第三十七話 光の巫女アリアの悩み。 

 

「ちょっと待ちなさいよ」


 ある日のお昼休み。

 午後の授業は別の教室であるので移動を早めに済ませようとすると呼び止められました。

 聞き慣れない声だったので振り返ると、知らない女性が数人立っていました。


「あなたAクラスだからって調子に乗っているんじゃないの?」

「平民のくせに王子達と仲良くするなんて」

「身の程を弁えなさい」


 誰も彼もが面白い髪型をしています。

 この紙をセットするのは毎朝大変なんだろうなと冷静に考えながら、とりあえずお話を聞きます。

 喋り方や制服の他に身に付けている装飾品から普通の生徒ではなく、貴族のご令嬢だとすぐに気づきました。


 ーーーまたか。


 不機嫌そうな彼女達の嫌味を聞きながら内心でため息を吐きます。

 この魔法学園に入学してから2年。こういった場面は何度もありました。それこそ片手の指では足りないくらいに。

 でも、2年生になってからはその数も減って、貴族の方でも魔法について語ったり相談をする仲の人も出来たんです。


「ちょっと話を聞いているの?」

「ハイ、キイテマス……」


 適当な相槌を打ちながらこれ以上の機嫌を損なわないよう地面に視線をやります。

 こうすると俯いた体勢になるので相手は悲しくて泣いていると勘違いをしてくれるんです。

 わたしは魔法以外にも貴族相手の処世術を学びました。

 幸いにも練習相手になってくれる友人がいたので苦労はしませんでしたし、悪口を我慢するのは慣れているので。


 ……ここ最近はやけに多いけど何かありましたっけ?


 大きな事件といえば学園理事であるジェリコ・ヴラドとの激しい戦いがありましたけど、あれは関係者だけで内密に処理されたのでわたしが参加しているとは彼女らは知らない。

 となると、それ以外でご令嬢達がわたしに文句を言いに来るきっかけとは?


「あの女の腰巾着をして身を守っていたようだけれど、それも終わりよ」

「あなたなんてあの女さえいなければタダの小娘よ」

「今まで散々威張ってくれたわね」


 あー、そういう事か。

 お姉様が魔法を使えなくなったという噂を聞きつけたからこんな態度を取っているんですね。


 怪我の具合はすっかり良くなったのに、無茶をしたせいでお姉様は未だに魔力が回復していません。

 このまま魔法使いとして力を使えないのでは!?と心配しましたが、マーリン先生が付いているのでどうにかなるだろうという気持ちがあります。


 呪いの類いだったらわたしの得意な分野で出番がありますけど、今回のは身体機能の不調なので手助けが出来ません。

 治療用に薬草が必要だとは言われたので、エリちゃん先生から託された畑の手入れをしているだけです。


 エリちゃん先生、と気軽に呼んでいますが、あの人にはわたしは頭が上がりません。一番最初のわたしの魔法の師匠だからです。

 魔法、薬学、その他にも男性の堕とし方や魔法学園内でのお小遣いの稼ぎ方まで教えていただきました。

 平民で実家からの仕送りが少ないわたしがお姉様と一緒にあちこちへ出かけたり美味しいスイーツを食べられるのはお小遣い稼ぎに薬草を販売しているからだったりします。


 わたしが光魔法で照らしたり、召喚獣のユニちゃんも雑草駆除をしてくれると普通の物より効き目が高くなっているようで高値で売れます。

 このおかげでお母さんに迷惑をかけずに済んでいます。


「何も言い返せないようね」

「惨めな姿。本当にこんなのが光の巫女なわけ?」

「あんなのただの昔話に決まっているわ」

「……そうだわ。それが本当なのかどうか試してみましょう?」


 別の事を考えていてボーっとしていたら貴族令嬢の人達の意見がまとまったようです。

 何やら物騒な雰囲気がしますけど、どうしてこう魔法学園の生徒は力づくな考えになりがちなんでしょうか。


「痛い目に遭わせてあげるわ」


 リーダー格らしき人物が掌に火球を出現させます。

 当たれば大火傷間違いなしです。


「その綺麗な顔を醜くしてあげる!」


 わたしに向かって投げつけられる火球。

 後ろに立っていた取り巻き達もニヤニヤと笑ってわたしが怪我するのを楽しみにしているのでしょう。


「きゃっ!!」


 短く悲鳴を出して、

 当然、頭上を通過した火球は地面に落ちて消えてしまいました。


「あははは。ざまぁないわね」

「所詮は平民。この程度で怖がるなんて」

「才能無いんじゃないの?魔法学園を辞めたらどうかしら?」

「それは素晴らしい提案ですわ」


 ナイスタイミングで地面に座ったので、お尻に雑草が少し付くだけで済みました。

 軽く叩けば問題ありません。


「モウ、ヤメテクダサイ」


 げんなりとしながらわたしはお願いしました。

 これで引き下がってくれると助かるんですが……。


「何を言っているの。まだ顔が焼けてないじゃない」


 本当にどうしてこう厄介なのがいるんですかね!?

 満足してよ。もう次の授業まで残り時間が少ないんですから。


「さぁて、この子を痛めつけたら次は王子達の求婚を断ったエコ贔屓のシルヴィア・クローバーの番よ」


 そう言って第二波の準備をするリーダー格の女。


「はぁ……。あの、今誰の番って言いました?」


 草と泥を払い落としてわたしは何事も無かったかのように立ち上がります。


「聞いていなかったの?あなたが腰巾着をしている男性に色目を使う下品な女よ」


 つまりはお姉様に喧嘩を売ると。

 不幸な境遇にあったキャロレイン・ダイヤモンドを命がけで助けて、事件の黒幕だったジェリコ・ヴラドの葬儀に参加して死を弔い、魔力が使えないながらも頑張って授業について行こうとしているあの尊い人に危害を加えようと。


 ーーー軽いお仕置きじゃ許しませんね。


 わたしの人生に光をくれた人。

 わたしの魔法学園で出来た最初の友達で大親友。

 わたしに居場所を作ってくれてこの敬愛を恥ずかしがりながらも受け入れてくれた器の大きな方。


「………売られた喧嘩は買うでしたね」


 わたしの腕に渾身の魔力を集めます。

 魔法障壁さえ張っていれば気絶くらいで済む程度にしましょうか。これだけ自信があるならそれくらい出来ますよね?

 わたしは魔法を発動させるために右手をかざして、


「何をしているんだ!」

「「「エ、エース様!?」」」


 大きな声を出しながらこちらへ走ってくるのはお姉様ファンクラブNo.4のエース・スペード王子だった。


「これは一体何のつもりだ」


 彼は厳しい視線を令嬢達に向けました。

 普段はニコニコと笑顔の仮面を付けている王子の怖い顔に令嬢達は気圧される。


「わたくし達はこの子とお喋りをしていただけですわ」

「Aクラスの方なので魔法についてアドバイスを頂いていたのです」


 よくもまぁ、そんなにスラスラと嘘が飛び出すものですね。


「そうだ。もう次の授業が始まりますわ。皆様、遅れないように急ぎましょう」

「「そうですわね」」


 汗を掻きながら脱兎の如く逃げ出す令嬢達。

 意地悪で陰湿な彼女達も王族には敵わないので、あっという間に姿が見えなくなりました。


「大丈夫だね。アリアくん」

「そこは『大丈夫ですか?』の間違いでは」

「いいや。あのままだと彼女達の身の方が危険だったからね」


 わたしの実力を良く知っている王子はご令嬢達の身を案じて走ってきたようだ。

 ちぇ、命拾いしましたね。


「しかし、いつもこんな事に巻き込まれるのかい?」

「ここ最近は増えましたね」

「シルヴィアが原因か」


 頭の回転が速い王子はすぐに正解を導き出しました。

 ですが、わたしは訂正を入れます。


「お姉様がいない所でも今まで何度かありましたから、別にお姉様のせいでは無いんです」


 お姉様と一緒だから回数が減ったのはあるけれど、それだけじゃない。

 結局はわたしが平民で強い魔力を持っているのが一番大きな要因だ。


「特別な力に選ばれたのはもう受け入れました。それに今は、なんと言われようともお姉様がいてくれたら平気です」


 お姉様に迷惑はかけられないし、むしろわたし達がお姉様の平和で幸せな日常を守ってあげなくちゃいけないんです。


「……君は本当にシルヴィアを大切に想っているんだね」

「わたしはお姉様に救われましたから」


 友達になって最初の授業。

 今のようにシザース侯爵家の令嬢とその取り巻きに囲まれた時もお姉様が助けてくれました。


 わたしの努力や頑張りを否定されてムカッとしたけど、相手は雲の上の人間。生まれ育った社会が違いました。

 悔しくて、悲しくなったわたしの代わりに怒りを爆発させたのはお姉様。

 怯えて腰を抜かした相手を見た時は不謹慎ですけどスカッとしました。

 誰かのために怒れる人をわたしは尊敬できると思います。


「俺もシルヴィアには頭が上がらないからね」

「見ていたら分かりますよ」


 お姉様と一緒にいる時のエース様は仮面を脱ぎ捨ててよく笑うし、よく頭を抱えて悩んでいる。

 王になる者としてのポーカーフェイスなんて忘れたかのようにコロコロと表情を変える姿は、平民の男の子達と同じです。

 だからわたしも、ついつい気軽な態度になりやすいんです。


「しかし、シルヴィアの調子が戻らないままだと苦労するね。貴族相手だとアリアくんも言い返せないだろうし」

「反撃していいなら喜んでするんですけどね」

「比較対象がシルヴィアや俺達だから自覚薄いかもしれないが、アリアくんの反撃だと相手を殺しかねないから止めてくれ」


 真剣にお願いされました。

 わたしだって手加減くらい出来ますよ?ただ、こんな事が続くならちょっと我慢出来なくなりそうです。


「彼女達は知り合いだったかい?」

「いいえ。去年クラスが一緒だった人はわたしの事を知っているのであんな風に絡んでは来ません。多分、他所のクラスかと」


 中間試験や期末試験でわたしは好成績でしたし、例の事件があったダンスパーティーでも外部からの侵入者相手に戦ったので、その姿を知っている人は手を出して来ませんでした。

 となると、それ以外の生徒になります。


「どうするか。彼女達がアリアくんに危害を加え難くして、俺達がいない場所でも強く出られるようにするには……」

「あの、そこまで心配しないでください。本当に危なくなったら逃げますから」


 その場その場を切り抜けるくらいの力はある。

 逃げるなら召喚獣を呼び出して背に乗れば簡単だ。


 だというのにエース様は、何やら深く考えて案を探している。

 一国の王子にこんなに心配されるなんてわたしも随分と遠い所まで来たものだと思った。


「あぁ、そうか。簡単な事だったね」


 妙案を思いついたのか、エース様はポンと手を打った。

 

 。


 ーーーひぇっ。なんだか背筋が。


 お姉様がよく言う腹黒王子様と言う言葉が脳裏を過ぎって、嫌な予感がする。


「アリアくん。俺の恋人のフリをしないか?」







 さっきの小物令嬢達に囲まれた方が何十倍もマシだと思える発言が飛び出したのだった。





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