第四十七話 シルヴィア捜索隊。

 

 お姉様を捜すためにマーリン先生の腕に抱かれて魔法学園の空を飛びます。

 地面が遠くて落ちてしまったら怖いという恐怖は胸の内に隠しておきます。

 今は何よりもお姉様を見つけ出す事が最優先。その為ならこれくらい我慢出来る。


「指輪の反応はこっちなのだが……通話さえ出来れば」


 マーリン先生は悔しそうに呟きました。

 無事かどうか、声が聞ければ安心出来ますが、それをして来ないという事はこちらと会話をする余裕が無いという事。

 わたしがお姉様の側にいれば誘拐なんてさせなかったのに!


 マチョさんの事はわたしも知っているし、決して弱くは無い人だ。

 それでも相手は魔法刻印という恐ろしい力を手にしている。わたしも元学園理事の一人、ジェリコ・ヴラドと対決した場に居たので、その効果がどれだけ高いかを知っている。

 弱い底辺クラスの子に魔法刻印を使えばAクラスの生徒並みに強くなれるというのがマーリン先生とマグノリア理事長の見解だ。

 勿論、そんな力をホイホイ使えるわけでは無く、適合するのに素質がいるし、失敗すれば死ぬ。

 魔法刻印を使ってありえない魔力量を引き出すので寿命が削れて早死にする。


 キャロレイン・ダイヤモンドも、お姉様がエカテリーナちゃんの力を使って刻印を取り除かなければ生命力を使い果たして死ぬところだった。

 わたしの癒しの力やマーリン先生が調合した薬、それらを使って回復に一ヶ月もかかった。

 常人なら廃人になってもおかしくなかったので奇跡のようだとダイヤモンド公爵様は言っていた。


「そんな魔法刻印を持った人が三人も……」

「おそらくだが、その奥に一連の黒幕もいるだろうな。ベヨネッタ・ジザースもその一員かもしれない」


 ベヨネッタ。

 わたしとお姉様がいなければ女子の学年トップになっていたであろう人物。

 十分に強い人だけど、あれくらいの実力や歪んだ性格でジェリコ・ヴラドを抱き込んで悪事を隠し通せるでしょうか?いいえ、きっと他に指示を出す人がいるはず。


「どうしてお姉様がそんな連中のところに……。誘拐するならわたしなんかにすればいいのに」

「多分、シルヴィアを狙った理由はエカテリーナ……いや、闇の神だな」


 お姉様が生死の境を彷徨った時に闇魔法の黒いモヤの中から現れた子ども。

 身の毛がよだつような闇の力の集合体。わたしが光の巫女だからか、誰よりも何よりも恐ろしいと思ったのです。


「やっぱりあの場でエース様と一緒に……」

「それを止めさせたのは私だ。エカテリーナが見せたあの目は、あの空虚な瞳には覚えがある」


 誰にも愛してもらえなかった頃の私だ、とマーリン先生は声を漏らした。

 お姉様に好意的であった事も踏まえてマーリン先生が責任を持って対処すると言ってくださいました。


「もしも闇の神の力が奴等の手に渡るような事になれば、その時はこの命に変えても倒す」

「簡単に命を賭けないで下さい!そんな事したらお姉様が悲しみます」

「む……そうだったな」


 自分のした事に責任を持とうとするのは悪い事じゃありませんけど、もしも万が一、マーリン先生がいなくなるような事があればお姉様は立ち直れません。

 わたしが大好きな陽だまりのようなお姉様の笑顔はマーリン先生がいてからこその輝きなんです。


「よし、かなり近づいたぞ。あとはーーーくそっ!」


 指輪を見て距離を測っていたマーリン先生が突然声を荒らげます。


「どうしたんですか!?」

「指輪の反応が消えた。シルヴィアが指輪を外したか、魔力が尽きたか、あるいは……」


 死んでしまったか、とは口にしませんでしたが、わたしには何を言おうとしたのか分かりました。


「他にお姉様を捜す方法な無いんですか!?」

「アリア君ならば近づけばエカテリーナの居場所を感知出来るかと思ったが、どうだ?」

「さっきまではぼんやりと感じていたんですけど」


 校舎から飛び出して、この魔法学園の端の方までやって来た。

 近づくにつれてあの強大な闇の力を感じていた。わたしが光の巫女であるからそこまで敏感になっていたのに、まるで消えてしまったかのように何も感じなくなった。

 魔法刻印を使っての闇魔法の行使はお姉様曰く、殆ど間近で見ないと感じ取れないくらいに微弱な反応だそうです。

 それはわたしも同じようで、見える距離じゃないと何も感じられない。

 もっとわたしに力があれば……と思ってしまう。


「シルヴィアに何かあればエカテリーナは制御が効かないだろう。光の神が言っていた災いとはコレの事か」


 マーリン先生も難しい顔をする。

 このまま上空を飛び回ってもいたずらに魔力を消費するだけだと言って、わたし達は地上に降りた。

 寂れた魔法学園の一角。とはいえ、広さはあるし、一つ一つをしらみつぶしに捜していては時間がかかる。

 人海戦術を使って対処すれば良いのかもしれないですけど、二人きりで焦ったのは間違いだったかかもしれません。


「どうにかしてシルヴィアを……」


 普段は冷静なマーリン先生が取り乱しています。

 わたしも不安で胸がいっぱいでしたが、自分以上に辛そうな人を見るとかえって冷静になります。


 ここは落ち着いて考えましょう。

 お姉様は誘拐されて居場所が分からない。手がかかりはこの近辺で途絶えている。

 どうにかしてお姉様の居場所を知りたいけど、わたしの光魔法では何も出来ない。

 今のわたしに出来る事といえば、疲れた時に召喚獣のユニコーンを呼び出して足の代わりに……それだ!!


「マーリン先生!!召喚獣でお姉様を追えないですか!?」


 マーリン先生の召喚獣は犬や狼達。

 お姉様の居場所を臭いで見つけ出す事が出来るはず!


「そうか……だが、それには召喚獣にシルヴィアの臭いを覚えさせる必要がある。これだけ曖昧な場所だと臭いを見つけるだけでも一苦労だ」


 マーリン先生が数匹の犬達を呼び出しても、お姉様の臭いを辿るための物が無い。

 今からお屋敷に戻ってお姉様の衣類を取りに行くわけにもいかない。


 お姉様の居場所がすぐにピンポイントで特定出来るようなそんな触媒なんて!!!!


「これならどうですか!」


 わたしは断腸の思いで制服の胸ポケットから小瓶を取り出す。

 その中にあるのは何本もの美しい髪の毛。


「アリア君。聞きたい事が出来たのだが、」

「そうですよ!お姉様の髪の毛をコツコツと集めてたんですよ!!これなら使えますよね!?」


 逆ギレしながら小瓶をマーリン先生に手渡す。

 これがあればいつか惚れ薬を作ってお姉様を独り占め出来ると考えていた。

 来年こそはバレンタインに等身大惚れ薬&媚薬入りのアリアちゃんチョコをお姉様に召し上がってもらおうとして、必死にこっそり集めてきたとっておき。

 前にダンスパーティーの会場でマーリン先生を助け出すためにお姉様がやっていた事を思い出したのです。


 これでわたしの信頼が地に落ちようがお姉様が助かれば安いもの!!折檻がなんぼのもんじゃい!


「確かにこれならシルヴィアの居場所をすぐ見つけ出せる。……経緯は本人に説明する」

「ちゃっちゃとしてください!」


 半分呆れ顔のマーリン先生は希望は見つかったと、地面に召喚陣を描きます。


「いでよ、我が召喚獣!」


 光り輝く召喚陣の中から何匹もの犬達が出てきました。

 マーリン先生がお姉様の髪の毛を食べさせると早速犬達は臭いを嗅ぎながら散って行きました。

 そして数分も経たないうちに小型のちょっとだけ顔がブサイクな犬が吠えました。


「ワンワン!」

「見つかったか!!」


 その犬はついて来て!と言わんばかりにコチラを見ながら走り出す。

 残りの犬達も引き連れてその方向へ進みます。

 建物の少ない場所を突き抜けて、更に廃れてしまったエリアへと一身に足を動かします。


 完全に人の気配が無くなってしまったそこにはいくつか倉庫が並んでいました。

 その一つ、顔に黒い刺青のあるならず者達が集まっていました。

 マチョさんからの報告があった連中に間違いありません。


「おい。人が来たぞ!」

「「やっちまうぜアニキ!!」」


 確かに、こうして目の前にしないと闇魔法の力は感じられませんし、感じ取れる魔力量と雰囲気が一致しません。

 かなり厄介です。どうにかして突破しないと!


 そう思った直後、ならず者達の後ろにある倉庫から悲鳴が聞こえました。


「……あぁあああああっ!!」


 それは聞いた事の無い、だけど一番よく聞き慣れた声でした。


「テメェら、止まりやがれ!」


 ならず者達がわたし達二人の前に立ちはだかります。

 すると、マーリン先生は指輪に魔力を込めて叫びました。


「シルヴィア!体を丸めて伏せろ!!」


 一瞬の目配せ。

 どうやらわたしとマーリン先生の考えた事は同じでした。




「「そこをどけ!邪魔だ(です)!!」」





 ズガァアアアアアアァーーーーーーンッ!!!!!




 天才魔法使いと光の巫女が放った眩い光の奔流が、ならず者達を巻き込みながら倉庫のドアと屋根を吹き飛ばした。


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