第五十五話 メイドはつらいよ。

 

「はぁ……」


 ため息を吐きながら、私は制服であるメイド服から寝巻きへと着替えます。


 お嬢様が誘拐された事件も無事に解決し、来週には魔法学園にある迷宮へと行く事が決定しました。

 私も魔力があれば………いいえ、ただの平民である私には魔力があったとしてもお嬢様達について行く事は出来ないでしょう。


「また無茶をされなければいいのですが」


 独り言を思わず漏らしてしまうくらいに心配です。

 クラブ様と一緒にお嬢様とお話をしましたが、途中で私は泣き出してしまいました。

 今回も、その前もお嬢様は命を落としかけたのです。特に今回は魔法も使えない状況で誘拐されて辱めを受けたとか。

 背中を見せていただきましたが、傷跡は残っていません。しかし、きっとお嬢様の心には深い傷が残ってしまった筈です。


 私も人生で二回拐われてしまいましたが、あの時の恐怖は今でも忘れられません。

 男性不信になっていないのはクラブ様やマーリン様達の存在が大きいからなのでしょう。

 同じ男性でも安心感があります。クラブ様についてはもう少し積極的くらいな方が望ましいのですが。


「随分と遠い所まで来ましたね」


 鏡を見ながら縛っていた髪を解いて、ブラシで手入れをします。

 その姿は幼い頃に見ていた先輩のメイド達と変わりありません。

 孤児院にいて貧しい暮らしていた子供が貴族の御子息に想いを寄せるまで成長するとは考えていませんでした。

 こんな私を雇い入れてくれたお嬢様には頭が上がりませんが、もう少し落ち着きを身につけて頂きたいです。

 神々と協力して、伝説にある闇の魔法使いを倒してしまうなんて本の中の絵空事のようですが、その度に肝を冷やしています。


 次こそがそんな思いをする最後の機会だと思って普段通りを心がけていますが、今回はマーリン様やこの魔法学園のトップにして生きる伝説と呼ばれるアルバス・マグノリア理事長ですら油断が出来ないというのです。

 そんな場所に行くなんてお嬢様は本当に大丈夫なのでしょうか?

 戦いについては私は誰が強いなどは分かりません。魔力も感じられませんし、役には立ちません。

 未だにエース王子やジャック王子よりもお嬢様が強いと言われてもピンと来ないのです。

 本当に心配になってきます。


「はぁ……」


 鏡に映る自分の顔に元気はありません。

 ですが、お嬢様達送り出し、無事な姿を笑顔で迎え入れるように頑張るのが今の私のなすべき事です。


 トントンーーー。


 もう今日は難しい事を考えずに明日に備えて寝ようとすると、窓ガラスを叩く音がしました。

 こんな夜更に、しかも職員用の部屋はAクラス寮の離れの二階です。

 私はお嬢様のご学友であるマチョ様から教わった武術の構えをして恐る恐る窓へ近づきました。


「こんばんはソフィアさん!」

「アリアさん!?」


 そこには私と同じ平民でありながら光の巫女に選ばれ、お嬢様と肩を並べて戦える実力を持った桃色髪の少女がいました。


 窓を開けて彼女を部屋に招き入れます。

 外を見る限りだと、屋根からロープを垂らして窓をノックした……でいいんでしょうか?


「どこでこんな技を」

「あぁ、これはお姉様に教わったんですよ」

「またあの人は……」


 貴族令嬢に相応しい振る舞いを!と言ったのに何を考えていらっしゃるのでしょうか。


「こんな夜更に何の用ですか?」


 時刻的には消灯時間は過ぎています。自室内で起きているのは構いませんが、室外をウロウロするのは褒められた事ではありません。

 だからこんなダイナミックな侵入方法を……でもそんな危険を冒してまで私の元に来る用事とは。


「まさかお嬢様の身に何か!?」

「あー、そういうのじゃないです。お姉様に関係ある事ではありますけど」


 とりあえずお嬢様が危険に晒されているわけでは無いようです。

 その事実にホッとしました。

 今までと違い、エカテリーナちゃんの幼児化からお嬢様はマーリン様のお屋敷に住んでいます。年頃の女性と男性が一つ屋根の下で暮らすなんて……とは思いますが、お二人は婚約者同士。

 結婚前に間違いは起きないと信じていますが、お嬢様よりも先にマーリン様の方が手を出しそうな気がするのは何故でしょうか。


「寝る準備をしている所を申し訳ないんですけど、今から出れますか?」

「明日は週末ですのでそんなに早起きするわけではありませんが、今からですか?」


 私と話がしたくてやって来たのではなく、私を何処かへ連れて行きたいから。

 心当たりが無いですが、わざわざやって来たのですから何か重要な用なのでしょう。


「少々お待ち下さい。着替えますので。何か必要な物はありますでしょうか?」

「いえ、着替えだけで大丈夫です。ただ、髪の毛は下ろしたままでいいかもです」


 私は素早く、テキパキと私服に着替えて準備をしました。

 そしてアリアさんと一緒にこっそりと寮を抜け出すのでした。

 静まりかえった夜の町というのは不気味な感じがします。もうすぐ夏が来るというのに少し肌寒さを感じます。


 そうやって歩いて行き、辿り着いたのは一軒の食堂でした。

 看板には『暴乳亭ぼうにゅうてい』の文字が。


「ここ、知ってますか?」

「同じ職員の人が話をしているのは聞きました」


 主に魔法学園の研究によって作り出された牛肉などの材料を使ったお肉料理が美味しいお店。

 値段もお試し価格で懐事情が寒い人でも満足出来るという事は知っています。

 ただし、名前が名前なので利用するのは男性客が多いとか。


「このお店、昼は普通の食堂ですけど夜になるとバーになるんです」

「それは知りませんでした。しかし、魔法学園でお酒の提供はいいのですか?売ってあるお店もありますが、学生には販売しないし、年齢確認があると聞いてますよ」

「本物のお酒じゃなくて、お酒っぽい味のジュースを出しているんですよ。味より雰囲気を楽しむのが目的なんです」


 お酒を楽しむ人。

 確かに子供からすればとても大人っぽくて憧れを抱くのでしょう。

 私もお洒落なお店で男女がワイングラスを交わして飲むというのは一度体験してみたいです。

 お屋敷では記念日などに当主である旦那様と奥様がお酒を嗜んでいらっしゃいました。


「どうしてそんな場所に私を?」

「今日はバーとして営業していないんですよ。ただ場所を提供しているだけで。だからお酒っぽいのを楽しんで飲食するわけじゃありません」


 中に入れば分かりますから。

 そう言ってアリアさんは答えをはぐらかして私を店内へと誘導します。

 その時に顔を隠す仮面を渡されたので何があるのか知らないまま私は顔を覆い隠すのでした。


 店内には既にかなりの人数が集まっていて、男女を問わずに様々な人がいました。

 学生は勿論ですが、中には大人や教師のような人までいて、この魔法学園から多種多様な人達が集まり、全員が仮面をつけています。

 この光景だけを見ると怪しげな儀式場のようにしか見えないのですが、今からここで犯罪が起きるとかじゃありませんよね?


 異様な雰囲気に呑まれる私とは対照的にアリアさんは人混みを潜り抜けると、店内の中央に円卓のように並べられた椅子に座り、その横に私が座るように指示を出しました。

 大勢のギャラリーがいる中でこれから何が始まるのかという不安を胸に抱えながら待っていると、入り口からざわざわと声がしました。


「お待たせした諸君。生徒会長の到着だ」


 左右に人が分かれて出来た道を歩くのはこの会場で唯一仮面を付けていない男子学生でした。

 職員として何度か顔を見る機会はありますし、知名度でいえばお嬢様達以上にある方です。


 魔法学園の代表として生徒会を率いて学園と交渉したり、町の治安や経営にも関わっている人です。

 その生徒会長が円卓の上座に座って喋り出した。


「えー、紹介のあった生徒会長のディーノ・カリオストロだ。今日はこれだけの人数が集まってくれた事を嬉しく思う」


 生徒会長自らが学園の規則を破るなんて如何なものかと。


「各代表も集まっているようだし始めようか。年に一度の集会。魔法学園名物の『ファンクラブ対抗人気ナンバーワン選抜総選挙』を!!」


 宣言の後に大歓声が上がる中、私は仮面の上から頭を抱えるのでした。




 なんですかこれは!?



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