第四十一話 ジャック・スペードは稽古中。
『本を読みたいのでご遠慮します』
クラブに断られた。
オレ様にとって一番の側近だというのに、あいつは剣の稽古より読書が大事だと言ったのだ。
とはいえ、嫌がる人間を無理に参加させても技術が伸びるわけでもないし、今回は許してやろう。
「うぉおおお!」
「唸れ、俺の筋肉!」
ただ正直、クラブがいてくれないと他の連中の手綱をどう握ったらいいか分からない。
自分で言うのもなんだが、オレ様の側近連中は肉体派が多い。
一言声をかければ全員が屋外の練習場に剣を持って集まった。ただし上半身裸で。
かくいうオレ様も薄いシャツを一枚だけしか着ていない。
運動すれば体が暑くなる。そして服を脱ぐ。
脱ぐのが手間なら最初から脱いでいればいいではないか!という逆転の発想だ。
勿論、場所は貸し切りなので他人の目を気にする必要はない。
「まだまだ!気合が足りんぞ!!」
「「「押忍!!」」」
男だけで集まって汗を掻くのは暑苦しい。
だが、その暑苦しさが今は心地良いのだ。
オレ様にはこいつらを導き、面倒を見る義務がある。
オレは不純な動機から王になりたいと思った。
オレが偉くなって国王になればシルヴィアやクローバー家を守って、彼女を娶る事が出来ると思ったのだ。
エースも同じような事を考えていると知り、負けていられないとやる気を出した。
こんなオレを慕って支えてくれる仲間はいつの間にか増え、オレは王になる事でこいつらの期待に応えてやろうとした。
魔法学園に入学する頃にはエースも無視できない規模の派閥も作った。
そしてシルヴィアに再会して、自分の思いを伝えた。
後はエースから玉座を奪ってシルヴィアを嫁にすればオレの人生はバラ色になる……筈だった。
結果としてオレ様はフラれてしまった。
今この場にいる仲間達にはダンスパーティーの楽器に細工をして告白が上手くいくように協力を頼んだ借りがある。
成功すればその場で花びらを撒きながらオレを祝福してくれる段取りまでしていた。
だが選ばれたのはシルヴィアの師であるマーリンだった。
悲しみに打ちひしがれる前にJOKERの事件も発生し、そのまま長期休みに突入した。
エースとお見合い写真を見比べながら、これからは王子としての責任を果たすために結婚へ前向きな気持ちになった。
ただ、エースと比べてオレ様の元へ届く見合いの手紙は減っていき、とうとう一通も来なくなった。
容姿には僅かながらに自信があったのだが、誰もオレと結婚などしたくないという事か。
「ジ、ジャック様……」
「ん。どうし……すまんな」
悶々として考え事を続けながら剣を振っていたが、気がつくとかなり長い時間そうしていたようで、他の連中は疲れて地面に膝をついていた。
「今日はここまでにしておこう」
「「「お、押忍ぅ……」」」
解散を告げるとそれぞれバラバラに荷物をまとめて練習場を出る。
オレが代表で場所を借りているので、最後に忘れ物などが無いかを確認してから寮に戻るとしよう。
「お疲れみたいね」
「エリス姉…」
汗を拭いて服を着替えて帰ろうとすると、練習場の外に一つ上の従姉弟が立っていた。
「何か用か?」
「いいえ。生徒会の仕事が終わった帰り道にたまたまジャックを見つけたから声をかけただけよ」
そういえばこの練習場は3年生の寮の近くだったな。
生徒会の副会長として休日まで仕事とはエリス姉も大変だな。
「休日に剣の稽古なんてジャックも大変ね」
「オレが言い出した事だ」
魔法学園側から通達のあった迷宮探索。
それはかつて恒例行事だったもので、魔法学園敷地内にある迷宮に入って、中に置いてある宝を持ち帰るという内容だった。
迷宮には数々のトラップがあり、魔獣が住み着き魔法植物まで生えている危険な場所だ。
魔法使いは戦争で重要な役割を担っていたから、必要な行事だったが、争いが次第に減った平和な世の中では事故による怪我や死者が目立つようになり、危険だからと中止になった。
そんな迷宮探索中に魔力が切れても生き延びれるように剣の稽古をした方がいいと思って、今回は側近達を集めたんだ。
「迷宮探索は2年生だけなのよね」
「エリス姉達はあと半年で卒業だからな。ここで怪我をするのは痛いだろう」
3年生が不参加なのに加えて1年も迷宮探索はしない。
まだ魔法に不慣れで基礎が出来ていないのに参加してもいたずらにリタイアする人間を出すからだ。
魔法にもそこそこ慣れ、なおかつマーリンの底上げ補習やジェリコ・ヴラドによる闇魔法へ対抗する授業などを試験的に行なっていたオレ達に白羽の矢が立ったわけだ。
「
「あぁ、分かっている。そのための剣術だ。……いつものメンバーだとオレが一番弱いからな」
Aクラスの成績上位者。
その中にオレの名前もあるが、一番下だ。
シルヴィア、クラブ、アリア、エース、そしてオレ。
座学や筆記のテストだけならアリアには負けないが、実技も込みとなると勝ち目は薄い。
火と水の多重属性持ちのオレだが、周囲の人間が強過ぎる。
シルヴィアは例外として、クラブは風魔法だけで様々な応用を効かせるし、魔力の操作も卓越している。
アリアとエースは希少な光の魔法が使えて、前者はあらゆる呪いを打ち消す癒しの力まであるときた。
目の前にいるエリス姉だって水と闇魔法が使えて、成績は3年生の中でトップだ。
人には向き不向きがあると子供の頃に理解はしたが、歯痒い思いは何度もする。
「そんな事ないわよ。私達はジャックにいつも助けられているんだもの」
「お世辞はよしてくれ。自分の事は自分が一番理解している」
オレが役に立ったのはダンスパーティーの時だけ。
魔法を使えなくしたと油断していた敵を剣で倒しただけだ。
最終的にJOKERを倒したのはエースとアリア。シルヴィアはマーリンと共に魔法学園を魔獣の群れから救った。
後から聞いた話だが、同じクラスのシンドバットはシルヴィアでさえ倒せなかった相手を魔道具を使ったとはいえ倒したらしい。
同じ王族としてもオレは他国の者より劣るようだ。
「いいえ。本当の事よ」
「オレがか?」
「えぇ。ジャックはいつも先陣を切るでしょ。私なんて怖くて足踏みしてしまいそうになるの。でも、ジャックが進むから止まっていられない。一番最初に動くというのはとても勇気ある行動よ」
「だが、」
「他にもあるわよ。ジャックはいつも誰かを庇ったり守ったりしてくれる。自分も危険な状況で他人の事を考えられるなんて簡単な事じゃないもの」
それは、オレ様がやらないといけない事だ。
それくらいしか出来る事が無いから。
エースの用に指示が出来ず、クラブのようにサポートも出来ない。
ましてやシルヴィアやアリアのように相手を圧倒する事が出来ないオレに残された僅かな選択だ。
「ジャックは私の目が見えなくなった時の事を覚えているかしら?」
「忘れるわけがないだろう」
「そうね。あの時に誰よりも心配してくれたのはジャックだった」
エリス姉はオレの方へ一歩踏み出す。
二人の間にある距離は残り僅か。そんな至近距離でエリス姉はオレを見上げて言う。
「他の誰がなんと言おうと、
微笑を浮かべた顔でエリス姉は言い切った。
本当、昔からこの人には助けられているな。
「エリス姉がそう言うなら間違いないか」
「そうよ。だから自信を持ちなさい。これはお姉ちゃんからの命令よ」
「シルヴィアみたいな事を言わないでくれよ」
声真似までして茶化してくる従姉弟にオレは笑ってしまった。
笑っているとさっきまでの悶々とした気持ちが晴れていくような気がする。
「あーあ、鍛練したから腹が減ったな」
「この先に美味しいクレープのお店があるのだけど、一緒にどうかしら?」
「エリス姉が美味しいっていうなら信頼出来るな。よし、そこに行こう」
今日は休日だ。
立場なんて関係なく、親しい人と羽休めをするくらいの余裕はあっていいか。
「しっかし、エリス姉にはよく会うな。まるでオレ様の行動が筒抜けみたいだ」
「そ、そうね……」
「なんで目を逸らすんだよ。もしかしてお見合いの件もエリス姉が……なんてあるわけないか。あはは」
「おほほほほ」
オレはエリス姉と笑い合いながらクレープ屋へと向かった。
途中でメイドと楽しそうに歩いていたクラブがいたので、剣の稽古に来ずにデートか!?と言ったら、エリス姉から「……そういう所よジャック」と言われた。
ん?それはどういう意味だ?
「随分派手にやられましたね」
「ナンパしようとしたら変な男が邪魔してきたんだよ」
「困りますよ。作戦の前に問題事なんて」
「ちっ。あの男、次あったらただじゃ済まさねぇ」
「「やっちまおうぜアニキ!!」」
「こちらの依頼が終わってからにして下さい。苦労するんですよ余所者を招くのも」
「で、依頼ってなんだ。金はかなり弾んでくれるらしいが」
「あなた方の得意分野ですよ。欲しい実験台があるので」
「へっ。任せろよ。親父達は失敗したらしいが、俺らは違うぜ」
「「人攫いなら得意だぜ!」」
「ならいいですが、不安もあるのでまずはあなた方に力を授けましょう。誰にも負けない闇の力を……」
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