09 バイバイさようならですわ!

 

『……では、そろそろ始めますね』


 エカテリーナなアリアから馬鹿にされて、お師匠様からも嫌われかけた光の神は俯いて沈黙している。

 もう好きにしてくれと言わんばかりのじめじめした空気を放っているけど、自業自得よ。


 アリアとお師匠様をくっつけようだなんて、【どきメモ】を知っている私からしたら悪夢そのものよ。

 まさか人類の味方だと思っていた光の神でさえシルヴィアを貶める破滅フラグの一つだったなんて思いもしなかった。


『……二柱の神よ。こちらへ』


 ティターニアさんに手招きをされ、光と闇の神々は泉の中へと入る。

 高濃度の魔力で出来た泉なんて、並みの人間が入ったらどんな影響があるか想像もつかないが、神様からすればただの水と変わらないようだった。


『……闇の神は神界へと旅立ちます。これにより地上と神界の歪みは完全に消えて双方の行き来は出来なくなります』


 きっかけは偶然だったけど、闇の神が地上にやって来た事で世界には小さなヒビが入った。

 闇の神を連れ戻すべく光の神は光の巫女を選び、長い因縁が始まった。


『【この学園も目的を終える。あとは好きにするといいよ】』


 魔法学園が誕生したのは魔法使い達を集めて聖杯を使って地脈を活性化させる事で封印を強化するため。

 封印を解こうとする連中と戦う兵士を作り出すためだった。

 その役目が今果たされる時が来た。


『……聖剣と魔杖の返還を』

「はい」

「聖剣もですか。父上になんと説明しようか」


 私は何の躊躇もなくコブラの杖を差し出した。

 便利ではあったけど、私の前はJOKERが使っていたし、持っているだけで悪趣味だと思われていたのよね。元々は別の場所で拾っただけだったし思い入れも特に無い。

 問題はエースの持つ聖剣だ。

 初代国王が使っていて長年行方不明になっていた国の宝がやっとこさ見つかったのに消えようとしている。


『……聖剣も魔杖も神がいなければ必要のない神器です。これがあるだけで新たな争いの火種になるやもしれません。ご理解ください』

「大丈夫ですってエース様。そんなのが無くてもエース様は強いですし、光の巫女であるわたしだっているんですから」

「そうだね。アリアくんが側にいるなら父上も納得してくれるか」

「……あっ。しまった」


 自分が聖剣の代わりに働きますよと宣言したアリアだけど、もう遅い。

 エースは嬉々として聖剣を返した。それでいいのか王子様?

 ついでに同じ神器っぽい水神の羽衣はいいのかと聞くと、アレはまた管轄が違うのでシンドリアンに持ち帰って欲しいと言われた。

 なんだか嫌な予感がするわね。シンドリアンに別の神様でもいそうな気がするわ。


 二つの武器を返還すると、泉が再び緑色に輝き出す。

 ティターニアさんが現れた時と同じかそれ以上に風が吹き、壁や天井の鉱石達が騒がしく点滅する。

 そして、泉から真っ直ぐ上に向かって光る水の柱が伸びていく。

 天井にぶつかり、更にその上へと貫通しているみたいだ。きっと地上の空まで伸びているに違いない。


『【さぁ、帰ろうか我々の世界に】』


 エレベーターに乗っているかのように、ゆっくりと二柱の神とティターニアさんが上昇を開始する。


「【ママ。パパ。ありがとうございました】」


 私達に向かってお辞儀をしながら礼を言う小さな神様。


「エカテリーナ……。風邪をひかないようにね、キチンとご飯は食べなさいよ。それから…それから今まで私の側にいてくれてありがとう」

「シルヴィアの事は私に任せなさい。君はゆっくり休むといい」

「【うん!】」


 今まで我慢していたけれど、いざお別れとなるとこみ上げてくるものがある。


「私、立派な魔法使いになって、エカテリーナが自慢出来るようなママになるから!もう心配いらないくらい強くなって、エカテリーナが安心出来るようにするわよ!」

「【ママならきっとなれるよ。だって、こんなワタシを愛してくれたから】」


 その言葉が限界だった。

 私は目尻から涙が零れ落ちるのを我慢出来なかった。

 もう二度と会えないと思うと胸が張り裂けそうになって寂しくて悲しくなる。

 でもこれは祝う事なんだ。

 迷子になってしまった神様がやっと安心して暮らせる自分の住処に帰れるんだから。


『……マーリン。アルバス。どうかお元気で……としかわたくしには言えません』

「妖精女王ティターニア。今までご苦労様でした。貴方から頂いたこの命で必ず最良の人生をこのシルヴィアと歩んでいきます」


 もう一組の親子の別れ。

 私は嗚咽を堪えながらお師匠様に耳打ちする。

 どうせもう会えなくてなってしまうなら素直に呼んであげてほしいって。 


「……さよなら母さん」

『……マーリン。母と呼んでくれてありがとう。わたくしは貴方達二人の未来を祝福します』


 母と呼ばれた事が驚きだったのか、でも嬉しかったようでティターニアさんは真面目だった表情を崩して心から笑っていた。

 半透明とはいえ、目元が少し赤い。

 背中の翅が感情と直結しているようにバザバサと動いた。


「ほら、アンタも何か言ってやりなアルバス」

「む、むぅ。儂は……」


 さっきから黙っていた理事長の背中をエリちゃん先生が叩いて強引に前に押し出す。

 理事長は被っていたとんがり帽子を脱ぐと、光の柱の中を上昇するティターニアさんに向き合った。


「正直、ずっと忘れていた事を思い出しても他人事のように感じてしまう。儂はロクデナシじゃ。じゃが、一つだけ変わらない事もある」


 かつて愛を育んだパートナーへと思っている胸の内を明かす理事長。


「……お主と魔法について語り合った夜。あれほど有意義な時間は他に無かった。儂はこれからも魔法の発展のために全てを捧げよう」


 愛しているとは言わない。

 好きだったとも言えない関係。

 片方は全てを忘れて長年暮らしていたし、もう片方は死んでしまったから。

 種族間の掟によって引き裂かれた二人は今更ながらに元の関係へとは戻れないけど、今だから言える言葉もある。


「安らかに眠ってくれ。いずれ儂もそちらへ行く」

『……いいえ。まだまだ長生きしてください。そしてわたくしの分まで子供達を、いずれ生まれる孫をその手で抱き上げてくださいね』

「こりゃあ、手厳しいわい」


 それってつまり、私に早く子どもを産めって意味?

 そしてお師匠様と親子として関係を築けって事かしら?

 子どもがとっくに成人している状態から父親ズラするなんて難しいわよね。

 お師匠様と理事長なんて、お互いを警戒しながら学園の理事会に参加していたんだから。


「任せてください義母おかあ様。きっと私が二人の仲を取り持ってみせますわ!」

『……頼もしいお嫁さん。よろしく頼みます。この人達は素直ではありませんから』


 私の義理の母にそう言われたらからには必ずやってみせるわよ。

 いつか必ず、この親子が仲良く子供達にデレデレになって誰がお世話するかで喧嘩するくらい親密にしてあげるわ。


「【ママ。代わるね】」


 私とティターニアさんの会話が終わると、エカテリーナが小さい子どもの姿から本来の闇の神としての姿である黒い蛇へと変化した。

 それと同時に主人格も神へと切り替わる。


『【闇の巫女よ。貴様と一緒に過ごした期間は我にとって悪くない時間だった。幼体についてあとは任せろ。そして、これは迷惑料だ】』


 短く闇の神が吠える。

 すると私の体に向かって黒い光が飛んできた。

 光は私の体を一瞬だけ包むと、すぐに消えてしまった。特に何か見た目が変化したわけじゃないけど、これは一体?


『【いずれ分かるだろう。では、さらばだ】』


 何をしたのか秘密にしたまま闇の神は再び引っ込んでしまい、エカテリーナの人格が戻る。

 二柱と一人の妖精はもう天井近くまで登り、私達からは見えなくなる。


「【ママ。パパ。バイバーイ!!】」

「「さようならエカテリーナ!」」


 最後くらいは湿っぽくなく、元気でお別れしようと手を振る。

 アリアやエースも一緒になって手を振る。

 エリちゃん先生と理事長は深々と頭を下げて見送った。


 私とお師匠様が身を寄せ合って別れの言葉を言うと、光の柱の中にいた三つの魂は遥か高みへと飛んで行った。




「さぁ、帰りましょうか。我が家へ」





 こうして私と奇妙な我が子との共同生活は終わった。

 一連の大きな事件も、過去の因縁も全てが丸くおさまってくれた。

 私が死ぬような思いをしたのもここまで。

 あとはゆっくりとした穏やかな日常を大好きなマーリンと楽しい仲間達と過ごすだけだ。








 なんてね。


 この後が一番キツかった。

 私達の帰還は徒歩で、降りた分の迷宮を全部通って帰らないといけなかった。

 魔力が空っぽの人が多くて、途中で待機して体力を回復させていたジャックやキャロレイン達がいなかったら無事に帰還できていなかったわ。


 地上に戻ると魔獣の死体の山と、虚な目で疲れ果てて地面に座り込むクラブとシンドバットがいた。

 朝方にこの迷宮に潜ってから星空が輝く夜までずっと魔獣退治をしてくれた二人に脱帽だわ。

 突然、迷宮から空へと光の柱が伸びた時は助けを呼びに行こうとしたらしいわね。


 全員の無事を確認してからその日は解散になった。

 ただし、明日からまた魔獣の死体処理や迷宮の情報整理をする事になったので休ませてほしい。

 魔力切れを言い訳にしようにも私は回復が早いのがバレているからサボれなかった。

 アリアとジャックは逃げようとしたけど、お師匠様が全員に特製のポーションを配布すると死んだ魚の目でそれを飲んでいたわ。

 味を犠牲にして効果はバツグンの魔剤を。






































 その日の夜遅く。


 私は人肌恋しさにお師匠様のベッドに潜り込んだ。

 そこに寝ていたお師匠様も同じ気分だったようで、私達はどちらからともなく、二人で抱き合って夜を過ごした。

 甘く、蜜のような愛の囁きを耳にしながら私が思った事はただ一つ。




 ……お父様に謝らなくっちゃね。



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