第五十七話 ファンクラブ会議 その2

 

「わたっ……アリアさんですか?」


 わたしですか!?と言いそうになったアリアさんでしたが、咄嗟に誤魔化しました。

 気づいている人は大勢いるでしょうが、そこは黙ってあげるのが大人の対応です。

 仮面を付けている以上は個人の特定をしないというのがマナーでしょう。


「えぇ。彼女はファンクラブが出来るくらいには人気ある美少女だわ」


 シル……謎の黒髪女性が後ろに目を向けると、男子生徒達が集まっています。

 どうやら彼らがアリアさんのファンのようですね。


「何を言っているんですか。わた…アリアさんは平民の、普通の子ですよ?そんな人を生徒会にだなんて」

「あら、そんな事ないわよ?」


 謎のお嬢……女性は服のポケットからメモを取り出すとそれを読み上げ始めた。


「『アリアちゃんマジ天使』『怪我をしたら優しく手当てしてくれて薬草までくれました』『貴族令嬢達と違って嫌味な性格じゃない』『一目惚れです』『もう雰囲気から違う』『嫁にしたい』などなど」


 私はそのファンクラブ会員から寄せられたコメントに共感をしました。

 アリアさんはAクラスに在籍する成績優秀者でありながら、下のクラスの方に勉強を教えてあげたり、困っている人を見ると自ら声をかけて手伝ったりしています。

 それはご両親の教育や彼女の人を傷つけたくない、弱い人を守ってあげたいという慈愛の精神から来るのでしょう。

 実際、魔法学園の職員で使用人である立場の人間にキツく当たる人はかなりいます。お店の店員に過剰なサービスを要求したり、まるで自分が貴族のように偉そうにする人も。

 しかし、アリアさんは私や他の人にも上からではなく、同じ人間として接しています。


 お嬢様の事さえ絡んでいなければ、一般の人から見てもとても魅力的な方です。

 お嬢様と二人きりにでもならなければ。

 来年のバレンタインはどうなるんでしょうか……。


「……だって平凡な平民ですし」

「「「「いや、それはない」」」」


 会場の声が一つになります。

 アリアさんは自己評価が低いのも問題ですね。

 光の魔法が使える時点で十分に特異ですし、光の巫女ともなれば国が抱え込んで離しません。

 これまでの功績も考慮すると、もう同じ平民の男性では釣り合わないでしょう。

 私を含めたごく一部の人しか知らない情報でしたが、アリアさんはその身に光の神を宿されたとか。

 いわば御神体そのものです。クローバー伯爵家でさえ釣り合わない。もっと高位の貴族、あるいは更にその上の……。


「平民だからこそ分かる事があると思うわ。同じ立場からしか見えないものってあるもの。その点からもアリアさんを推薦するわよ」


 ドヤ顔で言った謎のお嬢様、シルヴィア・クローバー。

 アリアさんは突然の話で混乱していて気づいていないようですが、私には分かります。誰がお世話をしてきたと思っているのでしょうか。

 マーリン様には及びませんが、それ以外の方で一番近くで彼女を見てきた私には正体バレバレです。

 魔法を使っているのか、変装効果なのか他の方は口出ししませんが、私は指摘したい。


 お嬢様もアリアさんも、来週には重大な使命があるのに何をされているのですか!!!!と。


「そこの女生徒、熱い声援をありがとう。生徒会長である俺の意見を言わせてもらうと、生徒会は代々爵位の高い貴族や王族がなりがちなんだ。知名度勝負な所があるから仕方ないが、平民だっている。職員や町で働く人は平民が殆どだ。そんな人達のために新しい風を吹かせるのも今いる俺達に必要だと思う」


 現職の会長の言葉もあり、あちこちから拍手の音がしました。

 生徒会長になるかは分かりませんが、アリアさんの生徒会入りは確実でしょう。


「選挙って立候補しないとダメですよね?」

「いや、現職の生徒会役員や教師、理事からの推薦があれば強制立候補だ」

「あれれ〜不思議だわ。こんな所に2年生Aクラス担任教師の推薦状が……」

「手際いいですね!」


 謎の女生徒が出した書類にはマーリン様の署名が。

 あの人ならばお嬢様の口車に乗せられてそれくらいしそうですね。

 職権濫用ですが、私も今の話を聞く限りだとアリアさんの生徒会入りは悪くないと思います。本人の意思とは関係なく。


「書類に不備は無いし、あとは選挙を待つだけだ。今名前の上がった人から順位付けをして、それを学園に流す」


 そしてそれが、そのまま生徒会長とそれ以外の役員に当て嵌まると説明がありました。

 もう、今名前の上がった人以外にファンクラブは無いのでしょうか?

 それとも人数や規模で制限があったりするのでしょうか?


「あ、あの!」


 気づけば私は手を上げていました。


「何かな?シルヴィア・クローバーさんのファンクラブの人」

「2年生のクラブ・クローバーさんを私はオススメしたいです」


 自分でも生徒じゃないくせに何を言っているのだという自覚はあります。

 しかし、生徒会としての運営や書類仕事、細やかな気遣いという点ではクラブ様は譲れません。

 リーダーとして大勢の人を引き連れる器では無いかもしれません。でも、きっと彼がいるのといないのでは大きな違いがあると思うのです。


「あら、それはどうしてかしら?」


 謎の女生徒が私に問いかけます。

 他の人達もアリアさんと同じファンクラブだと思っていた私の突然の意見に注目していますし、生徒会長であるディーノさんも興味深くこちらを見ています。


 こんな大勢の視線を浴びるのは生まれて初めてです。

 私は孤児として育ち、クローバー家に使用人として引き取られ、その身分は一般の使用人達より下でした。

 そんな私が前を向いていられる理由。私が隣に立ってお世話して尽くしたいと思っている人についてお話しする。

 吐きそうなくらいに緊張していますが、きっと彼の事を私以上に語れる人はいません。

 それは姉であるお嬢様ですら知り得ない、心の内に秘めた愛情を唯一伝えられていた私だからこそ言える事があります。


「私がクラブ・クローバー様を生徒会に相応しいと推薦したい理由はーーーーー」



















「ご苦労様」


 労いの言葉を言われた時、私の喉は渇いていました。


 暴乳亭での会議は特に荒れる事なく終わりを迎えました。

 例年であれば最後は魔法を使ったファンクラブ同士の抗争に突入するそうで、昨年はディーノ生徒会長がその戦いで勝利を収めたのが決定打だったそうです。


 大人や教師達まで参加していたのは、魔法での撃ち合いになった場合に現場を諫めるため。金銭や権力による恐喝を防ぐためだったそうです。

 それと、普段から小競り合いしそうなファンクラブ達をわざとぶつけてガス抜きをさせるためとか。


「素晴らしい演説だったわ」

「恐縮です……」


 私は自分が何をしたかを思い出して顔が赤くなるのを感じました。

 あの後、私によるクラブ様の話は長時間に及んでしまいました。

 彼の生い立ちや、飛び級をした理由。ジャック様の側近となるためにどれだけ努力をなさったか。

 立派な伯爵家の跡取りになるために貴族同士の付き合いを学び、領民とも親しく話をして、平民の意見や声をわざわざ聞きに行ったり、私と同じような孤児のために何か出来ることは無いかと模索したり。


 そんな事を自分の言葉で必死に紡ぎながら私は話しました。

 どの立場でそんな偉そうな事を言うのかと、指摘されれば言い返せません。

 それでも私はクラブについて知ってもらいたい、王子達やアリアさん以外にも生徒会に相応しい方がいると気づいて欲しいと思ったんです。


「貴方がいるならきっとクラブも安心ね」


 眠った子供を背負った謎の女生徒。

 仮面で素顔は見えませんが、その瞳は温かい目をしていました。


「いえ、私はまだまだです。これからも精進していきます」

「謙遜しなくていいのよ。彼、他の誰といる時よりも貴方が側にいる方がリラックスしているもの」


 口元?に手を当てて笑う女性。

 その笑い方はクラブ様によく似ています。


「ねぇ、貴方は彼が学園を卒業したらどうするつもりなの?」

「私は………クローバー家に戻ってクラブ様にお仕えしたいと思っています」


 それはマーリン様以外に話していない私の考えです。

 クラブ様には学園を卒業する時に伝えようとしていた言葉。


「申し訳ありません」

「謝らなくていいわよ。一番貴方を必要としているのは彼でしょうから」

「ですが、私は主人を、大切な友達を裏切る形になってでも、そうしたいと思ってしまうのです」


 こんな思いは身分に合っていないし、身の程知らずもいいところです。恩を仇で返すような事をするなんて。

 それでも私の心は。


「私はクラブ様が、」

「その言葉は私じゃなくて彼に言ってあげなさい。ストレートに言うのよ。彼は鈍感だから」

「ええ、知っています。私の主人にそっくりですから」

「力になれる事があったら何でも言ってね。クラブに言う事を聞かせるなんて私には簡単よ。伯爵様やその奥様が反対するような事があれば殴り込みに行ってあげるわ」

「ちょっとそれは……」


 この方だったら屋敷を半壊させてでも暴れそうだから。

 その時はマーリン様にお目付役をお願いしましょう。


「遠く離れてしまっても、私は主人から、とある人から友達と呼んでもらえるでしょうか」

「勿論に決まっているじゃない。ずっとずっと、それこそお婆ちゃんになっても貴方の友達のままよ」


 隠す気は無いのでしょうか?と言いたいです。

 だってもう、わざとらしい喋り方も消えてしまい、仮面の隙間から目だけがしっかり見えていますから。


「ソフィアに何かあったら私が守ってあげるから」


 それは、私とお嬢様が最初に友達になった日に言ってくれた言葉と同じでした。

 だから私も同じように返事をします。


「えぇ。万が一がありましたらお願いいたしますね」


 私は清々しい気分で、落ち込むアリアさんの介護をしながら寮へと帰るのでした。














「よう!クラブ、頑張れよ」

「あらクラブ様。頑張ってくださいまし」

「クラブさん。応援してますから!」

「クラブ君、期待していますよ」

「クラブって幸せ者ね!」

「クラブ・クローバー、君はとても愛されているね。生徒会は君を歓迎するよ」


 どうしてかここ最近、僕が会う人みんな、優しい目をしてくる。

 声をかけたり肩を叩いたり。

 何かあったわけでもないだろうに。


「クラブ様。これからもメイドとして、いつまでもよろしくお願いします」

「急にソフィアまで。全く、何なんだこの雰囲気は?」


 もうすぐ姉さんの、クローバー家の、学園の、国の、世界の運命をかけた大事な迷宮探索があるっていうのに。

 どうして僕はみんなからニヤニヤされてしまうのだろうか?

 誰か教えてくれませんか?


















「やっぱり、胸の内を話すのはもう少し先にしますね。ご主人様」



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