第十五話 お師匠様のお客様。
「お師匠様〜!」
お茶会の一週間後。
休日のお昼頃に私は魔法学園内にあるお屋敷を訪ねていた。
元々は前任であるエリザベス・ホーエンハイム、通称エリちゃん先生(これ以外で呼ぶと怒られる)が所有していたお屋敷だ。
庭も広いし、庭の一角には薬草ばかりの畑もあって、アリアが時間を見つけては世話をしている。
そしてこの屋敷は現在、私の婚約者でもあるマーリン・シルヴェスフォウのが住んでいる。
もしも私と彼が結婚したらこの場所がマイホームになるのだろうか?
そんな妄想をしながら、ドンドンとドアを叩く。
なんとあの婚約者様、私が二年生になってから一度も家に呼びつけていないのである。
授業で毎日顔を合わせているし、放課後も雑用係みたいな役割を率先して引き受けているので、関わりが無いわけじゃないの。
ただ、プライベートについて話したり恋人らしく語り合いながらスキンシップしたり……イチャイチャしたいのよ。
クローバー伯爵領にいた頃はあんなに愛を囁いたり、抱きしめたりしてくれたのに、学園に来てからは私にお説教するくらいで、構ってくれないの。
だから今日は、その不満を解消するために一日お家デートをしようとやって来たのだ。
服装も、休日なので制服から私服へ。それも貴族令嬢が着るような堅苦しかったりドレスっぽいものではなく、町娘風の服をチョイスした。
スカートの丈も短めにしちゃって、ちょっと大胆に。生脚だけどお師匠様だけに見せるから平気よ。
上半身も生地の薄いシャツにカーディガンを羽織って……日本にいた頃はジャージかジーパンだった私がよくぞここまで成長したわね。
それもアリアやソフィアのおかげね。アリアが最近のファッションについて調べてきて、ソフィアがそれに合わせて買い揃えてくれた。
言わば三人の合わせ技コーディネート。これでお師匠様を悩殺しちゃうんだから。
しばらくすると、ガチャリと音がしてドアがゆっくりと開いた。
「もう、遅いですよお師匠…様?」
「えっと……君は誰かな?」
ドアを開いて屋敷の中から出てきたのは、私の知らない男性だった。
フワっとした癖のある茶髪で天然パーマの人。身長も高い。
「その、家を間違え……てないわよね」
庭には薬草畑があるし、去年に何度も訪れた場所。なんなら敷地内に入る時に名前の看板まで見て確認したんだもの。
理事代理としての仕事が多くて屋敷を管理する給仕を雇うのが遅れそうだと話していたから、この家にはお師匠様しか住んでいないはず。なら、この人は誰?
「私は魔法学園二年生のシルヴィア・クローバーと言いますわ」
「君がシルヴィアちゃんか!ふむふむ」
名前を言うと男性は興味深そうに私を見た。
いや、だから誰なの!?
「おい。屋敷の主人は私だから出なくていいと言っただろう」
「いやね、僕の方が近いから出たまでさ。君にかわいいお客さんだぜマーリン」
知らない男性に戸惑っていると、奥から見慣れた黒髪で少し目の隈が濃い美丈夫な男性が不機嫌そうに出てきた。
「お師匠様!」
「シルヴィアか?……今日は休日のはずだが何の用なんだ。また何か事件を起こしたのか?」
「違いますよ!ただお師匠様に会いに来ただけです!」
そんな私がいつも問題を起こしているトラブルメーカーみたいな言い方止めてよね。
二年生になって一カ月で三回しか呼び出しからのお説教をされていないんですよ!……いや、多いな。
でも、その内の二回は私悪くないもん!
「もしやこれは、僕は邪魔だったかな?」
天パの人がおどけてみせる。私の姿を見て事件性を予測したお師匠様とは違って気が利くみたいね。
「お師匠様。こちらはどなたですか?」
「そうか、初対面だったな。彼は、」
お師匠様が紹介するより先に男性が口を開いた。
「はじめまして。僕はニール・ダイヤモンドさ」
爽やかそうな笑顔でそう名乗った。
はて、なんだか聞き覚えのある家名が……。
「ーーー彼はダイヤモンド公爵家の現当主だ」
休日にお師匠様の家に押しかけたら、とんでもない大物のお客様がいた。
「いや〜、まさかマーリンがね」
「……なんだその目は」
「何でもないよ」
ニヤニヤとお師匠様を見るニール・ダイヤモンド公爵。
そして、そんな好奇の目が嫌なのか不機嫌そうな顔をするお師匠様。
「えっと、二人はどういう関係ですか?」
玄関から屋敷の中、応接室へと移動した私達。
廊下には未開封の箱や、平積みしてある本があったけど、お師匠様ったら案の定片付け出来てないし……。
この応接室だけは来客に対応できるように綺麗にしてあるけど、お客様へと出すお茶の茶葉を切らしているという。
本当に今日は私が茶葉を持って来て良かったですね!持たせてくれたソフィアに感謝だよ。
「魔法学園時代の友人さ」
「ただのクラスメイトだ」
台所は埃かぶっていたけど、お茶セット一式は汚れていなかったので魔法を使ったちょっとズルい方法で紅茶を淹れた。
まだ温かいカップに口をつけ、ニールさんは笑いながら言う。
「酷いじゃないか。僕と君の仲だろう?」
「私とお前はクラスメイト。それ以上でもそれ以下でもない」
どうも二人の態度に温度差があるんですが。
「どちらが正しいんです?」
「私だ。この男は学生時代から私に付き纏う厄介な奴で、私はその被害を被った」
「酷い言い方だ。僕はただ、天才なんて言われている君の実力が見たくてちょっかいを出しただけじゃないのさ」
「笑いながら土魔法で泥団子を飛ばしたのをちょっかいだと?」
「君は防いだじゃないか。その時に水魔法でずぶ濡れにされたのは僕だからね」
「当然だ」
ふむふむ。今の話から推測すると、学生時代にツンツンしていたお師匠様にウザ絡みしていたのがニールさんだと。
……怖いもの知らずだったのかしらこの人?
「僕とマイトとマーリンの三人でやんちゃしたものさ」
「ほとんどはお前が持ちかけた胡散臭い話に私とマイトが巻き込まれただけだ」
「よく言うよ。最終的には興味津々で無茶を押し通していたじゃないか」
ゼニー商会のマイトさんの名前も出て来た。
お師匠様の数少ない学園時代の友人って事でいいのかな?
「そして三人揃ってホーエンハイム先生に叱られていたなぁ」
「お前のせいで私まで問題児扱いされてしまった。私は悪くない」
やり取りを見ていると、お師匠様は迷惑そうな顔だけど、この人が本気で嫌っているなら何も喋らずに無視するだけ。
だから、こうやって悪態をつきながら会話をしているって事は仲がいい証拠ね。
「お師匠様も学生時代はヤンチャだったんですね」
「シルヴィア。その言い方は語弊がある。私は至って真面目な生徒だ」
「真面目な生徒は魔法で研究室を吹き飛ばさないよ」
「アレは新魔法の開発に必要な犠牲だった」
「ほらね。学生時代からこんな感じの魔法バカだったんだよマーリンは」
「今もですから」
それにしても、実験で研究室を破壊された先生が可哀想ね。
エリちゃん先生がお師匠様をバカ弟子って呼んだ意味が分かったかもしれない。
「有名だったよ。僕が誘ってマーリンが暴れて、それを使ってマイトが儲ける。不都合があったら僕は権力、マーリンは暴力、マイトは財力で黙らせるってね」
「……お師匠様サイテー」
「暴力ではない。魔法を使った交渉術だ」
また私の知らないお師匠様の一面が見れた。
なんだか結構楽しそうな学生時代を過ごせていたのね。
「ただ、当時の僕でもマーリンを庇いきれない所があってね。辛い思いもさせてしまった」
「そもそも次期公爵のくせい私なんかと一緒にいたお前が悪い」
「そんな事を言うなよ。マイトとドラゴン先生の件も手が出せなかったしね」
ドラゴン先生……トムリドルの事か。
お師匠様が天才魔法使いと呼ばれるようになったきっかけの事件にニールさんも関わっていたのね。
「卒業後はそそくさと旅に出てさ、マイトもキャラバン隊で各地を転々としていて僕は寂しかったんだぞ」
「お前には継ぐべき家があっただろう」
一人ぼっちのお師匠様と商会を立ち上げたマイトさんは平民。
でも、ニールさんは公爵家の次期当主。卒業すれば住む世界はまるで違うもの。
「クローバー伯爵の問題も僕に相談してくれれば力になれたのにね」
「あの頃はまだ当主見習いだっただろう。余計な心配をかけさせたくなかった」
仲が良いからこそ、負担をかけたく無かった。
だから旅の途中でもダイヤモンド公爵家には近付かなくて、私もニールさんの事を知らなかったのね。
「マイトに後から話を聞いて悲しかったんだよ。でも、今なら大丈夫だ。僕は公爵様だからね」
自慢げにニールさんは胸を張った。
王家の次に権力のある貴族。その当主ともなれば大きな後ろ盾になる。
もしかしたら今後、お師匠様の大きな支えになってくれるかもしれないわね。
「それで、その公爵様は何の用で私の元へ来た」
「んー、義妹の様子見……だけじゃ無いんだよねこれが」
義妹……そうだ、ダイヤモンド公爵家って言ったら、
「キャロレインの義兄さん!」
「養子だから義理なんだけどね。さっきマーリンから話は聞いたよ。あの子に喧嘩を売られたんだってね」
シザース侯爵家からお金と引き換えに養子になったキャロレイン。
ダイヤモンド公爵家が彼女を迎え入れた理由はニールさんに万が一があった時の保険のため。
「昔から気が強い子で家では大人しいんだけど、よく他の家と問題を起こしていたよ。まさか入学早々に上級生に喧嘩を売るなんてね」
養子が学園で問題を起こして、罰を受けたというのにニールさんは笑っていた。
「あははっ。本当に面白い子だよキャロは」
「怒ったりしないんですか?」
なんとなくだが、養子のくせに家に泥を塗るようなマネをして!とか言ってそうなイメージがある。
キャロレインはただ貴族の道具としての人生を送るのに嫌気が差して魔法を鍛えているけど、それは公爵家としては望んでいないんじゃないか。
「別に。好きにすればいいと思うよ」
「それは無関心だからですか?」
「いいや。僕の両親は金を積んでキャロを引き取ったけど、僕としては実の妹みたいにかわいがっていたよ」
それにさ、とニールさんは付け加える。
「自分が凄い奴だって証明するために全力で頑張るなんて面白いじゃん。僕はキャロがどんな選択をして、どんな未来を歩むか心から楽しみに期待しているよ。もし、何かに困れば全力でサポートするさ」
兄貴ってそういうもんだろ?と目の前の大貴族は笑った。
それが当たり前だという態度で。
「それ、一度本人に言ってあげてくださいね。あの子、結構気にしてそうですよ。誰からも期待されてないって」
「あれ?前に言ったけどね『僕が公爵になったから君は自由だ。好きにするといい』っで」
ちょっと。その言い方じゃ勘違いするわよ。
まるでもう用無しみたいな言い方じゃないのさ。そりゃあ、そんな事を言われたらムキになって好き勝手に暴れるわよ。
「シルヴィア。ニールは昔からこんな奴だ。面白いからと首を突っ込み、言葉が足らずに人を誤解させる」
「えっと、僕ってば責められてる?」
私とお師匠様はほぼ同時に頷くのだった。
「参ったなぁ。じゃあ、公爵領に帰る前にキャロレインに会って言ってくるよ」
「お願いしますよね。キチンと誤解なく思っている事を伝えてください」
私はニールさんに念を押して言う。
口下手な人が何を思っているかなんて心の中を覗かないと分からない。
死にかけたその瞬間に、他人が自分をどう思っているかを知る事になるなんて御免だから。
「私からはこれ以上暴れないようにと伝えておいてくれ。シルヴィア以外にも問題児がいると気が休まらないからだ」
「お師匠様!?それってどういう意味ですか!」
まるで私だけでも持て余すみたいな言い方って失礼だと思うの。
ちょっぴり迷惑かけているかもしれないけど、さっきの過去の話を聞く限りだと学生時代のお師匠様達も大概だからね。
それに、今年度に私が関わった問題は全部私じゃなくて他の人から喧嘩を売られたんだから。
シンドバットの件は正体を隠していたし。
「そうそう。シルヴィアちゃんがヴラド理事とやり合ったって話も聞いたよ。あの人を敵に回すなんて中々やるね」
「違いますよ。あの人が私の友達に酷い態度だったのでちょっとカチンときただけです。勝負になったのは成り行きなんです」
まるで私とジェリコ・ヴラドが正面からバチバチと戦ったような言い方はしないでほしい。
ただ授業内容に沿って抵抗しただけなんだから。
「今回、僕がわざわざ魔法学園まで来た目的なんだけどね。マーリンにも協力してもらって調べたい事があるんだよ」
「何だそれは?」
空になったティーカップをテーブルの上に置き、ニールさんは真剣な顔つきになる。
今までのはただの雑談で、ここからが本命。貴族としての仕事であると言わんばかりに声のトーンも変わってこう言った。
「ジェリコ・ヴラドが『JOKER』の支援者の一人だったかもしれなくてね」
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