第十三話 闇魔法に対する対処法ですわ!

 

 今日の授業内容は闇魔法への対処法だった。

 私達は屋外にある演習場に集まっている。

 歴史や魔法薬学の授業ばかりだったから、こうして久外での実技は久しぶりだ。


 まぁ、私は魔法の練習をバンバンしているんですけどね。

 奉仕活動だったはずの森の開拓。予想以上の成果が出たおかげで正式なバイトとしてオファーが来てしまった。

 魔法の練習をしつつ金が貰えると噂が広まり、学生達に人気の新しいバイトが誕生したのよ。

 ただし、魔法を使えば魔力を消費するので翌日に授業があると魔力が回復しきれないから注意ね。


「闇魔法の対処って何をするんですかね?」

「さぁ。私達は受けても受けなくても良さそうだけどね」


 教師が来るまで暇をしているとアリアが話しかけてきた。

 正直、光の巫女であるアリアと闇魔法が使える私は対抗出来るから必要性を感じない。

 アリアは闇魔法を視認出来るし、どんな呪いも効かない。その上、癒しの力で解呪してしまう。普通の光属性の人は高い抵抗力がある程度なので、どれだけ凄いのかがよくわかる。


 一方の私はどうしてこうなったのか後天的に闇属性の魔法が使えるようになった。

 原作の【どきどきメモリアル!選ばれしアナタとイケメンハーレム】ではシルヴィアはとっても邪魔な嫌な奴として出てくるけど、魔法の才能は無かった。

 それがどうしてか五つつの魔法属性に目覚めるという原作改変をしてしまった。


 おまけに私の持つ力は、同じ闇属性の適性があるエリスさんよりも強いらしい。

 闇魔法を視認出来るし、魔力を乗せた言霊で相手を縛り付ける事が出来るのよ。


「余裕そうだなシルヴィア」

「ジャックは頑張りなさいよね。あんな事にならないように」

「分かっている。もう、あんな無様姿をお前に見せるものか」


 双子の弟で銀髪のジャックは以前、闇魔法を受けて洗脳されてしまった。

 心の闇につけ込まれ、実の兄であるエースと、一緒にいた私を殺そうとしてしまったのだ。


 ジャックの魔法適性は火と水。兄のエースとは違って光属性ではないので闇魔法への抵抗力は人並み程度だった。

 小さい頃は本人もそれを気にしていた。


「期待してるわよ」

「任せろ」


 頼もしい事を言ってくれたジャック。

 誰もが見惚れるイケメンへと成長した彼は、私の自慢の友達ね。

 どうしてか私に惚れるなんていうとんでもないルートが発生したけど、本人はもう気にしていないみたいで安心ね。


「なんだか楽しそうだね」


 ジャックと話しているとクラブが近づいて来た。

 エースだけは私達から少し離れた場所で他の子達と話している。

 王城への訪問や、魔法学園に来る道のりで忘れかけているけど、王子達は互いに自分こそが次の国王に相応しいと競い合っている。

 王位継承争い。我が家はクラブが正式に継いでくれそうだから私は楽ちんよね。


「今日の授業はマーリン先生が担当じゃないみたいですね」

「お師匠様は闇属性の魔法が使えないのよね」


 あの人は闇魔法だけ使えないのよね。

 本人の仕事環境や性格はブラックなんだけど。


「闇魔法を使える奴は少ないからな。その中でも学園の教師ともなれば……」


 闇魔法は人を呪ったり、苦しめることに特化していて歴史上の犯罪者や王族を暗殺しようとした者、闇の神の使徒として暴れた者がいる。

 光属性持ちと真逆の評価がされるのが闇属性の使い手だ。

 エリスさんも闇魔法を使える事は公表していない。

 私達二年生の中でも使えるのは私だけだ。


「理事長かしら?」

「授業を受ける生徒数を考えるとマグノリア理事長は無理じゃないかな……そもそもが学園を留守にしがちな人だし」


 理事よりも更に多忙な理事長は無理と。

 それじゃあ、一体誰が?

 首を捻って考えていると、教師用のローブを羽織った男性がやって来た。


「待たせた。吾輩が今回の闇魔法についての授業を引き受ける事になったジェリコ・ヴラドである」


 彫りの深い顔で、白髪混じりの背筋がピンと伸びている初老の男。

 気難しそうなその人の名を聞いて、クラスメイト達がざわつく。

 それもそのはず。まさか理事が直々に授業を持つとは誰も思っていなかったからだ。

 ジェリコ・ヴラド……この人がお師匠様を嫌っている理事の人なのね。直接顔を見るのは初めてだわ。


「授業の内容は簡単だ。吾輩の使う闇魔法を受け、そして耐える。それだけだ」


 低く、それでいて威厳のある声。

 元公爵家の当主という過去は伊達じゃなくて、人を従わせるような雰囲気がある。

 生徒もおしゃべりムードではなくなって静かになった。

 私はみんなの前に立つ男性から漏れ出す黒いモヤを見た。隣にいるアリアもそれを確認したようで、お互いに顔を見合わせて頷く。

 貴族派の理事達をまとめる男が闇魔法使いだったなんて驚いたわ。


「名前を呼ばれたら一人ずつ前に出るのだ。闇魔法を受け、耐えることが出来れば合格。倒れれば失格だ」

「あの、失格になったら何か罰とかあるんでしょうか……」


 一人の生徒が手を上げて発言した。

 対処法の説明も無しに合格だの不合格だの、まるで試験みたいよね。


「諸君らの成績がそのまま担任の評価に繋がる。ただそれだけだ」


 その言葉を聞いて、特に罰が無いことに安堵したのか、質問者はほっと息を吐く。

 だが、私は違う。


 それってつまり、お師匠様の評価が悪くなるのよね?

 お師匠様を理事の代理に認めるための条件で担任を押し付けた本人が、厳しい試験でお師匠様の評価を下げるような真似をするってマッチポンプじゃない。

 明確な嫌がらせよコレ。


「闇魔法をかけられた者は目覚めない可能性がある。しかし、このクラスであればその心配はあるまい。光の巫女は誰だ」

「わたしです」


 光の巫女と呼ばれてアリアが前に出る。


「平民か。……まぁいい。闇魔法を受けて倒れた者がいたら解呪しろ。その程度はこなせ」


 アリアの姿を見て、ジェリコ・ヴラドの視線が険しくなった。喋り方も人を見下すような感じだ。


「あの、倒れた人の人数が多いとわたしの魔力でも足りないかもしれないんですが」

「魔力が少ない証拠だな。これだから平民の分際で魔力を手にした者は……。では、生徒から五人倒れた時点で授業を終了する」


 そう言って、もうアリアに興味は無いと言わんばかりに生徒を並ばせ始めたおっさん。

 なんだか腹が立つわね。

 アリアの魔力はこの学年でもトップクラスよ。光の巫女は凄いんだからね!


「それでは始める」


 杖を取り出して生徒へ向けるジェリコ・ヴラド。

 何かを呟いて杖を振ると、その杖の先から黒いモヤが発生して生徒を覆い尽くす。


 他の人には黒いモヤが見えていないけど、呪いを受けた生徒が苦しそうに地面に崩れ落ちると、小さな悲鳴があがった。

 外傷もなく突然苦しみ出して倒れる。


 これこそが闇魔法の恐ろしさ。


「まず一人。解呪だ。さっさとしろ」

「分かりました」


 倒れた生徒を心配する様子もなく、アリアにアゴで命令するジェリコ・ヴラド。

 倒れた生徒をアリアの光の魔法が包み込むと、苦しそうな表情が和らぎ、黒いモヤが消滅した。

 目を覚ました生徒はアリアにお礼を言うと、列から抜ける。


「今のが闇魔法だ。基本的な対抗策は無い。精神が虚弱であれば飲まれやすいので、闇を拒む強い意志をもてば僅かに抵抗できる」


 基本的な対抗策が無いって、授業の意味!!と心の中で叫んでしまう。

 いや、もしかして闇魔法がどんなものかを間近で見て一度味わう事で恐ろしさを伝えるのが目的なのかしら?


「次は……エース王子か。光属性の力、期待しておりますよ」

「期待にお応えしましょう」


 再度振られた杖。

 王子であるエースが闇魔法の黒いモヤに包まれる。


「……これは中々…」


 しかし、流石はアリアと同じ光属性の持ち主。

 エースが魔力を放つと、黒いモヤ達は霧散していった。


「お見事。このままを維持していただきたい」

「えぇ、なんとかしてみせます」


 少しだけ疲れた顔になったエースだけど、きちんと二本足で歩いている。

 これにはジェリコ・ヴラドも難癖つけられないわね。

 相手が王子だからか態度も軟化している所を見ると、アリアに対して物言いが厳しい事に私は納得いかない。


「次の者、早くしない」

「はい。次はこの私、シルヴィア・クローバーが受けます」


 前に立っていた生徒の何人かに順番を譲ってもらい、感じの悪い嫌な奴の前に出る。


「お前は……いや。なんでもない」

「?」


 ジェリコ・ヴラドは私の顔を見て、一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに頭を振って表情を引き締めた。

 私の顔に何かついてた?顔は洗ったはずなんだけど。


「成績が学年トップだと聞いている」

「はい。師匠であるマーリン先生のおかげですわ」


 軽く嫌味を言うと、さっきの戸惑いとは一変して眉がピクリと動いた。


「そうか。あの半魔の弟子か」

「えぇ。闇魔法への抵抗には自信がありますので、多少強めにしていただいても大丈夫ですわ」


 デフォルトでシルヴィアに備わっている嘲笑を発動させる。

 横暴な態度やアリアへの接し方、お師匠様への嫌がらせに対して、私は機嫌が悪くなっていたからね。


「いいだろう。では、本気を出してやる。泣き事を言っても知らんぞ」

「お構いなく。そちらこそ、ちゃんと魔法をかけてくださいね」


 互いに少し口角を上げる。

 列の後ろでクラブとジャックが心配そうな顔をしているのが見えたけど安心して。


 このおっさんの鼻をへし折ってやるから。


「では、いくぞ」


 再度、杖が突き出され、そして先端から黒いモヤが発生する。

 本気というのは間違いないようで、エースの時とは比較にならない量が出てきた。

 どうも嫌がらせにしては手加減をしてくれていたようね。


 今更そんな事に気づくが、黒いモヤは私を絞め殺すように纏わりつく。

 ドス黒い感情と力が内側に侵入してくる。


 この感覚は覚えている。トムリドルの罠にかかった時に不安や恐怖心が溢れて、視界が狭まり、自分で正常な判断が困難になる。

 そのまま他人に身を委ねたり、言われるがままの行動をとってしまい操られる。


 ーーー結構キツいわね。


「耐えられるはずがない。自分の非を認め、謝罪するなら手を止めてやるぞ」

「ご心配無く。まだ行けますわ」


 でも、限界じゃない。

 あの日、トムリドルが使った相手を殺すレベルの闇魔法に比べたら全然だ。

 抵抗するために私も闇属性の魔法を使う。

 ジェリコ・ヴラドと私の黒いモヤ、闇属性の魔力がぶつかり合う。


「下手をすれば意識を失い目覚めなくなるぞ!」

「まだ大丈夫だって言ってるでしょ」


 生憎と魔力だけならたっぷり余裕がある。

 それになんだか、黒いモヤの中心なのに少し余裕があるくらいに感じて来た。

 アリア視点だと今の私って真っ黒な塊なのかしら?と思考を割くくらいには。


「馬鹿な。いくら同じ属性とはいえ、この魔力量、耐性はありえん!」

「せんせー、ギブアップなら素直に言ってくださいよね」


 調子に乗って煽ると、外野から「お姉様ストップ!」とか「姉さん相手を考えて!」なんて聞こえてきたけど無視。

 これは私とこの男の意地の張り合いだ。


「………ぐっ」


 膝をついた。

 力比べに限界が来て、荒く息を吐いたのはジェリコ・ヴラドだった。


「ご指導ありがとうございましたヴラド先生」


 私もじんわりと額に汗をかいているけど、疲労感は特に無い。

 むしろ高揚感のようなものが湧き上がってくるような感覚だ。


「くっ、無駄な魔力を消費した。次の生徒、前に出なさい」


 悔しそうにそう言った男の前から移動してアリアの側に行く。


『【やったね。ママ】』


 本当に良かった。これで私の機嫌も直るってものよ。

 笑顔でサムズアップすると、アリアは心配そうな顔で私を迎え入れた。


「大丈夫ですかお姉様?何か体に変化は無いですか?」

「心配いらないわよ。私はちょっと疲れただけ。あちらはかなりヘトヘトみたいだけどね」


 次の生徒へと飛び出す黒いモヤは弱々しかった。

 これなら大した耐性を持っていなくても耐えれる人が出るはずよ。


「最初の方に並んだのはこのためか」

「正解よエース。序盤であれだけ汗かいていたら最後まで持つかわからないでしょ」


 苦笑いするエースに説明する。

 このまま進んで五人を下回れば条件達成だし、途中で魔力切れになればジェリコ・ヴラドの方の株が下がる。

 あれだけ偉そうな態度だったんだから、頑張ってもらいましょうかお爺さん。


「やれやれ。シルヴィアらしいというか、力技だね」

「それがお姉様ですから」


 呆れたような顔をするエースとアリア。

 何よその残念な者を見るような表情は……。


 この勝負は私の勝ちだからそれでいいの!


『【ママ!うれしいね】』


 そう思うでしょう?
























「気のせい?」


 エース王子と楽しそうに話すお姉様。

 ただ、さっきの一瞬に黒い闇の中で何かが蠢いた。そんな気がしたのはわたしの見間違いなんだろうか?


「おい。一人倒れたぞ。早く解呪するのだ」

「分かりました」


 呪いによって倒れた人に光の魔法をかける。

 うっすらとした少量の黒いモヤが消えて、クラスメイトの呼吸が楽になって目を覚ます。


「ありがとうアリアさん」

「いえ。一応は治しましたけど具合が悪かったら後から保健室に行ってくださいね」


 そして授業が終わる時には合計で四人の解呪をわたしはした。

 ジェリコ・ヴラド理事が出した条件よりも少数でお姉様は盛り上がっていたけど、その時には違和感を感じた黒い闇は姿を消していました。




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