第四十八話 死闘開始です!

 

 ちょっと、いや、かなり乱暴な方法で敵を吹き飛ばすと木造の倉庫が半壊しました。

 攻撃の余波で粉塵が舞います。


「な、なによいきなり!!」


 男三人が地面で呻き声を上げながらのたうち回っている中、聞き覚えのあるヒステリックな声がしました。


「マーリン先生。ベヨネッタです」

「アタリのようだ。奴を捕らえるぞ」


 わたしとマーリン先生は倉庫へと立ち入ります。

 咳をしながら粉塵を払うベヨネッタの足元に人影が一つ。


「シルヴィア!!」

「お姉様!!」


 そこには上半身に何も身につけていないお姉様が倒れていました。

 屈強な男がいたので襲われでもしたのかと思いましたが、その背中を見てわたしは言葉を失いました。


「…お師匠様?……アリアも…」


 血を流しているお姉様の背には先程の男達と同じ刻印が。しかも、より大きくて複雑なものが痛々しく刻まれていました。


「ベヨネッタァアアアアアアア!!」


 わたしの体のどこから出たのか分からないような太い声が空気を震わせます。

 隣にいたマーリン先生は全身から膨大な魔力が溢れ出ていて空間が歪みかけていました。


「ひぃ」


 その気迫に押されてベヨネッタはお姉様の元から飛び離れました。

 そしてこの場にいるもう一人の人物へと助けを求めます。


「ど、どうするのよ!?あいつらがもう来たわよ!」

「心配いらないのデス。今の貴方なら彼ら相手にも戦えるのデス」

「そうだわ。闇の力を手にしたわたくしなら!」


 黒い刻印を頭部にびっしりと刻んでいるハゲ。

 どことなく見覚えがありますが、そんな事より今はお姉様。

 ベヨネッタは複数の火球を放ちますが、マーリン先生の魔法障壁によって阻まれました。


「アリア君。コイツらは私が潰す。君はシルヴィアの手当てを」

「任せてください!それと、わたしが一発殴る分だけ残してくださいね」


 わたし達の最優先事項はお姉様の救出。

 敵の攻撃をマーリン先生が受け止めている隙にお姉様の元へと近づきます。


「お姉様!大丈夫ですか!?」

「……助けに来てくれた…ありがとう……」


 意識は失っていませんでしたが、酷く疲弊しています。

 抵抗しようとした跡もあり、掌は強く握り過ぎたのか血がついていました。

 闇魔法が使えるならば意識を奪って目覚めないようにして刻む方法もあったでしょう。

 それをせずに辱めるようにして刺青を入れるなんて趣味が悪い。

 許せないですゲス野郎共め。


「気をつけて。アイツらかなり強いわ」

「マーリン先生なら心配ありませんよお姉様。だって天才魔法使いなんですから」

「相手はJOKERよ」


 お姉様は苦い顔をしながら知りえた情報を伝えてくれます。

 わたしが見覚えある顔だと思ったはトムリドルが元になっているから。

 そしてその精神は遥か昔に脅威を振るった悪の魔法使いJOKER。


「闇の刻印魔法は魔力や魔法の威力を何倍にも引き上げるわ。今回はお師匠様だけじゃ……他に増援は無いの?」

「ごめんなさい。お姉様を急いで助けなきゃと思って二人だけなんです」


 ベヨネッタの実力はわたしも知っていましたし、未だに起き上がれていない三人組はマーリン先生とわたしの攻撃で倒れるくらいの力しかありませんでした。

 しかし、話を聞いているとこちらが不利な気がします。

 わたしもマーリン先生の援護に回った方が良さそうですが、お姉様を置いたままには出来ません。


「お姉様。あの子はどこですか?」

「エカテリーナは転移の魔法でどこかへ飛ばされたの。パスは繋がっているから死んだりはしていないわ」


 となると、お姉様の側を離れるわけにはいかなくなりました。


「はははっ。流石は妖精の血を引くマーリン・シルヴェスフォウ。ここまでの力とは!!」

「トムリドル……いや、それよりもおぞましい何かか」

「私の名はJOKER。懐かしいデスね。こうして妖精族と殺し合うのは二度目デス!!」


 ベヨネッタの火球とJOKERの黒い稲妻。

 二人の全身からは濃い闇の力を感じます。


「アリア。私の事はいいからお師匠様を!」

「出来ません。わたしはお姉様を危険に晒したくないんです!」


 それはマーリン先生も同じでしょう。

 少しでもお姉様の安全を確保するために敵の攻撃を躱さずに全て受け止めています。

 早く逃げないとその苦労も水の泡。


「わたしがお姉様を担いで移動します。揺れますけど我慢してくださいね」

「嫌よ!待ってアリア!!」


 学生服の上から羽織っていたローブをお姉様にかけます。

 素肌を見せないようにして、身体強化を使って抱き抱えます。

 こんな状況では無かったらこのままお姉様と愛の逃避行へとレッツゴーするんですけどね。


「お師匠様を一人にしないで!!」


 わたしの腕を掴んでお姉様が訴えかけますが、残念ながら今回はそのお願いを聞いている暇はありません。

 マーリン先生の召喚獣達に殿しんがりを任せてわたしは全力で現場から離れるのでした。
















 次々と襲い来る魔法を防ぎながら横目でシルヴィア達を見る。

 何か抵抗する素振りを見せたシルヴィアを力強くで抱き抱え、アリア君が走り去る。

 二人が安全な場所まで待避してくれれば私も遠慮なく全力を出す事が出来る。

 どうも今回は手加減や出し惜しみをしている暇は無いようだ。


「逃げられるわよ!」

「心配ないのデス。まずはこの男から殺してゆっくり追いかけるのデス」


 唇を吊り上げ、下品な笑みを浮かべるJOKER。

 そこには獲物を痛めつけるというサディズムを感じた。

 こいつが私のシルヴィアを傷つけた犯人で間違いないようだな。


「そんな事はさせない!」


 ベヨネッタもJOKERも杖を使って魔法を発動させる。

 私もそれに対抗するように杖を振りかざし、言葉を紡ぐ。


「風の精よ、我が勝利に追い風を」


 杖からは灼熱の息吹を。そして言霊の力で暴風を。

 重なりあった二つの魔法は凄まじい勢いで敵を焼き殺さんとする。


「二つの魔法を同時にデスか。やはり妖精族は厄介なのデス」


 しかし、私の攻撃はJOKERの作り出した黒いモヤ、闇魔法の渦の中へ吸い込まれて消えた。


「影や闇魔法を使った空間移動の魔法か。伝説の魔法使いだけのことはある」

「お褒めいただきありがとうございますデス!!」


 流石に全ての魔法を吸い込んで飛ばす事は不可能だろうが、遠距離からの魔法攻撃だけでは攻略出来ない。


 それに、私の魔法障壁にヒビが入り始めている。

 飛行魔法を使ったとはいえ、まだまだ魔力量に余裕はあった筈だが、攻撃が苛烈過ぎて障壁の耐え切れるダメージ量を超えそうだ。


「「ワン!」」


 攻撃の対象を私に引き付けて、待機させていた召喚獣達を突撃させる。

 鋭い牙で噛みつけば手傷を負わせられると踏んだが、犬達は近づく事が出来なかった。


「ーーーギチギチギチギチ」


 それはJOKERの影から姿を見せた。

 8本の長い足。鋭い牙のある顎を鳴らしながら登場したのは人間が余裕で乗れそうなほど巨大な大蜘蛛だった。


「美しいでしょう。この子はマダムタランチュラという種類の毒蜘蛛なのデス。好物は人間の血肉デス」


 以前、学園の図書館にある本で見た事のある蜘蛛だ。

 しかし、現在は絶滅していて幻の存在だと言われている。

 本では大型犬くらいの大きさに成長すると書いてあったが、目の前のアレは人間を丸かじりするくらい造作もないサイズだ。


「さぁさぁ、もっと私を楽しませるのデス。そして聞かせてください。貴方の悲鳴を、絶命時の断末魔を!!」


 巨大な大蜘蛛が駆ける。

 その身の大きさに似合わない俊敏性だ。


「火の精よ、我が敵に粛清の炎を」


 燃え盛る炎が大蜘蛛を包み込むはずだった。


「よくもコケにしてくれたなぁ」

「「やっちまおうぜアニキ!!」」


 私の魔法は横から飛来した石の礫に遮られる。

 そちらへ目をやると、最初の一撃でダウンしていたならず者達が起き上がっていた。

 かなりのダメージを負わせたと思っていたが、刻印魔法は対象の耐久力まで底上げしてタフな体にでもするのか。


「ーーーギチギチ」

「いけるわ。わたくし達がマーリンに勝てるわ」

「ぶっ殺してやる」

「「いくぜアニキ!!」」

「ピンチデスねぇ。どうなさいますかな?」


 敵に囲まれてしまったが、シルヴィア達が逃げられたのならそれもアリだろう。

 後はコイツらを釘付けにして時間を稼ぐのみ。




「私は魔法学園の理事代理マーリン・シルヴェスフォウ。この首はそう簡単に渡すものか!!」




 戦いはまだ始まったばかりだ。

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