第十話 秘密組織の会合。


 魔法学園の中でも、比較的校舎に近い場所にある喫茶店。

 学生が経営し、従業員も学生でお菓子やお茶が美味しいと密かに人気のお店にわたしはいた。


 お店の雰囲気とは違って店員が何故か武闘派だったり、オカマだったりするのがちょっとマイナスイメージのお店だけど、それくらいの方が会合には丁度いい場所です。


「それでは今年度一回目の会合を始めます」


 本日貸切の看板がドアにかけられた薄暗い店内でわたしは宣言する。

 用意された席は大きな丸いテーブルが中央にあり、それを取り囲むようにメンバーが椅子に座っている。


「あー、質問いいか?この覆面苦しいんだが」

「ここは秘密の会合です!その銀髪をしまって下さい!」


 早速、メンバーの一人がわたしお手製の覆面を外してその整った顔と人目を引く銀髪を露出しようとした。

 何のための覆面か理解されていないのでしょうか!?


「ちぇ。わかったよ」

「アリアさん、一応王子様だからね。無礼にならないように」

「そこ!無闇に名前を出さない!わたしの事は隊長と呼んでください」


 迂闊に名前を呼んだ弟様に注意する。

 どうしてこう、雰囲気を理解してくれないのだろうか。わたし達はお互いを隠し合って話を進めなければならないのに。

 これだけ名前と顔のしれた方々が一同に集まって仲良さげに話している所を他の人に見られてしまっては騒ぎになる。

 それがきっかけでわたし達組織の存在がお姉様にバレてしまうような事態は避けなければならない。


「では隊長さん。こうして俺達を集めたのは定例会のためなのかい?」

「いい質問ですNo.4。今回は緊急事態が発生したので召集しました。……ズバリ、ここ最近お姉様に近づく悪い虫についてです」


 No.4と呼ばれた腹黒金髪王子の質問に答えます。

 この人は立ち回りも上手ですので、こちらのやり方に合わせてくれました。


「あれは一週間前。授業が始まった日の事です」


 あの日、マーリン先生のお手伝いをしていたお姉様は、遊ぶ予定をしていた友達に集合時間に遅れてしまうことを伝えるため、わたしを先に行かせました。

 何事もなく合流したわたしは友達とお姉様を待っていましたが、いつまで経ってもお姉様の姿が見えなかったんです。


 不安になって様子を見に行くと、石畳が捲れて土の部分が露出し、そこいらに穴ぼこが出来ているという惨状でした。

 近くのベンチで寝ていた職員は爆風で吹き飛ばされて顔に真っ黒な煤を付けていました。


 何があったのかと、目撃者の生徒に問いただすと、新入生の少女とお姉様が言い争いをし、突如魔法を使った戦闘が始まったというのです。

 駆けつけた時には戦闘は理事長によって止められ、騒ぎを起こした二人は連れて行かれた後でした。


「その翌日、お姉様は奉仕活動に連れて行かれ、帰って来たかと思うとあの女の話を!!」

「キャロレイン・ダイヤモンドか。また厄介なのに絡まれたなシルヴィアも」


 お姉様はちょっかいを出してきた女の話をしました。

 しかも、どうやらその女の事が気に入ったと話したのです。

 わたしですらお姉様に初めて会って、友達になるのに数日かかったのに、たった二日で!お姉様の方から友達になったというのです!


「何ですかあの新入生!」

「アリアさんはご存知無いですわね。彼女は由緒あるダイヤモンド公爵家の令嬢です。とはいえ、養子のようで、その辺りは複雑な家庭の事情があるようです」


 最後の一人、覆面のNo.3が貴族社会での情報を教えてくださいます。

 普段とは違う場所で人前ではしないような覆面にちょっとワクワクされていた彼女ですが、きちんと自分の役割を把握しているようです。


「エリスねぇ、苦しくないか?」

「ちょっと。真面目に参加する気あるんですかNo.6!」


 さっきから自由過ぎやしないだろうかこの人。この中で一番の新参者だというのに。


 わたしが作ったこのお姉様ファンクラブは会員せいで、早いもの順で会員ナンバーが振り分けられる。

 No.1がわたしでNo.2はソフィアさん。そこからエリスさん、エース様、クラブさん、ジャック様と続いている。

 その次にわたしの平民友達がいて、そこまでが一桁組としてファンクラブの運営に携わる。それ以降は二桁組と呼ばれて、もうすぐ三桁組が登場する。


「キャロレイン・ダイヤモンドさんか……」

「No.5はお知り合いなんですか?」


 覆面の目の部分から、眼鏡が見えるNo.5が苦々しそうに名前を口に出す。


「ダイヤモンド公爵令嬢は社交界でも有名でね。礼儀作法やマナーは普通の貴族と同じようにこなせるんだけど、魔法使いとしての実力が高い者に勝負を挑む癖があるんだ」

「流石に王族や同じ公爵家にはそんな事しないが、爵位が低い連中はその被害に遭ってな。クラブもその被害者だ」


 双子コンビが解説をしてくれました。

 ……もう、銀髪の方に注意するのは諦めましょう。


「それでどうなったんですか?」

「あの頃はまだ僕も今のような実力が無かったので、引き分けにするのが精一杯でした」


 なんと、No.5と引き分けとは。

 彼は風魔法の才能が高く、去年は男子の中で総合成績一位という天才です。

 流石はお姉様の弟。飛び級もしていて、将来有望とされている方と同等の実力とは……。


「聞いた話では、彼女は今年の振り分け試験でトップの成績のようですわ。土魔法だけでシルヴィアさんと渡り合うなんて凄いですわよね」

「初日からシルヴィアに勝負を挑む度胸は凄いよな。オレ様だったら遠慮したいぞ。痛い目にあったし」


 身震いをした銀髪の王子は二度もお姉様に負けている。

 一度目は操られたお姉様に。二度目は自分が操られて聖剣を持っている状態で。


 二人の会員が言う通り、この学園で正面からお姉様に喧嘩を挑む人間なんていない。

 嫌がらせや、悪口を言う人はまだいるかもしれないが、魔法での勝負なんて勝ち目が無いからだ。

 この場にいる全員が学園でもトップクラスの実力者しかいないけれど、何の準備も無しにお姉様と一対一で戦えば勝つ自信は無い。


 それくらい強いお姉様の実力は三年生と二年生の間では常識になっています。

 どうやら例の女は、噂でしかお姉様を知らずに戦いを挑んだようです。決着は着かなかったようですけど。


「って、決闘の話はもういいんです。問題なのはお姉様があの女を気に入ったという事です!」


 少し話がズレてしまいそうだった。

 わたしが一番問題視しているのはお姉様があの女を気に入ったという事。

 話を聞いて遠くからその姿を確認しに行ったのだ。


 女子の中でも小柄なわたしより更に低い身長。幼子のような柔らかそうな肌、童顔に不釣り合いな自信に溢れた瞳。長いツインテールのオレンジ色の髪の毛。

 容姿だけなら確かに優れていたし、同性であるわたしもかわいいと思ってしまった。(どうも本人はかわいいと言ったり身長をからかうと怒るらしい)


「かわいらしいですわよね彼女」

「僕は苦手ですね。キーキーと高い声で怒ってくるので」

「クラブは同い年でよく突っ掛かれていたからな」


 貴族の社交界でも容姿の評判は悪くないようですね。


「どことなく昔のシルヴィアに近い雰囲気があるよね。俺がまだ幼い頃の」

「くっ……小さい頃のお姉様っ!!」


 わたしとエリスさんが知らないお姉様の幼少期。

 あぁ、その頃のお姉様も今と同じく凛々しくて美しく、それでいてちょっとほっとけない危うさを持った美幼女だったのでしょう!

 お世話になっていたクローバー伯爵領で遊んだリーフちゃんのように!もっと早く魔力に目覚めてお姉様と出会っていれば!!


「アリアくん。悔しいのは分かるが、机に額を叩きつけるのは止めてくれ。怖い」

「お見苦しい所をお見せしました」


 普段は冷静な腹黒王子がドン引きしていたので、素直に謝ります。

 お姉様のことになると我を失いやすくなるのがわたしの短所です。


 平民なのに魔力に目覚めたせいで、周囲から距離を置かれたわたし。

 珍しい光属性という事もあって魔法学園でも陰口を言われたり、直接手を出そうとする人もいました。

 男性からは容姿のせいでいやらしい視線を浴びせられる事もしばしば。

 そんなわたしとお友達になって、いつも手助けしてくださったのがお姉様です。


 あの人がいたから今のわたしがいる。いつまでも側にいたいから魔法の鍛練も勉強だって頑張れる。

 わたしはお姉様から多くの物をいただいた幸せ者だ。

 この思いが一方的なもので、愛は報われないとしても、そのそばに居続けたい。


「だというのに最近はあの女の話ばかり……しかも妹みたいって……」


 お姉様の実の妹はリーフちゃんだけ。あの天使のようなかわいい子がお姉様の妹だというのは納得いく。

 ソフィアさんはお姉様と姉妹のように仲睦まじいが、キチンと主人と使用人という線を引いている。

 わたしはお姉様の友人。その中でも親友という立ち位置にいる。

 わたしがシルヴィアさんをお姉様と慕い、彼女もまたわたしを妹分としてかわいがってくれていたのに!!


「なぁ、こいつは光の巫女だったよな。嫉妬の炎しか見えないんだが」

「ジャックはもう少し女心を理解した方がいいですよ。お姉さんからの忠告ですわ」

「いや、エリス姉。これは女心で片付けていいのか?」


 外野が何か言っているけど、わたしの中の悪魔が囁く。

『やっちゃえば?』と。


「わたしがあの子より強いと証明すればお姉様は振り向いてくれるんですかね」

「アリアさん。これ以上強くなるなんてどこを目指しているの?姉さんもそうだけど、もう十分に強いからね?」


 わたしがお姉様の強さと美しさに惹かれたように、お姉様も彼女の実力に惹かれたのではないか?

 ならばわたしが更なるパワーアップを果たせばお姉様はメロメロになる?


「俺としてはそうまで心配する必要はないと思うよ。シルヴィアに地位の高い令嬢の知り合いが増えたのは利益になると思うし、ダイヤモンド公爵令嬢に手を焼いていたのは俺達もだしね。これを気に落ち着いてくれると助かる。それにアリアくん。今はまだシルヴィアの方から一方的に近づいているだけなんだろう?あちら側が歩み寄っていないならそう焦る必要は無いだろうさ」


 覆面を少し持ち上げ、器用に紅茶を飲む第一王子。


「甘いですよ。そんな甘い考えだならお姉様にフラれるんです」

「ブッ!?」


 飲みかけの紅茶を溢したNo.4。膝の上に落ちて熱そうだ。


「堕ちるのは時間の問題です。お姉様の返事を悠長に待った結果、別の人に奪われたのを忘れたんですか?」

「ちょっとアリアさん!相手は王族だから!」

「はははっ。言われてるぞエース」


 わたしは項垂れるNo.4を笑うNo.6に指を差す。


「あなたもです。先手を打たないで後手に回れば印象は薄くなるんですよ!」

「ぐはっ」


 図星を突かれて崩れ落ちるNo.6。それを見たエリスさんが優しく頭を撫でる。

 ……覆面の上からでも分かるけどご満悦そうだ彼女。


「アリアさん。もうそこまでに」

「ハッキリと口にしないと伝わらない事だってあるんです。例え距離が近い身内だとしても!」

「うっ…(チーン)」


 お姉様はわたしを家族のように迎え入れて、クローバー伯爵領での長期休暇を過ごさせてくれました。

 わたしの心が狭いのは理解しています。お姉様にお友達が増えるのは一向に構いません。


 でも、その中でもわたしの優先順位は高くして欲しいんです。

 どうしても一番になれないのは散々見せられてきた甘い光景で受け入れています。マーリン先生は超えられません。あれは無理。

 しかし、その次くらいにはーーーって、どうしてクラブさんまで意識を手放しているんだろう?


「ぷはっ…。それで、アリアさんはこれからどうしたいのですか?」


 いい加減暑くなったのか、覆面を脱いだエリスさんがわたしの意見を聞いてきます。


「お姉様に正直に話してみようかと思います。正面から思いを伝えるのが大切なので」


 邪魔で息苦しい覆面をテーブルに置いて、わたしはそう言いました。

 結局は言葉のやり取りが一番なんだと。


「それがいいですわね。また後日、どうなったかの結果を教えてください。今度はシルヴィアさんも一緒に女性だけでお茶会をしましょう」

「はい。それじゃあ早速行ってきます!ありがとうございました」


 背中を押してくれたエリスさんにお礼を言ってわたしは喫茶店を飛び出した。

 目標はソフィアさんと一緒に用事で出かけているお姉様の所ら。



 お姉様!そんなポッと出の女よりもこのアリアを愛してください!

 そのためならわたし、何でもしますから!!

 あなたのアリアが今、行きまーす!




















「ぶぇっくしょん!!」

「大丈夫ですかお嬢様?」


 乙女らしくないくしゃみをした私の顔を、ソフィアが心配そうに覗き込む。


「大丈夫よ。きっと誰かが私の噂でもしてるのよ」


 多分そう。……ただ、寒気がしたから風邪の可能性も少しあるかも。


「今日はここまでにしましょうかシルヴィア教官。ソフィア殿もお疲れの様ですし」

「お嬢様。マチョ様の言う通りです。今日はもう体を休めましょう」


 私を気遣ってくれたソフィアの申し出に従って、私達は稽古をつけてくれた黒光り筋肉のマチョにお礼を言って寮に戻る事にした。








 その夜、ネグリジェ姿で突撃してきたアリアをエカテリーナで拘束して、朝まで放置した。

 どうやら私の感じた悪寒はアリアのようだった。







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