第十四話 お茶会リターンズですわ!

 

 クローバー家の庭に近い規模の庭園にある植物で作り込まれた緑のトンネルを進むと白い円状の建物がある。休憩所などに使われるガゼボだというなんだかオシャレな場所。

 よく晴れた休日の午後、私達はお茶会をしている。


「って、どうしてその子までいるんですかお姉様!」


 メンバーが全員揃った所で、アリアが口を開いた。


「それはわたくしが聞きたいんですの」


 その子と呼ばれたのは期待の新入生キャロレイン・ダイヤモンドちゃん。

 今日もツインテールを揺らしながら不機嫌そうに喋る。


「どなたがいらっしゃるかお話はしていなかったのですか?」

「サプライズして驚かせようと思って」

「シルヴィアさん……それはちょっとダメですよ?」


 やんわりと私に注意してくれるのはエリス・カリスハートさん。

 学園の最上級生で、女子の最大派閥を率いる女王。実は国のためにこっそり暗躍している女スパイ。

 エースとジャクとは従姉弟の関係だ。


「いやー、お茶会を私が主催するなんていう経験なかったからさぁ」


 よく貴族令嬢らしくないと言われる私だけど、貴族として暮らしていた期間よりもお師匠様と旅している時間が長かったのでその辺りの作法がよく分からない。

 最低限の作法やテーブルマナーは長期休みのうちにソフィアやお母様に叩き込まれたから大丈夫だと思う。

 でも、こうやって自分でお茶会を開くやり方までは教わってない。


「いつもはわたしを通して誘ってますもんね」

「あれはお茶会というか、ただ遊び歩いているだけよね」


 アリアの友達である平民の子達はひと声かけるだけで集まるし、気軽に遊びに行ってブラインドショッピングしたりするけど、エリスさんはそういう訳にはいかない。

 派閥を牛耳るだけあって、他の貴族とのお茶会や交流の予定がぎっしり詰まっているのだ。


「今回はエリスさんの予定が空いていて良かったわ」

わたくしはシルヴィアさんのお誘いでしたら優先して参加致しますわよ」


 嬉しい事を言ってくれるわ〜。

 流石、お嬢様としてのお手本よね。私もエリスさんみたいに優雅に振る舞いたいよ。

 エリスさんが道をあるけばみんな見惚れるのに、私が歩くと目を逸らすんだもの。


「わたくしは参加したくありませんでしたの」

「でも、こうして来てくれたじゃない」

「招待状に赤紙を使われたからですの!!」


 椅子から立ち上がってテーブルをバンバン叩くキャロレイン。


「シルヴィアさん?」

「私、何か間違ったかしら……」


 怖い笑みでエリスさんが私を見る。背筋が寒くなってきたんですけど!!


「赤紙って上級生が下級生を招待したり呼び出すために使うものじゃないの?」

「それは身分が高い人が呼ぶ時に使うんですわ。この場合は伯爵令嬢であるシルヴィアさんが公爵令嬢のキャロレインさんを呼びつけるという間違った使い方になりますわ」

「おかげでわたくしはアナタから報復を目的とした果たし状を送られと勘違いされてますの!参加しないとダイヤモンド公爵家の沽券に関わりますの!!」


 どうやら私はとんでもない失態を犯したっぽい。

 下克上がしたくて赤紙出したんじゃないんですよ?信じてください。


「赤紙は強制招集の意味合いもあります。今回の件はわたくしの方で情報を誤魔化しておきますが、くれぐれも今後は注意して下さいねシルヴィアさん」

「恩に着ますエリスさん!」


 私は両手を合わせて頭を下げた。

 無難な結末を頼みます。公爵家なんかに喧嘩売るような度胸無いから私!


「あ、でもお姉様ってヴラド理事に……」

「あの人は元だから!元だからセーフ!」

「いいえ。アウトですの。新入生でも話題になっていますのよ。ジェリコ・ヴラド理事が二年生の学年トップに力負けしたと」


 やってしまってから気づいた事だけど、私ったらとんでもない人にとんでもない事してた。

 スッキリしたけど、貴族派のリーダーに喧嘩売るとか実家に悪影響が出ない事を祈りたい。


「そちらは大丈夫だと思います。ヴラド理事も学生相手に負けたとなれば経歴に傷がつくので、手を抜いていたとか、シルヴィアさんを褒め上げる事で失態を無かった事にすると思いますわ」


 ビビる私にエリスさんが嬉しい予測を立ててくれた。

 うん。そうしてくれた方が助かるわね。


「最初に聞いた時は驚きましたの。貴族社会においてジェリコ・ヴラドに嫌われたら学園にいられないとまで言われているのに歯向かうだなんて」


 今初めて聞いたよ。あのおじさんそんな大物だったのね……。

 ただの嫌な奴としか認識していなかったのよ。本当なんです信じてください。


「でも、あの時のお姉様はわたしのために怒ってくれたんですよね」

「まぁ……あんな言い方されたらね」


 アリアを平民だからって理由で貶すような相手だった。

 私の親友に酷いことするのは見過ごせないわ。


「ありがとうございました。お姉様」


 笑顔でお礼を言うアリア。

 その眩しさに今更ながら少しクラッとする。

 忘れがちだけど、この子は攻略対象達から好かれる正ヒロインだから。ちょっと変態性が濃ゆいだけで、普通にしていると努力家で真面目な美少女だ。


「シルヴィアさんらしいですわ」

「アナタ、いつもあんな事してますの?」


 あんな事とキャロレインが言うのは、彼女が他の令嬢達に囲まれていた件の事ね。


「お姉様は弱い者いじめを見過ごせない優しい方ですから」

「別にわたくしはいじめられてなんかいませんでしたの」

「ちょっとその言い方は無いんじゃないです?」


 キャロレインがいつものツンデレを発揮すると、アリアが反応してしまった。

 初対面の彼女の態度がアリアは気に入らないみたいだった。


「いいのよアリア」

「よくありません。喧嘩を売ってきたのに奉仕活動で済んだのはお姉様が理事長に掛け合ったからなのに、そんな態度は許せません」


 ちょ、アリア!?

 その話はオフレコでって言ったじゃん!


「それは本当ですの?」

「いや、別に……」

「お姉様は自分があなたの分まで罰を受けるつもりだったんです。それを察した理事長が便宜を図って奉仕活動だけの罰にしたんですよ」


 違うのよアリア!

 私はただ冷静になると大人げなかったと思っただけだし、ジザース侯爵家を潰したのに関与してる罪悪感を薄くしたいって自己保身もあるから!

 そんな優れた人格者みたいな持ち上げ方止めて!


「……余計なお世話ですの…」


 か細い罵りを口に出して俯くキャロレイン。

 ほら、耳が真っ赤になってるじゃない!この子、顔に出やすいタイプなのよ。


「は?聞こえないですよ。そんな小さな声じゃ聞こえません。もっとハッキリと大きな声でお姉様に感謝の言葉を!」

「アリア?キャロレインが困っているでしょ。その口炎で溶接しようか?」

「ふぇい……」


 頬を私に抓られて涙目になるアリア。

 見直したと思ったらすぐこうやって自分の株価をさげるんだから。困ったものよね。


「ほらほら、さっさと紅茶飲みましょ?冷めちゃうわよ」


 今日用意したのは、ソフィアが魔法学園の中で見つけた選りすぐりの絶品茶葉で淹れた紅茶だ。


「ソフィアさんがいないのは残念ですね。この紅茶、とても美味しいのでお礼を言いたかったんですが」

「私から伝えておくわよ。お嬢様のお口合って良かったわ」

「お姉様も立派なお嬢様なんですけどね……」


 アリアがぼそりと呟く。

 いやいや、私なんてただの伯爵令嬢なのよ。

 周囲にいる王族や公爵家の人と比べたら遥か格下で、本来のシナリオなら関わりが無いんだから。


「お菓子はわたくしが用意させて頂きましたわね」

「これ、かなり値が張るお菓子ですよお姉様」

「その分美味しいわよ。手が止まらないもの」


 皿の上に置かれたクッキーを私は次々と頬張る。

 学園内の売店なんかで販売されている手作りクッキーと比較すると香りから違うのよ。バターの香りが食欲を刺激する。


「そんなに食べていたら太りますの」

「お姉様は日頃から運動なさっているから大丈夫です。……と言ってもいつもより食べますねお姉様」


 キャロレインが失礼な事を言って、アリアがフォローに回る。

 だけど、いつもを知るアリアもちょっと心配そうに私を見てくる。


「そうなのよね。最近、すぐお腹が空いちゃうのよ。特に甘いものはね」


 デザートは別腹だって言っていたけど、それにしても限度はあると思う。

 なのに私の胃袋は甘いものをどんどん食べても膨れない。日頃の食生活もこってりした料理や揚げ物を食べがちになっている。

 食べた分の栄養はどっかに消えて、お腹が鳴るからまた食べるんだけど、不思議ね。


「……アリアさん。シルヴィアさんってもう……」

「……お父様との約束で卒業まではダメって…」


 パクパクとクッキーを食べていると、エリスさんとアリアが身を寄せ合ってコソコソ話している。

 何の話をしてるのかしら?


「そうだ。ねぇ、キャロレイン」

「なんですの?」

「好みのタイプの男性とかいないの?」

「い、いきなりなんですの!?」


 だって、折角のお茶会で女子が集まっているし。これはもう恋話とかでしょ。


「この間聞いちゃったのは、クラブが好きだったって話しなんだけど、姉としては気になるのよね」

「わたしも気になります!」

「どうしてアナタまで乗り気なんですの?はぁ……。昔の話ですのよ」


 きゃー!認めたよこの子!

 やっぱりクラブってモテるのよね?


「将来有望で、婚約者もいない。魔法の知識も実力も

 わたくしと同等。釣り合う相手だと思ったんですの」


 カッコいいから!なんてのを想定していたらかなり現実目線な評価ね。


「告白とかしたの?」

「いいえ。軽いお誘いはしましたけど、『心に決めた女性がいるから、婚約なんかは考えていないよ』と言われましたので、早々に諦めましたの。結構そういう女性は多かったみたいですの」


 キャロレイン以外にも婚約を持ちかける女の子は多かったのね。

 女性は苦手ですみたいな雰囲気出しているけど、断るのは慣れていそうなのよね。

 まぁ、ゲームでも一週目から選べる最初の三人だもの。モテるわよね。


「心に決めた女性がいるからかぁ……。私に教えずに秘密だなんて、クラブも隅におけないわね」


 お姉ちゃん、全力で応援してあげるのにね。

 邪魔なんてしないわよ。むしろ仲を急速に縮めるためのセッティングをしてあげるわ。

 ところでアリアとエリスさんはどうして頭を抱えているのかしら?


「なら、今は好きな人いないの?」

「悩みどころですの。機会があれば王子達でも良いのですが、あの二人は去年までお見合いを受け付けていませんでしたの」


 エースとジャック。

 二人で王位継承を争っているが、本来ならどちらも既に婚約者がいるべき存在だ。

 それだというのに未だに相手がいないという。


「本当、勿体ないですの」

「ソウダネ」


 まさか二人揃って同じ相手に片思いしていたなんて新入生のキャロレインは知らないみたい。

 そして二人共フラれたなんて知ったら驚くだろう。


「それでしたら安心してくださいね。あの二人、今度からお見合いを始めるみたいなので」


 従姉弟であるエリスさんがそう言った。


「それ本当なんですかエリスさん?」

「えぇ。既に何人かとお見合いの約束をしているようですので」


 良かった。失恋のショックがあるんじゃないかとか心配していたけど、全然平気そうね。


「ーーーただわたくしにはその案内が届いてませんけど」


 ウフフ、と笑うエリスさん。

 どうやら双子、特にジャックは真っ先に案内を出すべき人を飛ばしたみたいね。

 し、知らないわよ私!どうなっても知らないからね!


「エース王子とジャック王子がお見合いなんですね。シンドバット皇子の件もあって、お見合いが流行なんですかねお姉様」


 そうだ。シンドバットもよね。

 わざわざ海を渡ってまで来て、学園で花嫁募集なんて公の前で言ったんだものね。

 ここ最近は女の子達を侍らせて食堂で楽しそうに話している姿をよく見る。


「シンドバット様からなら案内は届いたんですよね」

「わたくしもですの。新入生にも無造作に案内を出しているそうですの」


 学年問わずに花嫁候補を探すなんて……やっぱりただのチャラ男なのかしら?

 私との修行はとっても真面目に取り組んでいたのに、学園にやって来て、正体を明かしてからは全然変わってしまった。


「わたしももらいました」

「アリアも!?私、何も来てない!」


 もらったところで婚約者がいるから断るけど、友達全員がもらって一人だけ何もないと仲間外れにされている気がする。

 私だってモテるんだからね!女の子ばっかりに。


「流行といえばもう一つ。怖〜い話もありますよね」

「新入生でもよく耳にしますの」

「三年生にも広まっていますよ」


 話は恋話から怪談へとシフトする。

 そういうの苦手なんだけどね。


「湖に夜中に怪物か現れるとかでしたっけ?馬鹿馬鹿しいですの」

「他には晴れなのに濡れる図書館の床とかありますね」

わたくしは夜空を高速で飛ぶ光源なんて話を聞いていますわね」


 あれ?死者の怨念とか、動く人体模型じゃなくてただの怪奇現象系かな?

 怖いというか奇妙な話?


「なんだか最近、そういう話が多いですよね」

わたくしも情報を集めていますけど、信憑性が無い話も多い上に数も増えているので裏が取れないのですわ」


 不思議な事件ねぇ…………あっ。


「どうしたんですの?急に立ち上がって」

「いや、何でもないわよ。ちょっと用事があったのを思い出しただけだから」

「そうですの。……紅茶のお代わりを頂いてもいいですの?」


 余程美味しかったのか、空になったティーカップを差し出すキャロレイン。

 私はそこに、まだ温かい紅茶を注ぎながら思い出した事について考えた。


 まだ回収してない隠しアイテムの事すっかり忘れてたけど、どうしよう!?


「お姉様。クッキーが最後の一枚ですけど食べます?」


 ……考えても仕方ない。今度お師匠様に相談しよう。

 次の休みこそはお師匠様の所へ行ってイチャイチャしたいし。


「えぇ。もらうわね」


 思い出した厄介事を脳の隅に押しやりながら、私はまだ食べたりないエリスさんの用意したクッキーのラスト一枚を食べる。

 うん。美味しいわね。


『【おいしいねママ】』


「お姉様?」

「何?アリア」

「………食べカスが頬っぺたについてますよ」

「あら本当だわ。教えてくれてありがとうね」

「いえ、これくらい何でもないですお姉様」


 この後も他愛もない話を続けて、楽しいお茶会の時間は過ぎていくのだった。


















「やっぱり、変なのが一瞬……でもエリスさんは気付いていない?わたしだけ……」



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