バレンタインデー特別編
「あ、もうすぐバレンタインじゃん」
クローバー家の屋敷で休暇中の宿題をしている最中に思い出した。
【どきメモ】が乙女ゲームである以上、イベント事はこれでもかと押し込んである。
その中の一つにバレンタインがある。女性から異性の友人や恋人に一年間の感謝を込めて贈り物をするというイベントだ。
プレイヤーが操作するキャラから攻略対象にプレゼントを渡す事で好感度をグンと上げるイベントなのだが、今の私にはそこまで重要じゃない。
だって、もう婚約者が確定したからね。
「むふふ…」
左手の薬指にはお師匠様とお揃いのシンプルなペアリングが嵌まっている。内側には相手の名前が彫ってあるし、魔力を流し込めば通話も出来る優れ物だ。
これをクローバー領に帰って来てから渡された。
両親にも正式に挨拶をして私はマーリンの婚約者になったのだ。
「お嬢様。紅茶をお持ち……またニヤニヤなさってますね」
「あら、そうかしら?」
「頬がだらしなく下がっていますよ。お幸せなのは喜ばしいですが、やるべき事はしっかりなさって下さい。マーリン様は学園の理事になるお方です。その隣に立つに相応しい礼儀作法をですね」
「はいはい。分かっているわよ」
ソフィアの小言を遮る。
このままだと折角のお茶が冷めちゃうわ。
「ねぇソフィア。もうすぐバレンタインだけど準備した?」
「勿論。抜かりありません。旦那様にクラブ様、料理長や屋敷の使用人への分も準備してあります」
「流石ね。私はまだ何も用意してないわよ」
「お嬢様の場合は王子達へのプレゼントも用意しなくてはなりませんよ。散々お世話になっていますから」
エースとジャックね。
こっちのバレンタインはチョコ以外でも贈り物を渡せばOKだから自作する必要が無くて楽よね。
でも、それで良いのかなぁ?既製品を渡して、はいお終い!ってのも面白くない。
「よし!いっちょやりますか!」
「お嬢様。何をするか必ず報告して下さい。さもないとマーリン様を呼びつけますから」
「……私、主人よね?」
「主の世話をするのもメイドの役目ですから」
いや、それメイドじゃなくて飼い主だから。
「姉さんからのプレゼントか。新しい眼鏡とストールか。やっぱり気を遣わせちゃうかなこの傷は」
「クラブよ。娘からのプレゼントが育毛剤と海藻なんだが、私の頭ってそんなに薄いのか?リーフからはシャンプーなんだが、そんなに薄いのか!?」
「オレ様へのシルヴィアからのプレゼントは手袋か。滑り止めもついていて剣の鍛錬にも使えそうだな。エースは何だった?」
「俺はクローバー領の特産品の詰め合わせだね。プレゼントはあちこちから届いているから、こういった食品の方が荷物にならなくて良い。クローバー領の情報代わりにもなるし、嬉しいね」
「お姉様!わたしからのバレンタインプレゼントはわたし自身をモチーフにした等身大チョコ!是非、お姉様にわたしを食べていただきたく」
「あー、手が滑って火球がー」
「なんのこれしき魔力障壁!!」
「もういっちょ手が滑ったわ!」
「あぁあああっ!?わたしがドロドロに!?」
「……お嬢様。これ、媚薬の味が」
「エカテリーナぁあああ!!」
「お姉様、召喚獣は反則では!?」
珍客の珍妙なプレゼントを叩き壊し、縄で縛ってソフィアに預けた。
チョコとは別に可愛らしい髪飾りを用意してくれていたのは嬉しいが、本命が余計過ぎる。
その他の使用人達にはひび、あかぎれによく効くハンドクリームを渡すととても喜んでくれた。
そしていよいよ、最後の相手にプレゼントを渡す番だ。
「失礼します。お師匠様」
かつてはクラブが住んでいた離れ。今は来客用になっている場所にお師匠様は滞在している。
その中の一部屋に入る。外はかなり暗くなって星空が見える中、お師匠様は書類の束と睨めっこしていた。
「あぁ、シルヴィアか。気づかなくてすまないな」
「凄い量ですね。これ全部が学園のですか?」
「そうだ。次年度の教育方針についてや、この度の事件の再発防止策、大半は理事への申請書や確認書だが、甘く見ていた」
学園が長期休みとはいえ、先生達には仕事がある。理事ともなれば尚更だ。
「エリちゃん先生は忙しいながらもゆっくりされてましたけど」
「あの人の場合は部下に仕事を振るのが上手かった。トムリドルも書類仕事については優秀だったようだ」
死んでしまった黒幕の名が出る。
欺く為とはいえ、それなりに使える人間を演じていたようだ。
その点、お師匠様はまだ代理になったばかりで使用人すら雇っていない。仕事が溜まるのも仕方ないか。
「参ったな。このままでは新しい魔道具の研究すら出来ない」
「しばらくはそれどころじゃありませんね」
トントンと自らのこめかみを突くお師匠様。
普段なら不眠不休で研究に没頭する魔法バカだけれど、今度ばかりはお手上げみたいね。
「少し休憩にしませんか?お師匠様に渡したい物があるんです」
「そうだな。折角、こんな夜に君が来てくれたのだ。少しだけ休もう」
以前なら私を研究室から追い出して続行していただろうに、婚約をしてからは素直だ。
魔法バカが研究よりも私を一番に優先してくれるのは実は嬉しかったりする。
山積みの書類から離れてソファーに座ったお師匠様の前にソーサーとカップを置く。
「今日はバレンタインなのでいつもと違った飲み物をどうぞ」
本邸から持ってきたポットの中身を注ぐと、茶色の液体が流れ出る。
「この香りはチョコレートか」
「はい。お疲れだろうと思ってチョコレートドリンクを作りました。夜は冷えますし、あったかいものが良いかと思って」
お師匠の横に座る。
疲労回復と糖分補給。体温上昇。
本当は何か便利な道具や普段から使いそうな衣服を用意したかったけど、バレンタインだからチョコにしようと思ったのだ。
「旅をしている頃もこうして君は私に用意してくれたね」
「いつもお師匠様に守ってもらっていましたからね。そのお礼ですよ」
「お礼……という割には私は多くの物を君から貰い過ぎている。自分には不釣り合いな幸せだ」
「またそんな事を言う。数年後にはこの私の旦那様になるんですからもっともっと幸せになって貰いますからね?」
自信無さげなお師匠に釘を刺す。
今までの生い立ちから、お師匠様は自分を卑下する癖がある。
自分は普通じゃないから。混血だからと。
「君は満足していないのか?」
「してませんよ。まだまだやりたい事は沢山ありますもん。学園の卒業に結婚式、新婚旅行も行きたいし、子供も欲しいです。お婆ちゃんになってもアリアやエリスさん達と遊びたいし、よぼよぼになって死ぬ時は孫達に囲まれたいし」
「随分と欲張りだ」
「だって、奇跡みたいなチャンスでしたから。前の私はそこまでいなかったし」
私の正体を、秘密を知るお師匠様にだからこそ言える話。
日本の記憶は曖昧で、女子高生だった事までしか思い出せない。
「……そうだったな」
「えぇ、そうです。だから今度は幸せになるって決めたんですよ。その為にはお師匠様にも幸せになってもらわなくちゃいけないんです」
「幸福になる義務か…」
「嫌です?」
「怖いな」
「そんな子はこうです」
強引にお師匠様の頭を引き寄せ、横倒しにする。
そうやって膝の上に頭を乗せた。
「前の、日本に居た頃の親からしてもらったんです。こうすると落ち着くって」
「確かにこれは………気が休まるな」
いつもと逆で、私が頭を撫でてあげる。
こうして見るとお師匠様がただの大きな子供にしか見えないから不思議だ。
「シルヴィア。このまま一つ頼みがある」
「なんでしょうか?」
「……少しだけ寝させてくれ」
「勿論、良いですわよ」
私は悪役令嬢っぽく笑ってそう言った。
翌日、目が覚めるとお師匠の布団の中で寝かされていたのでまだ私が一枚下手だなと思った。
ただ、お師匠の匂いがする布団は中毒性があると思うわよ。
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