第三十八話 エース・スペードの悩み。

 

「さて、どうしたものだろうね」

「エースが難しい顔をするなんて珍しいですわね」


 魔法学園内の生徒会室。

 現在はエリスが生徒会副会長を務めていて、俺は生徒会執行部の一員として書類仕事をしていた。

 王族が雑務なんて!という人もいるが、実際は城の中で国についてのアレコレを会議したり書類に署名するのが仕事なので大した苦労はしていない。


 生徒会の仕事はいずれする事になる国の運営の予行練習と思えばいいと父上も言っていた。

 あの人も学生時代は生徒会長をやっていたのだと聞いている。

 生徒会室には俺とエリスしかいなく、他のメンバーは出払っていた。


「これを見てくれるかい?」


 そう言って俺は紙袋いっぱいに入っているお見合い関連の手紙をエリスに見せた。


「まぁ!モテるわね」

「皮肉を言わないでくれよ。国中から届いていて返事を出すのも一苦労しているんだ」


 長年、俺は一人の女性に恋をしていた。

 彼女の名はシルヴィア・クローバー。俺と、弟のジャックの想い人だった。

 だが、彼女は師であるマーリン・シルヴェスフォウに想いを寄せて、幸せな事に婚約をした。


 仲のいい友人としておめでたいという思いもあるが、それと同時にフラれて少し落ち込んだりもしている。

 だがしかし、シルヴィアをマーリン先生から奪い取り自分の者にしたいという欲は微塵も無い。


 あの日の奇跡を目の当たりにすればそんな気は失せてしまった。

 今はマーリン先生を想う彼女の側にいて楽しく学生生活話を送れればそれでいいと考えている。


 そんな俺の悩みは婚約者探しだ。


「これだけあれば選り好み出来るのでは?」

「そうなんだけどね……」


 手紙の中にはお見合い写真だってあるし、俺の目から見ても美しいと思える人、家庭的で優しそうな人、才色兼備な人など様々だ。

 年齢層も上から下まであって普通の男性からしたら羨ましい状況なのだろうけど、俺は悩んでいた。


「どの女性もピンとこないんだ」

「面白くないって事かしら?」

「……どうしても比較しちゃうね」


 一番最初に出会ったのがシルヴィアだった。

 流石に彼女を越えるような人物は簡単に見つからない。

 とはいえ、俺は王子だから未婚のままではいられない。結婚して子どもを作るのは早い方がいい。

 側近の子達からはエリスを婚約者にしないのですか?と言われたけど、それは無いかな。


「どうかした?」

「エリスと俺の関係は変わらないなぁって」

「主従関係ですもの」


 幼い頃から次期国王と期待された俺を支える影の腹心。闇魔法を使えるカリスハート家の人間は代々王に仕えてきた。

 従姉弟でありながら俺とジャックはエリスとの関係が違う。俺にとっては苦労を理解してくれる仕事仲間としての面が印象深い。


「ジャックの方はある時からパタリと見合いの話が減ったらしいね」

わたくしには何の事か分かりませんわ」


 顔色一つ変えずに笑顔を浮かべる姿は、成る程俺と同類だ。

 まぁ、カリスハート公爵家からのお話があれば引き下がるのも当然か。


「俺の方は放置かい?」

「両方とも婚約者がいないのは流石に不味いですから」


 それで俺の方を生贄にする辺りにエリスの愛情の差を感じるよ。

 何でもそつなくこなす子と不器用でも苦手を克服しようと頑張る子。

 どちらに天秤が傾くかは誰でも分かる。


「正直な話ですが、わたくしはジャックよりエースに王になってほしいわ」

「それはジャックに気があるからかい?」


 エリスがジャックを可愛がっているのは昔から知っていたが、明確な好意があると気づいたのはここ数年だ。

 エリスがトムリドルの手によって視力を失った時、誰よりも心配していたのジャックだ。犯人が分かった時も憤慨していた。


 俺はというと、ジャックのように感情を露わにする事は無かった。勿論、心配もしたし怒りもあったけど闇魔法や諜報活動をする以上はそういったリスクもあると受け入れていたからだ。

 なのでエリスがジャックに好意を持つのは当然の事だ。

 しかし、だからといってそれだけでジャックに王になるのを諦めろというのはどうなんだろうか?

 俺が予想している以上に弟は頑張っているし、自分にとっても緊張感の持てるいいライバルだと思っている。


「そんな理由で諦めろなんてわたくしからは言えないわ。でも、ジャックがこのまま王になれば必ず苦労するし、あの子は荒んでしまうかもしれないと思うの」


 優しい子だから、とエリスは言った。

 ジャックは地位の低い貴族やジャックの人柄に惹かれた者達に支援されている。

 その数は多いが、実際に国を動かしているのはトップにいる一握りの人物。

 彼らは皆、清濁を持ち合わせて国を運営している。

 カリスハート家なんかは特に裏の事情や暗い闇に関わっている。


 潔癖とまでは言わないが、ジャックは不正や怠慢を許さない。間違いがあれば全て取り除き、誰しもが笑って暮らせる幸せな国を作ろうとするだろう。


「優しくて甘いのは美徳だよ」

「苦味や冷酷さも時には必要だとわたくしは身をもって体験しましたわ」


 俺ならその役目が出来るとエリスは考えているようだ。

 事実、俺は騎士達を動かしてヴラド公爵家を探ったりシザース家の関係者を処分したりしてきた。

 必要だからそうしてきただけだ。


「だからそれが出来るエースが王になって、ジャックがその手助けをしてくれたらこの国にとって一番良い結果になると思いますわ」

「……俺もそう思うよ。ジャックは今やる気が落ちているしね」


 本人は自覚していないようだが、シルヴィアにフラれてから明らかに集中力を欠いている。

 魔法の授業や剣術は変わりないが、貴族への根回しや勢力の拡大などが疎かになりつつある。

 優秀な副官がいるからまだ瓦解していないが、きっかけさえあればこちらが有利になる。

 やはりクローバー家の安全を確保してクラブを引き抜くのが得策かな。


「そうなるためにもエースには婚約者を見つけてもらいたいわ」

「簡単に言ってくれるよ」


 学生生活も折り返しが近くなり、父上が判断する猶予期間も残り少なくなる。

 好きだった人のため、兄弟のため、国のために俺が為すべき事をしなくてはいけないね。














「何をしているんだ!」


 俺が慌てたのは、何回目かのお見合いが上手くいかなかった頃だった。

 貴族の令嬢達がアリアくんを取り囲み、今まさに反撃を受けようとしたからだ。

 令嬢達を問い詰めると、バツが悪くなった彼女らは逃げ去っていった。


 シルヴィアの次に魔法の実力があるアリアくんを怒らせるなんて命知らずもいい所だ。

 王国に昔から伝わる光の巫女として選ばれたアリアくんの成長は著しく、光魔法については俺以上の適性がある。

 ジェリコ・ヴラドとの戦いでは彼女無しだと死人が出ていたかもしれない。


「しかし、いつもこんな事に巻き込まれるのかい?」


 止めに入ったはいいが、アリアくんは逃げた子達に毛ほども興味が無さそうだった。

 泣くこともせずにただ面倒だと言わんばかりに。


「ここ最近は増えましたね」


 その発言から察するに以前から何度もあったようだ。

 回数が増えたのはアリアくんの盾となるシルヴィアが魔法を使えない状態になったからか。


 俺やジャックの話を聞いてシルヴィアを侮る人間は減り、無駄なちょっかいを出さなくなった。

 それが功を成してシルヴィアといつも一緒にいる機会が多いアリアくんは自然と守られる形になっていた。


「シルヴィアの調子が戻らないままだと苦労するね。貴族相手だとアリアくんも言い返せないだろうし」


 俺と同じようにシルヴィアに頭が上がらないアリアくん。

 友人の友人という形で一緒に行動する機会は多かったし、同じ光魔法使いとして相談もしていた。

 JOKERとの戦いもアリアくんの助力無しでは勝てなかった。


「どうするか。彼女達がアリアくんに危害を加え難くして、俺達がいない場所でも強く出られるようにするには……」


 王子の俺に物怖じせずに接してくれる数少ない子で、シルヴィアを慕うあまりに愛が暴走して珍行動をとってしまう面白い少女。

 冗談や皮肉を嫌な顔をしながらも受け取って投げ返してくれる稀有な存在だ。


 そんなアリアくんを守る方法。

 力で威圧するのは有効だが、平民では貴族との間に身分の差がある。

 学園内では原則として成績によって待遇が変わるが、貴族に逆らえるレベルだとは言い難い。

 となると、手出ししにくい権力者に保護してもらうとかがいいだろう。


 去年ならばエリザベス・ホーエンハイム理事がいたが、今はもういない。

 マーリン先生は理事代理となってはいるが、他の教師から嫌われている節もある。

 そうなってしまうとアリアくんに関わりある大人はもういないな。

 エリスと仲は良いが、他学年ともなれば目が届き難いだろうし、アリアくんの普段の生活を考えると身近な人物の方がいいだろう。


 色々な事を考えて悩んでいると、天啓が舞い降りたかのように脳内に電流が走った。


「あぁ、そうか。簡単な事だったね」


 適任なのが一人いるじゃないか。

 アリアくんの虫除けにもなるし、お互いにメリットが発生する人間に心当たりがある。




「アリアくん。俺の恋人のフリをしないか?」




 俺は笑顔でそう言った。

 これなら俺も煩わしい見合い話を断れるし、アリアくんも厄介事を避けられる。まさに一石二鳥じゃないか。


 ……ただ、アリアくんの表情がシルヴィアを見ている時の俺に重なったように見えたのは気のせいだろうか?



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