11 悪役令嬢転生。破滅フラグを回避しつつゴリ押してみた結果

 

 魔法学園3年生の冬。

 周囲をぐるりと壁に囲まれた演習場。

 学園内にいくつかある演習場の中でも一番広くて観客が集まる場所だ。


 演習場の中で私がいる場所と観客席を分け隔てている壁には魔法への耐性のある魔樹が使われている。

 演習場を囲むだけの大量の魔樹は以前に私とキャロレインが奉仕活動をさせられたり時に切り倒したものが使われている。

 あの場所も今は開拓が終わり新しい研究施設の準備中だ。

 学生達を総動員して魔法の練習として魔樹を伐採したり岩を砕いたりしたおかげだ。


「頑張って姉さん!」

「お嬢様。ファイトですよ」


 観客席からクラブとソフィアが声援を送ってくれた。

 授業の一環で本来ならソフィアは入ってこれないんだけど、彼女の他にも暇人や仕事を抜け出して集まっている人がいる。

 中には飲み物や軽食を売りに来ている商魂逞しい人もいる。


 ……って、あの人ゼニー商会の人じゃん。

 ジェリコ・ヴラドが横入りして建てた店が一年足らずで潰れてしまい、空き店舗をそのまま利用してオープンしたゼニー商会魔法学園支店。

 王都での最新流行の服や本、授業で使う教材なんかを取り扱っている。目玉商品は私が日本で遊んでいたボードゲームで、休みの日に遊ぶ人が多いらしい。

 店の評判もいいし、しばらくは潰れる心配もいらないわね。


 ソフィアもちゃっかり飲み物を買ってクラブに渡しているし。

 あの二人は両親公認で付き合い始めてもあんまり変わったようには見えない。

 元々が同じ家に住んでいて距離感も近かったから当然なんだけど、もっとイチャイチャしても良いと思う。

 あそこにいる馬鹿みたい。


「もうすぐ始まってしまいますの。そろそろ起きてくださいまし」

「や〜だ。あと少しだけこのままがいいじゃん」

「シン様。お戯れも程々に。キャロレインが困っています」

「ちぇ、モルジャーナのケチ」


 年下で現生徒会長のキャロレインに膝枕してもらって寝転んでいたのはシンドリアン次期皇帝のシンドバット。

 うん。なんであの二人が交際しているのか不明なのよね。

 シスコンのニールさんがチャラ男なんて許すとは思えないんだけど、そこは次期皇帝の座をもぎ取ったシンドバット。

 学園卒業後、皇帝になる準備に入る彼には外交なんかを考えると強く言えないダイヤモンド公爵家当主様。

 ニールさんのヤケ酒にお師匠様が付き合わされそうね。

 モルジャーナさんも側室としてシンドバットハーレム入りするのが確定している。

 幼なじみで主従の関係だったのはクラブ達と同じだけど、気苦労が絶えなさそうだわ。


「シルヴィア。そろそろ始めるぞ」

「はい。マーリン先生」


 ストレッチをしているとお師匠様に呼ばれた。

 魔法学園の最高意思決定機関である統括理事会で正式に理事に就任したマーリン・シルヴェスフォウ。

 エリちゃん先生が抜けたり、ジェリコの裏切りもあって再編成の意味も兼ねて理事会は通常より早い選挙が行われた。

 私達が在籍していた事もあり、お師匠様は苦もなく当選した。マグノリア理事長も当たり前のように理事長の席に座っている。


 変化があるとすれば、ジェリコを筆頭にしていた貴族派の理事達の席が減った事ね。

 おかげでこれまでみたいにお金を積んで貴族が学園内で幅を利かせる事が減るとの予想だ。


 国内の貴族社会とは違う完全実力主義になると、成績下位の生徒がやる気を出して学園全体の実力が底上げされる。

 そうなればトランプ王国は優秀な魔法使いが多く在籍する大国として成長するわね。


「エース。どっちが勝つと思う?」

「決まっているだろう。俺は彼女を応援するよ」


 演習場の真ん中で私は今日の対戦相手と向き合う。

 相手側の応援には次期国王のエースと、ニールさんもいる騎士団への入団が決定したジャックがいた。

 ジャックは持ち前の勇敢さと剣術、魔術も合わせて騎士として国を守る事を選んだ。


 騎士団に入れば危険な調査任務があったりする。

 クラブの両親である叔父様や叔母様のように命を狙われてしまうかもしれない。

 でも、ジャックだって魔法学園で私達と一緒に鍛えてきた仲間だ。そう簡単に負けはしない。

 それに、騎士団の団長をしているのはエリスさんのお爺ちゃんだ。

 カリスハート家のバックアップもあれば怖いもの無しだという事は散々見てきたので知ってます。

 卒業したエリスさんもエースが国王になるために不穏な連中を処理したり、ジャックを神輿にして担ぎ上げて利用しようと企む貴族を処分したりしているし。


「では、両者前へ」


 新調した杖の準備はOK。

 体も十分に温まっている。

 今日は私の実力の全てを発揮できるベストコンディションだ。


「お手柔らかにお願いしますねお姉様」

「アリア相手に手は抜けないわよ」


 お師匠様が審判を務めるのは魔法学園の卒業試験。

 その最後にある学年首席を決める決闘。

 総合成績一位の私と二位のアリアで戦って、勝った方が首席だ。


 昨年はエリスさんが二位に圧勝して卒業をしたけど、今年は近年稀に見る接戦だった。

 ペーパーテストには自信があったんだけど、アリアの追い上げが凄まじかったし、クラブなんて満点だったわ。

 成績上位者同士の直接対決ではジャックがクラブに勝った。その直後に私に負けたけど。

 光の魔法使い同士の戦いでアリアはなんとエースに勝利を収めた。

 そして、最後の戦いが始まる。


「夢みたいです。わたしがこの場にいるなんて」

「それは私も同じよ」

「お姉様がですか?」


 悪役のシルヴィアはもうとっくに退場している筈なんだからね。

 そんな事を知らないアリアは私が冗談を言っていると思ったのか笑った。


「シルヴィア、アリア君。私の教え子である二人がこうして首席を争う事を誇りに思う。魔法の師としてここは公平に審判をする。正々堂々と戦い、己の全てをぶつけ合いなさい」


 私達に発破をかけると、お師匠様は下がって離れた位置で杖を掲げた。

 あの杖が振り下ろされた時が決闘の始まりだ。


「お姉様。わたし、勝ちます」

「強気な発言ね。今までアリアが私に勝った事あったかしら?」

「だからですよ。一度くらい勝ちたいんです。お姉様について行くために鍛えたわたしの全部をぶつけます」

「差を見せつけてあげるわ」


 お互いに闘志はメラメラと燃えている。

 いつでも魔法を使えるよいに体内の魔力を活性化させておく。


「ーーー始め!!」


 最初に動いたのは私だ。

 杖から風の魔法を放つ。

 私が得意とする風魔法の中でも一番早い風の弾丸。

 まともに受ければ体に穴が空くレベルの威力だ。


「やぁ!」


 桃色の髪が揺れる。

 後手に回ったというのに、アリアの杖から発射された光弾は私の魔法を綺麗に打ち消した。

 光魔法の攻撃って最速なのよね。


「だったらこれはどうかしら?」


 防がれるのは予想していたから次の手を打つ。

 人間一人くらいを飲み込むサイズの特大火球。

 火傷間違い無しの大技だ。

 火球はアリアへと迫るが、彼女は逃げるそぶりも無く、真っ直ぐに杖を構えた。


「いっけー!」


 私の特大火球を正面から消し飛ばすのは光の極太ビーム。

 魔力量にものを言わせたこちらも大技だ。

 流石にこれを受け切る自信は無いので、身体強化を使ってすぐさま横に跳ぶ。


「甘いですよお姉様」


 私が避けるのも想定していたのか、アリアはビームの出続ける杖を


「ちょ!?」


 まさかビームごと動くとは思っていなかった私は直撃を受けてしまう。

 魔法障壁にこれでもかと魔力を注ぎ込んだおかげで戦闘不能にはならなかったけど、二発目は耐えれない。


「ふぅ……成功ですね」

「こんなの聞いてないわよ」

「対お姉様用ですから。それに普通の人は今ので倒れるんですけど、どうしてお姉様は無傷なんです?」

「いや、かなり危なかったわよ。やるわねアリア」


 魔法学園に入学するまでは自分の魔力すらロクにコントロール出来ない少女だったとは思えない成長速度だ。

 私はお師匠様と長年訓練して、前世の知識も使って今の力を手にしたのに、アリアはそれを軽々と飛び越えていった。

 でも、たった三年しか魔法を学んでいないこの子には負けられない。私にもプライドがある。


 お師匠様の一番弟子として、破滅フラグを乗り越えてきた悪役令嬢として、主人公アリアには負けられないわよ!!


「だったらこっちも遠慮しないわよ」


 杖を地面に向ける。

 発動した土魔法によって地面がひび割れてアリアを飲み込まんと土の壁が迫る。

 だけど彼女は光魔法でその壁をブチ破る。


 それを待っていた私はアリアの足元の土に細工をして砂へと変える。

 突如足元が砂になったアリアの足はずぶずぶと沈んで身動きが取れなくなった。


「オマケよ」


 更にアリアの動きを封じるべく、水魔法を砂にかける。

 膝下まで水を含んだ砂に埋まったアリアの顔に焦りが浮かぶ。


「よし。私の勝ち……は?」


 勝利宣言をしようとした私は目の前の光景に間抜けな声を出した。

 なんとアリアが宙に浮いている。

 お師匠様のような妖精の羽があるわけでもないし、風魔法を使えないアリアが空を飛ぶのは有り得ない。

 だけど彼女は宙に浮いていた……両足の裏から光のジェット噴射をしながら。


「光魔法にはこういう使い方もあるんですよ」


 魔法を解除して地面に着地するアリア。


 光魔法って何だっけ?


 でも、今のとさっきのビームでかなり魔力を消費したはずだ。 

 その証拠にアリアの息が乱れている。

 まぁ、それはこちらも同じなんだけどね。


「お願いユニちゃん!」


 彼女が次に選んだのは召喚獣による攻撃だった。

 お師匠様を助けるために角を切り落とした一角獣はは再び生えた長い角をこちらに向けて走ってくる。


 人が乗れるユニコーンの大きさと体重、そして走る速度を考えるとトラックに衝突されるくらいの衝撃がある。

 そしてユニコーンの角は魔力を突き破る効果もあるそうで、魔法障壁が意味をなさない。

 このユニコーンはエースの黄金の獅子とも引けを取らない戦いをした猛者だ。


「そっちが召喚獣ならこっちも召喚獣よ」


 私は足元の影に潜ませていた獣を呼び出す。

 エカテリーナ達と別れる時に闇の神から与えられた黒い光。

 それこそが私の新しい力だった。


「蹂躙しなさい!!」


 ユニコーンに向かって飛び出したのは紫色の体表をした大きな蛇。

 その大きさは全長十メートル。

 猛毒を体内に持つ私の新しい相棒だ。


「シャァアアアアアアアーーーッ!!」


 ユニコーンへと巻きついたオロチが牙を突き立てる。

 これには堪らずユニコーンも歩みを止めて追い払おうと暴れる。

 エカテリーナのように完全に私と一心同体ではないにしろ、闇の神から与えられた召喚獣は幻獣様なんて怖くない。


「ユニちゃん!」


 毒が体に回ったのか、泡を吹き出したユニコーンの召喚をアリアは消した。

 光の粒子になって消えたユニコーンに巻きついていたオロチだけがその場に残る。


「さーてアリア。このオロチ相手にどう戦うのかしら?」


 私とオロチ。二対一になったのだからもうアリアに勝ちは無い。

 手こずらされたが、ここからの逆転なんて奇跡でも起きない限り無いわね。


 この勝負私の勝ちね!


「マーリン先生。観客席に張ってある結界の強化をお願いします」


 余裕の表情でアリアの降参を待っていたのに、アリアは私ではなくお師匠様に声をかけた。

 しかも降参宣言じゃない。


 何を考えているの?と私が疑問に思った時だった。


 ーーーゾワッ!


 私の体に鳥肌が立った。

 嫌な予感がした私はオロチをすぐ側に呼び寄せる。


「これがわたしの最強魔法です!!」


 アリアがそう叫んで杖を天高く伸ばすと、空が眩しい光に染まる。

 次の瞬間、大雨のように光の流星が降り注いだ。

 一つ一つが矢の形をした光魔法の大群。


 ズガガガガガガガガガガガガーーーーッ!!!!


 広範囲での閃光。そして爆音。


 演習場を埋め尽くす光の爆撃の中では身動きなんて取れなかった。

 眩しくて目を開けられないし、音もうるさくて耳を塞いでしまう。

 ただただ身を丸めて魔法障壁に魔力を注ぎ込むだけだ。


 やっと息を吐き出せたのは爆撃によって発生した土煙が晴れてからだった。


「……シャァア……」


 私を守るべく盾になったオロチは白目を剥いて崩れ落ちた。

 剣でも切れない頑丈な体表はボロボロだし、口からは血が出ていた。


「ご苦労様。ゆっくり休みなさい」


 アリアのユニコーンと同じようにオロチもまた光の粒子になって消えた。

 穴ぼこでそこら中にクレーターが出来ている。

 この魔法の規模と威力、トムリドルが最後の嫌がらせに呼び寄せていた魔獣の群れなんて今のアリア一人で殲滅出来たかもしれない。そんな光景だった。


「はぁ…はぁ……」

「まだ立てるの?」

「……こっちのセリフですよ」


 肩で大きく息をするアリアの顔には大粒の汗が流れている。

 今のが文字通りのアリアが使える最大級の魔法だったみたいね。


 私の方はオロチが身を挺して庇ってくれたのと、魔法障壁のおかげで耐え切れた。

 ただし、その障壁も破壊されてしまったのでこれからはガード不可能だ。

 一度でも魔法に直撃したらそこで試合終了。


「もう魔力は残りわずかって感じね」

「……お姉様だってそうですよね?」

「それはどうかしら?」


 嘘だ。

 正直な話、もう満足に撃ち合いをするだけの魔力は無い。

 時間を稼いでしばらくすれば魔力の回復速度は速いので戦えるかもしれないけど、それは向こうも同じ。

 今では私とアリアの魔力量に決定的な差は無いのだ。


 光の神と闇の神にそれぞれ繋がった私達はお互いに互角。

 使える魔法属性が多い私と互角な時点でアリアがいかにチートか理解してもらえるわよね。


 だけど負けられない。

 今まで幾度となく破滅フラグをゴリ押して来たんだ。

 ここもゴリ押しで勝つわよ。


 アリア。

 私にとって魔法学園で初めて出来た友達。

 彼女と出会えてから私には大勢の友達が増えた。

 ソフィアとは違う私と対等な立場の親友。

 ちょっぴり変態で、だけど情が深くて友達思いの優しい子。

 いつでも私のすぐ後ろをついて来て、何度も命を救われた。その恩は返しても返しきれない。


 光の巫女に選ばれた彼女がいたから私はマーリンに出会えた。

 そこから始まった私のゲーム主人公に負けない強さを求めた修行の集大成が今この場だ。


「まだです」


 両足で踏ん張るアリア。

 彼女は残った魔力を全て杖に集めると、光のビームを僅かに出した。

 そしてなんと、杖の先に短いビームを固定したのだ。

 光り輝く杖から伸びたビームはまるで聖剣のようだった。


「光剣とでも名付けましょうか。エース王子が一緒に考えてくれたんです」

「へぇ……余計な事してくれたわねエース」


 光剣ライトセイバーってか?

 なんて魔法を作り出してるのよこの子は!!

 私はここで、最近のアリアの行動を思い出す。

 エースの婚約者になって嫌々ながらデートしたりしていたけど、ここ数日はジャックも一緒だった。


 剣の達人でもあるジャックや光魔法を使うエースと一緒に特訓していたのね。

 そうすると、アリアの光剣は見栄えだけじゃなくてちゃんとした剣術も使えると思うわ。

 ビームの剣って事は物をぶつけても斬られるわね。

 対抗するには同じ魔法を使うしか無いけど、光魔法が使えない私だと方法が無いわ。


「これで最後ですシルヴィアさん!」


 お姉様と呼ばなかったのは、私を超えるという意思表示か。

 アリアがこちらへ走って来る。

 マズい……何か対策をしないとこのままだと私の負けだ。


 光の巫女であるアリア。

 その眩い聖なる光に対抗出来るのはーーーーっ!!

 一つだけあった。

 ぶっつけ本番だけどやるしか無いわね。


 私は悩んだ末に思いついた賭けに乗る。


「かかってきなさいアリア」


 身体強化で肉体を限界まで強化させる。

 そしてこれで倒れてもいいように残りの魔力を全て黒いモヤへと発動させる。


 闇魔法は性質上、アリアには通用しない。

 だけど私だって闇の巫女に選ばれたのだ。

 光と闇は表裏一体。双子の神様だった。

 アリアの光を私の闇なら!


 黒いモヤは姿を変えて、私の両腕を包み込む漆黒のガントレットになった。


「やぁああああああっ!!」

「チェストーーーッ!」


 ガキン!


 真上から振り下ろされた光の剣を私は両手で挟み込んで叩き折る。

 そして、アリアの頭に向かって自分の頭を思いっきり遠慮なく全力で後先考えずに激突させた。










 そして最後に立っていたのは、









































「勝者。シルヴィア・クローバー!!」



 逆に考えて、最低最悪の悪役令嬢になって破滅フラグを回避しつつゴリ押してみた結果。



 私はアリア原作主人公に勝利した。






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