第三十話 VS闇魔法使いジェリコ

 

 僕らの決戦が始まった。

 広大な地下空間はいくつかの松明しかなく、薄暗いくて少し肌寒い。

 ただ、僕らには光魔法を使える人が二人いるし、あちらも光源となる魔法具を持っている。

 暗闇なら兎も角、相手の位置さえ見えていれば勝負はすぐ着く筈だ!


「いくぞ!」

「待ってください!!」


 一番槍をしようとしたジャック様の腕をアリアさんが引っ張った。


「何をする!?」

「そのまま進むと、地面に闇魔法が仕掛けられています」

「ふん。流石は光の巫女と呼ばれるだけはあるな」


 確かに足元は薄暗い。数メートル先になれば床は見えないくらいだ。

 だけど、全くの暗闇ではないし、敵の位置も分かっていれば正面から突撃するのは当たり前だ。

 それをジェリコ・ヴラドは読んでいたのか……。


「エリスは気づいたかい?」

「ごめんなさい。わたくしでもよく目を凝らさないと認識出来ないレベルで隠されていました」


 エリスさんに落ち度は無いと思う。

 カリスハート家に生まれた闇魔法が使える者は王のため、その影として暗躍する。

 当然、卑劣な罠や闇魔法に対する抵抗や知識もあるのに、それが通用しない。

 同じ属性を使っていても、魔法学園の理事になった男の実力はこちらを上回る。


「闇魔法に対する感覚はピカイチか。ならば先にその目を潰すまで」


 杖がアリアさんに向けられた。

 でも、闇魔法は彼女に通用しない。それくらいは理解しているはず!


 ーーー空気が揺れた。


「アリアさん防御!!」


 僕が叫ぶと同時に、彼女は姉さんとの訓練で学んだ咄嗟の防御行動を取る。

 魔力にものを言わせて展開された魔法障壁。

 


「っ!?」

「反応したか。ここまで来れただけはあるようだ」


 ジャック様が僕に近づき、小さな声で何があったのか聞いてくる。


「クラブ、さっきのは……」

「風魔法ですよ。それも、吹き飛ばしたり切断したりでは無く、貫くための」


 風の矢……いや、アリアさんの障壁を破るのならそれは弾丸と呼ぶに相応しい。

 もしも僕が気付くのが遅かったり、アリアさんの魔法障壁の展開が遅かったら彼女の身体には風穴が空いていたに違いない。

 冷や汗が顔を伝って地面に落ちる。


「大人しく投降する気は無いようですね」

「甘い事を仰るなエース王子は。ここは殺すか殺されるかの場所だ。拘束とは生温い……殺す気でかかってこい」


 遥か格上からの殺気。

 命の奪い合いに慣れていないアリアさんや、諜報活動とはいえ、他人の命を奪った事のないエリスさんの顔が強張る。


「だそうだぞエース」

「やるしかないか」


 王子達は覚悟を決めて武器を構えた。

 僕だって二人と同じように心構えは出来ている。

 一国の主人になる人物ともなれば少なからず命を狙われる機会はある。

 それにこの二人は王位継承を争う立場であるため外野が黙っていない。

 それぞれが指示したわけでもないのに派閥の貴族が勝手に暴走した事案だってただの一度も無かったわけじゃないんだ。


 その現場に僕もいた。

 僕がその刺客の腕を風の刃で斬り落としたんだ。


 人を傷つけたり、命を奪う事は悪い事だ。

 だけど、そのせいで大切な人を失う事はもっと罪が重いと僕は考える。

 それが王子の側近であり、騎士として役目を務めていた両親の息子としての僕のスタンスだ。


「僕も戦います。風魔法なら僕だって負けない」

「頼りにしているさジャック。ただ、その前に聞きたい事がある。……ジェリコ・ヴラド!貴方は長年公爵家の人間として王国に貢献してきた。それなのにどうして国に仇をなすような事をする!!」


 エース様が真っ直ぐに問いを投げる。

 それは僕も知りたかった。

 貴族社会でのあの男の評判は悪いものでは無く、貴族の威厳や権利を保つために活動し、公爵家のために全てを牛耳っていた。

 差別意識こそあれど、貴族としての役割は立派に果たしていたのだ。


 ジェリコ・ヴラドは杖を僕らへ向けたまま、授業を始めるかのような口調で話し出した。


「冥土の土産に少し話してやろう。……吾輩はもうヴラド家の人間ではない」

「それはどういう……」

「先日、事件を起こす前に書状は出してある。正式に発行された法的な物だ。ここにいるのは貴族でも、学園理事でもない、ただの魔法使いジェリコだ」


 貴族を辞める。それはこの男にとってどれだけの意味を持つのか。

 一度正式な手続きで除名されれば復帰は無理だ。

 後継問題などで揉め事があればその限りではないのだと思うけど、ヴラド公爵家は孫も数人いるのでその心配もない。


 ジェリコ・ヴラドという人物は貴族として家のために人生のほぼ全てを捧げてきた。

 理事になってからはその地位を確固たるものにして、王族と魔法学園理事会でも無理を言えないくらいの権力がある。


 人生は安泰でこれ以上ない幸せの筈だ。

 野心家にしては


「国を獲るつもりか」

「そんなものに興味など無い。死んだシザース家の馬鹿は自らの国を作ると言っていたそうたが、一国の主人など貧乏くじでしかない。民の奴隷だ」


 仮にも王を支えていた立場の人間とは思えない言葉だった。

 でも、どうしてかそれに僕は共感してしまった。

 国を守るため、繋いだ歴史を引き継がせるため、民の暮らしを守るために身を粉にして働く。

 敵は他国、国民、配下の貴族、そして血縁。

 たった一つの席に座って全ての責任を負わなくちゃいけない。


「そう言われてしまうとやる気が出ないね。ジャック」

「馬鹿を言うな。それでも王になろうとするのが貴様だろうに」

「あぁ。王家に生まれた以上はそれが宿命であり、運命であり、必然だ。愚痴をこぼしても後悔はしない」


 姉さんが嫁ぐから、家族を守りたいから伯爵家の当主になろうとした僕とは違う。

 王子として生まれた。ただそれだけで茨の道を歩いて何の躊躇いもなく責務を全うしようとする。

 そんな彼等だから僕は全力で支えたいと思えた。


「惜しいな。これだけ王に相応しい者が死ぬとは」

「勝手に殺すな。オレ様は絶対に死なない。志半ばで命尽きるなんて御免だ」

「俺もだよ。まぁ、どちらか片方が生き残ればそれでいいしね」

「変な事言わないでくださいよ!その時は僕が盾になりますから」


 相打ち覚悟で突撃しそうな二人の前に出る。

 万が一があれば側近である僕やエリスさんは堪ったもんじゃない。

 この中で一番死んで問題なさそうなのは僕だしね。

 伯爵家の次期当主とはいえ妹はいるし、何なら姉さんの子供に継がせてもいいんだ。


「……クラブ・クローバーか」

「えぇ。貴方を打ち負かしたシルヴィア・クローバーの弟ですよ」


 とはいえ死ぬのは怖いし、僕が死ねば姉さんや家族……ソフィアも悲しむ。

 そうはさせない。


「クローバー家の人間が吾輩を殺しにくるとは因果なものだ」

「因果?……クローバー家とヴラド家には何の関わりも無い筈だ」


 公爵家と伯爵家。

 田舎というのもあるけど、クローバー家はただ家の歴史が古いだけの貴族だ。

 僕の父さんや姉さん。そして僕自身がジャック様の側近じゃなければ数代先には領地の縮小だってあり得た弱小だ。

 殆どの貴族は魔法学園に入学する時にヴラド公爵家へ挨拶するそうだけど、僕や姉さんはしていない。


 それが因果だなんて、何の話だろうか?


「あの生意気な娘は生きているのか?」

「姉さんだったら無事だよ。貴方達のせいで心臓が止まったりもしたけど、今は普通に意識がある」


 目が覚めるまでにどれだけ心配したか。

 この一件が終われば実家にも手紙を出して家族会議をしようじゃないかと思うくらいだ。

 負傷し、今は取り調べを受けているシンドバット皇子達からは姉さんは巻き込まれただけだと話していたけど、姉さんの事だから自分で首を突っ込んだに違いない。

 せめて相談くらいしてくれたら……とは思うけど姉さんがあの日参加しなかったら秘宝は敵の手に渡ってもっと恐ろしい事態になったかもしれないから頭が痛い。


「……そうか………それは良かった」


 ジェリコ・ヴラド。いや、ただのジェリコは安心したかのようにそう言った。

 まるで姉さんの事を心配していたかのように。


「貴方が襲わせたんだろ!白々しいぞ!」

「いいや。あの場にシルヴィア・クローバーが来るのは予想外だった。それに秘宝ではなく私怨に走るほど愚かな娘だとは思っていなかった。シザース家が潰れて当然だったな」


 あの場にいたのは元シザース侯爵家のベヨネッタと、その異母姉妹で今はダイヤモンド公爵家の養子になっているキャロレインのみ。

 キャロレインを連れ去って何かをしたのはこの男に違いないけど、姉さんの怪我については関与していない。

 何がどうなっているんだ?


「あの生意気さ、それに顔が似ている。……血の繋がりというものなのだろう」

「血の繋がり?何の話だ!」

「知らぬのは当然だな。あの人はヴラドの名を、公爵家の地位を捨てたのだから」


 僕の知らない何かを言おうとするジェリコ。

 そして、姉さんの事は上機嫌に話すのに僕へと向ける視線は憎悪に染まっていた。


「シルフィー・クローバー。お前とその姉の祖母はかつてヴラド公爵家の人間だった。吾輩はお前達の大叔父になる」


 会った事はない。けれど知っている。

 若くして亡くなった祖母の名前だ。


「吾輩は憎んでいる。彼女を……姉さんを奪ったクローバー家をな!!」





 それは、貴族として、理事としての仮面を脱ぎ捨てたただのジェリコの心からの声だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る