第77話 真名解放。

 

 毒が効かない。正確には効いても効果が薄い。

 エカテリーナのおかげで耐性は出来ている。

 このまま毒で弱ったフリをしてチャンスを待つ手もあるわ。


「そういえば、シルヴィア・クローバーさん。貴方に毒が効かないのは知っています。暴れられると厄介なのでこちらへ来てください」


 ……バレてる。でもなんで?

 周囲の目がこちらを向き、居場所が見つかってしまったので、私はゆっくりとステージへと歩いた。

 そして、そのまま手を頭の後ろで組んで地面に座る。

 仮面の集団によって理事長やエリちゃん先生も拘束されて集められた。私の知り合いが漏れなく大集合。


「最大限に警戒する人物の一人ですからね貴方は」

「トムリドル先生の前で見せましたっけ?毒に強い所なんて」

「私が勝手に見ただけですよ。大サソリの毒針を刺されて動けるなんて驚きましたよ」


 ピーター・クィレルの時?あの場にいたの?


「不思議そうな顔ですね?ネタバラシをしてあげましょう。……コレですよ」


 得意げな顔でポケットから取り出されたのは古ぼけた手鏡だった。


「それは!」

「やはり知っていましたか。この遠見の鏡を」


 召喚獣や魔法を通して遠くを視認できる隠しアイテムの一つ。

 私達より先に誰かが手に入れていた物だった。


「これのおかげであちこち覗き放題でしたよ。同志であるピーター先生には申し訳なかったですが、計画についてアレコレ話してしまう前に処分させて頂きました」


 証拠隠滅のために仲間の命を奪ったっていうの⁉︎

 今までの笑顔が胡散臭いオジさんから一転、吐き気を催すような邪悪へと変貌したトムリドル。


「彼は良い所まで行ったんですがねぇ。運が無かった」


 やれやれと首を振る。でも、悲しそうな表情は一切していない。


「先生、その女はわたくしが好きにしていいのですわよね?」

「もう少し待ってください。回収する物がありますから」


 私を睨みつけ、今にも飛びかかりそうなベヨネッタ。

 しかし、それはトムリドルの手によって阻止された。


「あら、止めてくれてありがとうございますね」

「シルヴィアさん。君の持っている杖を渡してくれませんか?」


 エカテリーナに普段預けているコブラがモチーフの杖ね。


「アレは私にとって大事なものでしてね。一族の家宝なんですよ」

「闇の軍勢の杖が?」

「えぇ。理事長、ホーエンハイム様、そして皆さんに名乗りましょう。私の真の名はトムリドル・J・ドラゴン。JOKERジョーカーと呼んだ方が分かりやすいですかね?」


 JOKER。私の持つ杖に薄っすらと刻まれていた名前。

 お師匠様から教わった知識では、闇の軍勢を率いて神の代行者と呼ばれた闇魔法使い。

 光の巫女の対極に存在する人物。


「馬鹿な。JOKERの一族は根絶やしにされたはずじゃぞ!」

「そうです。私もそう思っていましたよ。自分がその血を引いていると知るまではね?」


 会場にいる全員が怯える。

 それ程に闇の軍勢とJOKERについての恐ろしさは浸透している。


「私はこの世界の!魔法使いの!学園のトップになるべき人材だったのです!ですが……」


 言葉を区切る。視線の先にいるのはつまらなさそうな顔で話を聞いていたお師匠様だ。


「マーリン。貴方のおかげで私は散々な人生だった。輝かしい未来は踏みにじられ、人使いの荒いババァの元で下働き。生徒に負けた教師として蔑まれ、この年になるまで泥水を啜って生きてきた!」


 瞳孔が開き、ハイライトの消えた目で叫ぶように話すトムリドル。

 滲み出るような憎悪が声に混じる。


「それも今夜終わる!選ばれた魔法使いだけの国が誕生するのだから!さぁ、杖を差し出しなさい」

「断ります……と言ったら?」


 こんなのに渡したらロクでもない事になる。

 何としてでも守り通さなくちゃ……。


「その時は貴方の大切なお友達の五感の一つが消えますよ?今度は改良版の薬も使って二度と回復しなくなります。視力とかね?」


 意味深な事を言い、横目でチラリとエリスさんを見た。


「貴様ぁ!貴様がエリス姉の目を奪った犯人か!!」


 真っ先に激昂したのはジャックだった。

 私も奥歯に力が入り、頭の中が沸騰しそうになる。


「ちょこまかと煩かったんですよ。闇魔法も使えてこの上無く。情報を教えると言って薬を仕込めば簡単に術に嵌まりましてね?覚えてないでしょうが」


 この、外道め!


「許さんぞ。王族として貴様には極刑を叩きつけてやる!」

「おぉ、怖い。ではその前に貴方から実演しましょうか。何を失いたいですか?」


 狂人の手がジャックへと伸びようとする。

 エリスさんやクラブが動こうとするが、仮面の連中に押さえつけられた。


「待ちなさい!」


 私は堪らずに叫んだ。


「杖を渡すわ。だから誰にも手を出さないで」

「最初からそう素直だったら良いんですよ」


 寮に荷物を運ばせる為に一度消してしまったので、魔法陣を地面に描き召喚はしる。

 すると、エカテリーナが顔だけ覗かせて口を大きく開き、杖を吐き出した。


「これでいいかしら?」

「おぉ……。これが我が先祖の使っていた杖。持ちだけで力が漲るようだ」


 ただでさえ不気味だった杖から怪しいオーラが発せられる。

 元の持ち主に帰ったからかしら?


「先生。もうよろしくて?」

「そうですね。マーリンと理事長はまだ利用価値がありますが、他は好きにしてください。殺しては駄目ですよ?まだ使えますから」

「勿論です。殺すなんてそんな……あっさりさせませんわ」


 トムリドルは私からすっかり興味を失ったが、その代わりに私怨バリバリの縦ロールがやってきた。

 その隣には父親である侯爵もいる。


「其奴がベヨネッタちゃんの言っていた下賤の者が」

「えぇ、そうですわパパ」

「見るからに腹の立つ顔だ。卑しいクローバーの顔だ!」


 えー。何でか父親の方からも恨み買ってる件について。初対面よね?


「もう一人、そこにいる子もクローバー家の人間よパパ」

「たかが伯爵家のくせに調子に乗りおって!クローバー家のせいで我がシザース家は爵位を取り上げられてしまったのだ!!」


 初耳ですけど⁉︎

 誰か詳しい事知ってる人いない?と助けを求めると、縛られていたエースが口を開いた。


「それは逆恨みだシザース侯爵。爵位剥奪は貴殿が不正に手を染め、民から金を巻き上げていたからだ!クローバー家は関係ない」

「それはどうかの?クローバー家の人間はかつても不正を明るみに出すとワシに近づいてきた!その時は事故を装い殺したが、やはり一族まとめて皆殺しにすべきだった!」


 は?なんて言ったこのオヤジ。


「おい、事故を装って殺したと言ったか?その死んだ人間はレンゲル・クローバーという名前か!」

「確かそんな名前だったか?9年も前の事だからよく覚えておらん」

「お前が僕の父さんと母さんを!!」


 レンゲル・クローバー。お父様の弟で優秀な魔法使いだった人。私の叔父でクラブの実父。

 奥さんと一緒に事故で亡くなったと聞いていたけど……。

 殺害されていたの?シザース家に?


「ふはは。なら安心せい、お主も今の伯爵家当主も一族まとめて同じ場所に送ってやるわい。ふはははは」


 下品な笑い声でクラブを煽る侯爵。

 この父親にして娘ありね。

 私がいるはずだったポジションに穴埋めでいたかと思っていたけど、シルヴィア以上のクズ親娘だった。


「王子達もだ。ワシの娘ではなく伯爵如きの娘に求婚するなど許せん。死んでしまえ」

「パパ!王子達はわたくしが飼うって言ったでしょ?殺しては駄目よ。こんなにカッコいいのだから」

「ベヨネッタ。もうすぐお前は新しい国の女王になるのだ。滅びる国の王子なんて相応しくないぞ?」


 新しい国の女王?

 あー、太っちょのデーブが言ってたわね。

 ピーター・クィレルがシザース家にスポンサー依頼をしていたって。その見返りが重役の確保か。

 墜ちるところまで堕ちたわねこいつら。


「何よ。その無礼な目は」

「別に何でもないわよ。私に怯えて逃げたわりには元気そうだと思ってね」

「何ですって⁉︎この!」


 キレたベヨネッタの蹴りが私のお腹に命中し、衝撃で地面を転がる私。


「お嬢様!」

「お姉様!」


 痛い。あの野郎、魔法で身体強化して蹴ったわね。

 こっちも魔力で強化していなかったら気絶してた。


「これだけ暴れられるなら平気ね。中間試験での事、やり過ぎたかと思っていたけど杞憂だったわ。殺しとくべきだった」

「この女ぁああ!!」


 煽り耐性ゼロのベヨネッタは地面に倒れた私の上に馬乗りになった。

 そして何度も私の顔を殴る。


「お前さえ、お前さえいなければわたくしが全て手に入れたのに!それを邪魔して!奪って!」

「ぐっ……がふっ………あがっ……」


 怒り狂う拳は容赦なく叩き付けられる。

 実際は薄い魔法障壁や身体強化のおかげで1か2のダメージしか入らないが、痛いものは痛い。


「はぁはぁ……思い知ったか」

「えぇ。貴方が思い通りの馬鹿だって事に」


 ーーーエカテリーナ!


 声には出さず、強く念じる。

 穴はさっき開けたままだ。

 そして私とベヨネッタがいるのはさっきの魔法陣の真上。


「シャー!!」

「きゃああああっ⁉︎」


 魔法陣から飛び出したエカテリーナは瞬時にベヨネッタの身体に巻き付いた。

 身動きも取れないようにかなり強めにだ。骨の一本や二本は折れてそうな勢いね。


「ベヨネッタちゃん!」

「さーて、交渉開始といこうじゃないシザース侯爵、トムリドル先生」




 私は今、かつてないレベルで怒りの炎に包まれた。

 このまま済むと思わないことね。









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