第五十三話 因縁の終わりですわ!

 

 JOKERの心は折れ、私の勝ちになった。

 そんな中、闇の神が地面に座り込んで狂ったように笑うJOKERを顎で指す。


「【此奴を殺せ。元よりとうの昔に死んでいる存在だ。生きているだけで悲劇を招く】」

「わかってるわよ。ただ、どうしようかしら」


 魂に逃げ場所が無いとはいえ、器になりそうなのが数人転がっている。

 殺しても実は姿を変えてこっそり生きてましたなんて展開は御免だ。

 JOKERを許す気は無いし、今まで何人もの人達が苦しめられて人生を狂わされて来たんだ。

 芽は摘んでおかないといけない。


「お師匠様。何かいい方法はありませんか?」

「闇の神よ。貴方の力でどうにか出来ないのか」


 アリアが傷の手当てをしていたお師匠様へと声をかけると、彼は闇の神へと問いかけた。

 私が戦っている時もずっと警戒をしていたお師匠様だけど、どうやら闇の神が今は味方であると判断したようだ。


「【魂を砕く事は簡単だ。だが、同時に同じ魂の欠片を持つ者に深い傷跡が残る】」

「刻印魔法……シルヴィアも危険だな」


 今の私やベヨネッタ達は体と心の深い場所まで呪われているような状況だ。

 闇の神とはいえ、万能とまではいかない。

 逆に呪ったり殺したりするなら幅は広そうな力を感じるんだけどね。


「刻印魔法は私の知り得る魔法に当て嵌まらない。残念だが私に出来る事は無いだろうな」

「そんな…」


 あの天才であるお師匠様が匙を投げた。

 見るだけで相手の魔法を見破ったり、魔道具や召喚獣への幅広い知識のあるお師匠様がお手上げなんて、このまま捕まえておくしかないの?

 でも、それだとトムリドルの時と同じように死んで体を乗り換えたりするかもしれない。

 とはいえ、このまま闇の神の世界に閉じ込め続けるわけにはいかないし……。


「私には無くとも、彼女なら分からんぞ」

「そうだ!アリア」

「わ、わたしですか!?」


 魔力切れでユニコーンすら消えてしまったアリアが目を張る。

 ここに来て自分の出番なんてもう無いと思っていたのだろう。


「アリア君の光魔法でJOKERの刻印魔法を浄化して切り離し、闇の神の力を使って魂を滅却するのだ」

「でもわたしの力じゃ、あの複雑な呪いは解けませんよ。お姉様の背中だって治せませんでしたし」


 そう言って困ったように首を振るアリア。

 アリアの光の巫女としての力を使っても消せない刻印。

 そこだけは流石伝説の闇魔法使いって所なのか、それともジェリコ・ヴラドの研究成果のおかげなのか。


「【何か考えがあるな妖精擬きの導き手】」

「あぁ。色々と思う事があって古文書や古い歴史の遺物について調べていて思った事だ。……アリア君、君の光の巫女としての力を最大限に引き出す」


 お師匠様はそう言うと自分の杖を取り出して地面に何かを描き出した。

 それは召喚獣を呼び出す魔法陣のようで、何処かで見たような形もしていた。


「【ちっ。そういう事か】」


 闇の神はお師匠様の考えを理解したのか、舌打ちをすると私達から距離を取った。


「アリア君。君の体を私に貸してくれ」

「何言ってるんですかお師匠!?」

「違う。不純な理由などではない。儀式に必要なのだ」


 そう言ってお師匠様は自分の指先を口で噛み、そこから血が流れ出る。


「聖剣の力と水神の羽衣があったとはいえ、闇の神を封印するのは難しいだろう。大昔のJOKERはそれで倒せただろうが」


 魔法陣の中心を血で濡らすと、お師匠様はアリアへ中に立つように指示を出す。


「同じ神の力……そういう事ですね。お姉様を助けるためです。わたし分かりました!」

「あぁ、何かあれば私が対処するので心配するな」


 なんだか二人の間で理解し合っているけどさっぱり分からない。

 私だけ置いてけぼりなんですけど!


「お師匠様、一体何するつもりなんですか?」

「まぁ、見ていなさい」


 魔法陣の中心でアリアが両手を組んで祈る。

 そういえば旅の途中で私の持つコブラの杖があった遺跡やお師匠様の故郷で今のアリアみたいな壁画を見たような記憶がある。

 図書館の地下を始めとする建国時代の壁画達に共通していた光の巫女……。

 今のアリアはまるで壁画の女性と同じ雰囲気だ。


 ポワッ……っと光が魔法陣から漏れてアリアを包み込む。

 するとそこだけまた世界がズレる。

 星空があるとはいえ、暗い世界の中でアリアの立つ場所だけが優しい光に照らされるのだ。

 そして、ゆっくりと祈りを捧げていたアリアの目が開かれる。


「【ふふっ。この方法に辿り着くなんて流石だね妖精の子】」


 お師匠様を褒める優しい声。姿形はアリアで間違いないのに品性というか神々しさがある。

 一挙一動が美しく、それだけで絵になりそうだ。

 闇の神とはまた違う神性を感じる。この人は、


「【光の神っ……】」

「【おや。久しぶりだね闇の神。その姿、完全な形で復活したのだね】」

「【貴様らに封印されたからな】」


 アリアの体を借りる形で降臨した光の神に隠す事無く嫌悪感を出す闇の神。


「お師匠様、これって」

「光の巫女は光の神を口寄せする力があるのだ。昔もそれで封印をしたらしい。神の力であれば刻印を取り除けるだろう」

「【可能だね。光は闇に対して強い力を発揮する。だからこそ闇の神を封印出来た】」

「【我は負けていない】」


 尻尾でビシバシ地面を叩く闇の神に落ち着くように心の中で語りかける。

 本人からしたらイライラしているだけなんだろうけど、サイズが違いすぎて私からしたら小さな地震だ。

 揺れて気持ち悪くなるからやめてほしい。


「【長い時間はこの巫女の負担にもなるだろうし、さっさと終わらせようか】」


 光の神が手招きをすると、森の奥で倒れていたチンピラ達とベヨネッタがふわふわ浮いて集まって来た。


「【ふむ。どうやら刻印やパスが繋がっているのは全員この場にいるね。ここにいる全員の呪いを解呪すればJOKERはもう転生できない】」


 神様直々の言葉に安堵する。

 これで長いJOKERとの付き合いも終わるわね。

 私とお師匠様の身の回りで起きている事件に何かしら関わりがあったから、これでやっと安心出来る。


「【じゃあ、いくよ】」


 アリア、じゃなくて光の神が両手を広げる。

 普段のアリアとは違う黄金の瞳が光り、神の力と思われる光の魔力が周囲を包み込んだ。


「うぇっ。具合悪い」

「闇の神と繋がっているからだろうな。私にはむしろその心地の良いものに感じる」


 私とお師匠様で真逆の意見が出た。


「【こんなものかな】」


 光の神が腰に手を当ててそう言うと、輝かしい魔力は消えて、顔から刻印が消えたベヨネッタ達の呼吸が穏やかなになる。

 ただし、その頬は痩せこけ、髪も真っ白になっていて枯れ木のようだった。


「【刻印魔法は生命力の前借り。そう永くはないだろうね】」

「自業自得でしょう。それより、これで準備は整ったぞシルヴィア」

「はい」


 私の背中の痛みも消えた。

 ついでにあちこちの擦り傷や切り傷も消えて、肉体的には調子が良い。

 ただし気分は強い光の影響で悪い。


「【終わらせるぞ人間】」


 壊れて動かなくなったJOKERに向き合う闇の神。

 第三の目が紫紺に光り、その口から漆黒の炎が吐き出される。


「【シャアアアアアアアアアアアーーーーッ!!】」

「あぁあああああああっ!!ワタシが、ワタシが消えていく……これが死なのデスかぁあああ!!」


 消える事の無い炎に身を焼かれ、断末魔をあげながら炭になるJOKERだったもの。

 結局、魂らしきものが燃え尽きるその時まで一度の謝罪も無く消えた。


 それくらいの人でなしでなければあんな事はしない。

 いいえ、そもそもアレはもう人じゃない。醜い怪物だった。

 妄執と怨念の塊だったモノは消えて、初代国王達ご先祖様達が討ち漏らした敵は完全消滅したのだった。


「【さて、そろそろ時間が無いし簡潔に言おう】」


 アリアの体を借りられる制限時間が来たのか、それとも地上で使える力を使い果たしたのか、光の神の声が遠くなりつつある。


「【シルヴィア・クローバー。君は私も想定していないイレギュラーだったがよくやってくれた。良くも悪くもね】」


 あれ?もしかして怒られてる私?


「【その上で宣言しよう。今のままいけば君は間違いなく破滅する。闇の神と深く繋がり過ぎてしまった。……闇の巫女とでも言うべき存在になった君はこの世界にとっての新しい悪だ】」

「そんな!?シルヴィアはただ私達を守るために戦っただけだ」

「【妖精の子よ。それは私も理解している。だが、人が神の力を使役出来るのは危険だ。かつてのJOKERがそうであったように】」


 光の神はそう言うと、私でもお師匠様でもなく、炭から灰になったJOKERの死骸を眺めていた闇の神へと話しかけた。


「【どうするかはキミ次第だ。……分かっているな闇の神よ】」

「【何処へ行けばよい】」

「【学園の迷宮最奥にある祭壇だ。あの場所こそ全ての始まりであり、終わりの場所だ】」


 神同士にしか伝わらない話をしているのだろう。

 闇の神から伝わってきたのは哀愁と寂寥?


「【さらばだ諸君。………そうそう、妖精の子よ。君の親に逢いたければ闇の神と共に迷宮に来なよ。神からの小さなご褒美だ】」

「なっ!?」


 最後にとびきり重要な情報をサラッと言って光の神は消えてしまうのだった。


「……んんっ……お姉様?」

「大丈夫?アリア」


 神が離脱して倒れかけたアリアを受け止める。

 目がとろんとしていて、普段みたいに私に抱きつく元気が残っていない。


「私に任せなさい。神を降ろして意識が混濁しているだけだが、診ておく」


 お師匠様も魔力を殆ど消費して疲れているだろうに、アリアを背負った。

 ベヨネッタ達は全壊した倉庫にあったロープで逃げないように近くの木に結びつける。

 目が覚めてもヨボヨボの体だと逃げられないと思うけど念のためにね。


「貴方はどうするの?」

「【我は………んっ?】」


 光の神と会話して何か悩んでいた闇の神。

 しかし、様子が変だ。


「【そうか!刻印が消えたせいでパスが弱まり、この体の維持が!!】」


 え?私のせいじゃないわよそれ。


「【もう世界を保つ事すら……さっさと魔力回路を治しておけこのポンコツ娘!】」


 一人で苦しみ出した闇の神。

 さっきまでの滲み出る荒々しさと神々しさはどこへやら。

 夜空が晴れて元の太陽が頭上に見えて、闇の神が姿を変えた。


「【ママー!】」



 そこには5才くらいの黒髪で、私に似た顔立ちの小さな子が立っていた。



「おかえりなさいエカテリーナ」

「【ただいま!】」


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