第三十三話 私は貴方を許さない。
「派手に暴れたのぉ」
理事長がボロボロになったヴラド邸の地下を見て言った。
壁は剥がれて土が剥き出しになっているし、天井も落石が起きてもおかしくない。
地面なんかは水浸しになっていて、きっと水魔法の大技を使ったのだろう。
「みんな大丈夫!?」
「お姉様がどうしてここに!?」
私に一番最初に反応したのはアリアだった。
この作戦に参加した生徒の中では一番傷も少ないし、他の人の手当てをするくらいの余裕がある。
「シルヴィアさん。マーリン先生の所で休まれているはずでは?」
「いやー、そのつもりだったんだけどね」
お師匠様とエカテリーナと一緒に作戦の成功を祈っていると、突然マグノリア理事長がやって来たのだ。
なんでも、他に誰かが潜んでいる気配も無いし、ジェリコ・ヴラドは逃げるつもりがなさそうだから暇になって様子を見に来たって言われた。
こっちに来るくらいならみんなの援護をしてくださいと言ったんだけどね。
「ちょっと思うところがあっての。無理を言って来てもらったのじゃ」
「シルヴィア。私から離れるな」
『【ママが歩けるように支えるよ】』
悪趣味な魔法の杖を歩行補助具用に使って、もう片方をエカテリーナに支えてもらっている。
何かあってもすぐに対応できるように主治医も一緒に来た。絶対に私だけを行かせないと言ってついて来たのだ。
「理事長。姉さんに用って何ですか?まだベッドで安静にしていないといけないのに」
「ヴラドの事じゃよ。彼の血縁関係についてはシルヴィアちゃんに話してある」
「聞いて驚いたわよ。まさか大叔父なんて」
ここに来るまでに話は聞いた。
おかげで闇魔法の授業でジェリコが私を見て驚いていた理由が分かった。
……そんなに祖母に似ているのかしら私?
「理事長はどこでその事を?」
「疑っておるのかマーリン先生?儂はただ、リアルタイムで聞いた話を伝えただけじゃよ」
そう言って理事長は自分の耳を指差した。
私の知らない何かしらの魔法を使ったのだろう。
お師匠様も少し考えて、悩むのを止めたみたい。疑われても飄々としているのは腹の探り合いの経験の差だろうか。
「それ以前にもヴラドから親しい人物の話は聞いておったのじゃ。誰なのかまでは言ってくれんかったがの」
「理事長とジェリコ・ヴラドは仲が悪かったんじゃないんですか?」
お師匠様に無理難題を押し付けて、それを理由に理事長の座まで狙っていた。
貴族派だとか中立派みたいに理事達の中でも派閥や権力争いがあって、お師匠様みたいに苦労していたりしていたんじゃないのだろうか?
「違う人間じゃから気に入らん事もあるじゃろうし。ヴラドは貴族の当主じゃからな。背負うものが異なれば衝突もあるじゃろう。ただ一つ変わらないのは、この男も昔は儂の大切な生徒だったということじゃ」
そう口にした理事長の姿は、とても凄い魔法使いや学園の権力争いを勝ち抜いて来た狸親父でもなく、ただの一人の教師だった。
「シルヴィアを呼んだのもかつての教え子に何かしてやりたいと思ったからじゃ。見てみぃ」
アリア達から離れた地下室の奥。
瓦礫の上に横たわっている男がいる。
前に見た彫りのある顔は、シワが多くなって顔色も悪い。白髪混じりの髪は殆どが真っ白になって、一部は抜け落ちている。
服から伸びている手足も、以前より細くなって骨と皮だけ。着込んでいるから大きく見えるだけで、服を全て脱げばヨボヨボの体だろう。
「……これって」
「ここ最近は休みがちな日が多かった。昔はあちこちに視察に行ったり、自らクラス担任を引き受けて貴族の生徒達を鍛えたりしておった。数年前から段々と業務を減らしておったからな。何かしらの病じゃろう」
病に体を蝕まれながらクラブ達と戦った。
貴族を辞めたのも、本来のジェリコ・ヴラドらしからぬ行動も、もう自分が長くない事を悟って自棄になっていたとしたらどうだろうか。
逃げなかったんじゃなくて、逃げても先が無かった。
ここを死地として定めた。
そうも捉えられる。
「……さ……ん…」
瞼すら開いていない状況で、ジェリコ・ヴラドの口から音が発せられる。
お師匠様は私を止めようと手を伸ばすが、私は首を横に振って倒れている老人に近づく。
持っていた杖をエカテリーナに渡して、ジェリコの側に座った。
「……あぁ、姉さんにまた会えた…」
傲慢で上から目線の嫌な奴だったのに、その声はどこまでも弱々しかった。
私と祖母を間違えるくらいに意識も混濁している。
「……ごめんね姉さん。約束守れなくて……」
弱々しい声色なのに親しみがたっぷりと籠もっていた。
冷徹な男にも誰かを愛したり心を許したりする情があったようだ。……いや。情が深いからこそ復讐に走ったりしたのかもしれない。
アリア達もそんなジェリコの様子を見て悟った。
ーーーもうこの男は助からない。
『【あの小さい子と同じ匂いがする】』
エカテリーナが老人の袖を捲る。
するとそこにはキャロレインの比じゃない量の刺青があって脈を打っていた。洗脳ではなく、一時的な力のブーストに使ったのだろう。
アリア達を相手にかなり追い詰めていた所を見ると、これ以外にも足りない力を補助するために相当無茶な事をしたようだ。それこそ死ぬ気で。
「……教えてジェリコ。これが貴方のしたかった事だったの?」
「……吾輩は……僕はただ、もう一度姉さんに会いたかった…」
「だからって人を巻き込むようなやり方は嫌いよ」
混濁する意識の中で、ジェリコ・ヴラドは私を祖母と勘違いしているようだ。
それを利用するような形で話を聞く。でもきっと、私によく似ている人なら同じ事を言うはずだ。
「……奴が言ったんだ……協力すれば姉さんに会えるって……
「っ!?奴って誰なの!」
やっぱりジェリコ・ヴラド以外にも黒幕がいた。
ベヨネッタの姿もこの場所にはないのだ。
「……奴は…まだ生きてる…もう人じゃない……だから信じた………神に近づけば……姉さんに会えるって………」
「馬鹿!そんな事のために自分の頑張りを捨てて、他人に迷惑かけて、死んで勝ち逃げなんて私は絶対に許さないわよ!!」
脆くて柔らかい肩を掴んで揺する。
こんな終わり方はあっちゃいけない。
きちんと罪を償って、それでいて素直に話をしてくれたら立場なんて関係なしに私は受け入れた。
クローバー領のお墓参りだって許すし、親戚としてもてなしたり昔の話を聞きたかった。
「……ははっ。……また姉さんに怒られるなんて……悪い事して…ごめんなさい……ただ……やっぱり嬉しいな……ありがとう……」
涙を零しながら、老人は笑った。
それはとても綺麗で満ち足りた笑顔だった。
「何満足してるのよ、これからでしょ!謝ったり償ったりする事が沢山あるじゃない!私はまだ貴方の事を知らないし許そうなんては思わないけど、このままじゃ貴方は救われない!!そうでしょ!」
貴族らしくあって、それでいて家族への愛情が深い。
学園を、国を思う気持ちは誇り高くて、だからこそ敵を多く作ってしまい憎まれやすい。
それでも、理事としてここまでやってきたのは彼の優れた才能だ。
この人は病を理由にそこにつけ込まれた。
『【ママ、もう死んでる】』
「わかってるわよ。……くそ」
冷たくなった老人はもう何も言わない。
謝罪の言葉と感謝の言葉を言った時、彼は何を思ったのだろう。
こうして、学園で発生した新たなる事件は、黒幕の一人が死亡という何とも言えない苦い結末を迎えたのだった。
後日、ジェリコ・ヴラドの遺体は犯罪者として処理されて学園内にある共同墓地に埋葬され、当然そこには名前など刻まれなかった。
埋葬の際には私とクラブだけが自分の意思で立ち会った。
そしてクローバー家の庭で育てていて、お師匠様の屋敷にも植えた花を一輪だけ供えたのでした。
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