第65話 私から逃げられるとでも?

 

 少女は逃げていた。

 普段なら汗をかかないように余裕を持って行動しているが、今はそんなことを気にしている暇は無い。

 何としてでも逃げ切らなくてはならないのだ。さもなくば奴に捕まってしまう。

 こんな事になったのも、普段から一緒に行動していた馬鹿共のせいだった。

 彼女達は辺境の出身であった少女に良い顔をして近づいてきた。都会に憧れていた少女からすれば渡りに船。探しても中々見つからない好条件だった。比較的に金銭面で余裕があったから目をつけられたというのもある。

 それでも、中央に近い貴族令嬢、爵位も上の貴族には良い思いをさせて貰った。


 おかしくなったのはあの女が現れてからだ。


 リーダー格の令嬢は嫉妬に狂い、面識のあったというもう一人は怒り狂い、名前も経歴も何も知らない少女はとりあえず二人に合わせた。

 気に入らなかったのは事実だが、こんな目に遭うならちょっかいを出すんじゃなかった!

 細い路地に入り込む。どこに繋がっているかは分からないが、きっと同じように路地裏を通っていけば逃げ切れると信じて。


「その先は行き止まりよ。ご存じなくて?」


 声がした。

 目線を上げると、営業時間の終了した店の屋根に女が立っている。

 あぁ、見つかってしまった。というより、どうして先回りしているのか?そんな高い場所にどうやって登ったのか?

 疑問はあるが、捕まるわけにはいかないので抵抗をする。

 杖を取り出して女に向けた。



























「まぁ、私に勝てるわけないんですけどね」

「だからってやり過ぎじゃないかな姉さん」


 自慢げに捕まえた獲物を見せつけるとクラブが溜息を吐いた。

 逃亡した対象はエカテリーナに拘束されて気絶し、今も唸っている。


「最後まで抵抗するからよ。ただ話を聞こうとしただけで逃げるなんてきっとやましい事があったのよ」

「そうなんだとしても可哀想だよ」


 本来なら遺跡で捕縛したザコーヨから話を聞くのが一番なんだけど、お医者さんに診てもらうと昏睡状態でいつ起き上がるかわからないと言われた。

 お師匠様もその場にいたが、どうも口封じのための呪いで眠らされているとか。


 なら次は親玉であるベヨネッタに……と会いに行ったら手続きをして一時的に学園都市を離れていた。

 精神的療養の為らしいが、何かあったっけ?

 教室にも顔を出さないと思っていたけどいつの間に消えたのか。このタイミングで居なくなるのは怪しいけど学園内にいないならどうしようも無い。


 となると残りの一人、縦ロール・ヒョロガリ・太っちょの太っちょに話を聞こうとしたら突如走り出して逃げたので、こうして拘束したわけよ。


「ほら、起きなさいよ。起きないとエカテリーナの餌にするわよ〜」

「起きます!起きましたからそれだけはヤメテ!!」


 軽く頬を叩くと、凄い勢いで意識を取り戻した。


「貴方がデーブ・グレゴリーで間違いないわね」

「そうよ。わたくしがグレゴリー辺境伯の一人娘よ。わたくしに何かあればパパが黙ってないわよ!」

「ご自慢のとこ悪いけど、こっちはエースとジャックから指示されてるし、この件は理事長も関わっているの知ってる?辺境伯領で戦争する?」


 オーバーキルもいい所だ。

 グレゴリー領がどれくらいの規模や兵力を持っているかは不明だが、国と学園相手にドンパチは出来ないでしょう。

 私達の国は高い魔法使いの質のおかげで近隣の国と戦争まで発展しないからね。獅子の尾を踏むような馬鹿はいない。


「何よ!何が目的⁉︎報復なの?わたくしは直接手は出してないわ!全部あの二人が悪いのよ!!」


 ヒステリックというか、ちょっと煩い。

 エカテリーナ、しめつけ具合を強くして。


「グエッ……つ、潰れる…死ぬ……」

「そうやって軽口を言えるなら大丈夫ね。そのままボンレスハムになりたくないなら大人しくしなさい」


 やり方は過激かもしれないが、こいつも黒幕と関わり合いがあるなら同罪だ。

 私だけに被害があるならまだ仕返しだけで済ませてあげたが、クラブに消えない傷を、ジャックにエースを殺させようとした罪は重い。倍返しでもお釣りが沢山貰えるわ。


「ザコーヨが持ってるはずないとても貴重な魔道具を持っていたの。誰が渡したか心当たりはない?」

「知らないわよ!大体、ザコーヨとはベヨネッタ様が不登校になってから顔を合わせてないわ。嫌いだものあんな奴!背が高いからってわたくしを馬鹿にしていたのよ⁉︎」


 これはアテが外れたかな?というか、友情じゃなくて打算で付き合っていたのかなこのトリオは?

 ゲームでもシルヴィアの取り巻きってだけしか設定が無かったものね。


「なら、ベヨネッタが仲良くしていた怪しい人物とかいないかしら?私や王子達に恨みを持っていそうな人」

「アンタに恨みを持っている奴なら大勢いるんじゃない?わたくしは知らないけど、都会にいる貴族はクローバー家を嫌う連中が多いわよ」


 え、それホント?

 クラブを見ると、気まずそうに頷いた。


「ここ最近は発展が目覚ましいからね。多少の恨みは買うよ。その分、仲間だって増やした。少なくとも今の僕に意地悪する学生はいないよ」


 それを聞いてホッとした。

 もし誰かクラブをイジメる奴がいたら血祭りにしていた所だった。


「ただ、王子に手を出すのは馬鹿ね。どちらか勝ち馬になりそうな方に付けばいいのに。まぁ、国そのものを嫌う第三勢力でもいれば話は別だけどね」

「その話詳しく」


 ブヒっと鳴くデーブにエカテリーナの顔をけしかける。


「近い近い!噂話よ。国から学園を分離させたり、今ある貴族制を取り消して新しい権力図を作りたい連中がいるって話!……実家が辺境だからそういう怪しい奴等が出入りしてたわ。田舎だから人目が少ないって」


 やけに田舎や辺境を強調するデーブ。

 都会に憧れて上京したのはいいけど、失敗パターンかなコレ?


「学園内でそういう人を見かけたりしなかった?」

「さぁ?わたくしは知らないけど……ベヨネッタ様に『スポンサーにならないか?』って話している人はいたわね。何の出資か分からないけど、よりにもよってシザース家なんてね」


 何?シザース家って評判悪いの?

 クラブに視線を向けると、何かを思い出しながら解説してくれた。


「シザース家は外様とざまからのし上がった貴族でね。貴族としての歴史は浅いんだ。炭鉱が見つかって莫大な資産を手に入れたんだけど、掘り尽くしちゃって今は主な産業もなく、名前だけ侯爵なんだ。次に代替わりすれば爵位は下がるだろうね」


 なんじゃそりゃ。

 そんなお家なのにクローバー家を馬鹿にしてたわけ?

 過去の自分達と同じように成り上がり中の我が家に嫉妬してたのかしら?


「で、その出資を求めていた人って誰?」

「…………」


 苦い顔をして言い渋るデブ。

 この状況でもまだ余裕そうね。エカテリーナに炙ってもらって焼豚チャーシューにでもしてもらうか?


「……わたくしは責任持たないわよ。何があってもアンタが対処してよね」

「そのつもりよ。私に手を出した相手は私がこの手でぶっ潰すわ」

「ホント、嫌な性格してるわよ。近づく相手を間違えたかしら?」


 嫌な性格と嫌われて結構。私も相手を選んで愛想を振り撒く貴方みたいなの嫌いよ。

 日本でもいたからね。私と同じ物が好きだって近づいてきたくせに、他の人がそれを嫌いだと言った瞬間にあっさり手放した奴。オマケに私を売り飛ばしやがった。

 手は出されていないけど、しばらくシカトされたよね。


「……ピーター・クィレル先生よ」






 デーブの口から出たのは、最初の振り分け試験で試験官を務めたお師匠様の常連患者だった。



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