第十一話 シルヴィアは見た!

 

 キャロレインと二日連続で奉仕活動をした日から一週間とちょっとが経った。

 特に大きな問題もなく、平穏な日々を私は過ごしている。


 お師匠様は授業と理事の仕事で板挟みになりながらもなんとか生きてます。なんでも新作の栄養ドリンクの効果が凄まじく、いくらでも徹夜が出来ると話してくれました。

 ……ちょっと危ない気がするので、今度の休みはお師匠の屋敷に行って無理にでも寝かしつけようと思ったわ。あの人、何でも自分でしようとして自部の体を追い込んでいるから。

 現役学生で婚約者の私が遊びに来たら流石に手を止めて休んでくれるかな?


「しっかし……ここどこ?」


 私は今、校舎の中で迷子になっている。

 二年目でしょ?と思うかもしれないが、この学園の中は複雑怪奇な迷路みたいな作りになっていて、慣れない子達は案内係の魔法で作られた青い鳥が導いてくれる。

 それを開発したのはまだ学生だったお師匠様で、長年放置していたせいで悪事に利用されたりしたが、今は普通に稼働している。

 なので私も青い鳥を利用して知っている道に出ようとしたのだが、呼んでも来ないのだ。


『今日は定期的なメンテナンスをするから利用出来ない。いつまた怪しげな仕掛けをされているから分からないからだ』


 青い鳥が来ないことに文句を言ってしばらくのちに、お師匠様が朝のホームルームで言っていた事を思い出した。

 よりにもよってこんな日に迷子だなんて……。

 ちなみに迷子になった理由は、放課後に図書館で読みたかった本を借り、なんとなく寮までの近道ルートを探していたら袋小路。

 ぐにゃぐにゃ過ぎて元の道すら覚えていない。どうしてそんな事したのよ私。


「ま、いずれどこかに出るでしょう」


 特に急ぎの用事も無いし、いつも誰かといるからたまには一人で散歩するのもいいかもしれない。……という言い訳をしておく。


 そのまましばらく歩いていると人の声がした。

 人通りの無いエリアだったので、誰かに道を聞けば助かるかも!

 そう考えは私は声のする方へ進むと、ちょっとした中庭のような場所に辿り着いた。

 学園の校舎群の中にはこうした緑のある場所がいくつもある。花や自然を見て精神をリラックスさせようという設計者の意思らしい。


 そんな配慮をするならもっとわかりやすい校舎を設計して欲しい。

 変な隠し部屋とか作らずにさ!!


「最近、でしゃばり過ぎよ」

「いい気になるんじゃないわよ」

「目障りなのよ」


 声のする方に近づきはしたが、何やら険悪な雰囲気のようだ。会話の内容も穏やかじゃない。

 こっそり茂みの影から覗き込むと、派手な髪型をした貴族の女生徒達が数人集まっていた。そして、誰かを囲んでいた。


「わざわざこんな場所に呼びつけて、言いたい事はそれだけですの?」


 取り囲まれている子の声に聞き覚えがあった。

 それは私のよく知るオレンジ髪のちびっ子だった。


「なんですって!生意気よ」

「そうよそうよ。貴族ですらない妾の子のくせに!」

「娼婦なんでしょ?あなたの母親。父親に捨てられたらしいじゃない」


 どうやら悪口を言っている子達はキャロレインがダイヤモンド公爵家の養子だと知っているようね。

 それにしても娼婦で妾の子ね。思い出すのはいかにも悪い貴族ですって顔のジザース侯爵。

 娘思いな所はあったように見えたけど、ベヨネッタ限定だったみたいね。一人娘って言ってたし。


「父親はとんでもない悪人だったらしいじゃない」

「姉も最低な人間だったわね」

「潰れて正解だったわね。あなたの実家」


 嫌味ったらしく、笑いながら言いたい放題の女生徒達。

 妙な既視感というか、似たような目に私も遭ったし、ゲームだとシルヴィアはあんな感じでアリアをいじめていたのよね。


 しっかし、馬鹿な子達。相手はキャロレインよ?学年一位の実力で私を手こずらせるくらい強いんだから、仕返しされちゃうわよ。


「話はもう終わりましたの?」


 日頃から言われ慣れているのか、キャロレインはけろっとしている。

 私に喧嘩を売るくらいだから精神的にも図太いわよね。まるで効いてなさそう。

 そんな彼女の態度が気に入らなかったのか、一人の貴族令嬢がこう言った。


「ふん。そんなかわいげが無いからクラブ様に相手にされないのよ!知っているのよ。あなたがクラブ様の事が好きだったって!!」


 え、私初耳なんだけど。


「クラブ様にお近づきなりたいからってシルヴィア様にもちょっかい出しているんでしょ?」


 おいおい。それ本気なの?

 クラブに近づくために私に喧嘩を売ったの?恋する乙女なの?


「はぁ……。そんなのは昔の話ですの。今は特定の殿方に恋していませんし、シルヴィア・クローバーについては腕試しのつもりでしたの。何を言い出すかと思えば」


 呆れた様子のキャロレイン。

 なーんだ、現在進行形でクラブが好きなら紹介してあげたのに。

 クラブったら好きな女の子の話をしても言葉を濁すのよね。どうせなら私みたいなタイプを好きになってもらいたいけど、その話をすると苦虫を噛み潰したような顔をするし。

 ……私みたいな子が嫌いなのかしら?


「もい終わりですの?わたくしは忙しいのでこれでサヨナラですの」

「ま、まだ話は終わってないわよ!そんな態度をしたらこの子がどうなってもいいの!?」


 この子って誰?

 角度的に喚いている子が何を人質にしているのか見えないけど、キャロレインの動きが止まった。


「そうやって大人しくしなさいよ」


 私に似た子だからすぐに反撃するかと思っていたら、人質を取られていたのね。

 それなら納得だわ。


「……覚えておきなさいですの」

「あなたこそね。生意気に逆らうから痛い目に遭うのよ。これ以上でしゃばれないようにしてあげる」

「痛めつけてあげるわ」


 悔しそうに唇を噛むキャロレインに何かしようとする

 令嬢達。

 魔法を使おうとしてる子もいるし、これはそろそろ盗み見してる場合じゃないわね。

 私は諦めて茂みから出る事にした


「ちょっと貴方達。何してるのかしら?」

「シルヴィア様!?」

「ど、どうしてここに!」


 私の事を知っているのかとても驚いた顔をした令嬢達。


「お散歩していたら賑やかな声がしてね。楽しそうな事やってるじゃない」


 迷子になって道を聞こうとしましたなんて言えないので、適当な事を言っておく。

 令嬢達は見ない顔で、全員一年生かしらね?


「おほほ。よかったらシルヴィア様もいかがです?私達、この女を躾けている所ですわ」

「聞いていますわ。シルヴィア様がこの女のせいで罰を受けたと。ここなら先生方の目もありませんわ」


 おい君達。私がそんな意地悪で陰湿な事をすると思っているのかい?

 私は降りかかった火の粉を払うだけで、誰かを好き好んでいじめりなんかしてないわよ。


「ちっ。余計なのが来ましたの」

「助けてあげようとしたのにその言い方は無いでしょ」


 舌打ちをしてくれたキャロレインに近づく。

 いじめっ子達は私が味方になると思っていたのに、彼女らとキャロレインの間に立ったのを見て驚いていた。


「シルヴィア様?その子は貴方にとって邪魔な、」

「そうかもね。この子のせいで私も被害を被ったし」

「なら、私達と一緒に、」

「でもね。この子は一人で怯む事なく私の元へ来たわよ。それに比べて貴方達は数を集めて人質まで用意して……恥を知りなさいよ」


 喧嘩をするなとは言わない。

 ここより治安のいい日本だって女同士の嫌がらせはあった。

 でも、寄ってたかって魔法まで使っていたぶるのは許せない。人質なんて一番私が嫌いな方法だ。

 見てしまったからには見過ごせないわ。


「で、でも……」

「一度だけチャンスをあげる。『立ち去りなさい』」


 今すぐにでも視界から消えて欲しかったので、ちょっとだけズルをする。

 魔法を使っても監視の目が無いなら平気よね。

 黒いモヤを浴びた令嬢達は気分が悪くなったのか、顔を真っ青にして一目散に逃げて行った。

 その時に何かが地面に落ちた。


「あんなに急がなくてもいいのに。そうは思わない?」

「今の様子、普通ではありませんでしたの。まさかアナタ……」


 腕っぷしだけじゃなく、頭も良い方なのかキャロレインは何かに気づいたようだった。


「秘密にしておいてね。情報が広がると面倒だから」


 乙女ゲームの破滅フラグ持ちの悪役令嬢が闇魔法を使って他人に命令するなんて、そんなの悪者扱いよ。

 闇魔法の制御や対策のために特訓はしているけど、他の魔法と違って制限や謎が多いのよね。

 エリスさんも完璧には使いこなせないし、普段は絶対使用しないらしい。

 マグノリア理事長だったらより詳しく知っていそうね。


「そうだ。キャロレインったら反撃しなかったけど、あの子達に何か人質にされていたの?」


 この場には私とキャロレインしかいない。

 他に誰かが捕まっていそうな気配はしないけど。

 周囲を見渡しても、何も無い。あるのは逃げた子が落とした物だけ。


 私は芝生の上に落ちていた物を拾い上げた。

 それは年季の入った、ボロボロのクマのぬいぐるみだった。


「返してくださいですの」


 私がぬいぐるみをまじまじと見ていると、横からキャロレインが奪い取った。

 そしてぬいぐるみに付いた土や葉っぱを丁寧に取り除く。


「え、もしかして……」

「そうですの。この子が人質になっていたんですの」


 汚れを取ったクマのぬいぐるみを大事そうに両手で抱えるキャロレイン。

 容姿がちびっ子なのもあってよく似合う。


「何ですのその目は」

「かわいい趣味ですね」

「違いますの!わたくしにとってはこの子だけが特別ですの!」


 さっきまでの図太くて強気な態度は何処へやら。

 キャロレインは顔を赤くして抗議した。

 ぬいぐるみを沢山集めて愛でているんじゃなくて、このクマだけが彼女にとって大切な物らしい。


「サンダース……じゃなくて、このぬいぐるみはわたくしが幼い頃に命の恩人から頂いたものですの。それ以来大事に扱ってきたのですが、どうもあの人達はわたくしが留守にしている間に忍び込んで持ち出したようですの」


 あら、名前まで付けているのね。

 それにしても人の部屋に忍び込んで物を盗むなんてとんでもない連中ね。

 私だったら不法侵入してきた相手をエカテリーナに拘束させちゃうわよ。アリアみたいに。


「取り返せて良かったわね」

「……ふんっ。わたくしだけでもどうにか取り返せましたの」


 そっぽを向いてそんな事を言ったキャロレイン。

 こ、こいつ〜!と私は彼女を睨みつけそうになった。


 でも、違う方向を見て耳を赤くしたキャロレインが「お礼は言っておきますの。……ありがとう」と言ったので口元がニヤニヤしてしまった。


「素直じゃないわね」

「何ですのその顔は!またわたくしに投げ飛ばされたいんですの!?」

「そんなのもう嫌よ。次は負けないんだから」


 照れ隠しなのか、私の事が嫌いなのか、キャロレインはリンゴみたいに真っ赤な顔でギャーギャーと喚き散らすのだった。

 その後、道に迷った事を恥ずかしながら言うと「アナタ、本当に二年生ですの?」と言われた。

 そのまま寮まで案内してもらった私でした。

























「準備はどんな感じ〜?」

「まだ鍵が見つかりません」

「困っちゃうねー。手がかりとか無い感じ?」

「膨大な魔力。もしくは巫女の力を持つ者が何かヒントになるかもしれません」

「………なるほどね」

「今しばらくお時間を」

「人払いもしておきなよ。バレたらヤベーから」

「はい」


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