第73話 P.A.R.T.Y. TIME

 

「どう?変じゃない?」

「何度も鏡で確認されたじゃないですか。お似合いですよお嬢様」


 夕刻。寮に戻ってきた私達はソフィアに手伝ってもらってドレスに着替えた。

 旅の途中も、学園都市に来てからもドレスなんて着ていなかったから感覚に慣れない。

 裾をうっかり踏んで転けてしまいそうだ。


「お姉様……このヒールって歩きにくいです」

「アリアさんは背が低いので高めの靴底でないと殿方と踊り辛いですよ」


 生まれたての小鹿みたいに震えながらアリアが部屋に合流してきた。


「でも似合ってるわよ」

「お姉様こそ」


 アリアのドレスは髪の色に合わせた淡いピンクのドレス。

 スカート部分にはふんわりとフリルが付いていて、アリア自身が持つ可愛らしさを最大限にアピールしている。だが、強烈な胸元に男子の視線は釘付けになり、トドメとばかりに大粒のパールネックレス。で、でかい……!


「エリちゃん先生のお下がりって割にはアリアによく似合うわよね」

「仕立て屋さんに持って行ったらほぼ作り直しになっちゃったんです。でも、エリちゃん先生がお代を出してくれて助かりました」


 えへへと笑うアリア。

 そうね。同じ光属性で、お師匠様の先生でもある彼女とアリアはとても親しく過ごしていた。まるで本物の祖母と孫みたいに。

 私はどちらかというと、お説教が多かったのでお婆ちゃんというより先生って印象が強い。

 屋敷にもアリアはよく通っていたから、晴れの舞台への餞別なのだろう。


「私のは一から作ったものだけど、なんだか他の人の思いが込めてある方が良いわね」

「そんなことないですって。私は平民だから用意するお金が無くて。普通の人は貸し出し用の安いドレスなんですから」


 私のは赤と黒のゴスロリドレスと呼ばれるもので、両親が私に似合うようにと用意してくれた。

 すっごく似合うのは嬉しいんだけど、これってゲームでシルヴィアが着ていた物よね?どうして一年前倒しになっているのにそれがここにあるのかしら?やっぱ運命的なもの?

 身長は高めなので、ヒールも低めで済んだ。赤い靴に付いた小さなリボンがポイントね。

 アクセサリーは耳に三つ葉のイヤリング。伯爵家の紋章と同じデザインの物だ。


「ささっ。お二人共会場に向かいましょう。馬車も用意してありますから」


 黄色のレンタルしてきたドレスを着たソフィアが手招きする。

 来年も参加できるように新調しようと言ったら断られてしまったのよね。

 使用人が参加できるだけでも嬉しいのに、ドレスなんて用意しても着る機会は少ないし金銭的にも勿体ないので必要ありませんと言われた。

 その代わりといってはなんだが、クローバー家に戻ったら新しいメイド服を用意する事を約束した。新しいといっても作業着だから値段はドレスの比じゃないし、実用的だ。


「まるでお姫様にでもなった気分ね」

「お嬢様はお姫様になれる可能性があることをお忘れですか?」

「そうね……」


 ダンスパーティーで私は大きな選択をする。

 結末を知っているのはアリアとエリスさん。そして両親だけ。

 クラブとソフィアには悪いけど、先に話しちゃうと当事者達から聞かれても逆らえないからね。あと、純粋にサプライズで驚かせたい。


「着きましたよ」


 私達三人を乗せた馬車が講堂へと辿り着く。

 普段は机や椅子が沢山置いてあるこの場所も、年に一度だけ中を空っぽにしてお城さながらのダンスホールに変身する。

 そんな会場には、同じく魔法をかけられた男女がとびきりのおめかしをしている。

 立食パーティー式で、会場の端にはテーブルの上に置かれた豪華絢爛な料理やデザートが置かれている。

 今回はお昼に食べ過ぎてしまったからパスね。ドレスを着る時もお腹がぽっこりして大変だったからね。


「あら。ご機嫌ようアリアさん。シルヴィアさん」

「ご機嫌ようエリスさん。とっても素敵なドレスですね」


 講堂へ入るとすぐにエリスさんがこちらに気付いて来てくれた。

 マーメイドタイプの水色のドレスに包まれたエリスさん。頭には小粒のダイヤが沢山付いているティアラが照明に照らされてきらきらしている。


「人魚のお姫様みたいね」

「私が水属性だからってお爺様が用意してくださったのです。今年度はわたくしのいる二年生が主役だから目立つようとこのティアラまで。孫を可愛がるにしてももう少し落ち着いたデザインの方が良かったですわ」

「そう?私は今のエリスさんは満更でもなさそうな顔に見えるけど?」

「……まぁ、一度はこういったドレスを着てみたいとは思っていましたわ」


 照れて俯くエリスさん。

 何この可愛い生き物⁉︎普段は年上の落ち着いたお姉さんポジションの人が年相応に恥ずかしがるとこの破壊力!ギャップなのね!


「おい。遅いぞ貴様ら」

「待ってくださいジャック様」


 人混みが割れて二人の男子が近づいてくる。

 ジャックは銀髪をオールバックにしていて、黒に金の刺繍が入ったタキシードを着ていた。胸元のシャツもキッチリせずにボタンを開けていて、周囲の女子から黄色い歓声が上がる。

 クラブはいつも通りの髪型だけど、着ているのは緑色のタキシード。伯爵である父がお城に行く時にも着ていた最高級品で、ジャックの横に並んでも見劣りしない。


「クラブ。やっぱり似合うわねその服」

「養父さんのお下がりだけどね」

「全然そんな風には見えないわよ。着てるモデルがカッコいいからかしら?流石、私の弟ね」

「姉さん達だって綺麗だよ。ソフィアのドレス姿なんてレアなものも見れたしね」

「クラブ様。からかうのは止めてくださいね」


 クローバー家の面々で笑い合いながら話す。

 ジャックはエリスさんとアリアに話しかけて楽しそうにしているけど、ちらちらとこっち見てるのバレているからね?


「おや。合流が一番遅いのは俺だったようだね」

「お姉様アレは!」

「くっ。イケメン戦闘力53万ってところね」


 会場の外からやって来た人物にこの場にいる全員の視線が集まる。

 輝く金髪。白い歯を覗かせる柔和なスマイル。一般人ならまず着こなせない白のタキシードを完璧に着た歩く偶像。上着のジャケット部分がマントみたいに長い。

 女の子達の一般的な王子様像の模範解答みたいなのが歩いていた。


「オレ様より目立ちやがって」

「ジャックもカッコいいじゃないか。そう怒るなって」


 二人並んで話をすると破壊力二倍キャンペーン。

 今なら色気に当たって気絶チャンス。

 事実、何人もの参加者が顔を赤くして崩れ落ちている。しかもそれを助けにクラブが近づいたせいでオーバーキル。貴族のご令嬢は天に召された。


「この会場で一番美しいねシルヴィア」

「お世辞をどうも。私以外にも綺麗どころは選り取り見取りよ」


 私のすぐ隣にも三人の美女がいるしね。


「ふん。……まぁまぁ似合っているぞ」

「コレよ。ジャックくらいの反応で良いのよ。一生懸命に化粧までして可愛くしたのに上から目線でとりあえず褒める感じで」


 お世辞でも一番なんて言われると自己否定してしまうけど、まぁまぁというのが馬鹿にされてるけど最低限は褒めるくらいで納得できるわ。


「いや、今のはちょっと……」

「ジャック様。そこで素直にならないからこうなるんですよ」


 クラブに肩を叩かれてオロオロするジャック。何か言った?


「ダンスパーティーなのに誰もまだ踊ってないわね」

「最初に儀式と挨拶があるからね。理事長達がやって来てからが本番だよ」

「お姉様、マーリン先生達がいらっしゃいましたよ!」


 噂をすればなんとやら。

 会場の舞台袖から理事長を始めとした学園都市の幹部達が出て来て、仮設されたステージ上に並ぶ。

 お師匠様も正装だけど、いつもの教師用ローブを着ている。


「えー、ごほん。皆の者、注目してくれ」


 理事長がマイク状の魔道具に話しかけると、会場内全域にその声が届く。

 魔法によって音を増幅させる機能がある。広い場所での授業や入学式でも使われていたやつね。


「この祈願祭は闇の神が封印された日を祝う事と一年間の君達生徒の頑張りを労るお祭りじゃ。この場にはその中でも優秀な者達が集まっておる。今夜ばかりは校則も身分も関係なく皆が主役のつもりで楽しんでくれ!ただし、ハメを外し過ぎると生活指導の対象になるから程々にの?もう酒を飲んでしまった儂が言っても説得力無いがの」


 理事長の話にどっと笑いが起きる。

 だって顔がほんのり酒気を帯びて赤いんですもの。


「それでは、楽しいダンスパーティーの開始じゃ!」


 理事長が宣言すると、待機していた音楽の授業担当教師が杖を振る。

 すると演奏者がいない楽器達が一人でに演奏を始めた。

 魔法が溢れている学園だからこその光景だけど、普通に見たらホラーよ。勝手に鳴るピアノなんてそれこそ七不思議に数えられるわ。


「途中で外部から来た者達の余興もあるからの」


 そう言い残して理事長達は壇上を降りてテーブルの方へと向かった。

 給仕の人がグラスにワインを注いでいる姿に盛り上がっているみたい。大人も楽しそうね。


「それじゃあ、まずは俺と、」

「いいや。オレ様が、」

「ごめんね二人共。最初に踊る相手は事前に決まっているの」

「「な、何っ⁉︎」」


 会場のあちこちで手を繋いで踊り始める人が出てきた。

 エースとジャックがほぼ同時に手を差し出して来たが、私はその手を掴まずに、別の人物の横に立つ。


「すいません。前から約束していたので」

「気にしなくていいわよクラブ」


 その相手とは弟のクラブだった。


「おい。王子より優先するのか?」

「理事長だって身分に関係なく楽しみなさいって言ってたでしょ?順番よ。順番」

「なら、俺はアリアくんと踊ろうか」

「あわわわ。よろしくお願いしますぅ……」


 ジャックが拗ねて料理テーブルの方へ行ってしまった。

 踊らないとは言ってないからそんな態度取らなくてもいいのに。


「それじゃあ、よろしくお願いするよ姉さん」

「リードは男性側がするのよクラブ」






 それぞれが動き出し、いよいよダンスパーティーと私の大一番が始まった。






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