知り合いが多いから渡されるお土産の数も多い。
毎年誕生日になるとプレゼントが沢山届くんだ。
きっとそれはオレが二人の息子だから。
……あーあ、やっぱオレ個人を注目してくれる人はいないのかな?
「お姫様から手紙あるけどいらない?」
「イリヤちゃんから!?」
勿体ぶって取り出された手紙をオレは身体強化の魔法を使って奪い取る。
お姫様の名前はイリヤ・スペード。このトランプ王国の第一王女だ。
年齢はオレの一つ下。
母ちゃん達と一緒にお城に挨拶に行った時に初めて会って、すぐ仲良くなった子だ。
いかにもお姫様って感じの大人しい子で、超可愛いんだ。
「現金なやつね。アリアさんの目論見通りになりそうだわ」
なんかリーフ姉ちゃんが遠い顔をしているけど、それより手紙の中身だ。
オレは封筒がビリビリならないように細心の注意をはらって開封する。
いい香りのする便箋にはまだ辿々しい筆跡で文字が書いてあった。
「なんて書いてあるの?」
「教えないよ」
そこにはお城にずっといて退屈だから近々遊びに来て欲しいっていうのと、他の貴族の子達だと魔法の練習にならないからオレに手伝って欲しいって事。それから季節の変わり目だから風邪をひかないようにお祈りしてますって。
これだよこれ。オレが望んでいたのはこういう内容だよ!
「さっそく父ちゃんにお願いしないとな。空飛んだら早く着くよな」
「何があったか知らないけど落ち着きなよ。ほら、お姉ちゃん達が帰って来たよ」
玄関の方から扉を開く音と二人の話し声が聞こえた。
オレはいつもみたいに仕事終わりの父ちゃんと母ちゃんを出迎えるために玄関へと向かった。
「おかえりなさい。父ちゃん!母ちゃん!」
だけどそこには具合が悪そうな母ちゃんが父ちゃんに支えられていた。
「お姉ちゃん!?何があったの大丈夫!?」
「リーフも来ていたのか。実はーーーー」
そして父ちゃんは、殺そうとしても簡単には死なない無敵で最強の母ちゃんがこうなっている理由を話した。
どうやらイリヤちゃんに送る返事の手紙に書く内容が決まった。
オレ、お兄ちゃんになるみたいだ!
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