ホワイトデー特別編

 

「はい姉さん。コレ」


 バレンタインデーから一ヶ月が過ぎた頃、クラブがラッピングされた小さな箱をくれた。


「あれ?今日って何の日だっけ」

「ホワイトデーだよ。忘れたの?」


 そうか、そういえばあったわねそんな日が。


 ゲームとか日本の企業ってバレンタインデーをガンガン宣伝するけど、そのお返しのホワイトデーっていまいちパッとしないのよね。

 バレンタインは日本のお菓子会社達がチョコレートを売るために必死なんだけど、ホワイトデーは渡す品物もばらばらだし、男の人ってそういうのを忘れちゃったり蔑ろにする人がいるよね。


 私も女子高生だった頃は仲の良い友達に友チョコ渡すくらいだったからホワイトデーはスルーしてたよ。


 クラスの中でとある少女がクラスの男子全員にチョコ渡して、翌月に何のお返しが来るかをまとめて自由研究にしてたわね。

 結果としてお返しをしてない男子は女子から最低評価貰ったし、三倍返ししない子はケチって言われてた。

 ただ、その女の子が渡していたのは市販の板チョコを溶かして型に入れて固めただけのを一個だけ義理チョコで渡していたんだよね。……人間って強欲だわ。


「今まで殆どバレンタインデーすら経験しなかったからすっかり忘れちゃってたわ」

「姉さんらしいや。開けてみて」


 私の場合はお返し目当てで配ったわけじゃないけど、こうやって律儀に用意してくれるとありがたいわね。


 包紙を剥がして、中にあった箱を開ける。


「まぁ、花柄のハンカチね」


 色とりどりの花が刺繍されたハンカチ。

 きちんとクローバー家の紋章と私の名前もあって一目で誰のものか分かりやすい。


「肌触りがとても気持ちいいわね」

「それは魔法生物の毛皮から作られていてね、水魔法で簡単に洗濯出来るし、繰り返し使っても吸水性やサイズが縮んだりする事も無いらしいんだよ」


 何それ超便利じゃん。

 化学繊維が少ない代わりに獣の皮を使った繊維の開発は進んでるのね。

 魔力を持った魔法生物、魔獣ならではの性質ってことか。


「姉さんってばよく怪我したり、喧嘩したりするでしょ?だからそういう時にすぐ使えるものを選んだんだ」


 血を流す前提なのかよ!私だって手を拭いたり口元を拭く時に使うわよ!

 ……昨年度はそういう機会が多かっただけだし。


「クラブ様、お嬢様、こんなところに…」

「見てみてソフィア!クラブからハンカチを貰ったのよ」


 自慢げにメイドに見せつけると、ソフィアもポケットから色違いのハンカチを取り出した。


「私とお揃いですねお嬢様」

「ーー実はソフィアからも貰ったから姉さんと同じ品を…」


 別に落ち込んでないわよ。ただ、ドヤ顔した私が恥ずかしいだけ……うぅ…。


「そうだ。お嬢様、王城の方からお荷物が届いています。王子達からのホワイトデーの品かと」

「エースとジャックから?」


 どうやら私の周囲の男性陣はイベントをマメに覚えている人ばかりのようね。

 荷物は既にリビングに運び込まれていた。長期休み中に泊まりに来ている先にアリアが先に待っていた。


「お姉様。わたし宛にも届いてました」

「アリアもエース達に渡してたの?」

「はい。お姉様がお城にプレゼントを送る時に一緒に。ただ、大したものじゃなくて普通のチョコレートだったんです」


 だとしても王子にチョコだなんて普通の子には出来ないわよ。しかも長期休み中だし。

 意外と私の知らない場所でフラグが立っていたりするのかしら?


「先にジャックからね。……これはまた」

「わたし、こんなの着られないんですけど…」


 エースのと比べて一回り大きい箱を開けると、ビロード生地のドレス風のパジャマが入っていた。

 アリアなんて寝巻きを持っていなくて大きめのシャツ一枚だったのに、いきなり最高品質のを渡されてもね……私だってこんな派手そうなの着ないわよ。


「メッセージカード付きですね。『このパジャマは母上が気に入った職人に作らせた。そっちのメイドから聞いたスリーサイズを元に作り上げたオーダーメイド品だからきっと気にいるだろう』ですって」

「ソフィア?」


 何を勝手に乙女の秘密を教えているのかな?


「申し訳ありませんお嬢様。……流石に王族の方に詰め寄られては断り切れず。今日まで口止めを命じられておりました」


 ごめんなさいと頭を下げるソフィア。

 貴方は被害者だったのね。仕方ないか……。


「え、待って。お姉様の使用人だからサイズ知っているのは分かるけど、どうしてわたしのまで?」

「アリアさんはチョコを作るのをお手伝いしたじゃありませんか。あの無駄に再現度の高い等身大を」

「あ……あぁ…っ!?」


 あー、あのゲテモノね。見た目だけじゃなくてサイズにまで拘ったのね。手が滑って溶けた媚薬入りの。

 自業自得じゃないの。


「しかしお嬢様。そのパジャマはとんでもない品です。なにせジャック王子の母君と言えば……」

「ロ、ロイヤルパジャマ!?王妃様と同じって事か!」


 なんてものを贈り物にしてんのジャック!たかが伯爵令嬢が王妃と同じとか恐れ多いわよ。

 えー、どのタイミングで着るのよ。普段使いとかしてられないわよ。最高品質の高級品じゃない。


 隣にいたアリアはあまりの値段の高さに脳がフリーズした。

 平民が一生手にする事が無いくらい高いものだものね。


「エースの方は大丈夫よね?」


 無自覚お金持ちムーブのジャックは置いといて、エースならきっと空気を読んでくれるわよね?

 同じくらい高級品とか、反応に困る代物じゃないよね!?


 小さな箱を持つと少し重かったので中身が不安になる。

 ええい、ままよ!

 勢いよく蓋を開けると、その中には壺?みたいのと細長い棒が入っていた。


「お姉様。こちらもカードが、『ジャックが選んだ品と被らないように俺は衣類じゃない物にしたよ。普段から愛用しているお香を贈る。気分を変えたい時に使うといいよ』だそうです」

「あー、香炉なのねコレ」


 お香とはまたお洒落な品を。

 ご丁寧に使い方とお香本体が売ってあるお店の地図まで入っていた。

 香炉自体は高そうだけど、置き物として使えるし、お香も好きなのを選べるから楽しみが広がる。


「これですよお姉様。こういうお嬢様っぽいのが欲しかったんですわたし」

「ビロードのパジャマもお嬢様っぽいわよ」

「……雰囲気だけ味わいたいんです。肌触り良すぎると慣れなくて逆に眠れなさそうです…」


 うん。分かるよその気持ち。

 サイズピッタリのオーダーメイドパジャマは気持ち悪いぞジャック。そういう所だぞ?


「お嬢様。伯爵様からこちらを」


 お父様から貰ったのは口紅。しかもお母様と同じ種類の物だった。

 あー、お父様的は母親と同じちょっと高めの化粧品を貰えれば娘が喜ぶと考えたんだろ。

 でもね、お母様って美人なんだけど化粧は濃ゆいんだ。実年齢より若く見られようとして逆に厚化粧してしまうタイプ。


 私がこの口紅を使ったらただでさえ悪い人相が更に意地悪で怖そうになるのは避けられない。

 あぁ、どうして我が家は悪人面なのかしら?

 リーフだけが癒し枠の天使ね。まだ懐いてくれていないけど。


「お嬢様。お礼状の方を書きましょうか」

「そうね。アリアもいい機会だから一緒に書きましょ?いずれ貴族になったら必要な文化よ」

「わたしなんかが貴族になるわけないじゃないですか〜。まぁ、せっかく頂いて何もしないのも悪いですから書きますけど」


 実は私もそんなに書いた事無いからお母様が書いた手紙を見せてもらってコピペしよ。










「お師匠様、なんです?用があるって聞きましたけど」


 ソフィア指導の下、お礼状を書き上げた私達。

 流石にコピペは許してもらえなくて一からのスタートでぐったり。

 ソフィアは学園都市で先生や外部の方々に手紙を書く機会が多かったので教える側になった。

 クラブなんかはお父様の代理やジャックの側近役をしているから問題無いんだって。

 かーっ!姉より優れた弟っているもんだね。誇らしいよお姉ちゃん。


 そんなこんなしてたら別邸のお師匠様から呼び出しの鳥が飛んできた。

 学園都市で街中を飛んでいた幻影の鳥だ。

 勿論、お師匠が個人的に作って使っているからあの時みたいな細工はしてない。


「うむ。世間では今日をホワイトデーと呼ぶらしいからな。君にプレゼントを……と思ってな」


 え、貰えるの私?

 指輪貰ったけどこれ以上更に何か貰えたりするんですか!?


「別にバレンタインはチョコレートドリンク作っただけでそんなに手の込んだ事はしていないから気にしなくても良かったのに……」

「ーー膝枕。あれも含めてのもてなしだろう?君には随分と助けられてしまったからな。相応の礼は必要だ」


 思い出した。ちょっと疲れて弱気になっていたお師匠様を寝かしつけたんだっけ?

 あれ以降はお互いに気恥ずかしくてお師匠様からのイチャイチャ具合も少し減ったけど、その分二人きりの時に優しい目で見つめ合う事が増えた。


「私は今までにバレンタインの贈り物を貰う事はあれど返礼などしてこなかったからな。その、かなり迷った」


 お師匠様にバレンタイン……。

 確かに顔は美形だし、黙っていれば美丈夫。

 話し出したらおっかないし、ただの魔法オタクだけどそんなギャップが好き!とか言いそうなファンがいたんだろう。

 現に、学園でもお師匠に熱い視線を送る女生徒達がいるみたいだし。私のお師匠様だから痛い目に遭ってもらおうか?


「良からぬ事を企んでいる目をしているな」

「いえ、全然。何の事でしょうか、おほほ〜」

「惚けるな。君は嘘をつくと目を逸らす癖がある。正直に言いなさい」


 くっ。お見通しってわけね。

 私は素直に思った事を口に出した。


「お師匠様もかなりモテるなぁ〜って。嫉妬ですよ」

「ーー君がそれを言うか」


 溜息と共にトントンと自らのこめかみを突くお師匠様。

 いつもの悩んでいる時の癖だ。


「私だって今まで嫉妬してきたのだぞ?ジャックやエースと親しくし、Eクラスの生徒とも仲良さげではなかったか。どうせ私なぞ眼中に無く、同世代の子供の方が好みだと」

「ストップお師匠様。それ以上は言わないで」


 拗ねた子供みたいに不満を言う口を手で塞ぐ。

 モゴモゴと話そうとするけど勘弁して欲しい。


「……シルヴィア?どうしてそんな顔を赤くする?」


 だって、年下の教え子達に嫉妬してたとか反則じゃん!

 そんなに私を思ってくれていて嬉しいような、恥ずかしいような気持ちで胸がいっぱいだよ!無自覚か?無自覚に私のツボを刺激するのかアンタは!!


「この話はお終いです!それで、プレゼントは?」


 キレ気味になったけど私の羞恥心が持たないので本題に移らせてもらう。


「そうだな。悩んだ結果、知人に相談してみると実用的な物が良いと聞いた。それで最初は君に危害を加える者に対しての全自動迎撃魔法兵器やアリア君に協力してもらってエリクサーの調合を」

「そんなの用意してたら全力で断りますからね」


 愛情不足と恋愛経験ゼロだったせいで変な方向へ吹っ切れてるお師匠様。

 準備しようとしたプレゼントが物騒過ぎる。バレンタインのお返しってレベルじゃないよそれは。


「知人からも止められたさ。ただ、普段使いのアクセサリーなどはこれ以上渡しても装飾華美になってしまう。そうなればーー指輪の価値も下がるかと」


 視線が私の左手、薬指に向かう。

 そこにあるシンプルな指輪は、私とお師匠様の関係を証明し、実感させてくれる唯一無二のアクセサリーだ。

 今もこの指輪を触って眺めてはココが夢なんかじゃないと実感させてくれる。


「だから散々悩んだ結果、このような物になった」


 そう言って机の引き出しからお師匠様が取り出して手に持ったのはちょっとふにゃふにゃした水玉のシュシュだった。


「これは?」

「素材は用意できるだけ良質な物を使ったのだが、裁縫は不慣れでな。特に自分が使わないような髪ゴムともなると中々上手くいかず、一番出来が良いのでもコレなのだ」


 普段の自信はどこへやら。困り眉の雨に濡れたワンコ

 の登場だ。


「とはいえ、君へのお返しをまだ私だけ渡していないから焦ったのだが……やはり高価な魔道具の方ーー」


 最後まで言い切る前に、私は彼の掌からシュシュを取り上げた。


「そんな事言ってたら怒りますよ。これはお師匠様が気持ちを込めて作ってくれたんでしょ?しかも私のためを思って慣れない事までして。嬉しくない訳無いじゃないですか」


 理事としての書類仕事やお父様との結婚についての話し合い。アリアやクラブへの魔法の指導と忙しい日々が続いていた。

 そんな中で必死になって私を喜ばせようとしてくれたプレゼントを気に入らないわけがない。

 お師匠様が私のおもてなしを気に入ったように、私も思いで返そうとしたコレがいい。


「シュシュ。作ってくれてありがとうございますお師匠様」


 嬉しくって口元がニマニマしてしまう。

 同じ場にアリアやソフィアがいたら何か言われるかもしれないけど、我慢できないよこんなの。


「でもどうしてシュシュ?」

「君のその長い髪はよく似合うが、たまに勉強の時や魔道具を作る時にただのゴムや紐で縛っていただろう?専用のでないと髪に跡が残ったり見栄えも悪い。だから……その、可愛らしい柄を選んだ」


 ホント、私を良く見てくれている人だ。

 みんなの前では勉強も出来て、魔道具を使わなくても魔力だけでゴリ押しする私だけどその為の準備や修行はいつだってお師匠様としてきた。

 シルヴィア・クローバーじゃない素の私で居られる場所。私の過去を知る人。


「付けてみていいですか?」

「あぁ」


 普段は下ろしたり、パーマをかけて巻いている髪をシュシュで一つ結びにしてみる。

 肩に垂れてこないし、首元も出しているから夏場は涼しくなりそうかも。

 水玉ってのはちょっと似合わないかもしれないけど、思い切ってこのまま外に出歩くのもありかもしれない。


「えへへ。どうですか?」


 結んだ後ろ姿を見せてみる。

 どんな反応があるか少しだけ楽しみにしていると、背後から抱きつかれた。


「お師匠様?」

「シルヴィア。よく似合っているが私の目の前以外ではしない方が良いだろう。学園ならまだしも貴族社会では髪を一つにしてうなじを露出するなど首を狙って欲しいと言わんばかりだ。以後は注意するよう」


 頭の上からそんな声が聞こえた。

 なるほど。似合うと言われたのは嬉しいけど、お師匠の言う事にも一理ある。

 魔法使いの髪の毛は素材としても使えるから一つ結びだと奪われやすくなっちゃうもんね。


「了解ですお師匠様。じゃあ、私はこれで。リーフに本の読み聞かせをする時間ですので」


 髪を解いてシュシュを左腕の手首につける。

 腕につける装飾品代わりにもなるからこの状態なら普段からでも大丈夫っしょ。


「あぁ、ではまた後でなシルヴィア」

「はい。また後で」


 最後に挨拶をして、私は妹の待つ本邸の子供部屋へ向かうのだった。

 ホワイトデーにみんながくれたプレゼントに浮かれてスキップしながら。

















「あんなうなじを見せつけるような扇情的な姿を他の男に見せられるか馬鹿者め。……思わず抱きしめたが、あのまま直視していては不味かった。夜では無かったのが救いか」


 疲れて椅子に座ると、窓をコンコンと叩く鳥が一羽。

 私が使うのと同じ魔法で作られた連絡用の鳥。

 しかも、黒色の烏丸といえば理事長専用になっている。

 ……また何かあって私の仕事が増えるのか。






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