第四十二話 弱体化中の悪役令嬢ですわ!

 

「あらあら。見てよ、あそこに役立たずの伯爵令嬢様がいらっしゃるわよ」

「魔法を使えなくなったらしいわね。それなのにどうしてまだ学園にいるのからしら?」

「なんて厚かましいんでしょうね」


 ピーチクパーチクと今日も鳥頭達が騒いでいる。

 そんなに大きな声出さなくても聞こえているんだけどね。


「何も言い返さないわよ。図星なのね」

「大きな子供もいるみたいよ。なんてハレンチなのかしら」

「頭も股もゆるゆるなんじゃないかしら」


 三人目の奴、お前の頭がハレンチよ。

 私が魔法を使えないという話が広まってから、一人でいるとこういう連中が絡んでくるようになった。

 普段の私だったら既に怒って反撃しているんだろうけど、今はちょっと楽しかったりする。


 だって魔法学園で私に喧嘩を売る人なんて久々なのよ。

 それも嫌味を言うだけの理想的な小物の貴族令嬢達ばっかり。去年の最初にベヨネッタ達をビビらせた後は誰も私に面と歯向かってこなかった。

 キャロレインが来た時は思わず乗ってしまったけど、勘違いしないでほしいのは私は喧嘩が好きなわけじゃない。

 あくまで今はイレギュラーな状態で、普段体験しないような事を味わうから楽しいだけよ。

 私は喧嘩っ早い女じゃない。そこは重要だからね!


 ゲームだとこれをシルヴィアがアリアにしていたのよね。

 人の悪口言って困らせて、やってる側は何が楽しいのかしらね。


「話を聞いているのかしら?」

「聞いてるわよ。それで話は終わったの?」


 あくびをしながら背筋を伸ばす。

 いい加減にうるさくなってきたわね。


「ふん。強がりを言っても無駄だわ。魔法が使えないのは知っているのよ!」


 令嬢達の親玉がそんな事を言った。

 見慣れない顔だけど決して弱くはなさそう。Bクラスくらいの人かな?


「わたくし達に逆らうつもりなのかしら?」

「従う理由が無いわよ。それに魔法が使えなくたって、」


 それまで腰掛けていたベンチから立ち上がって、私は親玉の前に移動して、腰を落として左拳を突き出した。

 寸止めした拳に反応出来なかった親玉は、眼前にある拳に驚いて後退りした。


「これくらいは出来るんだけど?」

「な、なんて卑怯な!!」

「いや、数人がかりで人を囲む方が卑怯でしょ」


 こちとら魔法使えないんだよ。最低限の身体強化すら出来ないから素の戦闘力に頼らずを得ない。

 しかもまぁ、今のは不意打ちだったから成功したけど、これが万全の準備をした相手だと効果が無い。

 魔法障壁を展開されていたらそこまでだし、身体強化をしていたらアリアにでも受け止められそうな軽い威力なのだ。


「こ、こうなったら!」


 私の今の拳に怖気付いて取り巻き達と一緒に逃げてくれると嬉しかったが、親玉は目の色を変えて睨み付けて来た。

 どうしてこの国の貴族令嬢達ってこうも血の気が多いのかしら?私のようにお淑やかになってほしいわね。


「おぉ。お待たせしましたシルヴィア教官」

「遅いわよマチョ」

「一体誰です………は?」


 魔法を使って私を痛めつけようとした連中の動きがこの場に現れた第三者の姿を見て止まる。

 筋骨隆々の黒光りする肉体、それと真逆の白い歯が見える笑顔。

 出てくる世界を間違えてないですか?と言いたくなるような見た目の彼はEクラスのマチョくんだ。


 私が手伝った補習に参加していた子で、努力の甲斐あって昇格を果たした。

 残念ながら魔力も少ないし、お世辞にも魔法の扱いが上手とは言えないが、彼の最大のポテンシャルは身体強化による肉弾戦。

 実家の道場で免許皆伝を受けた彼の力は本物で、ダンスパーティーでの事件では大いに助かった。


「こんなに大勢で何の御用でしょうか。シルヴィア教官と今から肉体への熱い対話を果たす約束なのですが……」


 令嬢達を見て、私にどういう状況なのか説明してほしそうなマチョ。

 私は口パクで「助けて」と言った。


「今は取り込み中よ。あなたみたいな筋肉ダルマには用は無いからどっか行きなさいよ」

「「そうだそうだ!」」

「うーん。それは困りますなぁ。こちらの方が先約だったのですし……そうだ。ここは勝負で決着をつけましょうぞ」


 熱苦しいからどこかに消えろと騒ぐ令嬢達に臆する事なく、マチョは提案を出す。

 そして彼は身近な場所にあった拳サイズの石を持ち上げると、握り潰して粉々にした。

 バキバキベキッ!!と凄まじい音が鳴る。


「今から一人ずつ順番にこの拳を受け止めていただきたい。魔法障壁も身体強化も何でもありで構いませんぞ?」


 爽やかな笑顔でシャドーボクシングをするマチョ。


「用事を思い出しましたわ!」

「「わたくし達もですわ!!」」


 青ざめた令嬢軍団は突然大きな声を上げて回れ右して走って行った。

 Bクラス程度の実力しかないならマチョの拳を受け止めるなんて不可能だ。最悪前歯の一、二本は諦める覚悟じゃないとね。

 連中が見えない所へ消えたのを確認して、彼は私の元へと近づいて来た。


「大丈夫ですかなシルヴィア教官」

「助かったわマチョ」

「いえいえ。これくらいお安い御用ですぞ」


 ハッハッハッ!と歯を見せながら笑うマチョ。

 黒光りするボディービルダーみたいな男って小さい子がみたらトラウマになりそうね。


「今の彼女らは何故シルヴィア教官を?」

「私が伯爵令嬢なのに王子達と仲が良くて成績いいのが気に入らないみたいよ。……本調子だったら返り討ちにしてやるのに」

「間に合ってよかったですね」


 何とも言えない表情を浮かべるマチョ。

 それはどういう意味で言ったのかしら?


「シルヴィア教官に喧嘩を売るとは度胸があると思ったのですが、」

「今の私は魔法が使えないからね。タイミングが丁度良かったんでしょうよ」

「ふむ。これからはあまりお一人にならない方がよろしいかと思いますよ」

「そうね。何度も同じ事が続くなら対策考えてみるわ」


 今のはマチョが来てくれたらから助かったけど、彼が来なかったらあのまま戦いになったかもしれない。

 そうなれば血を流す事は避けられなかっただろう。私の服が汚れていたのは間違いない。

 でもそうすると、また理事長やお師匠様に叱られてしまうので、穏便に済ませてあげないとね。

 アリアかクラブ辺りにお願いしてなるべく一緒に居てくれる用にしてもらおうかしら。


「それがよろしいかと。では、今日も鍛練を始めましょうか」

「うん。よろしくお願いするわね」


 今、私は週一か週ニのペースでマチョから武術の稽古をつけてもらっている。

 キャロレインから喧嘩を売られた2年生最初の日、私は自分の実力不足を実感した。

 身体強化の魔法だけでゴリ押そうとしたら、護身術を使われて投げ飛ばされたのだ。

 魔法使いだからと油断して負けそうになった。

 もうあんな目に遭わないように至近距離でも戦えるように強くなろうと思ったの。


 そこで知り合いの中でも武術に長けたマチョに頼み込んで色々と教えてもらっている。

 たまにソフィアも一緒になって、彼女は暴漢から身を守るための護身術を習っている。


「ふっ!やぁ!せいっ」

「シルヴィア教官は飲み込みが早いですな」


 教えてもらった型の通りに拳を突き出したり、足を蹴り上げたりする。

 これが最初は中々上手くいかなかったけど、鏡を見ながら練習したりした成果が発揮できてるようね。


「私なんてまだまだよ。もっと強くならなきゃね」

「シルヴィア教官がこれ以上強く……」


 遠い目をするマチョだけど、私は今の自分に満足していない。

 上には上がいるし、まだお師匠様にも勝てていない。

 水中神殿では操られていたキャロレイン相手に魔力不足とはいえ負けたし、アリア達が苦戦したジェリコだって私が戦っても勝てたかどうか怪しい。

 なんとなくまだ嫌な予感がするし、修行して強くなるに越した事はない。


『【ママみつけた〜】』

「これはこれは。お元気ですかなエカテリーナ殿」

『【肩にちっちゃい馬車乗せてる?】』

「イェス、マッスル!!」


 ポージングをして筋肉を膨れ上げるマチョ。

 キレてるよ!ナイスバルク!なんて言うと彼は調子に乗って制服の上着を破ってしまうのでエカテリーナの口を塞ぐ。


「もう。大人しくお屋敷でお留守番してって言ったでしょ?」

『【ママといっしょがいい】』


 私の足にしがみ付いてくるエカテリーナ。

 その姿は母親に甘える小さな子どもと瓜二つなんだけど、実はこの子の正体は私の召喚獣だった大蛇だ。

 どういうわけか水中神殿の戦いで見た目が変化して、その後眠っていたが目を覚ますと、小さな人間の子どもに変化していた。

 未だに原因は不明でお師匠様が研究して調べているけど、元に戻るまではこうして私が面倒を見ている。


 ただ、長時間は私から離れていられないようで、授業中も膝の上に乗せてあげたり、寝るときも同じ布団で寝ている。

 今日は鍛練をする間だけお師匠様に預けていたけど、抜け出してこっちに来てしまったみたい。


「シルヴィア教官はいい母親になれますな」

「まだ気が早いわよ。今はこの子だけで精一杯だし」


 マチョがエカテリーナを肩車してあやす。

 絵面だけ見ると犯罪臭がするのはマチョが悪いのか、それとも私の目が汚れているのか。


「迷宮探索の時も連れて行かないといけないのよね」

「シルヴィア教官も参加なさるので?」

「そうよ。魔力がまだ回復していないから同行するメンバーは優秀な人で固めてもらうけど、迷宮内って謎解きやトラップもあるから」


 私の知識や経験はあてになるし、エカテリーナがいるなら暗闇でも困らない。

 迷宮探索に参加したい目的はいくつかあるが、一番は成績ね。

 三年連続で成績トップを目指しているんだけど、今年は魔法が使えなくて実技の授業に中々参加出来ていない。出席はしても授業中にもらえる加点が無いのだ。

 このままでは魔力が戻ってもアリアに追いついて追い抜く事が出来ないから、迷宮探索で活躍して点数稼ぎをしたい。


「武術の訓練だって迷宮で役立つでしょ?」

「そうですな。護身術などは危険から身を守るためのものです。咄嗟の動きにも関わりますからな」


 迷宮に入るのは来週。

 それまでに頑張って強くならないとね。


 エカテリーナをマチョに任せて私は武術の鍛練をする。

 最初は体づくりから始まるのだけど、私は今までの積み重ねがあったらそのステップは飛ばした。


 アリアのように女の子らしい体型と比べるとスポーツ選手みたいな体型になりつつあるから複雑なのよね。

 このままマチョみたいなムキムキになったらどうしよう?

 既に不名誉なあだ名が知らない所で広まっているし、乙女としては悲しい気持ちになる。運動しているからいくら食べても太らないのは喜ばしいんだけどね。


 型の確認。間違いや歪みがあればマチョから指摘を受けて修正する。

 一通り終わったら、次は組み手。エカテリーナにお菓子をあげて大人しくしてもらい、マチョに向かって技を放つ。

 武術についてはまだまだマチョが上なので、簡単に受け止められるし、寸止めの拳に反応出来なかったりする。


「うーん。動きが読めないわね」

「読まれたら自信を失くしますよ。シルヴィア教官は魔法が使えないから苦戦しているだけで、全力パフォーマンス状態であれば太刀打ち出来ませんよ」


 私の全力となれば、基本の四属性の魔法と闇魔法。それからエカテリーナの召喚。

 魔力が満タンなら水中神殿でのキャロレインにだって引けを取らないんだから。


「あくまで主体は魔法。武術は補助とお考えください」

「そうね。所詮は付け焼き刃だし」


 体の動きや攻撃の捌き方について指導を受けながら鍛練する。

 それをしばらく続けていると、汗が出てきて体も温まる。


 そんな体を動かす心地よい高揚感に包まれている時だった。


「おい。シルヴィア・クローバーっていうのはテメェか?」


 私とマチョとエカテリーナしかいない空き地に、柄の悪い連中が立ち入って来る。

 そこまでは別によかった。

 チンピラが何人集まろうと、私達なら十分に対処出来ると思ったから。







 ただ、連中の顔には見覚えのある







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