07 お師匠様の誕生物語ですわ!

 

 遥か大昔、闇の軍勢と聖剣を持つ勇敢な若者達がいた。

 若者達の中には光の巫女や他国の皇子、そして妖精族の女王がいた。

 そして闇は討ち滅ぼされて僅かな残党が残り、若者達は傷ついた人々をまとめ上げて国を作った。

 それがトランプ王国。スペード、ダイヤモンド、カリスハート、クラブの四人の若者と光の巫女が作った人間の国。

 妖精族を悪事に利用されないためにティターニアは戦ったが、闇の軍勢との戦いが終われば今度は人間族との争いが始まってしまう。


 そこでティターニアは妖精族の仲間を引き連れて人里離れた森の奥へと姿を消した。

 もう人と関わらなくて済むように。

 それでも妖精の力を悪事に利用しようとする人間は後を絶たなかった。

 とうとう妖精族は人間のいるこの世界から姿を隠して別の空間へと逃げ込んだ。

 いずれ魔法学園が出来るこの迷宮の最下層を唯一の出入り口にして。


 そして何十年、何百年が経った頃に一人の魔法使いが迷宮を突破してティターニアの前に現れた。

 黒髪の美丈夫、それが若かりし頃のアルバス・マグノリアだった。

 最初はアルバスの事を警戒していたティターニアだったが、彼が魔法にしか目がなく、妖精族相手だろうと普通の人間相手に話す時と同じフレンドリーさにかつての仲間達を重ねていた。


 孤独な身の妖精女王と魔法使いの男が仲睦まじくなるまでにはそう長い時間はかからなかった。

 二人はお互いを愛し合い、体を重ねて、愛を深めた。

 そしてついには子を授かった。


 そこまで進展して、初めて周囲から待ったがかかる。

 妖精族の女王ともあろう存在が人間の子を宿すなんて穢れている。

 妖精と人間の血が混じり合うなんてあってはならない。

 禁忌を犯していると。


 その情報は光の神にも届いた。

 神に近い妖精族に命令して聖剣を用意させたのも光の神。地脈や周囲の自然環境を闇の神を封印するに相応しい形へと整えさせたのも光の神。

 人間を守るために妖精族を働かせた光の神は妖精側に付いた。


『【ただ、母胎から堕してしまうとティターニアが死んでしまうかもしれない。それは妖精達も、友である私も困る。ならば産まれた子を放逐しよう】」


 他の妖精達はそれに納得した。

 ティターニアだけはそれを反対した。

 産まれて来る我が子に死ねと言っているようなものだ。

 せめて、人間の中で地位を確立している男に育てさせてやれないのか?と抗議した。


 だがその願いは聞き入れて貰えなかった。

 アルバスは妖精女王を誑かした罪人として、死より残酷な罰を与えられた。


 それが記憶の消却。


 ティターニアとの事も、迷宮の最下層で見た光景も、妖精に関わる記憶を全て消去されて残りの人生を過ごす事になった。

 魔法一筋の研究バカが唯一愛した者とその子供についての記憶を失うなんて、こんなに残酷な事はあっただろうか?

 独りぼっちになったティターニアは産まれようとする我が子を腹に押し込め続けた。

 妖精族の妊娠から出産は人よりも時間がかかるが、それよりも更に長く、長く胎内で成長させた。


 それこそ十年どころではない年月を。

 母の愛とは時に常識を超える。

 そうして妖精族すら、神すらもティターニアの奇行に驚きながらその様子を見守った。

 妖精族の持つ魔法の力と地脈を流れる潤沢な魔力を使い続けたティターニアだったが、とうとうその時は訪れた。


 産まれた少年は既に赤子とは呼べない大きさだった。

 とはいえ、産まれてしまった以上は妖精族の住む場所に置いておくわけにはいかない。

 産まれた我が子の額に一度だけ口づけをし、ティターニアは最期の魔法を授けた。

 それは仲間達や愛した男、その他の人間達の暮らしを見て学んだ知識を赤子の脳内に刻みつけるものだった。

 これならば言葉も通じる。


 あとは運良く生き延びてくれる事を祈って、妖精女王ティターニアは命尽きた。


 そして、死後の魂はこの迷宮最奥で光の神と人間達を繋ぐ案内人として安置された。















「【ーーーというわけさ】」


 光の神の長い話が終わった。

 闇の軍勢と戦った初代様達の話から始まったからどうなるんだ?と思って聞いていたらとんでもない内容の話だった。

 他種族と交わって産まれた子どもが忌み子として邪険にされるのは人間側だけの事じゃなくて、妖精族側でも同じような扱いだったのね。


 そんな中でも強くお腹の子どもの幸せを願って一人で耐え続けてきたティターニアさんは凄い。

 私はエカテリーナと一緒に暮して、母親になった気分だったけど、本物はそんな次元じゃ無かった。


 話を聞いたエリちゃん先生は目から涙をボロボロ流しているし、エースも目尻を拭っていた。

 私はというと、エカテリーナにハンカチで顔をゴシゴシされるくらいには感情がぐっちゃぐちゃになっていた。


「【これがキミの出生だよマーリン】」


 関係ない人間が涙を流す中、当事者であるお師匠様と理事長は黙ったままだった。

 ティターニアさんも彼ら二人の反応をただ待っている。


「おい、アルバス。何か言ってやったらどうなんだい!」

「ーーそうは言われてものぉ。儂は今の今まで忘れておった事じゃし、時が経ち過ぎた」


 エリちゃん先生の言葉に対して理事長の口から出たのは実に淡白な答えだった。


「今になって儂と妖精女王が恋仲じゃったとか、マーリンが息子じゃと言われても実感が湧かんのじゃよ」

「アンタ、そんな冷たい事を本気で言ってんのかい!?」


 エリちゃん先生の怒声が地下に響く。


『……いいんですよそこの方。わたくしが勝手にした事ですから』

「アンタは黙ってな。これはそんなあっさりした言い分でなぁなぁにしていい事じゃないんだ。マーリンがどれだけ苦労してきたかをだね、」

「エリザベス先生。もう結構です」


 激昂したエリちゃん先生の言葉を遮って宥めたのは二人の子として産まれたお師匠様だった。


「私にも父と母がいた。それだけで充分です」

「アンタ何を言ってんだい!それでいいわけ、」

「それでいいんです」


 真っ直ぐな芯のある声で強く言い切られては何も言えず、エリちゃん先生は不満げに口を結んだ。


「どんな形であれ、どんな理由であれ、私にも親がいた。そして愛されていた。それだけで充分だ」

『……大きくなりましたねマーリン』


 ティターニアさんは微笑む。

 だけど半透明な実体のない姿は我が子に触れる事は出来ない。

 ただ、立派に成長した息子を目に焼き付けるだけ。


『……そしてあなたも、年を取られましたね』

「長生きしとるからの。本来ならとっくに死んでおるもんじゃと思っておったが、妖精族と交われば寿命が伸びるという噂は本物じゃったか」

『……えぇ。女王ともなればその恩恵は計り知れません。きっとまだまだ生きるでしょう』

「長生きしとるとロクな事にならないと言われた事もあったが、本当じゃったな」


 流石の私も理事長のその言葉にムカムカしてきたけど、続く言葉が聞こえた。


「……あぁ、どうせなら思い出したくなんてなかったのぉ」


 重く、辛く、悲しい声だった。

 何を考えているか分からない陽気なお爺ちゃんというイメージから、苦悩に押し潰されそうな人へと立場が変わった。

 一気に老け込んでしまったみたいだ。


「【記憶を奪ったのも罰。そして、こうして記憶を戻したのも罰だよ。ティターニアは私にとって唯一の友達と呼べる存在だからね】」


 神と崇められるからには厳しく対処しなくてはならなかったと光の神は言う。


「【マーリンは気にしなくていいよ。出自はどうあれ、地上に残ったただ一人の妖精族の血を引く存在として私からの啓示を受けられたのだから。偶然とはいえ、それが無ければ地上は終わっていた】」

「……そうですか」


 キミがいてくれて助かった、と光の神は感謝の言葉を述べる。

 ただ、私にはそれがしっくりこなかった。

 禁忌の子だからとお師匠様をティターニアさんから取り上げ、ピンチになったら利用するなんて随分と都合がいいじゃない。

 何も知らないお師匠様を旅に出したり、何か事件があればあーしろこーしろって命令してさ。


 そんな我儘でいいの?


「【ママ。神さまはそんなもんだよ】」

「エカテリーナ…」

「【闇の神として好き勝手に暴れて封印されたもん】」


 でも、それはJOKERに利用されたからでしょ?とは言えなかった。

 だってその時は闇の神は初めての仲間のためにと自分の意思で人を殺した。

 地上を恐怖で染め上げた。

 その事実は変わらない。


「【神さまは平等じゃないし、優しい機械じゃない。ただ住む場所と力の大きさが違う生き物だよ】」


 エカテリーナはそう言って、背伸びをして私の背中を優しく叩いた。

 慰めてくれたのか、元気付けてくれたのかは分からないけど、心の中で折り合いはつけられた。


『……では、わたくしの話はここまでにして、そろそろ本題に移りましょうか』


 ティターニアさんはまだ心の整理がつかないお師匠様と苦しそうな顔をする理事長を一瞥し、光の神に向き直った。


「【そうだね。分かっていると思うけど、闇の神には神々の住む世界に帰って来てもらうよ】」


 話は終わりとばかりに光の神は気持ちを切り替えた。

 そして私もその言葉を覚悟して聞いた。


「【ついでに、そこの闇の巫女も来てもらおうか】」




 ただ、その後の言葉は私を含めた全員にとって予想外の言葉だった。




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