第九話 伯爵令嬢&公爵令嬢
雲ひとつない青空。木々に囲まれていて空気も美味しい。
春の穏やかな日差しを全身に浴びながら、私は大きく息を吸い込んだ。
「あー、絶好のお昼寝日和ね」
「ちょっと!サボらないでくださいまし!!」
緑色のつなぎを着たキャロレインに怒鳴られてしまった。
「別にサボってないわよ。私の方はひと段落したし」
積み上げられたのは伐採された木。風魔法によって切断され、綺麗な断面になっている。
一方でキャロレインの方は、ゴーレムを使って地面に埋まっている岩を除去していた。
「アナタも土魔法が使えるって知ってますの。こちらを手伝うんですの」
「アー、モウ魔力ガ……」
「わたくしの目を見て喋りなさいですの!」
昨日、校舎前で派手にドンパチしていたはずなのに二人仲良く土木作業をしているのには理由があった。
私達は学園の規則に違反して、理事長であるアルバス・マグノリアから直々にお叱りを受けた。
今日はその罰として、学園の外れにある森を開拓しているのだ。
「どうして公爵令嬢であるわたくしがこんな泥まみれの作業を」
「自分の胸に手を当てて考えなさいよ」
上級生に喧嘩を売っておいてよく言うわね。
まぁ、それを買ってしまった私も言い逃れは出来ないんだけど。
理事長からのお叱りの後、お師匠様からもお説教された。
私としてはこっちの方が効果があって、今朝は夢の中ですら正座していたのだ。
今頃、クラスのみんなは教室で授業を受けているだろうが、私とツインテールの少女は今日一日、奉仕活動をさせられる。
「それにこんなみすぼらしい服」
「つなぎで良いじゃない。制服なんて着てたら汚れるし、スカートよりズボンが動きやすいわ」
靴も革靴じゃなくて長靴が用意されていた。
「わたくしは慣れないから動きにくいですが、アナタはやけに着こなしていますのね」
「まぁ、たまにこれ着て農作業とかするからね」
クローバー領でも空いた時間を使って領地の農家を手伝ったりしていた。その前にも、旅の途中で宿が満室で泊まれなかった時に労働力になる条件で農家の家に泊めてもらったりもした。
人一人が道具を使って作業するよりも魔力にものを言わせて畑単位で耕す方が早いしね。
お師匠様は魔力の無駄遣いだなんて言ってたけど、農家の人にはとっても感謝されていたわ。
「……本当に貴族令嬢ですの?」
おい、どうしてそこで首を傾げるんだ。
私だってれっきとした伯爵家の娘。社交界に顔を出した回数なんて数えるくらいしかないけど、必要なマナーについては教わっている。最低限はこなせるはずだ。
「それにしても、全然進まないわね」
「これだけの広さですの。一日じゃあ無理に決まってまいますの」
既に太陽は真上まで登っている。
朝から説明を受けて作業をしているのにゴールは見えない。
作業をしている森は、かつて隠されていたアイテムを入手するためにエースとお師匠様の二人と一緒に探索した森。
通称、迷いの森と呼ばれていた場所だった。
今までは深い霧が年中あって、立ち入りが禁止されていたけど、私達が聖剣を回収してお師匠様が結界を破壊したことによってただの森になった。
理事長はこの森の一部を開拓して新しい研究施設を建てようとしていて、私達は便利な重機代わりというわけだ。
伐採している木の中には魔樹と呼ばれる物があって、こちらは魔道具なんかに使われる便利な素材なので、その確保も命じられた。
「もう、こんな事やってられませんの!わたくしは帰りますの!」
いつまでも終わらない奉仕活動に嫌気が差したのか、キャロレインは軍手を地面に叩きつけた。
「こんな事をしても魔力の無駄。何の意味もありませんの!」
「そうかしら?」
プンプンと怒る彼女に私は言う。
「土魔法の練習には丁度いいじゃない。農作業や土木作業をする事で土に触れ合い、理解を深める。そうすれば魔法を発動する時の力加減や、その場の土がどんな魔法に有効か把握出来るわ」
火や風と違って、土や水は環境に影響されやすい。
特に土魔法は大地の上じゃないと発動しないのもあるので、土いじりは切っても離せないものだと思う。
そのことをお師匠様に進言すると、何やら難しいことを言い出して論文を書き始めた。
結果として、何かしらの賞を受賞したと言っていたっけ?
「確かに、一理ありますの。豊かな土地の方が制御しやすいですし、魔法学園は地脈の上に存在していて昨日も魔法の普段より発動時間が短縮していたんですの」
しゃがみ込み、素手で土を握って魔法について語るキャロレイン。
私から見るとつなぎを着たちびっ子が土遊びをしているようにしか見えないから絵面が面白いんだけど、言ったら本人が怒りそうなので黙っておく。
「ここならわたくしの能力を最大限に発揮出来る……しかし、他所では」
「普段から土を持ち歩いたらどう?」
私がアドバイスを言うと、「こいつ何言ってんだ?」って顔をされた。
「日頃から背中に土を背負って、その土だけ魔力を練り込んで最上級にするのよ。それならどこでもいざって時に使えるでしょ?」
見栄えこそ最悪だけど、土の種類や栄養によって変化するなら、その方が強そう。
そういう漫画のキャラクターとか、どこかで見た覚えがある。
「馬鹿馬鹿しいですが、ひとつの参考にさせていただきますの」
唇を尖らせてキャロレインはそっぽを向いた。
ただ、その耳が少しだけ赤くなっているのを私はバッチリ見た。
ツンデレってやつね。
「しっかし、キャロレインってば凄いわよね。普通の公爵令嬢なのにあんなに強いだなんて。あんな風に戦い方が上手い女性なんて初めてよ」
魔法ではなく戦いが上手い。
普通に生活していればあんな戦闘センスは磨かれない。
私の場合は破滅して国外追放とかになって、一人で生きていく事になったら荒ごとに巻き込まれる可能性もあると身に付けた。
旅の途中でも誘拐されたり、獣の群れに襲われたりしたものよ。
「……わたくしは強くなくては生きていけませんでしたので」
「公爵令嬢なのに?」
知力ではなく魔法力と戦闘力に振る意味は特に無い。
普通の貴族令嬢は結婚して子を残すことが最優先され、魔法もそこそこ使えれば良いのだ。
魔法学園に通う子達だって、一番の目的は上位のクラスになって自分の能力をアピールし、優秀な結婚相手を探すことなんだから。
「昨日も少しだけ話しましたが、わたくしは元々シザース家の生まれですの」
確か、そう言ってたわね。
私が足を止めて話を聞いたのも彼女がベヨネッタの妹だと名乗ったからだ。
「よくある話ですの。姉は多重属性、わたくしは土属性のみ。普通ならば姉だけがチヤホヤされて終わるはずだった」
だった……と過去形ってことは何かあったのね。
「ですが、このわたくしは幼いながらに当主であるシザース侯爵の魔力を超えていましたの」
トムリドルに殺されたあのおっさんがどれだけの実力だったのか知らないけど、子供ながらに強い力を持っていたのね。
うちのクラブと同じようなタイプかしら。
「当然、わがままな姉はわたくしのことが気に入らず、愛人の子だったわたくしを父も愛さず、酷い扱いを受けていましたのよ」
どこか他人事のように話すキャロレインだけど、その内容は私の予想以上に重そうだった。
「ある時期にジザース侯爵家の財政が傾いていましたの。そんな時にダイヤモンド公爵家が養子を募集していましたの。なんでも正室様が新しい子を産めなくなって、今いる時期当主にもしもの事があったら代わりがいないと。わたくしの祖母は元ダイヤモンド公爵家の令嬢だったのですぐに売られたんですの」
あるあるなんだろうけど、やっぱり闇が深いよね貴族社会。
私が憧れていたお姫様みたいな生活が出来るのってごく一部だけだよ。
「ダイヤモンド公爵家の方々はそんなに悪い人でも無かったですし、年の離れた義理の兄はそのまま何事もなく当主になりましたの」
それは良かった。
ベヨネッタなんかの妹として虐められるよりはマシよね。
「家庭教師も付けていただいたし、わたくしはそれなりの家に嫁ぐだけ。ですが、本当にそれでいいのか悩みましたの。あんなのに馬鹿にされて、売り飛ばされて、家のおこぼれでまた他の家に嫁がされる。そんな人生はまっぴらごめんですの」
拳を握り、口から出る言葉に熱が乗る。
「だから誰よりも強くなって、わたくしの実力で全てを黙らせますの。姉より、ベヨネッタよりも強く優秀であり、ダイヤモンド家の中でも歴代最強として語り継がれるために。わたくしの力を認めさせるために!!」
強くなくては生きていけない。
強くなくっちゃ価値がない。
それが彼女の生きる力。
「なんか凄いわね」
「嫌味ですの?」
「違うわよ。その逆境をバネにするやる気よ」
私だったら公爵家に引き取られた時点でやる気失くしてる。
破滅フラグなんてものが無ければ、ここまで頑張ってこれなかった。
家族に危機が迫ってなければお師匠様の旅について行くことも無かったでしょうね。
「私に喧嘩を売った理由って、ベヨネッタの代わり?」
「それもありますけど、一番はわたくしの実力試しのため。あらゆる魔法使いを超えてわたくしが全てを手にするためですの」
あらゆる魔法使いを超えるって、お師匠様や理事長もってこと?
だとしたら大きく出たわね。
「シルヴィア・クローバー。アナタは何のために強くなりましたの?王子達の求婚を断った聞きましたけど、アナタは何のために魔法使いとしての力を鍛えますの?」
「私はただ、やりたい事は全部やって、その瞬間、瞬間を必死に楽しく生きる。それを邪魔する障害を取り除くためかしら」
どうにも私の幸せな未来には破滅フラグだの、厄介な敵だのが介入してくる。
だったら、そんなのは私のこの力でぶち壊す!
……なんだか考えが脳筋な気がするけど、気のせいよね。
「ーーー噂以上に変な女ですのね」
「貴方こそ、そんな態度じゃ友達出来ないわよ。せっかく見た目はかわいいんだからもっと愛想良くしないと。……私みたいに悪役令嬢呼ばわりされて怖がられるわよ」
今朝の事だけど、すれ違った新入生達が私を見て逃げて行った。
私に対する悪いイメージを払拭したかったけど、既に手遅れになってそう。
「かわいいですって!?わたくしは美しいんですの。かわいさなんて求めていませんの!」
いやいや、それは無理があるよ君。
小さな身長で凹凸も無く、童顔ツインテールなんて役満よ。
生意気で、高飛車なお嬢様キャラ。……これは刺さる人には刺さる。
「いや、ほらやっぱりかわいいって。ロリコンにモテるわよ。合法ロリよ」
「わたくしを子供扱いしないでくださいまし!」
顔を真っ赤にして、ムキーと怒るキャロレインだけど、なんだかそれすらかわいい。からかいたくなる。
ソフィアとも、アリアとも、エリスさんとも違う。
一番近いのは実家にいるリーフ。
そうだ、妹属性だ!
アリアは妹分って感じであって妹そのものでは無い。一方で、キャロレインはどっちかというと昔の私に似ている。養子という境遇はクラブのよう。
つまり、私の妹みたいなものじゃね?
「……何か変なこと考えているんですの?」
「イエ、ナニモ」
「わたくしの顔を見て喋りなさいですの!」
とりあえず私は、この弄りがいの……からかいがいの………威勢の良い後輩をかわいがってあげようと思った。
ベヨネッタやジザース侯爵家が潰れたきっかけは少しは私にあるわけで、その罪滅ぼしじゃないけど、これはちょっとした気紛れだ。
もしも私じゃなくて原作のままのシルヴィアがいたら彼女には違う人生があっかもしれないから。
あ、二人でサボっていたのがバレて次の日も奉仕活動でした。
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