第三十四話 家族っていいな!

 

「退院おめでとう!!」

「ありがとうですの」


 パチパチと私が拍手をすると、横に立っているエカテリーナも小さな紅葉みたいな手で祝福する。


 ジェリコ・ヴラドの埋葬から時間が経ち、魔法学園の水中神殿で巻き起こった事件から一か月が過ぎた今日、晴れてキャロレインは退院する事になった。


 クラブ達の怪我は大小様々だったけど、一番傷の深かったエースも先週退院して、それ以降はお師匠様のお屋敷に患者としては私とキャロレインだけが残っていた。

 私の方は早めにベッドから降りて一人で動き回れるようになったけど、彼女は中々車椅子から降りられなかったし、経過観察も兼ねて長めの入院となっていた。


「お世話になりましたわマーリン先生」

「あぁ。礼には及ばないがさっさと退院してくれると私も助かる」


 ちょ、そんな言い方はないんじゃないですか!?……とは思ったけど、口には出さなかった。

 何故なら一部では私もお師匠様と同じ意見だったからだ。


「そうしますの。早くこのクソ義兄に帰ってもらいたいので」

「酷いよキャロ!!僕はこんなにも君を心配していたのに!」

「義兄様がいない方がもっと気楽で回復も早かったですの!!」


 元気になったキャロレインの蹴りが、わざとらしく泣き真似をするニールさんの脛に当たる。


 そう。私達の悩みの種はこのダイヤモンド公爵様だったのだ。

 このシスコン、妹が退院するまで側を離れない!と言って魔法学園にずっと滞在していたのだ。

 いくら妹のためとはいえ、公爵家の当主は暇じゃないし、早く帰って来るようにと催促の手紙が送られて来たのに何かと理由を付けて拒んでいた。

 キャロレインの怪我が〜、事件の事後処理が〜、と言い訳をしてお師匠様の屋敷に泊まり込んでいたが本日中に魔法学園から出て行ってもらう運びになった。


 最後の数日なんてキャロレインは普通に動き回れていたし、他人の介助も必要無かったのにしつこく付き纏っていたからどれだけシスコンなのかお察しよね。

 これまであまり正面から構ってやれていなかったのが、心配と不安から暴走しただけかと思ったけど、大して変わらなさそう。


「ほら言われているぞニール。早く帰れ」

「それが親友に対する態度かい?」

「……治療の為の触診でいちいち文句を言われれば誰だってこうなる」


 お師匠様が苛立った口調になる。

 診察の時に必ずニールさんが隣に立って、やれ触り方が雑だの、妹の体はそんなに気安く触れていいものじゃないだの煩わしかったそう。

 治療の為に飲ませた薬が苦くてキャロレインが顔をしかめると、味を甘くしろと抗議もしてきた。


「杖まで取り出して僕に向けるなんで酷いぞ」

「あれは貴様がシルヴィアにちょっかいを出したからだ」

「誤解を招く言い方しないでほしいな。二人きりでのお茶会に誘ったまでだよ」


 私に負い目を感じたのか、それとも純粋な感謝なのかニールさんはちょくちょく話しかけてくれた。

 学園内でも良い物のお菓子を譲ってくれたり、移動しようとしていた荷物を代わりに運んでくれたり。

 日中はお師匠様が授業の為に不在だったのでそれなりに良くしてくれた。


「それがちょっかいだというのだ」

「束縛激しい男はモテないぞ?」

「モテる必要は無い。シルヴィアは私の婚約者だ。彼女さえいればいい」


 肩に手を置いて私を抱き寄せるお師匠様。

 不機嫌そうな顔でニールさんを威嚇する姿には普段見られない子どもっぽさがあった。

 学生時代からの気心が知れた仲だからだろうか。


「あのマーリンがそんなキザな事を言うなんてね。それなら僕からも言うけど、いくらキャロが魔法使いとして優秀だからって僕がいない所で手を出したら絶対に許さないからな!」


 お師匠様に対抗するようにキャロレインを抱き寄せようとするけど、手を払われた。


「何を馬鹿な事を言ってますの!」

「だって〜、マーリンは確かに凄い奴だけど教えを乞わなくていいって!絶対にキャロを虐めるつもりだって!」


 そうそう。キャロレインについてだけどお師匠様が直接魔法を教える事になった。

 私、アリア、に続いて三人目の弟子となるのだ。

 なんでも私みたいに強くなりたいと言ってお師匠様に直接交渉したのだ。

 よりにもよって一番指導がキツいお師匠様を選ぶとは度胸があると褒めたくなるけど、キャロレインの今までの鍛練や彼女の味方になってくれそうな人を考えるとお師匠様が適任だった。


「弟子である以上は厳しく接するつもりだ。異論はないな」

「勿論ですの。シルヴィア先輩を越えるためならどんな厳しい修行も耐えてみせますの!」


 嬉しい事に先輩呼びをしてくれるキャロレインが胸の前で握り拳を作った。

 やる気満々で頼もしいわね。


「まぁ、その私が完全回復していないんだけどね」

「僕からは元気そうに見えるけど……まだ魔力は戻らないのかい?」


 ニールさんの言葉に私は頷いた。

 体調はすっかり元通りなんだけど、魔力については相変わらず変化が無い。

 一時的なものだとお師匠様は言ったけど、こうも長きに渡って魔法が使えないのはこの世界に転生してきて初めてだ。不安ではある。


「そもそもが生きているだけ儲け物なのだ。焦らずじっくり治せばよい。エカテリーナの件もあるのでしばらくはここから学校に通いなさい」

「はーい」


 人助けをしていて怪我をしたから授業を休んでいたけど、そろそろ出席しないとヤバい。

 学園で習うような事は事前に叩き込まれているし、お師匠様がいれば授業内容まで教えてくれるんだろうけど、個人的に好きな授業や魔法に関係ない技能系の授業については遅れが出ている。

 そうじゃなくても、貴重な三年間の学園生活を一か月も無駄にしているから勿体ない気がするのだ。


「それではまた明日からよろしくお願いしますの。さぁ、とっとと帰りますわよ義兄様!」

「えー、もう少しだけキャロと一緒にゆっくりしたいんだけど」

「駄目に決まっていますの!この馬鹿義兄!!公爵らしく仕事に戻らないと義父様が過労死しますの!」

「い、痛い!耳は引っ張らないでよキャロ!シルヴィアちゃんとマーリンもさよなら〜お元気でね!」


 最後まで騒がしく退場していった後輩の公爵令嬢とその兄。

 一番初めに話を聞いた時は養子になった事で家族との間に距離感を感じていたらキャロレインだけど、今ではすっかり仲良し兄妹ね。

 ニールさんの甘やかしにも満更悪い気はしていないようで笑顔も見せていたし。

 血の繋がりなんてなくても立派な家族よ。


「そのような顔をしてどうした?寂しいのか?」

「いえ。家族や兄妹って難しいなと思いまして」


 私とクラブ、シンドバットとその姉、キャロレインとベヨネッタ、ジェリコと祖母。


 ここ最近は家族や兄妹について色々と考えさせられた。

 お互いを思いやっている所もあれば、憎みあったりすれ違いが起きたりしている。

 クラブとの仲が良くて他の家も同じなんだろうと思っていたらそう甘くはなかった。


「君は自分の事だけを考えなさい。似たような境遇があったとしても完全に同じわけではないのだから」


 尤も、私に言えた義理ではないがな。そうお師匠様は言った

 お師匠様に兄妹はいない。それどころか家族と呼べる人間だっていない。

 半魔とジェリコ・ヴラドは言っていたけど、私はお師匠様の過去について何となくしか知らない。

 一度だけ心の中を覗いた事はあったけど、きっとまだ私の知らない苦悩だってあるはずだ。


「兄妹ならお師匠様だっているじゃないですが」

「私にか?」

「はい。だって私の旦那様になったらクラブとリーフが義理の弟と妹になりますよ」


 それはきっとそう遠くない未来の話だ。


「そうか……そうだな」


 家族というものを羨ましそうに眺めていた彼にもきっと仲が良い兄妹が出来る。

 クローバー伯爵家は家族想いの優しい人ばかりだから。


 もしも今の我が家に祖母も一緒にいたらあの男の心は闇に傾かなかったのだろう。でも、それはもしもの話。

 私達はこれからも人生を歩んでいく。

 過去に辛い事があっても未来が明るく幸せだったらそれでいいのだ。


 まだまだ残された謎や知らなくちゃいけない事はあるだろうけど、今は大切な人との時間をしっかり胸に刻みつけておかなくっちゃ。


「子供も一人ではなく複数人いた方が賑やかで楽しそうだな」

「え!?それってもしかして私に沢山産めって話ですか!?」

「それ以外に何があるというのだ。財政的には余裕がある上に屋敷だって広い。順当に愛を育めば数人は必ず出来る。いや、作ってみせる」


 私が逃げられないようにガッチリホールドするお師匠様。

 肌への触れ方がちょっぴりいやらしいんだけど、もしかして溜まってらっしゃる!?


 そういえばこの所はアリア達やキャロレインとニールさんが屋敷に居たから同じ屋根の下で暮していたのに二人きりになれなかったっけ?


「お、お師匠様!?そういうのは学園を卒業してからっていう約束でしたわよね。お父様とお話しされていたんですよね!?」

「あぁそうだ。生殺しのような条件だが、そういう話をしている。次に会った時に再度話し合いはするが私としては……」


 私としては何!?

 その獲物を狩るような肉食獣の瞳は何ですか!?


「そういえばまだ今日の診察をしていなかったな。隅々まで触診をするのでこのままベッドに運ぼうか」

「ちょ!待って待って。そういうのは心の準備が出来てないから!まだ私ってばうら若き乙女ですから!!

 」


 お師匠様がひょいと軽々私を持ち上げる。

 身体強化を使っているのか、それとも魔力が回復していない私が弱っているのか抵抗しても逃げられなかった。


 こうなれば最後の手段よ。

 エカテリーナ!貴方しか私を助けてくれる存在はいないわ!

 ヘルプミー!!



『【兄妹できる?】』

「どういう意味か知ってる!?」


 プレゼントを待つような純粋な目をしている相棒は気を利かせるためかお庭に向かって走り去る。


 助けて!ママを一人にしないでって!いい子だからお願い戻って来て!!











 翌日。久しぶりに登校した私は制服の第一ボタンまでしっかり留めて、人目を気にしながら授業を受ける羽目になってしまった。

 お師匠様がこちらを見て満足気に微笑むと、私は耳まで真っ赤にするのでした。




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