クローバー伯爵領での日々。その1

 

「いきまーす」


 手を上げてアリアが合図する。

 私が準備オッケーと頷くと、アリアの持つ杖から極太の光線が放たれた。


「ふんっ!!」


 そのまま攻撃を受けると大怪我してしまうが、今の私の目の前には魔力による壁、魔法障壁が展開してある。

 光線が障壁に命中。ギャリギャリと嫌な音を立てながら壁にヒビが入る。

 七、八、九…十秒!


「はい。終了です」


 事前に打ち合わせしていた時間が経過し、光線が消滅。

 それに合わせて私も魔法障壁を解除する。


「ふぅ。やっぱりアリアの攻撃はエグい。私の全力で展開した魔法障壁がボロボロよ」


 私達は今、二人で屋敷から少し離れた森にいる。

 庭にあった空き地で子供の頃みたいに特訓したかったけど、全力を出して万が一の事があると怖いので、こうして周囲に木々しか無い場所を選んだ。


「いえ、十秒も防ぎ切ったお姉様も規格外ですよ?そもそもこの攻撃って全力で人に撃つ事を想定してないですからね?」


 エリちゃん先生からも命の危険に関わる時以外は使用を禁止されたとアリアは言う。

 んー、お師匠様との特訓の時ってこれくらいの魔法を防御するのが当たり前だったけど、やっぱり異常だったか。


「お姉様は今でも十分に強いですけど、まだ強くなろうとしているんですか?」

「そうよ。目標はお師匠様越えだからね」


 お師匠様と私の戦績は9対1。

 たまに隙を突く形で勝つけど、二回目以降は同じ手が通用しないから困る。

 それと、私が強くなりたい理由はもう一つ。


「お師匠より強くならないと、またトムリドルみたい

 なのが出た時に負担をかけちゃうから……」


 昨年末に学園都市で発生した国を揺るがす大事件。

 あの時、私はお師匠様が敗北する姿を見てしまった。

 いや、勿論あの時のお師匠様は卑劣な罠で弱体化していたから追い詰められていた。全力全開で真っ向勝負をしていたらひょっとして勝った可能性もある。


 でも、トムリドルの強さは常識を逸脱していた。


「あんな事件はそうそう無いと思いますよ?」

「アリア。人はそれをフラグって言うのよ」


 正直な話、私にはこれから先の未来が分からない。

 本来なら二年生の末に発生する筈だったイベントをことごとく先取りしちゃったし、アリアにいたってはまだ攻略するキャラすら決まっていない。

 ゲーム攻略フローチャートなんて崩壊してる。

 今まで頼りにしていた攻略ノートさんの出番が早くも終了してしまう。


「大丈夫ですって。お姉様とマーリン先生のコンビで勝てない相手がいたらこの国滅んでますから」

「エースとアリアがいたらどうにかなるかもよ?」

「ぶっ!?」


 タオルで汗を拭いて持ってきた水筒を飲むアリアだったけど、私の一言で水を噴き出した。


「ごほっ。ごほっ。……どうしてそこでエース王子の名前が出るんです?」

「だってトムリドルにトドメを刺したのはアリアとエースじゃない。国からの感謝状もあるんでしょ?」


 あの夜に見た聖剣の放つ光の奔流。

 二人で息ピッタリの共同作業によってJOKERの野望は打ち砕かれた。

 アリアが光の巫女である実力を証明した瞬間でもあり、国内で称賛の声が上がっている。


「嫌なんですよねお城に行くの……」

「私も呼ばれているから心配しなくていいわよ」


 この長期休み中にお呼ばれしている。

 なんでも国王陛下が直々に感謝状を手渡したいとか。

 ……お城に遊びに行った事はあるけど、顔を合わせた事は無いのよね。


「お姉様は王子達とも仲がいいですし、お城なんて緊張しないんですね」

「まぁね!」


 嘘です。

 何度行っても迷路みたいな作りだし、お高そうな絵画や陶器が飾ってあって緊張しました。

 最後に行ったのは七年……もう八年前になるのか。


「ただの平民だったわたしがお城に呼ばれるなんて……絵本より非現実的です」

「そういう運命だったのよ」


 だって原作ゲームの主人公だからね。


「魔法使いになってから人生がガラリと変っちゃいました」

「そういえば、学園に来る前のアリアってどんな子だったの?」


 純粋な疑問だった。

 ゲームだと一番最初に平凡だった少女が魔力に目覚めて魔法学園へ〜って所からスタートする。

 当然、それより前の時間があるわけだ。


「そうですねぇ……わたしの住んでいたのは田舎でした。魔法使いなんて一人もいない場所だったんです。そこでは普通の、ちょっとヤンチャな子でしたよ?男の子と一緒に走り回るような」


 なんだか想像出来るわね。

 元気いっぱいなアリアが同年代の子達に囲まれて楽しそうにしている姿が。


「ただ、思春期に近づくにつれて周囲と折り合いがつかなくなってきたんです。男の子達は急に余所余所しくなるし、女の子達からは嫌味を言われたりして」


 当時を思い出してか、遠い目をするアリア。

 私の視線は小柄なアリアの胸部装甲に目が行く。

 ……この大きさでこの可愛さ。おまけに男女問わずに人懐っこい性格だと嫉妬されそうね。


 美人は得だって誰かが言うけど、それなりの苦悩もあるものだ。

 私の場合は目つきのせいで無害なのに怖がられたりね。

 エカテリーナの世話をしているだけで泊まっていた宿から追い出されたりもした。なんでかしら?


「そんな時だったんです。魔力発生病になったのは」


 木漏れ日の差す森の中、倒れた木の上に腰掛けたままアリアの話は続く。


「体が熱くて、このまま溶けて死んじゃうんじゃないかって思って。助かる確率なんて凄く低いですから」


 きっとシルヴィアも同じ思いをした。

 私に変わったのはその直後だからどれだけ苦しかったかは知らないけど、初めて見た両親の顔から察するにかなり危険だったのだろう。


「助かった時はお母さんも大喜びしてたし、わたしも生きてて安心したんです」


 でも……、とアリアは話す。


「魔法について知らない人が沢山いる村で唯一の魔力持ちだからって気味悪がられたり、変な噂まで広まったりで友達がいなくなったんです」


 魔法学園なんて場所にいるから勘違いしがちだけど、魔力を持っている人なんて国の人口のほんの僅かだ。

 貴族社会に身を置いていると逆に魔力を持っていない方が珍しくてゲームのシルヴィアみたいに捻くれた子が誕生してしまうけど、平民はその逆。


 昨日まで皆と同じだった子供が突然、お貴族様と同じ不思議な力が使えるようになったらどう思うだろうか?

 それも閉鎖的な田舎だったら。


「暴力とか振るわれたの?」

「いえ、そこまでじゃありませんよ。ただ居心地が悪くなるくらいで」


 最悪の一線は越えてなくて安心した。

 もしもアリアがイジメられて暴力を振るわれていたとでも言われたら、その村にエカテリーナを解き放ってうっかり火魔法で燃やしちゃう所だった。


「だから魔法学園から入学案内が届いた時は不安よりも喜びの方が大きかったんです。同じ魔法使いなら友達が沢山出来るんじゃないかって……最初は全然でしたけどね」


 思い出すのは寮の浴室。

 関わらないようにしようとしていたアリアと初めて会話をした時の事。



『わたしって病気になってから魔力に目覚めたんですけど、この学園って貴族の人が圧倒的に多くて中々お喋り出来なかったんです。試験の時に王子様に助けてもらったせいか周囲の視線は冷たいし……だから、こうしてシルヴィアさんとお喋りできて楽しいです』



『あの、貴族の方にこんなお願いするのは失礼なんですけど、わたしとお友達になってはもらえませんか?』



 グイグイ来るなぁ〜とは思っていたけど、そんな過去があったら焦りもするわよね。

 そんな事をしなくても攻略キャラの誰かが優しく手を差し伸べくれただろうけど、アリアは自分から手を伸ばした。


「だからお姉様が最初のお友達で本当に良かったと思うんです……って、なんだか恥ずかしい話になっちゃいましたね」


 えへ、えへへとほっぺを掻くアリア。

 照れているせいで顔がほんのりと赤くなる。


「以上がわたしの昔話でした」

「アリア……」


 私は横に座るアリアの肩に手を回して抱き寄せた。


「お、お姉様!?」

「なんていうか、その……悪かったわね」


 気軽にこの話を切り出してしまった事。

 それと、何がなんでも破滅フラグを回避するためにボコボコにしようと思っていた事。

 私にも事情があるようにアリアにだって理由があったんだから。


「私もアリアが学園で出来た最初の友人で良かったわ。他の人だったら私に気遅れして話しかけなかったもの。これからも私の良き友として、ライバルとして頑張ってちょうだいね」


 抱き寄せたまま、トントンと肩を軽く叩く。

 これもよくお師匠様がしてくれていた。こうしてもらえると人の温もりとか優しさを感じれる。心がぽかぽかする。


「お姉様ぁ………」


 上気した表情になるアリア。

 なんだか世間話のつもりがしんみりしてしまった。


「イイハナシダナーって感じね」

「ーーうっ…」


 私の方もちょと恥ずかしくて照れていると、アリアの鼻から赤いものが垂れてきた。


「お姉様が抱き締めて甘い言葉を囁いてくれるのが幸せ過ぎて鼻血が!」

「だ、大丈夫!?」


 私そんなつもり無かったんだけど!?


「はい。大丈夫ですのでもっとわたしを甘やかして愛してくれれば元気になります!というか、お姉様から抱き締めてきたって事はお誘いですよね!?周囲に人もいませんから、ちょっとあそこの茂みへ、」

「アーリーアー?」


 鼻血を出しながらトチ狂った事を言い出す変態の名前を低い声で呼ぶ。


「水魔法でその煩悩を洗い流してあげるからその場を動いちゃダメよ?」

「……水のない場所でこのレベルの水魔法を…」











 水浸しで打ち上げられた魚みたいになった変態アリアを放置して私はクローバーの屋敷へと戻るのだった。






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