第三十六話 暴乳亭と紳士達。
魔法学園にある商業区画のとあるお店。
その名は『
毎年その名前に釣られて若い男子生徒達が勘違いをしてやって来るのだが、その業務内容は大衆食堂である。
主に魔法学園の研究によって搾乳量が倍加した代わりに大きさまで倍になってしまった牛や、旨味を凝縮しようとしたら大型犬サイズまで縮んだりした魔法学園以外ではお目にかかれない牛料理を提供してくれる。
その他に使われる材料も学園内で試験的に開発されている品種なのでお値段もお試し価格で貧乏学生の財布に優しい。
ただ名前のせいで主要な顧客の大半が男性である。
そんな暴乳亭だが、食堂として営業時間はお昼までで、夕方からはバーへと姿を変える。
ただしここは魔法学園なのでお酒は禁止。成人していても平日は控えるようにと昔からの決まり事がある。
なのに今夜もわらわらと男子学生達が集まり出す。
彼らはお酒が飲みたいのではなく、お酒を提供してそうな店の雰囲気を味わっておつまみのような料理を食べて、ワイングラスでぶどうジュースを飲むだけ。
男の子とはカッコいい雰囲気が大好きな生き物であり、そこに身分など関係ないのである。
事実、普段は仲の悪い貴族と平民のクラスメイト同士が牛乳のテイスティング勝負をするくらいには平和な店である。
店内で乱闘騒ぎをしようものなら牛を持ち上げて筋肉トレーニングをする強面の店主(現在3年生)にお手玉にされてしまう。
なのでこの店では誰しもが気兼ねなく交流し、語り合う事が出来るのだ!!
「1年生の女子、どう?」
「今年も中々レベルたけーな」
ただし、思春期の場酔いした学生なので大抵はくだらない内容なのである。
「先輩。それはちょっと下世話じゃないですか?仮にも男爵家の長男なんですから」
「馬鹿!ここは誰しもが平等に好きな子について語り合う紳士の社交場だぞ。下世話で何が悪い!」
「後輩君はまだ慣れていないようであるな。我々3年生ともなればピロトーク用のネタについて二つも三つも語り合うものさ」
「集まるのは大抵婚約者のいない独り身ばっかりだけどね」
無慈悲な言葉にテーブルに集まっていた全員が顔を逸らした。
真っ当にお付き合いをしている男性ならばまずこの店には来ずに彼女と楽しく過ごしている。
ここにいるのは心に穴が空いた悲しき男達である。
だからこそこの店の常連同士は仲が良いのだが、学園卒業後に苦労してしまうのはご愛嬌。
「新入生といえば、ダイヤモンド公爵家のキャロレインちゃんは可愛かったな」
「うんうん。あの小さな見た目でツンツンしているのはポイント高いよな」
3年生の先輩達は頷き合った。
しかし、そんなロリコン達に苦い顔をしたのは後輩と呼ばれた新入生である。
「あの女、同じクラスになったら分かりますけどかなり口悪いですよ。雑魚なんて眼中にありませんって感じで。同学年の女子から嫌われてますし」
公爵家の養子で偉そうにしているとなれば生まれも育ちも貴族のお嬢様達は不機嫌になる。
生意気だからちょっかいを出そうとする人物が跡を立たない。
「それよりも3年生のエリス・カリスハートさんなんて超おっとりお嬢様って感じで憧れるなぁ」
新入生君は年上お姉さん好きだった。
純粋な彼の声に眉を潜めたのは3年生達。
「カリスハート様な……美しいんだが…」
「誰にでも優しい方なんだが……敵にしちゃいけないよな。……間違っても無理にお近づきになっちゃ駄目だぞ?」
どうして歯切れの悪い事しか言わないのか新入生君は首を傾げた。
「3年の先輩達はな、入学したばかりの頃にカリスハート様の粘着質なストーカーだったんだよ」
「失礼な!我々はただカリスハート様と運命的な出会いを果たしたまでだ!」
「落とし物拾ってくれただけでしょうが。しかも学生証となれば悪人以外は拾って渡してますって」
彼らは女性との恋愛関係が薄い……どころか全くない少年である。
ちょっと優しくされたら勘違いする生き物なのだ。
「それでその後、付き纏ってストーカーになったんだ」
「素直に気持ち悪いですね。それで、どうなったんですか?」
身分に関係無く誰しも平等であると聞いた新入生君の言葉のナイフが先輩達の胸を突き刺すが、彼ら口を開いた。
「ある日カリスハート様の方から近づいて来たんだ。ついに我が青春に薔薇色の花が咲いたと思ったのたが、」
優雅な足取りで近づいて来た公爵令嬢は、ただ一言を耳元で囁いた。
『同じクラスの女性が杖を失くしたそうなのですが、ご存知ありませんか?』
その他大勢の人間がいる中、彼だけを選んで。
「盗んだんですか!?」
「落とし物を拾っただけだ!ただ、返すタイミングが失くて、……女子の持ち物だと思うとつい」
「舐めたらしいぜこの先輩」
「ど変態ですね」
否定できない3年生の男子学生。
「代わりになんだ……真新しい同じ杖を渡したし、拾った杖は即座に処分した。持っていると嫌な予感がしてな」
「この男のように後ろめたい事がある人間は何故か次々とカリスハート様に声をかけられてな」
「今思い出すだけでも寒気が」
実家で教え込まれた諜報テクニックとお手本のような貴族令嬢のお茶会の成果によって情報を収集して推理しただけだったが、この学生は何か恐ろしい物を覗き込んだような錯覚に囚われていた。
「3年生の間では男女を問わずにエリス・カリスハート様に手を出すなという暗黙の了解があるくらいだ」
「ミステリアス……イイなぁ」
新入生君もどうやらこの場に集まる紳士の資格があるようで益々年上の公爵令嬢への想いを募らせるのだった。
「学園の女王ですからね」
「目の怪我をされていたが、回復してからはかつての輝きを取り戻された」
「カリスハート様がいるといないとでは学年の纏まり方が違うからな」
事実、今の3年生は問題児が少ない。卒業を控えて真面目なフリをしようとする者もいるが、悪事を働いているような生徒はいない。
いたかもしれないが何人かは自主退学をしている。……エリス・カリスハートとお茶会をした後に。
「2年生はどうなんだ。平民の身分でとびきりの美少女がいると聞いたが」
「あー、アリアちゃんの事ですね」
1年生、3年生と話が進んだので間の2年生へと話題が移る。
「美少女ですよ。魅力的な体つきしてますし、貴族の令嬢みたいな嫌な性格してません」
「聞いた話ではまるで聖女のような少女だとか」
「我が聞いた話では天真爛漫で笑顔が素敵な天使だとか」
事実、アリアに対する暴乳亭に集いし紳士達の評価は高い。
まるで彼女は甘い花の蜜でそれを求めて男がわらわらと集まるくらいに。
人柄もよくて教師陣からの期待もある。
「そんな子が光の巫女だからなぁ」
「アリアちゃんだから光の巫女に選ばれたのか光の巫女だからあんな美少女なのか」
この場にとある伯爵令嬢がいれば『ゲーム主人公だから当たり前でしょ』と言いそうである。
新入生君も一目だけ見た事ある桃色の髪の少女を思い出して頬を染める。
「ただまぁ、身近な場所に王子達がいますから」
「残念!」
「無念!」
「また来年……って先輩達はいないのか」
三年生達は血涙を流した。
相手があの王子達なら敵わないと魂で理解しているからだ。
「女性人気ナンバーワンの顔面偏差値最高得点エース王子」
「女性、男性からも人気のある双子の弟ジャック王子」
「あとは二人の王子に負けず劣らずの人気があるクールなインテリキャラのクラブさんでしたっけ?」
説明ありがとうと2年生は頷いた。
「クラブ・クローバーについては純粋に凄いと思う。飛び級なんてするもんじゃないし、王子の側近だからな」
「魔法学園の飛び級って超難関でしたよね?」
「学力テストはエース王子と同じ満点を維持しているぞ。去年は総合成績で男子トップ。王子達を負かしたからな」
なんでそんなハイレベルな連中と同じ学年になってしまったのかと2年生は頭を抱えた。
それにだ、
「最近はシンドリアン皇国の王子まで参戦しましたよ」
「「「あー……」」」
暴乳亭で大きな話題になった留学生。
この国では見かけない肌の色に整った顔立ち。
双子の王子にも劣らないイケメンは花嫁を募集している。それも複数人可。
一人のイケメンが数人も女の子と遊んでいたら男女の人数的なバランスが!
モテない男からチャンスを奪うのか!
などと言っている彼等にはそういう所が原因で彼女がいないと気づいてほしい。
だが、そんな醜い嫉妬が同調意識を発生させて独り身男子の仲が深くなるから因果なものだ。
「相手が悪い。諦めよう」
「平民の希望の星が……」
「イケメンなんて滅んじまえ!」
肩を叩き合いながらお互いを慰める先輩達。
しかも目尻には本物の涙が浮かんでいる。
ーーーこれは付き合う人選を間違えたか?
今更ながらそんな事を考えた新入生だが、一度こちら側へ来たら後戻りは不可能。
仲良く同族同士で傷の舐め合いをする事になるのだが、それは未来の話。
おんおんと咽び泣く先輩達の原因から話を切り替えようと、新入生は気になっている人物の名前を口に出した。
「そういえばなんですけど。2年生のシルヴィア・クローバーってどんな人なんですか?」
ピタリと先輩達は泣き止んだ。
「蛇姫か?」
「破壊神ゴリラか?」
「地獄の鬼軍曹か?」
「なんですかそのアダ名」
とても女性につけるべきでない名前がそれぞれ飛び出した。
「言っておくがこの呼び名は裏でしか言うなよ」
「表立って言うと消されるからな」
杖を舐めた先輩に関しては真っ青な顔で小刻みに震えていた。
「何をやらかした人なんです?」
ここまで反応が他と違うと気になる。
「去年一年間で学園の備品を最も破壊した女」
「教師陣の内臓クラッシャー」
「イケメン&美少女誑し」
「説明になってねぇ!?」
むしろ益々気になってしまう。
「んー、不細工ではないんだよな。目つき悪いけど」
「バランスが良いというか、プロポーションは抜群だな。男目線でもよく引き締まっていると思うぞ」
「居眠りなどをするが、勉強と魔法の腕はダントツで3年生より知識がある。理事長も注目しているしな」
今度はまともな話が聞けた。
ただ話を聞く限りでは今まで名前が出た子達よりも優れているように聞こえる。
話しかけづらい爵位の高い令嬢や、競争相手の多い一番人気の美少女に比べれば比較的お近づきなりやすい人じゃないだろうか?
「性格に難ありとかですか?」
「貴族、平民に関係なく接しているな」
「食堂のおばちゃんや街の雑貨屋からの評判もいいな」
「独自の魔道具開発していて、桁外れの魔力も持っているから研究を手伝って欲しいという教師もいるな」
新入生君は混乱した。
どうして先輩達が苦々しそうな顔をして話をするのか、彼女についてはあまり話したくなさそうにするのか。
誰とも付き合っていないならちょっと自分からナンパしに行こうと、頭の中で考え始めるくらいには気になっていた。
「「「ただ関わるとロクな目に遭わないから止めとけ」」」
イケメンへの恨み節よりもピッタリと先輩達の声が重なった。
その後、ノンアルコールのカクテルを飲みながら新入生君は昨年魔法学園で発生したシルヴィア・クローバーが関与していた様々な事件について話を聞いた。
つい最近起きた理事が死んだ件にも関わりがあるとかで、話は長くなった。
全てを聞き終えた新入生君は心の中でこう思った。
ーーー今年は人災に気をつけよう。
なお、Fクラスの生徒だった彼の前に補習担当教師の補助として子連れでやって来たとある伯爵令嬢がいたとか。
自分の運の悪さを呪った新入生はこうして暴乳亭の常連として足繁く通うのだった。
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