第三十二話 主人公不在のボス戦ですって!?

 

「死んだと聞いたのは吾輩が他国への視察から戻った時だった」


 ……ジェリコの長い告白があった。


 祖母の話は養父さん達から聞いた事が無かった。まだ父親達が幼い頃に亡くなったため覚えていないそうだ。

 僕が物心ついた時には祖父も亡くなっていたので祖母の話をする人は誰もいなかったが、それがまさかこんな形で今に繋がっているなんて思いもしなかった。


「流行り病だったのだ。クローバー家などではなく、ヴラド公爵家ならば最高の医者も用意した。高価な薬だって与える事が出来た。嫁に行かなければ姉は死なずに済んだのだ!」

「だから、お姉さんが嫁いだクローバー家が憎いと」

「あぁ、そうだ。特に息子達やお前はあの男に似ている。姉を奪ったあの男に」


 多分、このジェリコという人は祖母を、姉を愛していたのだろう。

 僕と同じように思いを胸に秘めたまま。それが相手の一番の幸せになると。

 例え伝えたとしても姉さんによく似ている人だったならその本意までは伝わらない。家族として愛してくれてありがとうと思ったはずだ。


 酷い鏡を見せられているみたいだ。

 この人は僕のなりえた一つの可能性だ。


「そんなものは逆恨みだ!クラブやシルヴィアには何の関係も無いだろう!」


 言葉を失っている僕に代わってジャック様が声を大にして言った。


「黙れ小僧。吾輩にとってはそれが全てだった。そして時が流れてチャンスが来たのだ」

「チャンス?」

「……闇の宝玉の発掘、JOKERの暗躍、新たなる闇魔法の完成。まるで吾輩の願いを叶えるために世界が動いたのだ」


 ずっと平和に思えたこの国に大きな波が襲い掛かったのはここ最近の話だ。

 僕が姉さんの弟になる少し前から種は蒔かれていた。


「この場にいるお前達を殺して、学園を、国を、全てを破壊する!」

「そんな事はさせない!!」


 このまま奴を野放しにすればきっとまた新しい犠牲者が出る。

 その前に止めないといけない。


「ならば力ずくでも止めてみせろ」


 これ以上交わす言葉は無いと、ジェリコは杖を振るう。

 卓越された技量によって迫りくる不可視の弾丸。


「はぁあああ!!」


 肌で風を感じて的確に処理していく。

 一撃で魔法障壁を打ち破る威力だ。油断は出来ないし、僕の持てる限りの全てを使うしかない。


「くそっ。腐っても最古の一族か。風魔法の適性は高いようだな」

「そちらこそ。とても老人とは思えない力強さだ」


 風魔法だけなら僕はマーリン先生からお墨付きを貰っているし、これだけなら姉さんにだって劣るつもりはない。

 死んだ父さんを越えているって養父さんが言ってくれた。

 なのに、目の前の相手を崩せない。全盛期は過ぎて肉体的に衰えが始まっているはずの人物に。


「……泥仕合になるなら手を変えよう」


 ジェリコの杖から魔法が放たれた。

 だけど僕には風を感じなくて、


「危ないクラブさん!」


 アリアさんの杖から閃光が迸り、何かが打ち消される音がした。


「闇魔法!?」

「前に……出たな」


 再び杖が振り下ろされる。

 間髪入れずに風の刃が、僕を庇うために飛び出したアリアさんへ迫る。


 くっ。体勢を崩したせいで間に合わない!!


「させるものか!ぐぁああああっ……」

「エース様!?」


 誰よりも早く動いてアリアさんを庇ったのはエース様だった。

 ただ、攻撃は避けきれずに彼の腕に浅くない傷をつけた。ダラダラと血が流れている。


「……このメンバーを集めたのは俺だからね。一人たりとも欠けさせはしない」

「王子自ら平民を守るか。その行動が命取りになるのだ!」


 再度放たれたのは風魔法。

 それを水の盾が防いだ。


「クラブ!ボサッとするな。エリス姉は闇魔法の対処を。アリアはエースの手当てをしろ。オレ様とクラブで奴を倒す」


 ジャック様の言葉に体が条件反射で反応する。

 僕はこの方について行くと誓ったんだ。その役目を果たすまで。

 距離があればあちらが有利。だから至近距離まで近づくしかない。


 ジャック様が連続して火球を撃つ。

 的外れな場所に飛んで行ったり、威力が弱いのでジェリコの魔法障壁に阻まれるが、目的はダメージを与える事じゃない。


「走れクラブ!」

「はい!」


 火球が通過する瞬間に地面がハッキリと見えた。

 僕らはその上を勢いよく走り出す。


「少し右へズレて走ってください。ジャック、そこは飛び越えて!」

「サンキュー、エリス姉!」


 認知出来ない闇魔法の罠はエリスさんの指示で避けながら進む。

 意識外で仕掛けられているならまだしも、罠があると分かって注意深く観察すれば彼女でも見破れる。


「まだだ。まだ終わらん!」


 ジェリコは懐から二本目の杖を取り出した。


「ーーー吾輩の奥義を味わえ」


 風が、闇が、風が、闇が、交互に弾丸の雨となって降り注ぐ。


「これは!?」

「二つの属性をほぼ同時に!」


 魔法使いが使える魔法は生まれながらの属性に左右されるが、発動できるのは一つのみだ。

 別の属性に切り替えるなら前の魔法を中断するか放つしかない。

 強い魔法使いとはその選択と切り替えが瞬時にできることが原則であり、多重属性であろうと一つを極めた相手に負ける事がある。


 だから僕は風魔法を極めて、ジャック様に勝つ事だって出来た。

 マーリン先生は特例で完全に同じタイミングで二つの属性を使えるけど、ジェリコのこれは極められた魔力の制御が成せる技。

 これが、魔法使いの最高峰にいる魔法学園理事の全力なのか!?


「くっ…」

「おのれ!」


 魔法の弾幕に足が止まる。

 ありったけの魔力を防御に回すけど、攻撃の手は休まらずにこちらの魔法障壁を削る。

 風魔法が当たれば肉体が、闇魔法が精神をそれぞれ破壊する。


 三人かがりでこの様なんて……。僕じゃ姉さんみたいに戦えないのか。

 このままだと大切な仲間達を失ってしまう。

 もっと、もっと僕に魔力があれば!姉さんやマーリン先生のような膨大な魔力……魔力?


「おかしいですよジャック様!いくらなんでも魔力が多過ぎる」


 僕は姉さんとジェリコが授業で張り合う姿を見た。

 姉さんはそんなに疲れていないと言っていたけど、ジェリコの方は膝をつくくらいに消耗していた。

 姉さんより魔力の量は少ないはず。

 僕らだってここに来るまでに魔力の消費はしていたけど、理事長がほぼ薙ぎ払ってくれたおかげで余力はあったんだ。


 ジャック様、僕、エリスさんは学生でありながら魔力の量や魔法の強さは普通の大人よりあるんだ。

 ジェリコという男が魔力の量に秀でているという話は聞かない。


 怪しい点は他にもある。

 地上で襲ってきた防衛装置の数々。あれだけのゴーレムや獣達を操るのに魔力を消費しないわけがない。

 複数人で分担して操作しているのかもと思っていたけど、ジェリコ以外に誰の姿も見ていない。

 もしもたった一人で操っていたならそれは異常だ。


「何か仕掛けがあるはずです!」


 考えるんだ。

 僕はジャック様の側近で参謀だ。

 頭を使って考えるのは得意だろう。飛び級をするために難しい本や魔法についての勉強をしてきたんだろう!

 それを今活かさなくてどうするんだよクラブ・クローバー!!


「さっさと死ねぇい!」


 どっしりと構えて次々に魔法を発動させるジェリコ。

 まだ余裕があるといわんばかりに

 広い地下空間。姉さんやアリアさんが前に訪れた遺跡に似ていると言っていた。


 他に遺跡があったのは魔力を持った木が生茂る森。そして魚が多く生息する綺麗な湖。


 ここは魔法学園はかつて闇の神と最終決戦をした場所。

 豊かな自然があって、毎年聖杯を使って大地を活性化させている。


「ーーージャック様!ジェリコをあの場所から引き剥がしてください!!おそらく奴の立っている場所が


 城や砦、都市が作られるのはその地脈が優秀な場所。それ以外でも貴族の屋敷や魔法使いの工房も自然豊かな場所を選んで建てられる。

 この屋敷も例外なく広い庭に美しい自然が広がっていたんだ。


「そういう事か!合わせろクラブ、エリス姉!!」


 ジャック様が持っていた剣をジェリコに向かって投げつけた。

 魔法なら兎も角、剥き出しの剣が飛んでくるとなると、本能的な反射でジェリコは避けた。

 その瞬間に魔法の嵐が途切れた。


「しまった!」


 その隙を逃すほど僕らは甘くない。

 エリスさんの水魔法とジャック様の水魔法。それに僕の風を重ねて津波が発生する。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーッ!!


 天井まで届く高い波。三人の持つ残り全ての魔力を質量に変換した超大技。

 風の弾丸でも掻き消せずに、闇魔法ではどうしようもない攻撃。

 魔力障壁で防いでも押し流される!


「ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 一瞬の拮抗。でも、次の瞬間には波に呑まれて押し流された。

 ジェリコが立っていた場所にあった石製の椅子ごと地下空間の奥の壁へとぶち当たった。


「……やったか…」

「ジャック様。それは洒落になりませんよ」


 どうしてこの人はこうも縁起の悪いことを言いたがるのか。

 エリスさんも困ったような様子で苦笑していた。

 僕らは魔力が空っぽになったせいで疲労感に襲われてその場に座り込んだ。

 大の字になって寝転びたいけど、本当にそのまま寝てしまいそうだから止めた。


「エリス姉。怪我は無いか?」

「おかげさまで擦り傷だけだわ。それよりジャックやクラブの方がボロボロよ」


 エリスさんは一歩下がった場所にいたのもあって、服が裂けたりしているくらいだけど、僕やジャック様は正面から魔法の嵐を受けたせいであちこちに血が滲んでいた。

 その傷を自覚すると、さっきまでは興奮状態で麻痺していた痛感が戻ってきて痛くなってきた。

 これは全員揃ってマーリン先生のお世話になるかもしれないなぁ。


 その時は姉さんの隣のベッドがいいけど、きっと男女別で僕は王子達に挟まれるんだろうなぁ。……ソフィアに看病を頼もうか。


「…ま……まだだ!」

「「「っ!?」」」


 緊張の糸が解けた頃、押し流された瓦礫の中から手が伸びてジェリコが這い出てくる。


「……杖も、地脈の恩恵がなくとも、まだ残っている魔力で……一人だけでも道連れにしてやる!」


 折れ曲がっているであろう老人の腕がこちらへ、動けない状態の僕へと向けられた。

 この期に及んでもクローバー家への憎しみを忘れずに復讐しようとする事は感心する。


 ーーーあーあ、最後に姉さんとソフィアと話したかったなぁ。


 魔法障壁すら展開できないし、体は自由に動かせない。

 この年で死ぬなんて親不孝者だって家族に言われちゃうかな?

 思い出が蘇り、それが走馬灯だと理解した。


「消え、」

「ーーーやぁ!!」


 僕を殺す一撃は発動する事無く、力強い掛け声と共に閃光がジェリコを襲った。


 そして今度こそ、闇魔法使いは沈黙をしたのだった。


「お姉様の代わりにわたしがいるんです。誰も死なせはしません。それが光の巫女ですから」


 エース様の手当てを終えたアリアさんが杖を構えて、惚れ惚れするような凛々しい顔で言った。



 ……普段からそんな感じならキャロレインよりも大事にしてもらえると思うんだけどね。











 とりあえずジェリコ・ヴラドとの戦いはこちら側の犠牲者無しに終わったのだった。





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