第75話 二人目。

 

「ほら、手を出しなさいよ」

「馬鹿を言うな。こういうのは男の方から誘うんだ。女が簡単にほいほい手を差し出すな。尻が軽いと思われるぞ」

「なら、お手本を見せてくださる?」


 そう言うと、片膝をついて私の手に手を添えた。


「オレと踊ってはいただけませんかお嬢さん?」

「仕方ないわねぇ」

「そこは食い気味に了承する場面だろう」


 いつもと同じ軽口を言いながら、身を預ける。

 流石は王子様だけあって女性のエスコートには慣れてらっしゃる。


「意外と踊れるな。社交場では見かけなかったのに」

「当然ですわ。私を誰だと思っていて?」

「さっきのクラブとの練習の成果だな」


 くっ。やっぱり見られていたわね。


「初心者にしては上出来だが、オレ様と踊るには力不足だ」

「そんな事言うなら、」

「だから叩き込んでやる。オレ様から目を離すなよ」


 返事を言う前に力強く手を引かれて、講堂の真ん中に連れて行かれてしまう。

 ここだと簡単に離脱出来ない!躍り狂う人々に囲まれてしまったわ!!


「この辺は上位貴族の猛者ばかりだからな。競い合うには丁度いいだろ」

「ダンスパーティーってもっと優雅で楽しい場所じゃないの⁉︎」


 私の抵抗も虚しく、曲調がどんどんアップテンポで激しいものに変わる。

 何事⁉︎と楽器隊を見ると、数人の生徒が魔道具に何やら細工をしているのが見えた。


「あれってウチのクラスの子よね⁉︎」

「オレの優秀な部下だ」


 主犯はこの男か!

 悪戯を成功させたガキ大将みたいに笑うジャック。


「今更後には引けないぞ?」

「良いわよ。負けないから」


 意外と自分でも踊れているのでは?という自信は打ち砕かれ、今は負けん気と根性が燃え上がっている。

 足捌きも腰の振りも激しくなる。

 その状態でお構い無しにジャックは私をくるくる回す。


「ははっ。やるなシルヴィア」

「何だか楽しくなってきたわよ」


 リードされっぱなしも癪なので、不規則な動きで翻弄してみる。

 それにもジャックはピッタリ合わせてきて、レベルの違いを思い知らされる。


「魔法では敵わないが、ダンスの経験値ならオレが上だ」

「なら、こんなのはどうかしら?」


 自信満々なジャックに身体を密着させる。

 熱々のカップルがダンスしている姿が見えて真似してみた。

 火が顔から出そうなぐらい恥ずかしいが、一泡ふかせるためなら……。


「き、貴様何を⁉︎」

「あらあら?お顔が真っ赤よ」


 こうしてお互いにドギマギしながら激しい踊りを披露する不思議なペアが完成してしまった。


「こういうのは正式付き合い始めた連中がすることだろうが!恥ずかしくないのか⁉︎」

「怒るわりには小声だし、腰に回した手にしっかり力が入っているわよ?」


 羞恥心の耐久レース。

 顔を背けた方が負け。制限時間はこの曲が終了するまで。


「貴様はいつもそうだ。大人しくオレの言う事を聞けばいいのに」

「ジャックは言い方が悪いのよ。そんなんじゃモテモテにならないわよ」

「構わん。オレはシルヴィアさえいればそれでいい」


 真剣な顔で私を見詰めるジャック。


「出会いは最悪だったかも知れん。だが、オレは貴様に感謝している。オレにとっての女神がいるとすればそれは貴様だ」


 踊る手を休めず、息継ぎをしながら捲し立てるように言葉を紡ぐ。


「呪いで操られる時、オレは自分が被害者になるだなんて考えもしなかった。だが、シルヴィアの姿を偽った相手に心を許してしまった。それほどオレのお前に対する信頼と気持ちは大きくなっていた」


 腰に回された手に、腕に力が入る。

 密着していた体が更に触れ合う。


「オレはシルヴィアが欲しい。その為ならオレはこの手を血に汚しても……」


 不意にピタリと足が止まった。


「だが、失敗した」


 ゆっくり指差すのは私の耳。


「そのイヤリングを見て気づいたぞ」

「……貴方なら気づくだろうって思ってた」


 三つ葉のクローバーがモチーフのイヤリング。このダンスパーティーの為にお母様が送ってくれた品だった。ジャックからプレゼントされた四つ葉のイヤリングではない。


「なら聞かせてもらうぞシルヴィア・クローバー。あの日、オレ様の告白から逃げた貴様の答えを」

「ごめんね。ジャックとは仲が良い友達のままで居たいから付き合えない」


 ハッキリと言い切った。

 私がOKを出したら何かをするつもりだったのか、魔道具に細工していた生徒が固まった。


「だからコレを」


 ドレスについていた小さなポケットからケースに入った四つ葉のイヤリングを取り出す。


「貴方に返すわ」


 魔除けにと渡された物。デザインもサイズも私好みでとても気に入っていた。

 貰った時はすごく嬉しかった。

 だけど、今はつける事が出来ない。


「そうか…………そうか……そうか…そっか」


 垂れ下がった髪の毛が犬の尻尾のように見えた。


「オレは選ばれなかったのか」

「選ばなかったわ」

「最終選考まで残ったか?」

「一次審査落ちね」

「オレ様をフったのを後悔するぞ?」

「だとしても。これが私の選択よ」


 曲は最高潮に盛り上がり、楽しげな笑いと話し声、靴がステップを踏む音。それらがパーティーを構成している。

 その中で立ち尽くす私達を見て、人々は何を感じるだろうか?


「ジャック。まだ曲は終わってないわ。リードしてくれるんでしょ?」

「我儘な奴だ」


 仕方がないなと、再び手が握られる。

 もう体を密着させる事もなく、純粋な技術と経験による指導が入る。


「もっと素早く」

「こう?」

「リードされるだけでは無く、相手に合わせに行け」

「うん」

「イヤリングは貴様の未来への餞別として持っておけ」

「いいの?」

「オーダーメイド品だから他人が持っていても意味が無い。だからだ」

「わかった」


 そして最後のシンバルが鳴った。


「合格だ。今のを忘れるな」

「私を誰だと思っているのかしら?この踊りを一生忘れる事は無いわ」


 固い握手を交わして、私は間もなく始まる第三曲目の相手を探しに動いた。









「ふぅ。久々だと疲れてしまったわね」

「エリス姉にはブランクがあったからな」

「それもだけど、誰かが楽器を弄ったせいよ。お友達は先生に連れて行かれちゃったわよ?」

「オレの名を出しても良いと言ってある。軽い罰しかないさ」

「そう。………次、わたくしと踊って下さるかしら?」

「喜んで。今夜は限界まで踊り続けるさ。ピエロだからな」

わたくし、ピエロは好きよ」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る