第五十六話 ファンクラブ会議 その1

 

「「「「イェーーーイ!!!!」」」」


 状況を把握出来ていない私を置いてけぼりにして会場の熱は高まります。


「アリアさん。これは一体、」

「初めての方もいるだろうからこの生徒会長ディーノから説明をさせてもらおう!」


 素顔を晒す学生の代表が聞き取りやすい声で話します。


「魔法学園には毎年、大小のファンクラブが出来ている。そして優秀な生徒ほど生徒会役員になりやすい。それは何故か!生徒会の役員には特権が与えられるからである!」


 一つ、生徒会室を自由に使える権利。

 一つ、図書館にある本の自由な閲覧。

 一つ、学内での買い物や食事が全て割引きになる。

 一つ、卒業後に生徒会であったことが高く評価されて就職やその後の人生に役立つ。


「その特権を目指して多くの生徒が立候補し、選挙は混沌とする。それを防ぐために事前に生徒会に相応しい人物をピックアップし共有するのがこの会議だ!」


 事前に話し合いって、選挙のルールに抵触しないのでしょうか?


「勿論、伝統ある非公式の会議なので個人の特定はしないで欲しい」


 自覚があるのですね。

 しかし、伝統あるって……毎年こんな事をやって来たのでしょうか。


「この場に参加出来るのは2年生以上。1年生はまだファンクラブなんかが発足していないからね」


 年齢制限まであるのですね。どうりで私達が昨年知らなかったわけです。

 しかし、生徒会選挙とファンクラブに関係はあるのでしょうか?

 やりたい方がやればいいと思いますが。


「ファンクラブから生徒会に相応しい人物をピックアップするのは学園をスムーズに運営するためだ。人気あるカリスマでないと生徒達をまとめあげれないからね。頭が良いだけでは務まらないんだ」


 ……それは一理ありますね。

 いくら素晴らしい能力や思想があっても知名度が低いと票は集まりません。

 その点、ファンクラブが作られるような人は能力が高い方が多いです。

 ただ見た目だけが良くても多くの評は集まりませんし。


「昨年はこの会議でエリス・カリスハート様が選ばれ、生徒会の副会長になられた」


 そうだったのですね。

 お嬢様と仲良くされている方なので私も顔を合わせますし、あちら側は気さくに名前を呼んでくださいます。

 では、そんなエリス様より上の会長になられたディーノ様はもっと人気があられるのでしょうか?


「この俺はエリス様のファンクラブ会長として票を集めて辛うじて当選出来た。実務においてはエリス様の傀儡やハンコ押す係なんて言われたが、そんなもんは生徒会室でエリス様に紅茶を淹れてもらってチャラだ!!」


 可もなく不可もなく、無難な生徒会運営だったという評判でしたが、裏ではそんな邪な思いが渦巻いていたのですね……これはやっぱり密告した方がいいのでは?


「そんな羨ましい第二の俺を生み出すもよし。立候補する推しを生徒会にいれるもよし。純粋な学園の未来を心配するもよし。それでは各ファンクラブの代表によるプレゼンの開始だ!」


 会場はどんどん熱気が増します。

 私はというともう帰って寝たいですが、アリアさんがこの場にいる以上は彼女を一人置いて帰るわけにはいきません。

 それに、どうしてこの場に私が呼ばれたのかも何となく察しがついてきました。


「まずは私たちが。コホン、私たちは生徒会にエース・スペード王子を推薦しますわ」


 そう言って立ち上がったのは仮面の女生徒。

 目元を隠すような仮面をしていますけど、確かAクラスの生徒で寮でも顔を合わせている方です。


「エース王子はとにかくイケメン。顔面偏差値が高い!まるで絵本の中から飛び出してきたかのような王子様。文武両道で気遣いが出来、語学も堪能。どんな人にも優しく接してくださる姿はまさに夢のような理想の男子像……あの素敵な笑顔を向けられたら私は、私は……」


 思い出すだけでうっとりしている女生徒。

 その後ろに控えている同じファンクラブの方々も「はぁ〜」と色っぽい声を出しています。

 確かに、エース様は女の子が抱く王子様を体現されているようなお方。お嬢様と一緒にいるとお話しする機会もありますが、柔らかい物腰の方でございます。


「へっ。そんなの上っ面だけですよ」


 隣のアリアさんが苦々しい顔をしました。

 実感の籠もった心からの呟きです。


「優しく笑顔なんて言いますけど、アレは愛想笑いなんですよ。本当に笑うと背筋が凍るくらいの鋭い眼光が……黒いんですよきっと。腹の底から」


 そういえばこのところアリアさんはエース様と一緒にいる場面が多いですが、恋仲……のような感じはしませんね。

 一方的にアリアさんが捕まっているように見えます。


「待ってもらおうか。王子ならもう一人、ジャック・スペード様がいらっしゃるではないか!」


 エース様のファンクラブ会員が騒ぐ中、声を出したのは仮面の男子生徒。

 こちらも寮内で見かけますね。しかもジャック様の側近の方では?


「ジャック様だって文武両道で、芸術にも関心を持たれている。愛を綴ったポエムは我々の心に響いた。弱い者を守り、共に鍛え上げた肉体はまさに芸術品。敵を前にした時は我先にと先陣を切る勇ましさ。リーダーとはあの方のような人が相応しい!」


 うんうんと頷くのは男子生徒達。

 エース様もジャック様も人気はありますが、男女の比率が違うのですよね。

 しかし、ファンクラブの代表を男性が務めるなんてジャック様は本当に男性支持が高いです。

 クラブ様もジャック様と一緒の時は苦労もされますが、楽しそうに笑っていらっしゃいます。

 ジャック様は他人任せというか、ご自身の苦手な事や知らない事は側近の方々に投げられます。それが上手く当て嵌まり、適材適所になる事で一大派閥を築き上げました。


 私からすると子供っぽい印象がありますが、年上の女性からはとてもモテるようです。

 ただし、日常での会話や節度ある接触は黙認されていますがジャック様を自分の物にしようとしたり、無理矢理迫ったりすると闇に消されます。

 どこの誰かとは言えませんが、ジャック様の周囲には網が仕掛けられているのです。


「ふん。皇子ならもう一人いるだろうが。シンドバット・シンドリアン様がな」


 二つの王子派に割り込むように不遜な態度をしているのは褐色の肌が少し見える女性。

 モルジャーナさんまでここに……。


「シン様は普段はちゃらんぽらんな生活をしておられるが、頭は悪くないし、魔法の鍛練だってしっかりしている。表に出さないだけで影の努力を欠かさないお方だ。女性関係についてだらしないと言う者もいるが、あれは国の価値観の違いだ。シンドリアンは一夫多妻制が認められている。シン様は平等に愛を囁くお方。決して妻にした人物を不幸にしたりはしない!」


 テーブルをバンバンと叩きながら自らの主人について熱弁をされるモルジャーナさん。

 私と近い立場にある彼女は日々、シンドバット様に振り向いてもらえるように己を磨いていらっしゃいます。

 それに気づいていないシンドバット様ではないと思いますが、あえて気づかないフリをしてモルジャーナさんとの関係を楽しんでいらっしゃるようにも見えます。

 今年度からの転入ではありますが、既に人気があり、ファンクラブもじわじわと会員を増やしていますしね。


「では、この三人の中から」

「ちょっと待ってください!まだ重要な方がいらっしゃいます!!」


 生徒会長が会議を次のステップへ移そうとすると、隣のアリアさんが立ち上がりました。


「人気ナンバーワンを決めるならお姉様……シルヴィア・クローバーを差し置いていいはずありません!」


 拳を握り、高らかに言い切るアリアさん。


「「「「あー……」」」」


 しかし会場からは逆のテンションで声が出ました。


「シルヴィア・クローバーねぇ」

「ファンクラブも人多いけど、」

「生徒会ってなるとなぁ……」


 苦笑いをしながらお互いの顔を見る会場の人達。


「そんなぁ!?」

「残念ですがアリアさん。事実ですよ」


 私もその他の人達と同意見です。

 お嬢様は確かに人徳がありますし、慕われていると思います。

 今、名前の出た王子達がお嬢様と仲が良いことからも分かるでしょう。

 しかし、お嬢様に生徒会として学園の運営が務まるかというと無理でしょう。話し合いの途中で居眠りする姿が容易に想像出来ます。

 勉強も、魔法も、財政管理や事務処理も出来るお嬢様ですが、その本領が発揮されるのはマーリン様のためなのです。

 それを迂闊に生徒会に入れればマーリン様の執務が滞って薬漬けになる姿が目に浮かびます。


「うっ……わたしはただお姉様の魅力を世に知らしめて、悪いイメージを払拭したかったのに」


 その心意気は素晴らしいです。

 お嬢様は闇魔法が使えて、色々な騒ぎの中心にいて、王子達からも告白をされて誤解や嫉妬の対象になりやすいのです。

 それをどうにかしたいと思っていたのは私も同じですが、生徒会となると話が変わります。

 学園の平和のためにはお嬢様をマーリン様の側に置いておきましょう。


「お姉様のファンクラブのNo.2としてソフィアさんまで呼んだのに……」

「そういう理由でしたか」


 項垂れるアリアさん。

 こればかりは仕方ありませんよ。

 だって、お嬢様ですから。


「ねぇ、そろそろ次に行っていいかしら?」


 泣き真似をするアリアさんの背中を摩りながら慰めていると、円卓に座る別の女生徒が手を上げます。

 黒髪の見たことない容姿の女性ですが、どことなく聞き覚えのある声が……。


「私が生徒会に推薦するのは光の巫女のアリアちゃんなんだけど、どうかしら?」


 キラリと左手薬指を光らせるその生徒の横には、仮面を被ってはしゃぐ小さな子供がいました。



 あ、あなたもですか………。



 私は再び仮面の上から頭を抱えました。




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