第74話 一人目。

 

 ゆったりとした曲が流れ、それに合わせて体を動かす。

 決まった形があるわけでもないが、ディスコみたいなノリで踊るわけにはいかない。社交ダンスっぽい感じでね。雰囲気を楽しむのよ。


「最初がクラブで正解よ」

「あんな事言ってたけど、実はダンスの経験が無いから練習したいだけだもんね」


 クラブとの約束。それはダンス未経験の私を本番中に恥ずかしくないレベルまで引き上げること。


「ジャックなんて私を馬鹿にするに決まっているわ」

「そうかな?あの人も初心者相手に笑ったりしないと思うけど?」

「私に対しては笑うのよ。ったく、何が面白いのかしら」


 クラブに手を引かれ、右へ左へと体を揺らす。

 運動神経は良いから転ける心配は無いわね。


「もっと体を寄せて。持ち上げて回すよ」

「……クラブって結構鍛えてる?」


 弟の胸元は予想以上に固かった。

 読書ばかりしていて、外に出る機会が少ないクラブはもっとひ弱そうだと思っていたのに。


「そりゃあね。僕はジャック様の側近で護衛だってしているんだ。主君に負けるわけにいかないさ」

「ふーん。逞しくなっちゃって」


 リズムに合わせてステップを踏む。

 同じリズムを繰り返す曲だから反復練習がしやすい。

 パターンさえ覚えて実行するだけならそこまで苦労しないわね。


「あーあ。屋敷にいた頃はいつも私の後をついて来たのに」

「いつの話だよ。もう僕だって立派な男さ!」


 腰に手を回したクラブに持ち上げられて大きく一回転する。

 よろける事のない、見事なターンだった。


「エリスさんが言ってた事が少し理解できたかもしれないわね」

「彼女が何だって?」

「出来る弟は姉として誇らしいけど、可愛げがなくて寂しくなるって」

「エース様についてだね」


 誰がとは言ってないけど、迷わず兄の方を選んだのには笑ってしまった。


「あら。失礼ね」

「ジャック様は何というか、僕らが支えなきゃ!って感じなんだ。その分、頼ってくれるし仕事も振ってくる。キツいけどやりがいはあるよ」


 その支えられている人物は面白くなさそうにこっちを見ている。

 待っている間に他の誰かと踊っていれば良いのに。


「ねぇ、姉さん」

「何?」

「僕、姉さんにずっと言いたいことがあったんだ」

「何かしら?」


 お互いの手を伸ばし、一度離れてまた近づく。

 クローバー家の遺伝なのか、少しキツめの瞳が眼前に見える。


「僕は姉さんの弟で幸せだよ。これ以上は何も望まない。姉さんの事が大好きだ」

「私もよ。悪評ばかりの姉には勿体ないくらいの弟だと思っているわ」

「うん。それでこそ姉さんだ」


 一度目を伏せ、良い顔で笑うクラブ。

 清々しいくらいの笑みで釣られて私も笑っちゃう。


「長期休みはアリアも遊びに呼ぶつもりだから、準備を手伝ってね?」

「了解。ソフィアとポーラも一緒に手伝うよ」

「楽しみね。ポーラはお姉ちゃんの事忘れてないかしら?」

「僕にはよく懐いているけどね」


 ここにはいない妹の話が話題に出る。

 私にもクラブにも似つかない素直な子だ。屋敷内はみんなポーラのスマイルにメロメロだった。

 両親も歳の離れた末の娘には癒されていると話していた。どっかの誰かのせいで気苦労が絶えないと手紙には書いてあったが、誰の事かしら?


「クローバー家の事は全部僕に任せてよ。養父さんから手紙が届いて、僕を正式なクローバー伯爵家次期当主にするってさ」

「そうなの……」

「姉さんは今日、大きな決断をするんでしょ?相手が誰かまでは分からないけど、クローバー家に残らないのだけは気づいたよ」

「例え家から出たとしても私の帰るべき場所はあの屋敷よ」

「うん。だから僕がずっと守るよ。シルヴィア姉さんの大切なものを」


 曲もいよいよラストスパートに入って盛り上がる。

 周りにいた踊り慣れていない子達も慣れて来た頃。私も不完全ながら踊れるようにはなった。

 もう何曲か繰り返せばマスターしたといっても良いでしょう。

 疲れたら魔力を体内に流して活性化させれば良いのよ。ドーピングね。


「じゃあ、私は行くわね」

「いってらっしゃい」


 最初の曲が終わった。感覚を忘れないうちに次を成功させる為に私は手を離した。

 次のお相手は………まぁ、ご機嫌直ししないとね。
























「お疲れ様でした」

「やっぱり凄いよね。たった一曲で及第点くらいは貰える出来に仕上がったよ」

「クラブ様はあんなにご苦労なさったのにですね?」

「本で読む知識と実践との差に戸惑っただけだよ」

「それで如何でした?」

「うーん。伝わってないけど、伝えられて満足って感じかな」

「面倒な人ですね」

「関係を変えちゃいけないって自戒から、絶対に変わらないって安心になっただけスッキリしたよ」

「クラブ様がそれで良いなら私はクローバー家のメイドとして付き従うだけです」

「じゃあ、そんなソフィアにお願いだ。僕と踊ってくれないか?黙ってジッとしているのが耐えられそうに無いから」

「ご命令のままに。クラブ・クローバー次期伯爵様」



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