第三十九話 クラブ・クローバーの休日。

 

「おはようございますクラブ様。今日は随分とゆっくりされていますね」


 授業が休みのある日、寮の食堂へ行くと見慣れたメイド服を着たソフィアがテーブルの掃除をしていた。


「昨日は夜遅くまで本を読んでいてね。翌日が休みだと読書が捗るよ」

「夜更かしは体の生活リズムを狂わせます。程々にしてくださいね」


 従者である彼女から忠告を受けてしまったので、善処しますと答えた。

 本に夢中になると時間を忘れてしまうのは僕の悪い癖だ。昔から直すようにとソフィアに口酸っぱく言われている。


「それにほら、髪に寝癖までついていますよ」

「え、嘘?」


 起きた時に自室の鏡でチェックはしたつもりだった。

 ソフィアは僕に椅子に座るように促すと、メイド服のポケットからくしを取り出して後頭部を整えてくれた。

 自分の頭の後ろは鏡じゃ見えないから気付かないはずだよ。


「これで大丈夫です」

「ありがとうソフィア」


 まるで実家にいる時と同じような安心感のある手つきだった。

 僕が起きるのが遅かったのと、休日という事もあって食堂はガラガラで人がほぼいないので今のやり取りも騒がれる事は無かった。

 一応、この魔法学園にいる時はソフィアはクローバー家のメイドではなく、学園の職員として寮の使用人として働いている。

 必要とあればAクラスの全員の世話をしなくてはならないのが彼女の仕事だ。


 だからあまり親しく接すると不公平になるんだけど、姉さんはお構い無しに接触している。

 去年とほぼ同じ顔ぶれなのでもう誰も気にしていないし、なんならソフィアは姉さんのお気に入りだから頼み辛いなんて話も聞いた。

 そんな評価でいいのか姉さん……。


「ジャック王子は側近の方々と朝早くから出掛けられましたが、クラブ様はご一緒じゃなくてよろしかったのですか?」

「あぁ、それなら心配ないよ。ジャック様が直々に剣の稽古をつけるらしいんだ。僕はどちらかというと頭脳派だからね。丁重にお断りしたよ」


 僕も剣の稽古はしたし、それなりには使いこなせるけどメインは風魔法だ。

 それに、授業がある日は毎日側にいるので休みの日くらいゆっくりしたい。

 エース様の方はバランスの良い人員が揃っているけど、ジャック様側は熱血漢な人が多くてずっといると疲れてしまう。嫌いじゃないんだけどね。


「ソフィアは姉さん達と一緒じゃないの?」

「お嬢様はマーリン様の元にいらっしゃいますし。アリアさんはエース王子とお出かけなさっています」

「へぇ……エース様がね」


 姉さんについては例のエカテリーナの件もあってマーリン先生の屋敷から登校している。休みの日にはアリアさんやソフィアに会いに来るんだけど、今日は来ていないようだ。


 気になるのはエース様の方だ。アリアさんと一緒だなんて珍しい。

 あの人、休みの日でも王子としての仕事を嬉々としてこなしたり、生徒会室で書類整理をしている仕事人間なのに。

 何か心境の変化があったのだろうか?


「クラブ様のこの後のご予定は?」


 残り物の食事からバランスよく選んで配膳してくれるソフィア。

 柔らかい白いパンを飲み込んで、僕は質問に答える。


「特に無いかなぁ。本は読み終わったし、授業の予習復習は済んでいるし……」


 そう考えてみると今日は一日オフだ。

 いつも何かに追われながら生活していたから珍しいなけど、だからといって何もしないで時間を浪費するのはしたくない。

 目も覚めたから布団の中でゴロゴロしたいという欲も無いのでどうしたものだろう。


「ソフィアは何か予定ある?」

「私ですか?今日は午前中だけ寮の清掃で、この食堂を片付けた後はお暇を頂いていますので町の中を散策してみようかと」

「何か買う予定の品でもあるの?」

「そういう訳ではありませんが、色々と店頭の商品を見るだけでも楽しいですよ」


 姉さんもよくやっている買い物だ。

 僕としては目的もなく見て回ると衝動買いをしてしまって計画的ではないと思う。

 必要な物だけをチェックして買う方が財布にも優しいって話をしたら姉さんに笑われたな。


『クラブは考え過ぎなのよ。もっと頭を柔らかくしなきゃ』


 確かに僕は失敗をしないようにしたり、リスクを背負わないような行動をしがちだ。

 そのせいで出遅れたりする事があるので、偶には姉さんのように頭を空っぽにして動いた方が得する事があるかも。


「じゃあさ、ソフィア。僕もその買い物に付き合うよ」

「いえ、結構です。本当にただぶらぶらと町を歩くだけなんですよ」

「それで構わないよ」


 折角空いた時間だ。

 偶には僕が普段なら絶対にやらないような事を体験してみるのもいいだろう。買い物だったら荷物持ちくらいには役立ちそうだし。

 そうだ!ソフィアはいつも仕事を頑張っているし、途中で何か買ってあげよう。


「でしたら、少々お時間をいただいてよろしいですか?」

「いいよ。僕もこの食事が終わってから準備するし」


 食事が終わって準備が出来次第合流する約束をしてソフィアは食堂から出て行った。

 ソフィアと二人きりでどこかへ出かけるなんて久しぶりだ。

 ここでは学生と職員という立場だから家にいる時よりは気安い感じで接していいかもしれないね。


 ソフィアへのプレゼントに本はどうだろうか?なんて考えながら僕は皿に残っていたサラダを口へと運ぶのだった。


「クラブくん。なかなかやるじゃないかい」

「はぁ……どうも」


 食べ終わった食器を厨房にいる料理担当のおばさんに渡すと笑いながら肘で小突かれた。

 Aクラスの寮では名物的な扱いをされている人なんだけど、果たして何がそんなに面白かったのだろうか?


 その後、テキパキと着替えを済ませて準備をしたんだけど待ち合わせ場所にソフィアが来たのは僕が到着してからかなり後だった。

 慌てて走ってきたせいで顔がほんのり赤くなっていたのでハンカチを差し出すと、彼女は申し訳なさそうに汗を拭いた。


 仕事が関係ないオフのソフィアというのは住み込みで働いているクローバー家ではまずお目にかかる事は無いので、彼女が町で流行っているような可愛らしい服を着ているのは意外だった。


 見た目よりも機能性を選ぶのがソフィアだというのに実は彼女の私服はこんなにもオシャレなんだなぁ。

 姉さんがいなくなった後、ずっと僕の側に居て支えてくれた女性の新たな一面を発見出来ただけでも今日は収穫がありそうだ。













「着る服が無い!」


 与えられた職員用の部屋で、私はタンスの中身をひっくり返して慌てていました。

 仕事中に万が一があってはとメイド服ならば複数着用意しているのですが、殿方とデートをするための服なんて全然持っていません。

 私服と呼べるのはクローバー家の近隣にある村へ買い物へ行く時用の地味な物ばかり。古着で田舎の主婦達が着ているようなデザインです。

 最新の技術と魔法が集まるこの学園は若者の流行の中心地。そんな所で男性と一緒に歩いて胸を張れるような服を私は持っていません。


 もっと前から出かける事が決まっていたなら対策のしようがありましたが、クラブ様からのお誘いなんて奇跡みたいなもの。

 次の機会がいつあるかは私にも読めません。


 あーでもない、こーでもないと鏡を見ながら悩みますが、所詮は田舎の芋女。

 貴族のご令嬢達に比べれば道端の石ころ以下。

 アリアさんのような美貌があればどんな服でも似合ったのでしょうが、私はどこにでもいそうな平凡な顔だ。

 こんな私が生徒や職員達からも密かに人気を集めているクラブ様の横に立って歩いても嘲笑されるだけでしょうね。


 いっそ用事が出来たと言って断るかとも思いましたが、未練がましい私はその選択を出来ずに時間だけが過ぎます。

 床に手足をついて項垂れていると、ベッドの下に紙袋が落ちているのに気付きました。


 紙袋の中身はお嬢様が怪我をなさる前に頼まれてアリアさんと一緒に買った服でした。

 私とアリアさんとお嬢様の三人で同じお揃いの服です。

 お嬢様に合わせて選んだので、私なんかに似合うわけありませんが、今ある洋服の中では一番マシな服に違いありません。


 私は恥ずかしさと不安でいっぱいになりながら慣れない化粧をしてクラブ様との合流地点へと向かうのでした。



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