第十二話 お使いですねお師匠様。

 

『シルヴィア、私の代わりに使いを頼む』


 そう言われて渡されたのは学園の地図。印がついている場所は魔法学園の広い敷地内の端っこだった。

 魔法学園はとにかく広くて大きい。学校一つで都市一つ分の敷地面積だ。

 生徒が利用する売店はもちろん、子供に会いに来た親のための宿、魔法による実験で野菜を育てるための農場や牧場まで幅広い施設が充実している。


 校舎群や生徒寮に近いほど人気があって客足も多い。人が集まらない地区は家賃は安いけど売り上げも少ない。

 私がやって来たこの地区も、そんな寂れた場所の一つだった。


「この辺は初めてね」


 お店らしき建物がいくつもあるけど、カーテンが降りていたり、錆びれて倒れた看板が地面に転がったりしている。

 生徒も何人か見かけるんだけど、みんな雰囲気が暗いというか……柄が悪そうな人が多い。


「本当にこんな場所にあるのかしら?」


 独り言を言いながら地図を頼りに進む。

 お師匠様からのお願いだから引き受けたけど、正直後悔している。

 毎日のように仕事に追われているお師匠様の力になれるのは嬉しいけど、か弱い女の子を一人でお使いに出すなんてどうなのかしら?

 二人で一緒ならデートになるのになぁ。


 密かに特訓をしていて、身体強化の魔法だけでもその辺の男子生数人には負けない自信があるけど、それとこれとは別。気持ちの問題なのだ。


「ここ……よね?」


 案内用の青い鳥すら飛んでいない地区で、辿り着いたのは昭和の駄菓子屋さんみたいな店だった。

 建物に植物のツルが巻き付いているし、街灯のようなものが無いので夜は遠慮したい。

 潰れてるのか開いているのか分かりづらいけど、オープンしたばかりの店なのよね。


「ごめんくださーい。誰かいませんか?」


 薄暗い店内に顔を入れて店員を呼ぶ。

 しかし、少し待っても返事はなかった。


 おかしいわね。お師匠様の元に手紙が届いたのだから、営業しているはずだし、店の看板にも『ゼニー商会 魔法学園支店』と書いてあるんだけど。


「出かけてるのかしら」

「ーーー御用ですかお客様?」

「っ!?」


 出直そうと思った直後、耳元で声がした。

 驚いて仰反る。私の背後に誰か立っていたのだ。


「驚かせて申し訳ございません。ゼニー商会 魔法学園支店の店長を務めていますセブルでございます」


 笑顔で接客しようとしているその人は、前歯が何本か欠けていて、頭の半分以上を包帯でグルグル巻きにしていた。


「ど、どうも。お師匠様……じゃなくて、マーリン先生の代理で来ました。シルヴィア・クローバーです」

「お話は商会長から伺っています。よろしくお願いしますクローバー先輩」


 笑顔が、笑顔が怖いんですけど!!

 というか、この野戦病院から抜け出したみたいな人が私より年下なのにビックリよ。


「その、歯と頭の包帯って……」

「前歯は階段でコケまして。頭は幼い頃に火傷をしまして人様に見せられるような状態ではございませんので」


 コケて前歯折るって、痛そう。頭の火傷も痛々しいのかしら。

 アリアとお師匠様の力を合わせたら治せないものかしらね?

 とりあえず怪我については置いておいて、私は気になる事を質問した。


「セブルさん。ここがお店で合っているのよね。なんだか予想していたイメージよりちょっと……」

「それなんですがね。実はーーー」


 王都で一番勢いのある商会がどうしてこんな店構えをしているのか、セブルさんが語ってくれた。


 最初は学園の中心街からちょっと離れた場所に小規模ながらに立派な店を構えようとしたらしい。

 前の店をしていた人が卒業して潰れたばかりなので設備は整っているし、開店までの手間を省ける予定だった。

 しかし、そこにギリギリのタイミングで参入してきた店が空き店舗を購入していたのだ。

 優先順位はゼニー商会にあると学園側に掛け合ったが、上からの圧力で後から来た店がその場にオープンしたらしい。

 泣く泣く残っている場所で妥協したのがこの辺境だった。


「ふざけた話ね。上からの圧力って何よ」

「学園の理事会の方で名前はジェリコ・ヴラド。貴族と太い繋がりのある人でございます」


 聞いた事ある名前だった。

 お師匠様がエリちゃん先生の代理になった事に大きな声で文句を言っている人だったわね。


「本来、私共の営業するはずだった場所には貴族の方ご用達の魔法道具店が開店しています。外国からの珍しい商品も大量に仕入れているそうで」


 悲しそうに店内を見るセブルさん。

 私の目から見ても、この店内の品揃えは酷い。これなら自分で薬草を採取したり中古で他の人から譲ってもらう方が品質は良いんじゃないだろうか。

 王都で見た、お師匠様の同級生であるマイトさんの経営する店と同じ名前には思えないわね。


「本来であればこちらから出向いて挨拶しなければならないのにご足労願い、その上にこんな見窄らしい店内をお見せしてしまって申し訳ございません」

「そんなに気にしていないから大丈夫よ。だから頭を上げてよね」


 何度も何度も腰を低くして謝ろうとするセブルさん。

 本来にこの人を支店長にして良かったのかしら?


「ゼニー商会の魔法学園初の店舗がこんなのでは、商会長に合わせる顔がございません」

「そうよね……。お師匠様にどうにかならないかお願いしてみましょうか?」


 お師匠様も実物を見ていないだろうから、実際にこの場にくれば事の重大さに気づくはずよ。

 昔からお世話になっているマイトさんの為にもなるんだから、力になってくれるわよね。


「本当でございますか!?ありがとうございます」

「任せなさい。ここよりはマシな場所を探してくるわ」


 私だってゼニー商会には開発したおもちゃや便利グッズを作って販売してもらっているわけだしね。


「シルヴィア様が来てくださって良かったでございま……うぇっぷ…」


 私が胸を張って答えると、セブルさんは感極まったのか口元に手を当てて吐きそうになってしまった。


「大丈夫?」

「よくある事でございます。自作の薬を飲んで休めば治りますのでご安心ください」


 そう言って、セブルさんは店の奥にある居住スペースへと消えて行った。

 一人しかいないお店なので、今日はもう店仕舞いをするとか。


「早くどうにかしてあげたいわよね」


 黒いオーラみたいなのが出ていたし、セブルさんは運が無さそう。顔色も悪かったし、人相があまり良くない上に気配も薄そう。


「帰ってお師匠様に報告しましょうかね」


 ゼニー商会の支店に顔出しをするというお使いも達成したわけだし、こんな寂れた場所からさっさとおさらばだ。


 ジェリコ・ヴラド。まだ会ったこと無いけど、お師匠様の件や今回の店の割り込みといい、私は好きになれそうにないわね。

 どんな人物か詳しい所までは知らないから、エリスさんに聞いてみようかしら。

 カリスハート家って貴族社会の情勢なんかに詳しいみたいだし。

 他にもキャロレインだったら情報を持っていたりするのかしら?


 そう思いながらの帰り道。私は地図を無くして迷子になるのだった。























 〜とある生徒視点〜



「今日も頑張らないとな」


 魔法学園に隣接している大きな湖。

 暗い夜道の中、その湖畔を俺は走っていた。

 月明かりしかないような時間に走っているのには理由があった。


 それは女の子にモテたいという願い。


 なんでも魔法の腕を磨くならまずは体力作りが効果的だと同じバイト仲間に聞いたのだ。

 この学園では見た目や家柄は兎も角、魔法の実力があれば注目を集められる。それが狙いだ。

 走る時間は夜限定。昼間に誰かに見られてしまうとダサイと思われてしまうから。

 陰で努力している俺ってばカッケーな!という気分に浸るためだ。


「お前もそう思うだろハム吉?」

「チュウ!」


 洋服の胸ポケットから返事が聞こえる。

 有能な相棒もこう言っているのだ。俺の未来は明るいな。

 鍛えて肉体美を手にし、魔法の実力もあって召喚獣は愛くるしいハムスター。


 フハハ!貴族がなんだ、王子がなんだ!!

 俺の時代はすぐそこまで来ているぞ!


「チュ、チュウ!」


 押し寄せる女子の群れをどう切り抜けるかと妄想をしていると、ハム吉が急に騒ぎ出した。


「どうした」


 立ち止まってポケットを覗くと、ハム吉が何かに怯えるように震えていた。

 俺はその姿を見て、周囲を確認する。


 人の気配は無し。茂みから獣が飛び出してくる様子も無い。

 というより、この湖畔は昼間はデートスポットや釣りの名所になっていて、獣達は近寄らないはずだ。

 ならハム吉は何に怯えている?


「怖くなってきたせいでブルっちまうじゃ無いか」


 緊張の糸が張り詰めて、ついトイレをしたくなった。

 茂みには近寄りたく無いし、いっそ湖で用を足してしまおうか。

 これだけ広い湖なら、薄まってくれるだろう。同じ水だし!

 名案だと自画自賛し、湖の前に立ってズボンのベルトを緩めた。他に誰かが見ていたら注意されただろう。


「止めれるもんなら止めてみろって」



 ーーーポチャン。



 ーーーゴゴゴ。



 ーーーゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。



 穏やかな湖が波打った。

 眼前に広がる湖の中に、俺は何かを見つけてしまった。黒い影だ。

 その黒い影が水底から水面へと迫り上がって来るじゃないか。





「キシャアアアアアアアア!!」





 巨大な何かが吠えた。

 それは細長く、鱗のような表皮の化け物。

 見るもの全てを食い殺しそうな、そんな本能的な恐怖が俺を襲った。


「ひいっ!」


 腰のベルトを掴んだまま、腰が抜ける。

 でも、早くこの場から逃げないとアレに喰われてしまうかもしれないという恐怖。


「うわぁああああ!?母ちゃーん!!」


 薄暗い月明かりの下でよく見えなかった化け物に背を向けて情け無い声を出しながら、地面に這いつくばった俺は逃げた。

 起き上がろうとして、何度も躓いてコケた。

 泣きながら鼻水を垂らしながら必死に逃げだのだ。



 その後、寮に戻って気づいたんだが、ズボンがずぶ濡れになっていた。



 ハム吉と窮地を脱したのに、翌日から俺のあだ名『お漏らし君』にされてしまった。


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