第二十九話 理事長の本気。
ヴラド邸への侵入は苛烈を極めた。
次々と迫りくるトラップの数々、そのどれもが並の生徒ならば大怪我をする規模だった。
「次、右方向から来ます!」
「くそっ。どれだけ仕掛けてあるのだ!」
風魔法を使ってクラブさんが情報収集をしてくれる。
だけどその数が多くて攻めあぐねている。
わたしも最初は勢いよく戦っていたけど、次第に追い詰められて来た。
「エース。何か策は無いのか!?」
「これだけ侵入を拒むなら間違いなく敵に近づいている。もう少し頑張ってくれ」
エース様が剣を振り下ろして番犬型のゴーレムを斬り殺した。
敵の種類は多いけど人間の姿は無いのが救いです。
相手に意思が無ければ躊躇なく倒せますから。
「大丈夫アリアさん?」
「はい。エリスさんこそお怪我は無いですか?」
「今はまだ。ジャックが頑張ってくれているから」
わたし達の中で人一倍戦闘をしているのがジャック様です。
作戦会議の時に彼は自らその役を引き受けました。
『オレだけ役に立たないだろうからな』
火と水の魔法を使えるジャック様だけど、この中では魔力量が一番低い。
闇魔法に対する耐性も、光属性のわたしやエース様、闇魔法を使えるエリスさんの次になる。
かつては王家に現れる光魔法を使えなくて落ち込んでいたとエリスさんから話を聞きました。
お姉様と出会い、そして昨年の事件を経て自分の役割や実力を冷静に見極めて行動されるようになりました。
彼のおかげでダンスパーティーの会場では怪我人が出ませんでした。
そういう事をやってのけたのに『まだまだシルヴィアには敵わんさ』と言うのは謙遜し過ぎだと思いますけど。
「クラブ!オレ様に合わせろ」
「はい!」
ジャック様の火魔法にクラブさんの風魔法が組み合わさって極大の火柱が立ち昇ります。
周囲の敵を巻き込みながら焼き尽くすその魔法を成功させるのに二人がどれだけの修行を積んだのか、わたしは知りません。
ただ、息の合ったそのコンビネーションはとても美しくてカッコいいと思いました。
わたしもお姉様と一緒に!!
「ふぉっふぉっふぉっ。苦戦しとるの」
「理事長!どこに行ってたんですか」
「ちーとな。じゃが、ここからは本気じゃよ」
巨大なゴーレム達を地面に埋めた後、マグノリア理事長は一人で別方向へ向かっていました。
遠くからでも爆発音は聞こえていたのでサボっていたわけじゃありません。
所々、服の裾が破れたり、焦げたりしているわたし達とは違って無傷なのは実力の差でしょう。
「どれ。出てこいーーールビィ!!」
理事長が杖を地面に叩きつけます。
すると理事長の影から一筋の光が空高くへ舞い上がりました。
「キィイイイイイーーーッ!」
全身に炎を纏いながら長い尾を靡かせて空を飛ぶ鳥。
美しく、溢れんばかりの生命力を感じます。
ルビィと呼ばれた火の鳥は上空を旋回しながら、敵を見つけ次第口から火炎を吐きます。
その火は消える事なく、かといって草木を焼かずに指定された相手を焼き尽くしました。
「あの鳥は……」
「儂の召喚獣じゃ。不死鳥のルビィといってな、この世に存在する数少ない幻獣タイプじゃ」
わたしのユニコーンやお姉様の大蛇と同じとても希少なタイプの召喚獣。
その能力は普通の獣と違っていて、何度も助けられて来た。
同じ鳥でもクラブさんの鷹は攻撃の際に地上に降りる必要があるので反撃を受けやすい。
なので今は空から周囲の様子を窺い、伝令役を果たしている。
それに対して不死鳥は空からの圧倒的なアドバンテージで攻撃をし、火炎攻撃は射程もそれなりにあります。
更に不死鳥であるため、敵からの攻撃を受けて死んだとしてもその死骸は灰になり、再び炎を灯して復活します。
「これが魔法学園のトップ……」
「姉さんやマーリン先生の上がいるなんて……」
エース様とクラブさんが唖然としています。
わたしもその一方的な蹂躙に目を疑いました。
その老人が杖を振れば爆炎が。
その魔法使いが魔力を流せば全てを吹き飛ばす突風が。
その理事長が足元を力強く踏めば土の巨人が現れて敵を踏み潰す。
その男が再び杖を構えると冷気が溢れ出て相手を氷塊にしてしまう。
あらゆる魔法と全ての属性が目まぐるしく切り替わり、時には同時かと錯覚するような速度で淡々と倒していきます。
……この人が万全だったらJOKERなんて赤子の手を捻るように倒せたんじゃないだろうか。
そう思えるような光景でした。
「さて、そろそろトラップもネタ切れじゃろう。儂は念入りに仕掛けを潰して、脱走者がいないかを調べておく。ヴラドの身柄は任せたぞい」
暴れるだけ暴れると、理事長は疲れた様子も見せずに魔法で空へと飛び上がります。
ーーー確かアレって、マーリン先生やお姉様でも疲れるから使いたく無いって言ってた移動方法じゃありませんでしたっけ?
わたしの中で常識や平均というものが崩れ去った気がしました。
「……うーん。道が開けたから進もうか」
「まるでオレ達を導くための舞台装置だな」
「姉さんより非常識な人がいるなんて」
同じ光景を見ていた仲間達も似たような感想を口にしていました。
しかし、助かったのは事実です。
わたし達はついにお屋敷に辿り着きました。
敷地の門を潜ってここまで少し時間がかかってしまいました。
その隙に逃げられているとは思いませんが、何かしらの対策をされているかもしれません。
慎重に扉を開いて中へ入ります。
貴族らしい造りの屋敷ですが、飾りや調度品は思ったより少なくて、元公爵の住んでいる場所なのかと少し気になりました。
まぁ、わたしの場合は比較対象がお城やお姉様の実家なのでなんとも言えませんけど。
「屋敷の何処にいるんだ?」
「エリス、何か見えるかい」
「いえ、
エース様の問いにエリスさんは首を横に振りました。
敵陣へ乗り込んだ以上、素早く行動しなくてはなりません。
「アリアくんはどうだ」
「
見たというより感じたという方が正しいかもしれません。
「でも、これは……」
屋敷の中というより、地面の下から。地下室のような場所があるのでしょう。
そこにハッキリと見える黒いモヤと邪悪な意思。
「僕の風魔法でもそこまで音は拾えませんよ」
「光の巫女の力なんだろうね……やっぱりアリアくんも特別な存在だ」
寄り道をせずに一直線に地下へと進みます。
屋敷の中にも相変わらず人影はありません。
使用人までいないのはどういう事なのかと疑問に思いますが、余計な相手をしなくていいのは助かります。
隠し扉もありましたが、エリスさんがあっさりと見つけて解除しました。
戦闘力は兎も角、初めて見る仕掛けを見破るなんておっかないです。
隠し扉から奥へ進み、開けた場所に出ました。
前にお姉様と一緒に行った図書館の地下みたいな場所です。
そこに一人、石で作られた椅子に座る男の姿がありました。
「よくぞここまで来たな。吾輩の設置したトラップは若造達がどうこう出来る量では無かったはずだが?」
「あんなもの、理事長がいればあっという間でしたから」
「……ちっ。アルバスめ」
舌打ちをして憎々しそうに呟くジェリコ・ヴラド。
「観念しろジェリコ・ヴラド。もう逃げ場は無い」
「逃げはせん。正面から堂々と戦い勝つ。それが吾輩の流儀だ」
思わず後退りをしてしまう程の気迫を出して、ジェリコ・ヴラドは立ち上がった。
「さぁ、かかってこいひよっ子ども」
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