第五十二話 決戦。 JOKER対シルヴィア!

 

 まだ昼過ぎだというのに空には満天の星空。

 まるでこの周囲一帯を切り取ったかのように世界は改変される。


「なんだこれは……」


 お師匠様が驚いた顔をする。

 それもそのはず。私の影から現れたのはエカテリーナ……いえ、闇の神そのものだ。


「【我を呼んだな】」


 それまでの幼い子どもの声から、男性か女性かわからない中性的な声が響く。

 驚くはその声が私だけではなく、周囲にも聞こえている点だろうか。


「おぉ、ついに闇の神の完全な復活。これで世界は私の物に!」


 JOKERが瞳から涙を流す。

 永年の悲願が叶うと感激しているみたいだ。


「さぁ、闇の神よ。このJOKERと共に再び世界を混沌へと導くのデス!!」


 かつて、JOKERは闇の神が作り出した魔獣の群れや闇魔法達を率いて世界を征服しようとした。

 その悪夢が再来してしまうとお師匠様やアリアは身構えていた。

 今のJOKERと闇の神が手を組めばそれくらい簡単に出来てしまう。


「【断る】」

「は?」


 闇の神の言葉にJOKERが固まる。


「何を言っているのデスか?」

「【貴様こそ何を言っている。我は貴様如きの命令など受け入れぬ】」

「この私の言う事が聞けないというのデスか!」


 かつての仲間から拒絶され、激昂するJOKER。

 私を指差して神へと吠える。


「まさかこの娘の側に付くというのデスか!?私よりも劣る魔法使いに。今は魔法すらロクに使えないただの小娘に!!」


 正面からJOKERの放つプレッシャーを受ける。

 お師匠様以上、魔法学園の理事長以上のこの世で最も恐ろしく、そして強い魔法使い。

 そんな存在に睨まれては一般人なら呼吸困難になり、魔力にあてられて気絶、あるいは死んでしまうかもしれない。


 ただ、私には効かない。


「【魔法が使えない?よく見てから言え】」

「受けてみなさいよ!!」


 両手を前へ突き出す。

 ただそれだけで無数の風の刃がJOKERへと殺到する。


「なっ!?魔力は持ち合わせていないはず!?」

「えぇ、そうよ。これは私の魔力じゃない」


 殺すつもりで放った魔法はJOKERによって何処かへと飛ばされる。

 やっぱ、転移系は厄介ね。


「貴方ならよく知っているんじゃないの?」

「まさか!闇の神とパスを!?」


 ご名答。

 今の私をアリアやお師匠様は見て驚いているだろう。

 ベヨネッタが水中神殿でキャロレインを操ったように、JOKERがベヨネッタやチンピラ連中から魔力を搾り取っているように。

 私には闇の神から与えられる底無しの魔力がある。


「【今までは不完全な復活であったため、この娘からの供給が無ければ活動出来なかった。しかし、完全復活すれば、】」

「水神の羽衣を羽織ったシンドバット同様に力を引き出せるわ」


 影を、闇を通じて溢れ出る力。

 去年に魔法学園へと迫る魔獣の群れを倒すために聖杯から魔力を取り出した時に似ている。

 普段の私をただのシルヴィアとするなら、今の私はスーパーシルヴィアって所ね。


「馬鹿な!きっかけはあったにせよ、たかが小娘に力を与えるなど何を考えているのデス!」

「【貴様こそ何を言っている。誰に手を貸そうと我の自由だ。人間如きに我を縛る権利は無い】」


 完全な拒絶。

 この場においてはJOKERは闇の神の敵だ。


「ありえないありえないありえない!!そんな小娘がこの世界を統べるに相応しいというのデスか!このJOKERよりも!」

「勘違いするんじゃないわよ。私は世界とか支配とか興味無いわ」


 力強く一歩前へと右足を出し、右肘を膝につけて言ってやる。


「私はただお前をぶっ飛ばしてこの学園を守る。ただそれだけよ」


 そのためなら封印されていた闇の神の力だろうが何だろうが使ってやる。


「ガキがぁ!」


 JOKERが杖を構えて魔法を放つ。

 真っ黒な闇の奔流が私を殺そうとする。


「無駄よ」


 自分の影へと手をかざすと、コブラの姿を模した悪趣味な杖が出てくる。

 杖を握って魔法障壁を展開すると、ただそれだけで闇の奔流は受け止められた。


「【我は闇の神。常闇の支配者。闇の魔法は誰が授けたと思っている】」


 所詮、JOKERの使う闇の力も私の闇魔法も源流は同じ

 。

 なら、闇そのものを味方につける私には効かない。

 今の私はアリア以上に闇魔法へと耐性を持っている。


「であれば、直接攻撃するまでデス!」

「ーーーーギチギチギチギチ」


 JOKERの膨大な魔力を与えられて更に巨大化して強化された大蜘蛛。

 その鋭い爪や牙ならば私を喰い殺せるだろう。

 でも、そうはさせない。


「【シャアアアアアアアアーーーッ!】」


 闇の神が地面を這って大蜘蛛へと襲い掛かる。

 二十メートル級にまで巨大化している闇の神。いいえ、これが本来の姿なのかもしれない。

 そんな大蛇と大蜘蛛が絡み合って殺し合う。


「ーーーーギチギチ!」


 大蜘蛛は口から毒液のようなものを吐き出す。

 地面に溢れた毒液は大地を腐らせ、溶かして穴を開ける。

 しかしそんな猛毒は真っ黒な鱗に阻まれて効果が無い。闇の神には効かない。

 なればこそとお尻から糸を噴射する。お師匠様の召喚獣達の身動きを封じた粘着性の糸で絡めとろうというのだ。


「【毒ならばこちからが上だ】」


 闇の神の牙から毒液が分泌される。

 その液体に触れた糸がグズグズに溶けて消える。

 猛毒を体内で生成する大蜘蛛の糸なら並の毒も効かないだろうが、相手は格が違った。


 毒も糸も無効化されてしまえば残るは牙と爪のみ。

 大蜘蛛は口を大きく開いて闇の神へと喰らいつく。


「【柔い】」


 ガキン!と音がして大蜘蛛の口から牙が落ちた。


「ーーーーギチギチギチギチギチギチ!!」


 ポキッ!と音がして大蜘蛛の爪がへし折れる。


「【脆い】」


 何も通用しない。

 大蜘蛛は悲鳴を上げるように関節を鳴らす。

 なす術もなく、逃げる事すら許されずにその身を蛇が締めつける。

 牙も爪も傷一つつけられない堅牢な壁のような身体に巻きつかれて締め上げられれば結果はどうなるか。


「ギチ……ギチーーーー」


 ブチッ!!!!!!


 圧縮されて耐え切れなくなった大蜘蛛の身体がプレス機に挟まれたように潰れて弾けた。

 闇の神が離した後にはぐちゃぐちゃに潰れた黒い染みが残るだけだった。


「あ……あぁっ……!!」


 この大蜘蛛はJOKERのとっておきだったのだろう。

 今までに何人もの人を喰らってきた怪物と呼ばれる類いだった筈。

 だけどそんなもの、神の力を前にしては無価値だった。


「もう貴方だけよJOKER」

「黙れ!黙れ黙れ!!」


 闇の魔法が嵐のように放たれる。

 一つでも受ければ心臓が止まり、命が尽きるその魔法は魔法障壁に阻まれる。


「これならどうデスか!」


 JOKERから影が伸びて私を縛りつけようとする。

 刻印魔法を刻み付けられた時と同じように動きを封じようというのだ。



 伸びてくる影に自分の影を絡ませる。

 混ざり合って一つになる影。

 するとJOKERの動きがピタリと止まった。


「な、なんデスと……」

「ご自分得意の魔法で縛られる気分はどう?」


 気分が高揚する。

 今ならどんな闇の魔法だって意のままに操れるだろう、そんな気分だ。


「な、舐めるなデス!」


 体から黒いモヤを大量に放出し、力づくでの脱出をするJOKER。

 拘束を解くのに手こずったせいか、先程よりも感じるプレッシャーが弱まった。


「ふーっ、ふーっ……」

「どうしたのよ。息が荒いわよ」

「クソが!こうなれば無理矢理にでもその力を奪い取るのデス。刻印を刻んだのが誰なのか思い出して後悔しろ!」


 顔を真っ赤にしたJOKERが空へと杖を掲げる。

 ベヨネッタやチンピラ連中から魔力を吸い上げた事と同じ事を私にもするつもりのようだ。

 背中が灼けるように熱い。焼印を押されるような痛みに襲われる。


「ハハハっ!逆らえないデスよね?何故なら私の魂の一部を刻まれているのデスから!!」

「シルヴィア!」

「お姉様!」


 私は自分の身を抱いてしゃがみ込む。

 こ、これは中々に効くわね。


「さぁさぁ、そのまま全てを奪いとってあげるのはデス!」

「【馬鹿め】」

「あ?……何っ!?」


 上機嫌に笑っていたJOKERの顔に焦りが出る。

 それを見た私は唇を吊り上げた。


「繋げたわね私とのパスを」

「まさかコレを待っていたのデスか!?」

「貴方って殺しても魂魄がどうとかで生き延びたり他人から力を奪ったりするじゃない?……だったら偶には奪われてみなさいよ」


 意識を集中させる。

 魔力のパスなら今までに何回も繋げてきた。

 お師匠様を呼び戻すために精神世界へ突入したり、キャロレインを助けるために呪いを引き受けたり。

 やる事はそれと同じだ。


 私の中へと手を伸ばし、魔力を奪い取ろうとする邪悪な意志を掴んで引っ張る。

 JOKERと私の命がけの綱引きだ。


「ぐっ……」

「んっ……あっ……」


 一度でも気を抜けば全部持っていかれるような緊張感。

 親機から搾取されるだけの子機が反逆しているから制御が難しいのはこちら側だけど、


「【誰がこの女に付いているか忘れたかJOKER】」


 私の中へもう一つのパスが繋がっている。

 JOKERを掴んで離さない一方で、闇の神へと手を伸ばす。私自身が綱引きの縄になって両側を結んだ。


「ひ、ひぃっ!?」

「【思い知れ】」


 両側から引っ張られる感覚に懸命に耐える。

 JOKERと闇の神が繋がった瞬間、決着はすぐに着いた。

 JOKER側から魔力が根こそぎ私を通じて吸い上げられたのだ。


「わ、私の力がぁ……」


 魔力を根こそぎ奪い取られたJOKERの体が萎んで見えた。

 プレッシャーも感じないし、見た目も刻印魔法が薄まって強化される前に戻った。


「【これしきの魔力……いらんな】」


 不味いものでも食べたように闇の神が不機嫌になる。

 他人から奪ってご満悦だった悪党の味はお気に召さなかったようね。


「お、覚えておくのデス。いつか必ず復讐を!」

「【逃すものか】」


 水中神殿でベヨネッタが消えた時と同じように転移の魔法を使って逃げようとするJOKER。

 だが、闇の神の第三の目が光ると転移の魔法は掻き消えた。


「【ここは我の領域。許可無しで外へは出れぬ】」


 星空が輝く夜の世界。

 これこそが闇の神が作り出した結界であり、外部からの侵入も内部からの脱出も拒んでいる。

 これを解くには同じ神の力を使うか、闇の神そのものを倒すしかない。

 でも、かつての光の巫女や初代国王達が封印しか出来なかった事から察するに不可能に近い。


「死んだ直後に意識を別の器へ移動させるのよね?この場合はどうなるのかしら」


 ここはいつもの世界からズレた場所。

 魂の移動の仕方とか知らないけど、闇の神が目を光らせる以上は簡単じゃないはず。


 同じ結界内にはベヨネッタやチンピラ達がいるからそちらへ乗り移るのか、はたまた同じ刻印のある私を狙うのか。

 いやまぁ、私には闇の神とのパスがあるからこっちに来たら捕食されるだけなんだけど。


「……嫌だ。消えたくない!死にたくない!」


 自分の消滅を悟ったのか狼狽するJOKER。

 どの口で今更そんな事を言うのか。


「どうしてデスか闇の神よ!昔は私に力を貸してくれたじゃないデスか!!それなのに何故!」

「【先に裏切ったのは貴様だ。それだけで理由は十分だ】」


 神へと縋りつこうとするが一蹴される。

 私は何があったのか知らないけど、繋がっているパスから悲しみと怒りと、呆れが感じられた。


「【何も言うな】」

「わかったわよ」


 私が思った事もまた相手に伝わったのか、口止めをされる。


「へへへ……私が死ぬ……もう終わりデス。魔法も効かない、魔力も無い、逃げられない。へへへへへへへへへへへへへへっ………アヒッ」


 JOKERはもう威勢のかけらも無かった。

 うわ言のように何かを呟きながら絶望していた。

 今まで散々人を惑わして狂わせてきた闇の魔法使いの心は折れてしまった。



 決着は闇の神の介入によって、実にあっさりと終わってしまったのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る