第四十九話 シルヴィアのお願い。
全力で走ってどのくらい距離を稼いだでしょうか。
戦いの激しい音がかなり遠くになった所で抱えていたお姉様を優しく地面に置きます。
「うっ……」
とりあえず全速力で走ったので揺れが凄まじく、お姉様は見つけた時から優れなかった顔色をさらに悪くしていました。
「ごめんなさいお姉様。さぁ、傷の手当てをしましょう」
芝生の上に渡したローブを敷いて、うつ伏せの状態になるお姉様の背中を改めて確認しました。
生き物のように蠢く刻印。少し触れると、触った箇所が熱を持っています。
汗も掻いていて、具合が悪そう。早く苦しみを和らげてあげないといけない。
「少し痛みますけど我慢してください」
わたしは持っていた塗り薬を取り出して怪我をしている箇所に塗りつけます。
今はいないエリちゃん先生の薬草畑をわたしが育てて効果の増した薬です。
「ん……んっ……!」
「大丈夫です。傷は深くありませんから」
薬が染みるのかお姉様から声が漏れます。
お風呂場でいつもしっかり目に焼き付けていた綺麗な背中をこんなにも穢すだなんて、あいつらは絶対に許しません。
お姉様の素肌に触って撫で回すのは海水浴なんかに行って日焼け止めを塗る時が理想だと思っていたのに!!許すまじ!
一通り塗り終わった所で、杖を取り出して光魔法を唱えます。
光の巫女の力には癒しの力もあるといわれています。僅かでもお姉様の痛みや苦しみを緩和してくれるといいのですが……。
「消えないなんて……悔しい」
血の流れは止まりました。
拳を強く握った事で出来た爪の跡なんかは直ぐに消えてしまったのですが、背中に彫られた刺青だけは依然、残っています。
ただの呪いであればわたしの力で解けるのですが、これはとても複雑に呪いが絡まりあって一筋縄とはいきません。
時間をかけてゆっくり少しずつ治療していけばいずれは……という所でしょう。
「アリア…」
「まだ動かないでください」
腕に力を込めて起き上がろうとするお姉様を押さえ込みます。
痛みは和らいでも熱はまだ下がっていませんし、背中の刻印がどんな悪影響を与えるのかもまだ解明出来ていません。
「今は助けが来るのを待ちましょう。もう少ししたらまた移動しますから」
戦闘音が遠くなったとはいえ、まだ魔法学園の端の位置です。
早くお姉様を安全で落ち着ける場所へと運び込まなければなりません。
エース様や他の皆さんに合流出来れば後をお任せ出来るのですが、ないものねだりをしても時間の無駄です。
「駄目。早くお師匠様の所に戻らないと……」
「まだそんな事を言っているんですか!?お姉様は今、怪我をしているんですよ!?」
「そんなの平気よ」
「嘘を言わないでください!触れるだけで痛そうじゃないですか!」
立ち上がろうとするお姉様だけど、力がうまく入らずによろける。
倒れ込まないように正面から支えて、お姉様の重みを感じる。
こんなにも弱っているのにまだ他人の心配をするなんて……。
「マーリン先生が一人残った意味が無いじゃないですか」
「そんなの無くていいわよ。……アリア、お師匠様を一人にしないって私は誓ったのよ」
わたしの肩を掴むお姉様の力が強くなる。
「あの人は自己犠牲が好きというか、大切なもののためなら自分を軽く見てるのよ」
思い出すのはマーリン先生と出会ってからの日々。
わたし達生徒に厳しい態度で授業を行うマーリン先生。クローバー領でお姉様と一緒に生活している時に先生がどれだけ真剣に、苦労しながら授業内容を考えていたのかを知りました。
2年性になって担任になってからは生徒一人一人に合ったテキストを用意する程です。
わたしから薬草を多く買い取って、自作の栄養剤を飲んで無理矢理起きている状況でした。
「きっと今もシルヴィアとアリア君が無事ならこの命なんて……そんなふざけた事を思っているのよ」
戦力的にはマーリン先生ですら勝てるか怪しい。
未だに戦闘音が聞こえるのでまだ大丈夫なのだと思いますが、この音が止まった時に立っているのはおそらく……。
「足手纏いなのは理解してるわ。でも、ここでお師匠様を一人死なせる事なんてさせない」
「お姉様……」
息を荒くしながら支えなしで立つお姉様。
その目はわたしではなく、今も孤軍奮闘している先生の方を見ています。
「それに連中の狙いは私よ。倒す前に逃げたら学園の中心まで攻めてくるわ。あそこには戦えない人達もいっぱいいるもの」
「わたしがマーリン先生を助けに行くのでお姉様は一人で逃げてくださいって言ったらどうしますか?」
この魔法学園に来てから戦う術は学んだ。
まだたった一人で命を奪う事に躊躇の無い敵を相手にした事は無いが、マーリンと一緒ならどうにかなるかもしれない。
闇魔法にはわたしの力が有効だろうし、仮にマーリン先生が呪いを受けても癒す事が出来る。
「ーーーそんなの御免よ」
「はぁ……お姉様ならそう言いますよね」
この人と、シルヴィア・クローバーと付き合い始めてからわかった事がある。
わたしはお姉様の綺麗でカッコよくて、自信に満ち溢れているところが好きだった。
でもそれは裏返せば我が強い。我儘。傲慢で不遜。
いつも一人で先走る。
何度もそれで失敗したのに懲りもせずにまた同じ事を繰り返す。
諦めずに何度も何度も無謀に挑戦して必ず帰って来る。
いつも最善の結果を引き寄せる。
そんな人が大人しく待ってくれるわけが無い。
わたしはマーリン先生と違って、お姉様を止めなくてはならないという思いが無い。
だって、
だって、わたしの憧れたお姉様は、
「私を誰だと思っているのよ。お師匠様のピンチは私が助けなきゃでしょ」
これくらい
「マーリン先生はお姉様を守護対象だと思っているようですけど間違いですよね」
「ちょ、どういう意味よ」
「お姉様って大人しく助けを待つお姫様じゃあ無いですよね」
「私ってお姫様ってガラじゃ無いでしょ」
「そうですね。お姉様はどちらかと言うと敵の親玉って感じです!」
「……複雑な気分。シルヴィア・クローバーのキャラとしては合っているけど……ごにょごにょ」
わたしの評価に浮かない顔をするお姉様。
最後の方は何を言っているか聞こえませんでしたけど、いつもの調子が戻ってきました。
「しょうがないですからお姉様の我儘を聞いてあげますよ。でも、わたしの側は離れないでください」
「それくらい分かってるわよ」
「……ホントですか?」
「信用してないって顔ね」
今までの自分の行いを振り返ってください。
「大丈夫よ。アリアがいたらきっとどうにかなるわよ」
「なんですかその信頼。たまにお姉様がわたしをどんな風に評価しているのか怖いんですけど」
「だってアリアは光の巫女に選ばれた主人公なんだもの」
そうだ。
まるで親から聞かされていた御伽話の主人公みたいな役割を与えられた。
そのせいで不幸な目に遭ったし、いじめられた。
そのおかげで友達が出来たし、住む世界が違う人とも知り合えた。
光の巫女アリア。それがわたしだ。
「そんな私の一番の親友がいれば怖いもの無しよ」
「言ってくれますねお姉様。この戦いが終わったらわたしのお願い事をなんでも一つ叶えてもらいますからね!」
「ちょ、それフラグ!?」
笑い合いながらお姉様と一緒にわたしの召喚獣であるユニコーンに跨る。
これなら二人で動き回りながら攻撃出来る。
マーリン先生の召喚獣達は困惑した顔をしているけど、ごめんなさい。
でも、今のわたし達なら貴方達のご主人様を助けられると思うから許してね。
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