08 私がいちゃいけない理由。

 

「今、なんて?」

「【キミも一緒に来てくれてと言ったんだよ】」


 エカテリーナとのお別れを覚悟していたら一緒に来るように言われてしまった。

 聞き間違いかな?


「それは日帰りとか様子見って意味なのかしら?」

「【いいや。永遠にこの世界から離脱してもらう】」


 それってもう誰にも会えないって意味なの!?


「どうしてだ。何故シルヴィアが行かなくてはならない」


 一番最初に動いたのはお師匠様だった。


「【それは彼女が闇の巫女だからさ。……闇の加護を受け、深い所で霊的な接続をした彼女の存在は危険だ。いずれかつてのJOKERのようになってしまうかもしれない】」

「それはありえない。シルヴィアはそんな事をするような女性ではない」

「【どうかな?JOKERだって最初はただの魔法使いだった。それが力に溺れて呑まれて、狂ってあぁなった。その可能性が無いとは言い切れないだろう?」


 胸を抱き寄せるように腕を組んで光の神は言った。


「【神の力はそれだけ強大だ。例えば彼女が狂気に落ち、暴れ出したとしてキミに止められるのかい?】」

「……それは、」

「【無理だね。神の器となった彼女の魔力はキミやそこにいるアルバス・マグノリアを超えている。シルヴィア、今のキミは魔法を使えるかい?】」

「簡単なものなら発動出来るわよ」


 私がそう言うと、みんなが驚いたような顔をする。

 さっきのドラゴンとの戦いで魔力切れになったけど、階段降りたり、ここでの話があっている間に少しだけ回復した。

 あれ?私ってば何か変な事したかしら?


「なんて回復力してんだいアンタ。アタシら全員、一日は魔法を使えないさね」

「儂でもまだ魔法は使えんのじゃ」


 口々にみんなが言う。

 エースも聖剣を振るうのが精一杯で光魔法を使えない。

 お師匠様も小さなパグを召喚する力すら残っていないらしい。


「【魔力の最大量、回復量共にキミがこの場にいる誰より優れているんだ。そんなキミが敵になれば止められないだろう。だから私はキミを連れて行く。安心して欲しい。あちら側では丁重にもてなすから】」


 それは一方的な誘い……いや、命令だった。

 声が、感じる魔力が神々しく、恐れ敬うべきだと本能が告げてくる。

 逆らってはいけない。だって神様だから。

 もしも神に対して一言申せる者がいるならそれはきっと、


「【そんなの聞いてない。うそつき】」


 それは同じ神様だけだ。

 エカテリーナは私と光の神の間に立った。

 手出しはさせないと言わんばかりに。


「【おや、心外だよ。闇の神だって、大好きなママと一緒にいられるんだ。幸せじゃないか。あちら側なら時の進みはゆるやかだし、長い間一緒に暮らせる】」

「【それはダメ。ママにはパパが必要だから】」


 アリアの姿で上から見下ろしてくる光の神を相手に真っ直ぐ見つめ返すエカテリーナ。


「【それに約束したもん。ママと離れても泣かないって。だからママの居場所はココだよ】」


 エカテリーナ……。

 胸の奥から温かい気持ちが湧き出てくる。

 いつの間にこんなに成長しちゃって……ママ嬉しいわよ。

 感動している私を面白くなさそうな顔で見た光の神は続けてこう言った。


「【だったらマーリンも一緒でいいよ。妖精と人間のハーフには生きづらい世界だっただろう?これまでのキミの功績と私からの頼みなら拒む連中はいないさ。それだったら納得してくれるかな?】」


 私とお師匠様とエカテリーナ。

 三人でずっと仲良く暮らせればそれは幸せだと思っていたけど、別の世界となれば話は変わる。

 どうすれば?とお師匠様を見ると、彼は私の肩に手を回して神と向き合った。


「確かにこの世界は私にとって地獄のような場所だった。人と容姿が違う、他種族の血が混じるだけで拒絶さる。努力を重ねれば身分の差が立ちはだかり、それを実力で黙らせれば姑息な手段で仕返しをする連中が多い」


 まぎれもない彼の実体験だった。

 そのせいで巻き込まれて被害を受けた人もいた。

 だから人との付き合いを極力したくないと言っていた。

 苦しい過去を思い出し、俯くお師匠様。


「【それなら】」

「だが!」


 光の神の言葉を遮り、お師匠様は前を見る。


「私という個人を尊重して魔法を教えてくれた恩師がいれば、血筋や身分など関係無いと接してくれた友もいる。私を正しく評価し、理事代理なんていう地位の後ろ盾をしてくれた人もいる。……私を慕い、ついて来てくれる教え子達がいる!!」


 泣いていて世界を嫌った少年はいない。

 ここにいるのは自分の世界を切り拓いた魔法学園の教師、マーリン・シルヴェスフォウなのだから。


「私はこの場にいなければならない理由がある。そしてその横にはシルヴィアが必要だ!」


 力強く私を抱き寄せるお師匠様。

 私を必要だと言ってくれた事がとても嬉しい。

 ……やっぱ私、好かれてるなぁ。

 改めてそう思うと、口角が上がってニマニマしてしまう。


「例え神だろうと、シルヴィアを奪うというなら私は許さない」

「私もお師匠様と一緒に、みんなとずっと一緒にいたい!」


 今の私の望みはみんなが笑って幸せに暮らせる未来だ。

 それを脅かすなら神様だろうがなんだろうが抵抗してやるわよ!

 それこそフラグへし折って破滅させてやるんだから!!


「【……聞き分けのない子供達だ。こうなったら力づくで】」


 私とお師匠様の返答にイライラした光の神の声から剣呑な雰囲気を感じた。

 まだ戦えるのは私だけだ。

 こうなればエカテリーナの、闇の神の力を使ってでも勝たなくちゃ!


 しかし、そんな心構えをした私に神の力は届かなかった。

 それどころか、パーン!と頬を打つ音がした。


「【なん……だと!?】」


 赤く腫れているのはアリアの顔。

 そして驚愕しているのは光の神。


 勢いよくその頬を叩いたのは他の誰でもない、アリアの右手だった。



「……お姉様は連れてなんかいかせません」



 光の神の声がブレる。

 そして、私の親友の声がする。


「【ありえない。神の力だぞ!】……知りません!お姉様を泣かせるような人をわたしは神とは呼ばないです!」


 器用に顔の右半分が光の神、左側がアリアになっている。

 一つの体に二人分の存在を感じる。

 今まで神を降臨させて眠っていたアリアの意識が目覚めたのだ。


「わたしはあなたに体を貸していて、あなたの心が読めました……なんであなたがお姉様を連れて行こうとしているのか、その本心を」


 神と感情を共有する。意識が流れてくる。

 それは私も体験している現象だった。

 アリアは光の神の考えをパスを通じて読み取ったという。



「マーリン先生とわたしがカップルになるなんて解釈違いなんですよこのヤロー!!」



 へ?


 大きな声で叫んだアリアの体から魔力が溢れ出る。

 そして、彼女の体からポン!と何かが飛び出た。


『【ぐえっ】』


 地面に落ちたそれは、一番最初に私が召喚した時と同じくらいのサイズの白い蛇だった。


「何なんですか!?お姉様がいなくなって落ち込むマーリン先生を慰めて結婚しろとか。マーリン先生にはお姉様しか似合わないんですよ!というか、それ以外の女性がいたらわたしが潰します」


 白蛇を掴み上げると、アリアは蛇の胴体を締め上げながらガクガクと揺すった。


『【だって、私がずっと気にかけていたマーリンにポッと出のあの女が!どうせなら私の加護を受けた光の巫女に…】』

「それが余計なお世話なんですよ!友達の子供だからって理由でマーリン先生の恋人を決めようなんてお節介過ぎます!お見合い話を持ってくる田舎のおばちゃん並みにウザいです!」


 ギャーギャーと喚くアリアと光の神らしき白蛇。

 えーっと、あの聞き分けのない子供みたいな我儘を言っているのがさっきまで神様オーラを出していた光の神でいいのかしら?


『【絶対にあんな悪者顔の筋力ゴリラ女よりキミの方がマーリンに相応しいよ。なんなら光の神のご加護で安産と無病息災を保証するからさ!】』

「そんなのいりません!わたしはマーリン先生ならお姉様を安心して任せられると信じているんです。マーリン先生にお姉様が必要なように、お姉様にもマーリン先生が必要なんです。それ以外を望むあなたは敵です!」

『【マー&シルよりマー&アリなんだよ!どうしてそれがわからないかなぁ】』

「大体それだとわたしの気持ちはどうなるんですか。わたしにだって好きな人を選ぶ権利はあるんです!」

『【でもこのままだとそこで聖剣持って呆けている腹黒ルートだよ?嫌いではないけどさ、初代と比べると心が汚れているというか純真さがね】』


 急に空気がぐだぐだしてきた。

 な、なんて混沌カオス


『……いつもあんな感じなのですよ』


 口で色々言いながら揉めている一神と一人をよそに、私とお師匠様に声をかけたのは半透明な体のティターニアさんだった。


『……光の神はわたくしが死んだ後もマーリンの事を気にかけていました。それこそ我が子を見守るように。啓示を与え続け、その功績で神の国へと導いて手元に置いておきたいとも考えていました』


 お師匠様が光の魔法を使えるようになったのも、彼の身を案じた光の神の老婆心だったとか。


『……ですが、あなた達二人の仲睦まじい姿を見て余計なお節介でしたね』

「ティターニアさん…」


 私とお師匠様に微笑む姿は母の顔だった。

 なんだか、実家にいるお母様に無性に会いたくなるような、そんな母性に満ちた瞳だった。


『……光の神よ。もういいでしょう。わたくし達に出番はありません』

『【いや、だってさ】』

『………もういいでしょう?』

『【アッ、ハイ】』


 笑ったままの顔で同じ言葉を言ったはずなのに、背筋が凍る。

 なんだろうこの感じ。さっきまで会いたかったお母様からお説教をされる数秒前と同じ空気を感じるわね。

 母は強しっていうのは世界や種族に関係ないみたいですね。


『……我儘を言って皆さんに迷惑をかけるあなたよりも闇の神の方が立派です。双子の姉妹神として恥ずかしくないのですか?』

「双子ですって?」


 ティターニアさんの言葉におもわず私は声を出してしまった。


『……はい。光と闇は表裏一体。こうしてこの世での仮の姿も白蛇なのです。光の神の方が姉だというのに妹である闇の神の方が賢いです。それでいいのですか?』

『【はーい…】』


 しょんぼりと項垂れる白い蛇。

 怒られると素直に落ち込むその姿は、確かにエカテリーナそっくりだった。

 双子と言われても納得できるくらいに似ている。


「【やーい。怒られてるー】」

「ダメでしょエカテリーナ。そうやって人を煽ったり馬鹿にしていたらいつか自分に返ってくるわよ。あんな風になりたくないでしょ?」

「【ごめんなさいママ。アレは嫌だ】」

『【キミの方がよっぽど馬鹿にしているよねシルヴィア・クローバー!それから闇の神は許さない!】』


 私とエカテリーナから指差されたり、アレ呼ばわりされて光の神は悔しそうに怒っていた。


 ただし、アリアに胴体を掴まれて身動き出来ない状態でティターニアさんに叱られている姿だと迫力も威厳もなくて全く怖くなかった。


 さっきまでコレに立ち向かおうとしていた私の覚悟を返してほしいと思うのだった。




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