第78話 交渉しましょう。そして私は、

 

「ほぅ。それが目的で彼女を煽ったのですか」

「そうよ。演技派でしょ私?」


 口の中が切れたのか血の味が舌に広がる。

 殴られた場所もズキズキするし、明日には青痣が出来てるわね。

 でも、これくらいの痛み。クラブの受けた痛みに比べれば屁でもない。


「さーて、大事な娘を殺されたくなければ人質を解放して投降しなさいシザース侯爵」

「貴様ぁ……ワシの娘を!なんと卑怯な!」


 どの口が言うかこのクソ野郎。


「おいトムリドル。なんとかしろ!このままではベヨネッタちゃんが蛇に絞め殺されてしまう!」

「助けて……パパ……」


 正直、人質がいない状態で暴れてOKならこのままエカテリーナの餌にしてる。

 じっくりゆっくりと丸呑みにして、消化される恐怖を味わわせてやる。


「それは困ります。シザース侯爵家はスポンサーとして色々と手伝っていただきましたから」

「そうだ!誰が金の流れを作り、物資を横流ししてやったと思う!野盗達を用意したのもワシじゃ!」


 余罪が増えた。

 ソフィアの誘拐事件にも関与していたのねシザース家。黒幕コンプリートじゃないの?

 さて、あとは侯爵とトムリドルがどう交渉に応じるかよ。


「こうしましょう。……さようならシザース侯爵」


 持っていた杖を侯爵に向けるトムリドル。


「『苦しんで死ね』」


 黒いモヤが爆発的に発生し、シザース侯爵を呑み込んだ。

 他人には何も見えていないかもしれない。でもこの量のモヤ。闇魔法の中でもトップクラスで危険な魔法よ!


「うぎやぁぁああああ!何をする!」


 呪いをかけられ、心臓のある胸を押さえ付けて倒れる侯爵。


「用済みなんです。作戦が決行された以上余計な口出しは控えて欲しかった。足手まといになるならなおさら……ね?」


 口から泡を吹き出して手足を痙攣させるシザース侯爵。そしてそのままパタリと動かなくっなった。


「パパ⁉︎パパぁ!!」

「エカテリーナ」


 死んだ父親を見て取り乱したベヨネッタの締め付けを強くして気絶させる。

 くそっ。これで交渉どころじゃなくなったわ。


「殺さないんですか彼女を?」

「殺したいほど憎いし、邪魔だから始末した方が楽だとは思うけど、私はそこまで落ちぶれていないわ。貴方みたいな外道じゃないから」


 澄まし顔で取り繕うけどかなり不味い。

 仮面の連中が侯爵に忠実で、敵討ちを!なんて展開を期待したけど動揺が無い。

 褒賞金さえ貰えればそれで良いってわけね。


「さて。大人しくしてもらいましょうか。私には今からやるべきことがあるのですから」

「聖杯を使って何をするつもりじゃ!」


 蛇の杖に聖杯。

 魔法に関連する事なら大抵は出来る材料があちらにある。


「流石に今のままでは国相手に勝てません。貴族連中や軍を相手にするなら絶対的な力が必要です」


 トムリドルが大切そうにポケットから取り出したのは真っ黒な玉。所々にヒビが入って一部欠けている。

 何かの魔道具だと思われるが、ヤバい。


 


 それくらい危険な力が感じられた。


「ば、馬鹿な!それはこの場にあってはならんものだ!!」

「アルバス!何なんなのさアレは?」

「アレは……闇の神の封印体じゃ」


 どこまでも暗く、濃厚な闇の力。

 黒いモヤはあの玉を中心に次々に溢れている。


「それが貴方から闇の魔力を感じなかった理由ね」

「私には適性が無くてね。この神の力に頼らなければ呪殺も出来ない。最もこれのおかげで私が真犯人だと気づかれなかったがね」


 そりゃそうだ。

 エース達の調査は闇魔法を使える人物についてだった。

 所持するだけで闇魔法使えるなんて知らないわよ!


「神の力は偉大だが引き出せる力には限度があってね。聖杯の魔力を使って封印を解き、闇の神の再臨によって世界の秩序を変える。それが我々の悲願だ」


 そのために、とトムリドルはお師匠様に近づいた。


「初代国王、光の巫女と共に闇の神を封印したが必要です。ハーフとはいえ致死量の血液を使えば解除に成功するでしょう」

「駄目ぇ!!」


 なりふり構わずにトムリドルを吹っ飛ばそうと手をかざす。

 魔法の発動なら私の方が!


「待ちたまえシルヴィア!」


 お師匠様から静止の声があがる。

 発動しかけた魔法と魔力が供給をストップされて霧散した。


「いかなる時も冷静にだ。そんな事をすれば会場内の他の生徒に危害が及ぶ」

「素晴らしい。我が身では無く他人の心配とは。学生時代の独りよがりだった性格が丸くなりましたねぇ。シルヴィアさん、マーリンの言う通りです。私を攻撃したらこの場にいる全員が死にますよ?」


 殺害宣言を受け、怯えた顔で私を見る人達が大勢いた。

 大人しくしてくれ!死にたくない!という思いが伝わる。

 友達同士、恋人同士で身を寄せ合って泣いている声も耳にする。

 私は伸ばした手をだらりと下げた。


「それでいい。とはいえ、そのまま何かされても困ります。『しばらく気絶していなさい』」

「くっ!」


 念入りにと大量の黒いモヤが私に襲い掛かった。

 闇魔法が使えるからといって呪いの効果を受けないわけではなく、ましてや神の力の一部ともなれば抵抗する事も出来ない。

 目蓋がどんどん重たくなって、立っていられなくなる。


「同志諸君。私は儀式に移りますのでこの場は任せました。理事長とホーエンハイムは念入りに拘束しておきました。それでは、」


 床に崩れ落ちた私が最後に見たのは、杖を掲げて何処へと転移する為に影の中へ沈んでいくトムリドルと、こちらを心配そうに見ていたお師匠様の顔だった。


 待って………。


 伸ばそうとした手は届く事なく、意識は闇へと消えた。
























「……ァ…ヴィア……シルヴィア!」

「うっ……」


 意識が覚醒したのは誰かに体を揺さぶられたからだった。

 目を開くとそこには安堵の笑みを浮かべるエースがいた。


「良かった。意識が戻ったね」

「エース?私は……」


 起き上がろうとして、体の自由が効かないことに気づく。

 ロープで手足を縛られていたのだ。


「無理に動かないでいい。闇魔法で意識を奪われたんだ。体に異常は無いか?」

「まだボーッとするけど現状は?」


 眠る直前にトムリドルとお師匠様がいなくなったのは覚えてる。

 そこからどのくらい経った?


「君が意識を失っていたのは一時間。その間に講堂内の全員がロープで縛られた。外からは祭囃子が聞こえるから中の異常事態にはまだ気づいていない。仮面の連中も外からの救援を警戒して会場内は少人数になった」

「怪我人や死人は?」

「シザース侯爵だけだ。他は全員無事だ」


 ホッとした。

 利用価値があるから殺すなと言っていたし、もう暫くはこのままなのでしょう。

 一番心配で怖いのはお師匠の安否だ。


「エース。このままじゃお師匠様が……」

「トムリドルはマーリン先生に深い恨みを持っている。儀式が終了したとしても無事な確率は低いだろう」

「そんなぁ」


 お師匠様が死ぬ?

 殺しても死なないような人が?

 でも、他の人と同じように魔法が万全に使える状態じゃ無かったみたいだし、相手は聖杯による膨大な魔力と力を増幅させる杖、闇に神の力まで持っている。

 万全な状態のお師匠様でも敵わない相手よ。


「泣かないでシルヴィア。君には涙は似合わない」

「だって、お師匠様が……。私そんなの嫌っ」


 慰めようとしてくるエース。

 でも私は溢れ出る涙を我慢できなかった。

 床に敷かれた絨毯に染みがポタポタ出来上がる。


「そうだよね。シルヴィアにとってマーリン先生は」

「……私の一番大好きな人なの。お師匠様を失いたくないよぉ……死んじゃ嫌だよ…」


 ダンスパーティーでエースと踊って断りを入れようとした。

 彼の思いを聞いた上で、自分の思いも伝えようとした。

 だけどそれは、こんな形で切羽詰まって言うつもりじゃなかった。


 私はお師匠様が好き。

 身分だとか歳の差とか、そんなものは関係ない。

 一人の女の子としてマーリン・シルヴェスフォウという男性が好きだ。愛してる。


 自覚はしてなかったけど、ずっと惹かれていた。

 気づいたのは洗脳から解放された後、女子会の場でだ。


「エース……お師匠様を助けて…」

「「任せて(ください)」」


 もう一人、私の視界に入ってくる人物。


「お姉様の一大事。このアリアが救って見せますね!」







 大胆不敵に笑うゲーム主人公アリアがそう宣言した。





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