第五十一話 覚醒。闇の力ですわ!!

 

 頬をだらしなく緩ませたアリアに拳骨を落として正気に戻す。

 ベヨネッタの方は片付いたけど、一番の強敵がまだ残っている。


「アリア、まだ戦えそう?」

「お姉様のためなら!……って言いたいんですけど、かなり厳しいですね」


 大粒の汗を流しながら答えるアリア。

 一対一で、しかも殺す気で挑んで来る相手との戦いは彼女を消耗させていた。

 足取りも重そうだし、顔色も私といい勝負だ。


「無理はしなくていいわ。このユニコーンを借りられれば後は休んでいていいわよ」

「いいえ。まだ休むには早過ぎます。あの男を倒さないと」


 私達から少し離れた場所で繰り広げられている戦いは人間の常識を超えていた。

 二つの魔法が次々と撃ち込まれるのに対して、JOKERは闇魔法でそれをどこかへ飛ばしたり、隙を突いては即死レベルの闇魔法を放っている。


 大蜘蛛はワンちゃん達が群れで牽制しているけど、決定打に欠けている。

 全力全開のお師匠様ならこんな召喚獣に負けやしないのだが、こちらも魔力の消耗が激しいようだ。


「ユニコーンでまた突っ込む?」

「ヒヒーン!?」


 いや、流石に二回目は勘弁です!と言いたげな白馬。

 馬のくせに表情豊かね。そこはアリアそっくりだわ。

 イヤイヤと首を振る駄馬を置いといて、召喚獣同士の戦いへ目をやる。


「ーーーーギチギチ」


 大蜘蛛が足で犬達を薙ぎ払う。

 当然それは読まれていて、躱されてしまう。

 お師匠様の使役する子達はみんな賢くて強い。今までも私を助けたりしてくれた力強い仲間だ。


「ーーーギチ」


 ぷしゃーっと音がした。

 発生源は大蜘蛛のお尻だった。


「キャイン!?」


 蜘蛛の糸はお尻から出るって前に図鑑か何かで見た事がある。

 前方ではなく、背後から噛みつこうとしていた子達がネット状に広がって拡散された糸に絡まってしまう。

 粘着性が高いのかもがくほどに糸がひっついて動きが取れなくなる。


「ーーギチギチギチギチ」


 それを大蜘蛛が見過ごすわけがなく、振り下ろされた足がワンちゃんの体を貫いて光の粒子に変えた。


「図体がデカいだけじゃなくて考える知恵もあるみたいね」

「あんなのどうやって倒すんですか……」


 アリアが青い顔をする。

 それは私も教えてもらいたいくらいよ。

 大蜘蛛の強さはかつて図書館の地下で戦ったお化け蛙よりも、水中神殿で戦ったキャロレインの巨熊よりも強かった。


 このまま犬達が全て倒されてJOKERと合流したらお師匠様だって負けてしまうかもしれない。

 そうなったらこの世のお終いだ。


「あちらは決着がついたようデス」

「ベヨネッタも倒れた。アリア君だってまだ動けている。時間の問題だ、降参しろJOKER!!」

「くくくっ。未だ不利なのはそちら側なのデス。貴方達はまだ刻印魔法の真髄をご存知ない」


 気味の悪い笑みを更に深くするJOKERは空へと杖を掲げた。

 何か攻撃が来るのかと身構えるお師匠様。私達もユニコーンの後ろへ隠れる。


「これこそが刻印魔法の真骨頂!」


 変化があったのはだった。


「「「「ぐわぁあああああああああああああああああっ!!!!」」」」


 突如彼らが苦しみ出したのだ。

 自分の仲間を口封じに殺すの!?と思ったけど、そうじゃなかった。

 倒れた彼らから発せられていた黒いモヤがJOKERの元へと吸い寄せられていく。


 私の目にも、アリアにも、お師匠様にもその光景は見えていた。


「刻印魔法の大本おおもとはかつてオリジナルのJOKERが使った霊魂播種れいこんはしゅなのデス。刻印魔法とはすなわち、我が力の分裂。新たなる

 我が器の作成!!それら全てを一つに束ねれば!」


 刻印の繋がりによって集められた魔力が全てJOKERへと注ぎ込まれた。

 結果、先程までと比較にならない黒いモヤを周囲へと巻き散らす最悪の魔法使いが誕生した。

 瞳は全て黒に染まり、頭部にあった刻印魔法が全身を埋め尽くして耳なし法一みたいになっている。


「アヒャヒャヒャ!これこそがJOKERの真の力!万物の覇者!!神々にも匹敵する闇の化身!我らが真の力なのデェェス!」


 力が溢れ出してハイテンションになっているJOKERは唾を飛ばしながら声高らかに叫ぶ。

 もうこれは理事長くらいとか、そんなレベルじゃない。

 仮に私達の友人が全員集まって束になっても勝てるだろうか?……そもそもこれは人なのか?

 初代国王達が聖剣や光の巫女や、他国から水神の羽衣を用意してオーバーキルしたのがよく理解出来た。


 

 そう本能で感じ取ったからだ。

 最早、闇魔法とかそんな属性で区別していい領域にいない。

 これはそう……悍しい怪物だ。


「さぁて、正々堂々と勝負しましょうかマーリン・シルヴェスフォウ」

「シルヴィア!アリア君!今すぐ全力で逃げるんだ!これは私でも時間稼ぎにしかならん!!」


 お師匠様の本気で焦った顔。

 彼の目が恐怖に染まっているのを見るのは初めてだ。


「お、お姉様……」


 隣に立っていたアリアは私の腕を掴んで震えていた。

 あの明るくて元気だったアリアが、さっきまで軽口を言っていたアリアが子どもみたいに泣きそうな顔で怯えていた。


 私の知っている【どきメモ】にこんなシナリオは無かった。

 どのパートでも敵が強くて苦戦する事があっても、アリアは勝った。ピンチの時にはマーリンが力を貸していた。

 そんな彼らが負けるのはバッドエンドだけだ。

 アリアが成長しきれていなかったり、マーリンが間に合わなかったり、必要なアイテムが揃っていなかったり。


 決して、本気で全力のアリアとマーリンが正面から戦って負けるような敵はいなかった。

 みんなで協力して勝てない敵なんて存在しなかった。


 だってそうしなきゃ、ゲームはクリア出来ないもの。

【どきメモ】は攻略不可能な糞ゲーじゃない。だからこそ人気があったのだ。


「おやおや、可哀想に。絶望の余り声も出ないようデスねシルヴィア・クローバー。貴方だけは闇の神を召喚して使役するための触媒として殺さずに放置します」


 ただし、とJOKERは言う。


「そこで愛する男と大切な友が惨たらしく死ぬのを眺めているのデス!!精神が壊れようとも私が支配してあげるのデェェス!」


 舌舐めずりをしてお師匠様とアリアに目をやるJOKER。

 唾を飲む天才魔法使いと短い悲鳴を上げる光の巫女。


 全てが蹂躙されて終わりを迎える。
























「ったく、やってらんないわよ」


 体はダルいし、背中が熱くなって痛い。

 自分の中で何かがぐちゃぐちゃに掻き回されて不快だ。


「私は乙女ゲームやってたのに、いつの間に少年漫画の世界に変わっているのよ」


 怯えている親友を優しく撫で、握られていた腕を解く。

 お師匠様から貰ったシュシュで髪の毛を一つに結ぶ。

 一つに纏めると動きやすくなるし、涼しい。


「恋の駆け引きより命の奪い合いが盛んじゃない」


 一歩前へ。


 右足を出して左足を出す。


 二歩前に進む。


「私はね、この世界が好きよ。大切な友達が沢山出来たし、家族もこんな私を愛してくれている。それになんてったって、」


 私達を庇うように構えていたマーリンの横に並ぶ。

 その整った顔を見る。

 最初に出会った頃より逞しくなって、頼りがいのあって、甘えん坊でエッチな所のある、大好きな横顔。


「初めて素敵な恋人が出来たの」


 さらに一歩前へ。


「だからもう、私は諦めない」


 私の影が揺らめく。

 内側から波打つ。

 影は広がり、私という人間一人に収まらない大きさへと変化する。


 JOKERは一つだけ悪手を打った。

 それは計画遂行のために必要なんだっただろうけど、最悪の一手だ。

 それが無ければJOKERの勝利。


 それがあったからJOKERの敗北。

 刻印魔法を使って何をしようとしたか。

 何のために私に刻みつけたのか。


「貴方は悪役かもしれない。ド三流以下の糞シナリオのね」

「何デスと?」

「この物語は愛と正義が勝つハッピーエンドなのよ」


 そこに怪物なんていらない。

 本来は彼女アリアシルヴィアの破滅フラグを巡る戦い。


「貴方じゃこの物語に幕を下ろせない。それは私の役割だから」


 悪役令嬢が勝ってバッドエンド。

 悪役令嬢が負けて破滅してからのハッピーエンド。


 それ以外はあってはならない。


「だからーーー」


 深呼吸をする。

 正直言うと、今から何が起こるか分からない。

 多分、私にどうこう出来る問題じゃないと思うから。

 それでもやれるだけやってみよう。


 口を開く。

 もう、何度目か忘れたその名前を。

 JOKERがパワーアップをした時に活性化した私の背中の刻印。それからずっと、ずっーと脳内に鳴り響く声。


 今までのどの呼びかけよりも落ち着いた声で、ただハッキリとその名を呼ぶ。





「出番よ。エカテリーナ」





 影が爆発し、





「【シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーッ!!!!】」





 漆黒の体表。

 禍々しい牙。

 紫紺に輝く額の第三の目。




 神話に出てくる闇の神が、完全なる姿と力を持って永き封印から目覚めた。


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